ラクの刀の刃と、私の刀の刃がぶつかり合う。
手に伝わる久しぶりの振動、だけれどどうにも私の刀にかかる力が、弱くはないけれど間違いなく、強くはない。
私は一旦身を引くと、着地した足で床を蹴って再び、即座にラクに刀をふり下ろす。
そうして私の刀を受けとめたラクの指先に目をやった。
…さっきから時節、痙攣するように震えている。
私は目を細めると刀を操り、自分の刀をラクの刀の向こうに持っていくとそのまま自分の方に腕を引いた。
ラクの刀が、私に向かう。
「――!」
すると息をのんだラクが咄嗟に力を込めたのが分かった。
けれど身を引いていた私はそのままラクの刀を斜め下に向けて押しやると右足を上げ、ラクの刀を勢いよく踏みつけた。
ラクの刀の先が床に刺さる。
「ラク、君に私をどうこうすることは出来ないよ。特に、私に斬りかかるなんてことはね」
「……」
「指の先が、震えている」
私は刀を左手に持つと下ろし、再び帯に差した拳銃を取り出すと構え、ラクに向ける。
「こうしている間にも、時は進んでいる。早く、この船から出るんだ…ラク」
ラクは向けられた拳銃の先を見ると、胸の辺りでとめていたような息を、諦めたように吐き出して
「確かに、俺には名前さんを斬ることなんて、絶対に出来ません、でも、」
そうして唇を少し噛むと、銃口から私に視線を移した。
「でも名前さんは優しいから…名前さんも俺を撃つことは出来ない」
「――ごめんね、少し違う」
ラクの目を見たまま、私は銃口をラクの左肩辺りに向けて、迷わず引きがねを引いた。
ラクは痛みから顔を歪めると刀を落とし、その右手で左肩をおさえる。
私はそのまま右足で、床に落ちたラクの刀を後ろの方に蹴った。
「撃つことは、出来るよ。けれど殺しはしない。そして足も、狙わないさ。自らの足でこの船を、出ていってもらうよ」
「俺は絶対に、出ていきませんよ…!名前さんと一緒に、闇に消える…!」
「ラク、私は君の右肩まで撃ちたくはない」
「だって、大丈夫です、俺には居なくなって悲しむような人は、誰も居ない、友人なんてものは居ない、いりません、家族だって、」
言われた言葉、単語、間柄に、私は少し眉を寄せる。
「父と母は、じぶんのことなんて、ただの道具だとしか思ってませんよ」
「あとつぎのために、じぶんを産んだ」
「じぶんは、父と母の位につける、かざりでしかない」
「だからじぶんも、おやだなんて、思ってないです」
――昔、ラクが言っていた言葉。
するとラクは吐き捨てるように笑って
「俺が、殺しました」
「――!」
「昔、俺が名前さんと、林の中で出会ってから一度、場所に行かなかったことが、あるんです」
「…覚えているよ…その日に松陽先生が、林の中のその場所に来たんだ」
「え?」
「松陽先生には、いつからかは分からないけれど私が一人で、林で暮らしていたことは、気づかれていたみたいでね…スゴく、怒られたよ」
あんな松陽先生の顔、初めて見た。
きっとああいう松陽先生の顔を見たのは珍しいことだと思うし、私だってアレが、最初で最後だ。
「それで、家族を殺した、って…」
「はい、いつもみたいに怒られて、けれどいつもよりも俺を殴って蹴って…だから、咄嗟に…まあ、正当防衛です」
するとラクは、肩をおさえて、息を荒くして…けれど少し笑顔になって私を見た。
ラクの右手を少し、血が濡らしている。
「名前さんは昔、俺に言ってくれた…君の歩き方を見つけろ、君だけの歩み、君だけの、方角を、って…俺はもう、きっとその頃から決めてた、見つけられていたんです、俺の行く、方角を」
「その方角が、あの闇の中だとでも言うのかい?」
眉を寄せて言った言葉に、ラクは少し肩をビクリと揺らすと私を見つめた。
「あの闇は、人間にも、天人にもつくり出せない。自然現象と言って良いのかさえ、分からない。けれど本能で畏れ、遠ざけたいもの…それが貴方の方角じゃあないよ、ラク…絶対にね」
「でも、名前さんがその闇の中に行、」
「はやく、この船から出ていくんだ」
「俺の方角は、名前さんの、後ろで、それで…!」
どこかおかしいラクの様子に眉をひそめて名前を呼ぶ。
けれどラクは荒い息のまま両手で髪をかきむしるように自分の頭を抱える。
私の声には、まったく気づいていない。
そして、血が出ている左肩の痛みにも気づいていない様子だ。
「――ウ、アア!」
――するとラクの声がまた何か、変声器でも使ったかのように変わった。
けれどそんな仕草は見られなかったし、何よりさっき、変声器で変えていた声音とは違う、もっと低い。
「ラク――、」
名前を呼びかけたその瞬間、ラクの右肩が、まるで泡のように、けれど含むのは空気ではなく血管が浮き出た筋肉で、膨れ上がった。
「――はやく、はやく名前の所に行かなきゃならないアル!邪魔ヨ!」
「どうしてこんなに、天人が…!船も、五隻も来ていますよ?!」
――名前の居る船に向かわせまいとするように、次々と船に乗り込んでくる、宇宙海賊春雨の天人たち。
ひとりがそれぞれ同時に二人の天人を相手にする多さだ。
「クソ…!」
怒りのままに洞爺湖と記された木刀を振るい、名前が乗る船への経路をつくろうとしている銀時。
「だって名前さんは、吉田松陽の最期を知っている、見たのは、自分だけだと思っていますから」
「クソ…!」
「――…ありのままの名前を知って、そして、傍にいなさい」
「名前と一緒に居たいと、心から思うのなら…か」
そうして左から右に大きく木刀を振った銀時は、頭上に気配を感じてバッと見上げた。
一秒後、銀時の前に一人の男が着地する。
「やあ、久しぶりだね…お侍さん」
「…バカアニキ!」
にっこりと笑って言った言葉に返したのは、同じ色の髪と目をもつ、神楽だった。
120112