一回目──と、私は口を開く。
左目の時空眼で見る過去の中に、サスケといた。
並んで見る視線の先には、視界に手を翳し、困惑した様子の私の姿。
巻き戻しが始まった一度目のとき。
──サスケから、言われたのだ。
過去を見せてほしい、と。
自分が知らない私の過去を、余すところなく教えろと。
過去も未来も、見たいものを一発で見れるわけではないけれど、それでも時空眼は私の瞳術だから、望めば近しいものを映し出してくれる。
それにこの繰り返される世界の中で時空眼を使ったところで、かかる負担は私の体には残らない。
だから私はサスケと二人、過去を見に来た。
「時間が巻き戻ってしまったということは、すぐに分かって。だからすぐに、命令を打ち消そうとしたんだ。元の時間まで再び戻ろうとした。だけどそれは、できなかったの」
「・・・・・・」
「そして一度目のとき、サスケは私を探しに来なかった。もちろん場所を教えていたわけではないけれど、サスケなら一日あれば私の居場所を突き止めることはできると思った。だから来なかった理由は、時間が巻き戻っていることに気づいていなかったり、思い出した私の記憶を再び失っているからだろうと考えた。そもそも時間自体が巻き戻っているんだから、そういうことも当然起こるだろう、って」
「・・・・・・」
「でもそうこうしている間に、また時間が巻き戻って・・・・・・繰り返される理由が完全には消えていないんだな、って思った。サスケはそうと自覚していなくても、その頭のどこかに、思い出した私の記憶は
残っているんだろう、って」
「だから繰り返しは止まらなかった。──俺は、お前の死を受け入れるわけにはいかなかった」
黙すれば、それで、と厳しい目が私に向けられる。
「今度こそお前は、俺の中から自分の記憶を消そうとした、ってわけだな」
頬をかき、えっとと目を泳がせれば、サスケはため息と共にウスラトンカチと零す。
──それから私たちは、流れる過去の時間の中を二人、漂っていた。
サスケが別の里を訪れているときのことや、私が一人旅をしているときのこと、それからここ最近何度も訪れていたからか山の上にある集落のいつかの映像や、まったく知らない土地の景色などをただ眺めた。
眺めながらサスケは私に問うた。
終戦後のこと、どこで傷を癒し、それからどう生きてきたかや、サスケと再会するまでに私が例の仲介人を通して組織に潜り込んだときのことなどを。
そしていまは、サスケが木ノ葉で過ごしているときの時間を眺めている。
本当に嬉しそうな木ノ葉隠れの仲間たちと、そんな彼らを見てサスケの口元に薄ら浮かべられた優しい笑み。
「おい。・・・・・・この過去は、いいから」
どこか照れたように言うサスケを微笑ましく思いながら分かったと返す。
次の過去に向かいながらも、脳裏をよぎるのはサスケの言葉──確か、四度目の繰り返しのときのことだっただろうか。
「お前はなぜ、木ノ葉を狙う」
「・・・・・・」
「どうして、木ノ葉に仇なす組織へ入ろうとする」
「・・・・・・サスケには、関係ないよ」
「俺は木ノ葉の忍だ。関係ないわけがない」
あのとき──と、私は思いを馳せる。
(本当に、嬉しかった・・・・・・)
サスケが、自分は木ノ葉の忍であると言葉にして、断言してくれることが。
その姿を私は傍で見ることはできなかったから、流れた時間、喪失感を感じて僅かに寂しく思いもしたけれど──でも、だからこそ嬉しかったんだ。
時間は流れているのだと、サスケたちは皆、前に進んでいるのだと実感することができて。
「・・・・・・」
前に進む──と、考え込んでいれば、視界に広がった淡い光に顔を上げる。
そこにいた、薄汚れた自分の前に立つ二人の男女──両親の姿に、自然と頬が緩んだ。
二人の内、特に女性と私に似た面影があることに気づいたのだろうサスケは、はっとすると私を見る。
「あの、二人は」
「私の両親だよ」
「・・・・・・会えたのか」
私は、うんと穏やかな面持ちで頷く。
「両親が、時空眼についてが記された巻物の中にチャクラを遺しておいてくれてね。それで僅かな時間だったけど、会うことができたんだ」
眺める先、泣き崩れた私を抱きしめてくれる二人の姿。
二人のことを想えばいつも、温かくなる胸のあたりに、私はそっと胸元に手を当てた。
「いないっていうか、分からないんだよね」
「・・・・・・分からない・・・・・・?」
「うん、物心ついた時にはもう一人だったから」
下忍時代、サスケと家族について話していたときのことを思い出して、くすりと笑う。
「幼い頃の私は、両親や一族の記憶を失っていて、だから家族がいないことに対しても特段悲しくはなかった。私にとって、悲しみがあるのは、喜びがあるからだから」
「・・・・・・」
「でも、時空眼を開眼して、失われた歴史を知った。両親のことを思い出して──二人に愛されていた過去を知った」
「・・・・・・」
「再会できたときは、嬉しかった」
サスケの手が、もう一方の私の手に触れる。
それから、そっと握られた。
「過去や未来が見れるからって、世界のすべてがお前のもんじゃねーんだよ。勘違いすんな、名前!」
「か、勘違いって・・・・・・」
「お前の時空眼で見たいくつもの未来、いくつもの選択肢。それは、選んで終わりなわけじゃねえだろ」
「・・・・・・でも、過去はもう、変えられな──」
「だから今と、そして未来を、変えるんだろ!」
眺める先で、父が言う。
掌から零れ落ちていく人々の命、絡まっていく憎悪の連鎖、果てしないほどの絶望に打ちひしがれていた私のことをすくい上げてくれた言葉。
「・・・・・・今」
私はぽつりと呟いた。
握ってくれるサスケの掌は温かく、もう一方の手に感じる自分の心臓は確かに脈打っている。
私とサスケは今、確かにここに存在している。
だけど──と、私は思う。
脳裏によぎるのは、倒れる私のことを抱きとめ、必死で叫ぶサスケの姿。
「・・・・・・ここは、今、じゃない」
時間は巻き戻され、その度刻々と進んでいるけれど、結局はまた巻き戻る。
本当は、時間はあのときから一刻も進んでいないのだ。
私は目を閉じると、時空眼を解いた。
元いた世界、二人きりの洞窟の中に戻って、サスケが目を開く。
私はそんなサスケに向き直った。
「サスケ」
「・・・・・・」
「戻ろう。繰り返しが始まったあのときに」
「・・・・・・」
「いつまでもこうしてはいられない。それにやっぱり、過去も変えてはいけない。もしそんなことをしたら、今度は私が、罪悪感やら何やらで生きていけなくなっちゃうよ」
苦笑するように笑って言うが、サスケの表情は厳しいままだ。
私はそんなサスケの手を今度は自分から握った。
「だから、今を変えよう、サスケ」
「・・・・・・今?」
私は頷くと、続けて、
「繰り返しが始まったあのとき、私は別に、死んだわけじゃなかった。命はまだ、尽きてなかった」
「っお前──」
「死ぬと決まったわけじゃない。きちんと対策を練って対処すれば──」
「ッそんな不確かなものに賭けるつもりはない・・・・・・!!」
声を荒らげ、手を振り払われる。
それでも私は引かなかった。
さらに一歩を歩み寄り、まっすぐにサスケを見上げる。
「確かに、そうだね。でもあのときとは確実に、気持ちは違うの」
「・・・・・・ッ」
「ここで起きたことはすべて巻き戻る。山の上の集落で過ごした時間も、覚えているのは私たちだけ。でも、無駄なことではなかった、ってそう思うんだ。だって私の気持ちは、最初のあのときからすごく変わったから」
「変わった・・・・・・?」
「もしあのとき、繰り返しが起こっていなかったら、私はそこまで死に抗っていなかったかもしれない」
私は、でも、と力を込めて言う。
「いまは違うよ。私のことを思い出したサスケの手によって、命を落としてしまいたくはない」
「・・・・・・ッ」
「気持ちが変われば、行動が変わる。そして行動が変われば、きっと未来も変わるから・・・・・・!」
伝えれば、サスケは圧されたように息を呑んだ。
そうして逡巡する様子を見せると、ややあってから、
「〜〜っこの、ウスラトンカチ! 結局お前が出す結論は、変わらねえじゃねえか」
ぶっきらぼうな物言いではあるが、纏う空気は先ほどとは違って厳しいそれではない。
まだどこか迷うようにしながらも、一応は考慮し始めてくれているのだということが分かって、ほっと安堵の息を吐いた。
それから笑って言う。
「うん・・・・・・ごめんね、ウスラトンカチで」
サスケは深いため息を落とした。
それからじろりと私を見ると、
「対処と言ってたが、何か案はあるのか」
「ひとまず出血を止めなきゃだよね。だから、えーっと・・・・・・」
言いながら、思い出すのは集落の少年との会話のこと。
「こういうとき、普段の生活で役立つ術を持っていればなと思うんだよね」
「確かにな」
「サスケは火遁も得意だから、野宿なんかでは結構役立つんじゃない?」
「ああ。それに傷口を焼いて出血を止めることもできるしな」
「焼く!?」
「ああ、だ、大丈夫! いまのは上級者向けの話だから」
取りなすような笑みを浮かべながら提案してみれば、再び怒声が飛んできた。
「おい、名前・・・・・・!」
「ご、ごめんサスケ! でも私も一応忍だから、上級者向けの止血でもできるかなと思って。あっ、火遁さえしてくれれば、クナイを押しつけるのは自分で──」
「ッこの──他にはないのか・・・・・・!」
端正な顔立ちをした美形の怒った顔というのは、覇気も相まって迫力があるもので、私は押しとどめるよう両掌をサスケへ向けながら、必死で頭を回転させる。
サスケは自制するようがしがしと頭を掻くと、ややあって再び私に視線を戻した。
「・・・・・・時空眼はどうだ」
「時空眼?」
「時間じゃなくて、傷の状態を巻き戻す。それから、医者に診せるまで傷をとどめておくのなら、どうだ。開眼することによってかかる負担を考慮して、傷口を焼いて止血するのとどちらの方がリスクが高い」
「うーん・・・・・・そう言われると、確かに時空眼で傷の状態を巻き戻して、そこでとどめておく方が時間は稼げるかもしれない。傷口を焼いて止血したところで、そもそもそこから医者に診せるまで体が保つのかっていうところがあるし」
「だが、術の効果が高ければ高いほど、返ってくる反動も大きくなるだろ」
「そうだね、だから・・・・・・時間との勝負になるのかな。なるべく早く診てもらうことができれば、時空眼を解いたときの反動もその分抑えられるから」
「だとすれば、あの場所から一番近い村は──」
周辺の地理を思い浮かべながら、サスケと話をしていく。
山の上の集落も候補に上がったけれど、そういえばいまは医者がいないと言っていたことを思い出し、結果海沿いの港町がいいのではないかということになった。
「えっと、戻ったらまず私は、傷の具合を巻き戻すことに専念して──」
「無理そうだったら、俺がまた命令をかける。自分じゃ痛みで集中できないかもしれないしな」
「うん、それじゃあ、そのときはまたお願いするね。あとは他の人たちをどうするか、かな」
「そっちも、俺が適当に一日くらい幻術で眠らせておく。いいから今回くらい自分のことに集中しろ、ウスラトンカチ」
くすくすと笑いながら、はいと答えれば、サスケはため息を吐いて前髪を掻き上げた。
会話が途切れて、私はふと洞窟の外に目を向ける。
空の向こうが茜色に染まっていた。
「──時間が、巻き戻らなければ」
するとサスケがそうぽつりと言って、私は視線を戻す。
見上げる私に、サスケは続けて、
「記憶も、そのまま残るんだよな。もうお前の記憶を失うことはない」
「多分、そうだと思う」
「多分じゃねえ」
「ご、ごめんごめん。でもほら、扱う瞳術を持っていてもなお、時空間って何だか難しくて」
苦笑するように笑ってそう言えば、サスケは何度目かのため息を吐いた。
それからその双眸をまっすぐに私に据える。
「・・・・・・もし」
「・・・・・・」
「もしまた記憶が失われたときは、戻しに来い」
「・・・・・・うん、分かった。私のことを忘れたサスケはちょっと冷たいかもしれないけど、めげずに頑張るね」
「当たり前だ。それくらい我慢しろ」
笑って、はいと言った瞬間、腕を引かれて抱きしめられた。
背中に回った隻腕が、ともすれば痛いくらいに抱きすくめてくる。
(・・・・・・時間だ)
私は背伸びをすると、その首元に両手を回した。
耳元で囁くような掠れた声がする。
「・・・・・・死ぬなよ」
「・・・・・・うん」
「・・・・・・絶対に、死なせねえ」
あとの言葉はまるで自分自身に言い聞かせているようだった。
私はその言葉と、痛いまでの腕の力と、そして温もりを、しっかりと噛みしめる。
そうして顔を上げた。
「サスケ」
「・・・・・・」
「──行こう」
ぐっとさらにサスケの腕に力が込められる。
そうしてサスケは目を閉じ──命令が、解かれた。
「ッゲホッ・・・・・・!!」
途端に体を襲った激痛に、私は震え、喀血する。
苦しいまでに心臓が脈打ち、その度胸元から温かいものが流れた。
指先が痺れ、冷たくなっていくのを感じる。
時空眼にチャクラを込めようとしながら、ふと見上げれば、幻術をかけているのか室内を見渡していたサスケが瞠目したように見えた。
そんなサスケのことを見上げながら私は、ああ、と震える吐息を吐き出す。
(そっか──そうだったんだ)
蘇るのは、繰り返しが始まる前のこと。
私を抱き留めてくれたサスケの悲痛な表情は、時空眼が暴走して、失われていた記憶が戻ったとき、さらなる絶望に染まっていた。
そしてそんなサスケの顔を見たとき私は、駄目だ、って、そう思ったんだ。
(──同じだった)
サスケの千鳥が私の胸を貫いたのは完全に事故だった。
だけどサスケはそうは思えないだろう。
私の記憶を思い出したとなれば尚更だし、激しく自戒するであろうこともその表情から明らかだった。
──そんな想いをさせてはいけないと、思った。
だから私は、サスケの写輪眼が私に命令をかけるのとほぼ同時に──己の時空眼を開眼したのだ。
時間を、巻き戻せ──と。
(あのときのことをちゃんと覚えていないのは、私も同じことだった)
「ごめ、ん・・・・・・」
震える吐息に声を乗せればサスケは、はっとして私を見下ろす。
「ッおい、名前!!」
「サスケ、ごめん・・・・・・わたし、私も──」
サスケだけが時間を巻き戻した張本人かのように言っていた。
過去は変えてはいけない、なんてことも。
思えばその自分のあまりの馬鹿さ加減に、場違いだが笑えてきてしまって、血を吐きながら薄ら笑う。
「っ・・・・・・おい、なに、笑ってやがる」
「サスケ──」
ああ、駄目だ。意識が遠のく──。
ちゃんと、伝えなきゃいけないのに。
「ご、め・・・・・・──」
「おい──ッくそ、名前・・・・・・!!」
遠のく意識の向こう、サスケが私の名前を叫んでいるような気がしたけれど、応える前に私の意識は闇の中へと落ちていってしまった。
◇
寝返りを打てば体に走った痛みに、私は呻いた。
眉根を寄せながら瞼を上げて、映った見覚えのない場所を少しの間、ぼうっと眺める。
草花などが詰められた瓶が並ぶ薬棚や、側の卓に置かれた薬研から察するに医務室のような部屋だろうか。
ぼんやりとそんなことを思っていた私は、ややあって我に返ると、目を覚ます前のことを思い出して飛び起きた。
「っ痛・・・・・・」
すると胸元を中心に走った鈍痛に、起こした上体を折り曲げるようにしながら痛みに呻く。
(痛い・・・・・・でもそうだ、痛いっていうことは生きているし、時間が巻き戻ってもいないっていうこと)
よかった、と呟くと、きょろきょろと辺りを見回し気配を探ったが、誰もいないようだ。
痛がりながら笑っているなんてところを人に見られてしまえば、あらぬ疑いを抱かれることになるからよかった気もするが。
窓から射し込んでくる月明かりと、そして周囲一帯が静けさに包まれていることから、いまが夜であることを知る。
枕元に置かれた水桶と手拭いを拝借して手早く顔を洗ったりすると、部屋から出て、置いてあった自分の履き物に足を通すと、土間を抜けて外に出た。
「えっ」
すると広がった、最近では見慣れた光景に、私は瞬く。
そこは繰り返される時間の中、何度も訪れていた山の上の集落だったのだ。
「繰り返しは、起こらなかったはずじゃ」
一瞬青ざめそうになるも、胸元に感じる確かな痛みがそれをとどめる。
私は軽く首を振ると、音を探って、駆け出した。
ずきずきと走る痛みを堪えながら、夜の林道を駆けていく。
やがて着いた場所──鏡池の前で一人、頭を垂れるようにして佇んでいたその人影に、私は声を上げた。
「──サスケ!!」
弾かれるようにして振り返ったサスケは、私を認めると瞠目した。
そうして自らも駆けてくると──私のことを抱き寄せる。
私はサスケのことを抱き返しながら、笑った。
「生きてるよ。私、ちゃんと生きてる・・・・・・!」
「・・・・・・ッ」
「ありがとう、サスケ。ありがとう」
きっと自分の命を繋いでくれたであろうことに礼を伝えると、サスケは私を抱きしめたまま、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
「っ・・・・・・この、ウスラトンカチ。人が少しいなくなった間に、目を覚ますんじゃねえ」
笑いながら、ごめんと謝れば、サスケも少しだけ笑ってくれる。
それからはっとすると、僅かに離れて胸元に目をやった。
「っ悪い、傷、大丈夫か」
「うん、大丈夫だよ」
「つうか思いっきり走ってきてたけど、もう痛くはないのか」
「少し痛いけど、でも大丈夫」
「お前な・・・・・・」
にこにこ笑いながら答えていれば、サスケは呆れたように息を吐いた。
私は周囲を見回すと、
「でも驚いたよ。目が覚めたらここの集落にいたから、また時間が巻き戻っちゃったんじゃないかと一瞬勘違いした」
「ああ、それは──」
それからサスケは事の顛末を説明してくれた。
言うに、この集落から行方不明となっていた医者の女性が、なんと連中に監禁されていた女性たちの中にいたらしい。
そして過去を眺めていたあの時間、映ったこの集落の風景の中でその女性のことを記憶していたサスケは、人質たちの中に彼女がいることに気づいたらしい。
幻術をかけている間、瞠目したように見えたのはそれだったのだ。
そして彼女もまた、捕らわれていながらも気丈な女性で、率先して私の治療にあたってくれたのだという。
なんとか私の容態が落ち着いたところで、サスケはこの集落のことを女性に話し、そうして運んでもらえることになったのだとか。
実際、サスケは初対面ということになるが私は前にも訪れたことがあるというのは事実だったので、住民たちは慌てながらも招き入れてくれたらしい。
「・・・・・・そっか」
私は自分の胸元に手を当てると、頬を緩めて微笑う。
「全部、全部──無駄じゃなかったんだね」
「・・・・・・そうだな」
するとサスケは真摯な眼差しを私に向けた。
「あとのことは、これからだ」
「あとのこと」
「お前の記憶は、まだ俺の中にしか戻っていない」
瞬けば、サスケは続けて、
「悪い気分じゃないことは確かだが、このままにもしておけない。あまり時間をかければ、思い出したあとのナルトたちがうるさいだろうし」
「──サスケ・・・・・・」
「名前、俺は、木ノ葉の忍に戻った。だからお前も、戻るんだ」
「──・・・・・・」
「俺のことでさえ、あいつらは許し、受け入れた。お前だったら、尚更そうなる。かなり泣かれて、怒られるだろうがな」
言葉が見つからなくて、黙っていれば、否定と受け取ったのか、サスケはむっと眉根を寄せた。
「言っておくが、拒んでも無駄だ」
まるで悪役のような物言いに瞬けば、サスケは言った。
「俺には、この瞳術がある。いくらお前が時空眼を使って逃げようとしても、必ず見つけ出して、制することができる」
「・・・・・・確かに、そうかも」
言って私は、思わず軽く噴き出してしまった。
悪役然としていることがなんだか可笑しかったし、何より伝えてくれる想いが嬉しかった。
「・・・・・・なに笑ってる」
どこか憮然とした様子もまた可笑しい。
笑っていればずきずきと痛み始めた胸元に、痛ててと言いながら手を当てれば、サスケはおいと少し慌てた様子を見せる。
私はそんなサスケを見つめると、笑って言った。
「好きだよ、サスケ」
「──・・・・・・好き、だ」
「私もサスケのことが、好き」
「──・・・・・・は」
言えばサスケはぽかんとした。
ややあってから息を呑むと、ぶわわと頬から耳にかけてを赤く染め上げる。
しかしすぐに腕で隠すようにすると、目を逸らしながら、
「・・・・・・ッお前、本当に意味分かって言ってんのか」
「うん。あのとき言ったとおり、私はもう、皆のことを素敵だけじゃなく大切だと想えるようになったから」
「──・・・・・・は?」
サスケは再びぽかんとすると、それから若干頬をひくつかせながら聞いてくる。
「おい、じゃあ・・・・・・ナルトのことは」
「うん、好き」
にっこり笑って答えれば、サスケはわなわなと震え出した。
「ったく、この──ウスラトンカチ!」
「えっ──えっ?」
「じゃあ頬にしたやつは何だと思ってたんだ・・・・・・!」
「頬──ああ、あれはオビトさんに聞いたことがあったんじゃ」
「どうしてここでオビトが出てくる」
「えっと、オビトさん、私が泣いてるとき、泣きやませるためにああしてくれたから」
「オビト・・・・・・」
地を這うような声音で言ったサスケは、そうして深く息を吐くとうなだれた。
顔を上げると、どこか諦めたようにしながら、それでも安堵したように笑う。
「もう、いい。とにかく全部、まずはこれからだ。──時間はあるからな」
サスケが何に対して怒っているのかは分からないままだが、その言葉には大いに同意できて、私はにっこり笑うと首肯する。
軽く笑ったサスケの腕が私の背中に回って、抱きしめられた。
温もりを感じながらふと目をやった先、湖面に映る満天の星空を認めて、わあと声を上げる。
「見て、サスケ。綺麗だね・・・・・・! って、私が来るまで見てたんだっけ」
はたと思い当たって苦笑するように笑えば、サスケは私を抱き寄せたまま、ただ、ああとだけ言う。
そのぶっきらぼうさに笑いながら、私は目を細めて美しい湖面を眺めた。
「──やっと見れたね」
繰り返しの中、何度も見たこの湖は、しかし夜空を映すことは一度もなかった。
そしてこの美しい湖面を眺めることは、もう私はできないんだろうとも思っていた。
(不思議な気分──不思議で・・・・・・幸せ)
写輪眼が時空眼に作用できるとはいえ、世界にかけられ続けていた術の効力を覆すことは、容易いものではないかもしれない。
だけど不思議と、大丈夫だと、そう思える。
だってサスケはもう、私のことを思い出したから。
そしてそんな彼の前から再び姿を消そうとは、私も思わないから。
気持ちが変われば、行動が変わる。
そして行動が変われば、未来が変わる──それは、きっと。
(・・・・・・それに私がどうしたところで無駄なこと、だもんね)
「・・・・・・ふふ」
「・・・・・・何だよ」
「ううん、なんでもない」
心中で一人、悪役然としたサスケの言葉を噛みしめると、私はくすりと笑う。
そうして抱き直すようにして引き寄せてくれるサスケの腕の中に体を預けながら、再び湖面の夜空を眺めたのだった。
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