そう言うと彼は、本当に、本当に嬉しそうに笑った。
「俺の名前、覚えていてくれてたんですね、名前さん」
「君は、ラクで…ラクは、攘夷戦争に参加していた…?」
「はい、そうですよ」
「――どうして、君は、」
「どうして俺が、吉田松陽の最期を知っているか…ですよね?分かってます、だって名前さんは、吉田松陽の最期を知っている、見たのは、自分だけだと思っていますから」
心臓が動いているのを感じる、苦しい。
肺が機能し、呼吸する。
苦しい。
胸の辺りがざわざわとして、妙に自分を、焦らせる。
「まず先に言いますが俺は、名前さん…貴女と同じ場所には立っていません。真似したくても、真似出来ない」
――私と、同じ場所。
含みのある言い方からしてつまり彼は、「世界の真理」を理解する者では無いということ。
「けれど居たんです、僕も、あのとき」
「松陽先生の、最期の時?」
「はい、吉田松陽に言われて貴女が燃やした、母屋に」
鼓動が喉の奥を叩く。
その喉を通って息が、速く出入りする。
「吉田松陽は確かに自らを媒体にして闇を出現させ、天人らをいわば、道連れにした。けれど吉田松陽はその闇の矛先を俺には向けなかった…まあ、俺は関係の無いただの子供だったから、当たり前ですが」
「だから君はまだ、生きている…と?」
「はい、もしかしたら闇が俺にまで届かなかった、だけかもしれませんけれどね。俺はほとんど外に近い場所に、居ましたから」
「――どうして君は、」
脳裏に浮かんだ疑問をそのまま直ぐに言葉にすれば、けれど息が苦しくて。
一度深く、けれど速く、息をつく。
「どうして君は、そのとき、あの場所に…?」
すると彼は、目を丸くすると本当に不思議そうに首をかしげた。
そしてにっこりと、笑う。
「名前さんが居たからです」
「え…?」
「名前さんが居る場所が、俺の場所です。――闇は確かに、恐怖すら奪われるくらいのものだったけれど…名前さんも、同じくアレを見た」
「…」
「名前さんと、同じ」
嬉しそうに、クシャリと笑顔になった彼に、私は言葉を失う。
「――坂田銀時、桂小太郎、高杉晋助らと共に名前さんが攘夷に身を置いてから直に、俺も同じく、攘夷志士になりました」
「それ、で、」
「――戦争が終わって、けれど名前さんがいつまで経っても母屋に戻って来なくて、みんな…俺も、名前さんは死んでしまったと思いました」
彼は顔を歪める。
「名前さんの居ない世界は、僕にとってゴミ以下だ…けれどこの世界には名前さんの跡が、ある」
「私の、跡…?」
「――灰色の髪の天人に、名前さんが欲しがられたとき…あのとき名前さんを天人に易々と売ろうとした奴らを俺が、許せる筈もありません」
「お前が天人の奴らに欲しいと言われた時にっ!そうすれば母屋を襲撃しないと言われた時に!お前を渡そうと言った奴らだよ…!そいつらを全員、俺を除いた全員をだ!お前は殺したんだろう!!」
いつかの言葉が脳裏に蘇って、視界を一瞬黒くした。
「それじゃあ、彼らを殺したのは…君…?」
ラクは笑顔から表情を変えないまま、私の目を真っ直ぐに見て、はい、と言った。
「それから俺は、名前さんの、例の闇について知りたくて、天導衆に入った」
前に居る彼が。
彼から紡ぎだされる言葉が。
何か奇妙なものに思える。
「もちろん今だって下っ端です、だから昔はもっと…けれど、是、と答えて何にでも従っていれば、情報を得ることが出来るようになった」
信頼からじゃありません。
自分よりも下等の生物への嘲笑うような、哀れむような、そんな感情から。
ラクは言う。
「名前さんの…いえ、名前さんも関わる、闇についての情報を全て得たとき…貴女は松平片栗虎の命によって、幕府に入ってきた」
「……」
「生きていた、名前さんが…すごく、嬉しかった」
泣きそうに笑ったラクは――核のスイッチを押した。
120109