ラクが、核のスイッチを押した。
それは、核を起動させるスイッチで。
私はふと、時計を見る。
すると長針は未だ、三の数字には達していなくて。
――遠隔操作が可能になってから十五分で、核を停止させることが出来る。
交換条件をひっくり返したことから、取引は無効。
「江戸は、天導衆にとっても貴重な資源です。けれどさっきも言ったように、貴女が仲間になれば、今以上のものが直ぐに手に入ります」
「…そう」
「核は、江戸を吹き飛ばす」
「分かっているよ」
――松陽先生のこと、ラクのこと…色々、最後の最後で私を混乱させた。
けれど、もう、戻らなきゃ、しっかりしなきゃ。
「私の方こそ、何度も言ったよ。私はここに、核を消しに来たってね」
嘘吐きが、吐いた言葉が嘘だと知られ、言われたときのことを一度も考えないはずはない。
そして私は、嘘吐きだ。
するとラクは、にっこりと笑った。
「自らを媒体にして、闇に消える…俺も、連れていって下さい、名前さん」
「…何を言って、」
「本当は、核の起動を終わらせたら俺は、名前さんを連れてここから、江戸から出る予定だったんです。それが役目で、今、どこかでこの話を聞いている他の天導衆にも、是、と言って話を受けた」
――この船に入り、ラクがまだ、仮面を取らずにいた時。
私が、核を消す、と言った時に、その仮面の者の声が、震えていた。
「さっきも、言いました」
その時は、闇にのみ込まれることが恐いんだと、思った。
だから私は自分を媒体にし、自分だけで核を闇に連れ込むことを、伝えた。
「名前さんの居る場所が、俺の場所です。だから、ねえ、名前さん」
けれど確かに、そう伝えた後も仮面の者の…ラクの声は、震えていた。
「俺も連れていって下さい」
抑えきれない嬉しさが漏れて、声までもを震えさせた。
笑って、いたんだ。
「――遠隔操作、が、不能になりまし、た!」
松平側の船の中、科学班の一人がそう告げた。
名前の刀につけた盗聴器から船内の会話はすべて、全員が分かっていたから、戸惑いがちに。
重く厳しい沈黙が部屋の中に充満するなか、誰かが歩きだす音がする。
「おい、万事屋!」
近藤の声を気にかける様子も見せずに、外へ出るドアへと進んでいく、銀色の頭。
「十五分経った」
その言葉に、新八と神楽がハッとする。
「十五分経ったら、乗り込んで良いんだな」
「核が停止する、しねえなんてのは、俺にだって関係ねえ。俺はハナッから、十五分経ったらあっちの船に乗り込むつもりだった」
頷いた新八と神楽が、銀時の背中を追う。
「それに…」
「だって名前さんは、吉田松陽の最期を知っている、見たのは、自分だけだと思っていますから」
「聞かなきゃならねえことが、あるからな」
手を握りしめ、前を見据えた銀時は、ドアを蹴り開ける。
そうして外に向けて部屋を、出ていった。
「――馬鹿野郎、一般市民にだけ任せておけるか」
――ドアが閉まると直にそう言ったのは、松平。
沖田が笑みを浮かべて、刀に手をかける。
「取引は不成立。しかも向こうから条件を破られて、黙ってるような男じゃねえんだよ、俺は。いや、そうじゃねえ奴は、男じゃねえ」
松平の言葉に、部屋の中の者が頷く。
その表情は、覚悟を決めたようであったり笑顔であったり、様々だ。
「――松平公」
すると無線で、陸奥から連絡が入った。
「快援隊、どうした」
「前に、名前を経由にしてデーメーテールという名のシールドの材料を、そちらに送った筈じゃ。そしてシールドは完成したと、連絡があった」
「ああ、そうだな…なるほど、分かったぜ」
「ウチの頭はたった今部屋を飛び出して行ってしまってな、わしが言伝て役じゃ。よろしく頼むぜよ」
すると船が、何かにぶつかったかのように揺れた。
咄嗟にどこかしらに掴まる船の中の者達。
「何があった!」
「大変です、松平さん…!」
松平の問いに答えた職員の者が、コンピューターのキーボードを叩く。
部屋の前、十五分という数字から核が起動するまでの四十五分という数字に変わったタイマーがうつるモニターの横に、船外の様子がうつった。
「宇宙海賊、春雨です…!」
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