舞台上の観客 | ナノ
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「#オリジナル」のBL小説を読む
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目眩が治まってすぐ、サスケは行動を起こした。
宿を飛び出し、山野を駆け抜けると、集落の麓、川が流れる岩場の影で名前を見つけてその前に降り立つ。
名前は僅かに目を開いたが、それでもさほど驚いてはいないようだった。
これまで待ち合わせをしていた場所ではなく、わざわざ名前のところまでやってくることが分かっていたように見えた。
名前は努めて明るく笑うと、


「どうしたの、サスケ? 待ち合わせ場所はまだ先だよ」
「おい──」
「もしかして、もう待ちきれない? それもそうだよね」
「・・・・・・おい」
「でも大丈夫だよ。遅くなっちゃったけど、力は溜まった。これでもう、巻き戻しを繰り返す必要は──」
「お前は・・・・・・!」


サスケの言葉を無視するようにして話し続けていた名前も、サスケが声を上げたことによりようやく口を噤んだ。
言わせまいとしていたその様子からも、サスケは確信を得る。


「お前はいったい、何を隠しているんだ」
「・・・・・・」
「お前は俺に、何かを隠しているはずだ。俺が知っているべき、何かをな」
「・・・・・・」
「答えろ、名前」
「・・・・・・隠している、っていうか」


名前は困ったように笑いながら頬を掻く。


「言っていないことなら、そりゃあたくさんあるよ。だって私がサスケと会ったのはつい最近のことなんだから、むしろ言っていることの方が少な──」
「それも、違うはずだ」
「・・・・・・違う?」


眉を顰める名前を、サスケは見据える。


「俺とお前が会ったのは、本当にあの組織のアジトでが初めてなのか?」


問うておいて、しかしサスケはすぐに、違うはずだと断定する。


「俺はお前を、お前のことを、もっと前から知っているはずだ」
「・・・・・・そんなことを、私に言われても。サスケの記憶は、サスケの問題で──」
「時間を巻き戻すことができるなら、記憶に作用することだってできるだろ」


言ったサスケに、名前は少しの間、黙していた。
ややあって、ぽつりと呟く。


「写輪眼、か・・・・・・」
「──何?」


聞き取れず、眉を顰めたサスケに、分かったと名前は言う。
ふっきれたように顔を上げると、傍の洞窟を指し示し、歩き出した。


「私が知っていて、サスケが知らないことを、いまから見せる」


洞窟に入ると、外界の光が届くぎりぎりのところまで来てから、サスケを見上げた。
その瞳の色は白緑色──既に時空眼になっていた。
名前は自身の左眼を示すと、


「この左眼は過去を司る。だから記憶や、過去にあったことを見ることができるんだ。それに見せることも、同様にね」
「分かった」
「・・・・・・いい?」
「早くしろ」


言えば名前は、僅かに苦笑して、うんと言った。
それから悲しげにサスケを見つめる。
その眼差しに、サスケは何か引っかかるものを感じたが、名前は右の瞼を下ろすと、瞳力にチャクラを込めた。


(──時空眼!!)


術がかかった──そう認識した瞬間、感じた異変に、サスケは堪らず名前のことを突き飛ばした。
名前は踏鞴を踏みながら後退すると、驚いたようにサスケを見やる。
サスケは眉根を寄せ、額に手を当てながら、名前のことを睨み上げた。


「何、しやがる・・・・・・!!」
「っ」
「お前がいましようとしたのは、俺に過去を見せることじゃない。俺の記憶を──巻き戻す行為だ!!」


術がかかった──そう認識した瞬間、サスケが感じたのは激しい喪失感だった。
自分の意思とは無関係に、非情なまでに剥がされていく何か。
必死で手を伸ばしているというのに無情にも取りこぼされていくそれを感じて、サスケは咄嗟に名前のことを突き飛ばしたのだ。


「──まさか、気づかれるなんて」


名前は今度こそ真実驚愕しているようだった。
それに──と、眉根を寄せると左瞼に触れる。


「まさか弾かれるなんて。・・・・・・本当に、写輪眼は時空眼に作用できるんだね」
「何笑ってやがる」


自嘲するような笑みを浮かべる名前に、サスケが低くそう言えば、名前は軽く首を振った。
そうして再び向き直ると、厳しい表情でサスケを見返す。


「でも、だとしても私のやるべきことは変わらない」
「・・・・・・っ」
「どうせこの後忘れちゃうだろうから、最後に教えてあげるよ、サスケ」


眉を顰めるサスケに、名前は続けて、


「巻き戻しが繰り返されていた理由は、何も時空眼の力が足りていなかったからだけじゃない。もう一つ、決定的な理由があるの」
「もう一つ・・・・・・?」
「──私、死にたくないんだ、サスケ」
「──何?」
「まあ、当然のことなんだけど。前に話したとおり、そもそもこの繰り返しは、生命の危機から逃れるために発動したものなんだし」
「・・・・・・」
「でも、このまま元に戻ったとしても、状況は何も変わらない。だってサスケは、引き続き私のことを狙い、追うだろうから。だけどそれだと生命の危機から逃れたことにはならないんだよ」
「だから俺の記憶からお前の存在を消して、逃げるって言うのか」
「サスケの千鳥が私を貫く、少し前まで巻き戻す。そして捕らわれている女性たちのうちの一人となったふりをして、姿をくらませる」


言い終えると、名前は時空眼に力を込めた。
自分の体を蝕む違和感に、サスケは写輪眼に力を込め作用を打ち返そうとする。
圧される感覚に、名前は瞠目すると、眉根を寄せて再び術をかけ返す。
二つの瞳力は拮抗状態になった。


(何度も何度も、俺はいったい何をしているんだ)


名前が何事かを自分に隠しているということは確信していたが、だというのにサスケは、過去を見せるという名前の言葉を疑わなかった。
だから、早くしろと急かしすらしたのだ。
だが名前の言葉を理由もなく信じて裏切られるのはこれで二度目だ。
一度目は、闇の組織への加入は、木ノ葉を狙ってのことではないと言っていたのに、そうではなかったこと。
あのときサスケは無闇に信じた己を確かに恥じ、悔やんだのに、また同じことをしてしまっている。


サスケはぎりと歯を食いしばると、込める力を強くした。
圧された名前が、苦痛に眉根を寄せる。
その瞳は先ほど、術をかける前の悲しげな眼差しを思い起こさせた。
サスケは、はっとする。


(──待て)


確かに一度裏切られたとき、サスケが名前を信じた根拠は乏しかった。
ただ信じさせるような何かがあって──信じたいと思う気持ちがなぜだかあって、だからこそサスケは、そんな確証のないものに頼った己を恥じたのだ。


(だが──今回は違う)


時間にすれば短かったかもしれないが、それでもサスケはもう三度名前と時を共にした。
サスケの知らない名前を知る者たちからも話を聞いた。
それらのときのことを思い出せば、やはり思う──名前は大した理由もなしに誰かを裏切るような人間ではない、と。


(──生命の危機)


それは確かに、誰かを裏切るには十分な理由に思えた。
あの悲しげな瞳は、それでも記憶を巻き戻すしかないため抱く心苦しさからだったのかも。
そんな名前が、自分の身の安全を望むのなら、それは叶えてやるべきなのかもしれない。


(──待てよ。生命の危機、だと?)


しかし、そのときサスケは違和感に気づいた。
眉を顰めると、口を開く。


「嘘だな」
「え・・・・・・?」
「お前は嘘を吐いている」
「なに、言って」
「お前の身の安全が確保される──俺がお前の命を狙わないことが条件なら、巻き戻しはとっくのとうに終わっているはずだ」
「なにを──」
「俺は、お前の命を奪おうとは思っていない。というか、初めからな。前に言ったはずだ。俺は、お前に千鳥を当てるつもりじゃなかった」


「・・・・・・悪かった」
「えっ?」
「あのとき、お前に術を当てた。お前に対しては、そこまでするつもりじゃなかった」



「だから俺の記憶を巻き戻す意味はない。どちらにせよ、俺にお前への殺意はないからだ」
「・・・・・・っ、そ、それは──そんなの、不確かなことだから。完全に安心なんてできない。確実に自分の生命を守るためには、こうしないと──」


言う名前を見据えながら、サスケの脳裏にはあのときのことが蘇っていた。
巻き戻しが始まる直前のこと──飛び込んできた琥珀色と、そんな名前の胸元を貫く自分の右腕。


「・・・・・・っ、?」


するとずきりとしたものがこめかみを走って、サスケは眉根を寄せると頭を押さえた。
思い起こそうとする度、頭痛が起こり、断片的にしか思い出すことができない。
頭を襲う殴りつけられるような衝撃と、乱れる視界、よぎる何らかの映像たち。
ひどい目眩と耳鳴りに、足下が瓦解していく感覚。
生々しさすら覚えているそれらを、しかし繋ぎ合わせるものが思い出せない──まるで、記憶が飛んでいるかのように。


「──!! まさか・・・・・・」


よぎる可能性に、サスケは瞠目した。
名前が窺うようにサスケを見上げる。


「サスケ・・・・・・?」
「俺が忘れているのは、お前と出会う前のことだけじゃないのか」
「──!!」


言えば名前は見るからに動揺した。


「思い出そうとすれば頭が痛むし、断片的にしか覚えていない」


それに──と、サスケは思う。


「どうして私の術だと思ったの?」
「確信を持っていたわけじゃない。ただ、お前に俺の千鳥が当たった後、空間が歪み、時間が巻き戻された」
「──攻撃が当たった後」



確か名前は、繰り返しは名前に千鳥が直撃した後巻き起こった、と言ったサスケに対して、どこか微妙な反応を見せていた。
サスケは、その直後巻き戻しが始まったと思っていたが、もしかすると真相は違うのかもしれない。


「もう一度聞く。お前はいったい、何を隠している」
「・・・・・・何も、隠してなんかいない。サスケは何も忘れてなんて──」


言う名前の顔は、しかし蒼白だ。
そして現れる動揺が隙を生んだことを察知して、サスケは瞬時に瞳力に力を込めた。


「──!!」


圧し負かされた名前が踏鞴を踏む。
サスケは反撃の機会を与えまいと一瞬で距離を詰めると、名前の首元を掴み上げた。
さらに力を込めるサスケに、名前は必死そうな表情で懇願する。


「お、ねがい、サスケ。待って・・・・・・!」
「駄目だ」
「・・・・・・っや、やめ・・・・・・!」
「──全てを見せろ・・・・・・!!」


サスケは時空眼に命令をかける。
サスケが知らないこと、知るべきこと──忘れていることを、己に見せろ、と。


「お願い──やめて・・・・・・!!」


名前が悲痛な声を上げる。
しかし名前の意思とは裏腹に、写輪眼に支配された時空眼のその左眼は術を発動した。









「くそ、こいつ──おい、てめえら! 来い!」


サスケが対峙していた男が苛立たしそうに舌を打つと、手下であろう周囲の面々を呼んだ。


「雑魚が何人増えたところで、結果は同じだ」


そうサスケが告げたときだった。
今度ははっきりと女性の悲鳴が聞こえた。
振り返れば、別の手下たちが牢から彼女たちを引きずり出している。
サスケらを女性たちの救出に来た者たちだと思っているのか、どうやら彼女たちを人質に使おうとしているらしい。
男たちは、縄に繋がれた彼女たちをこちらへ無理矢理引っ張ってきている。


片を付けてしまおうと、サスケが千鳥の印を結ぶ。
発せられる千鳥の囀りのような音と、目に見える雷遁に、周囲の面々がどよめいた。
サスケは手下どもを巻き込み倒しながら、頭領の男目掛けて一路駆ける。


するとそのとき、女性のうちの一人が、隙をついて逃げ出した。
だがパニック状態に陥っているのか、こちらは更なる混戦の最中だというのに、走ってくる足は止まらない。
頭領の男はにやりと歪んだ笑みを浮かべると、女性が走ってくる方向へ向けて踵を返した。
そして彼女の首元を掴むと引き寄せ、自分と位置を入れ替えると、サスケの前に放り出すようにする。


──そのときサスケは、飛び込んでくる琥珀色を見た。
名前の手が、女性のことを突き飛ばす。


──全ては一瞬のことだった。
サスケと名前の目が合ったときにはもう──その胸元に、千鳥を纏った右腕が深々と突き刺さっていた。


「・・・・・・ゲホ、ッ」
「・・・・・・ッ、お前」


名前の口元から血が溢れる──その姿を、サスケは昔どこかで見たような気がした。
千鳥を消すと、腕を引き抜く。
名前はもう一度咳をすると──唐突に左眼を押さえた。


「ッな、に──どう、して・・・・・・!」


名前の左眼に急速にチャクラが込められるのが分かる。
しかしどうやらそれは名前の意思とは無関係に起こっているようだった。


「ッおい・・・・・・!」
「サスケ、駄目──私の左眼を見ないで・・・・・・!!」


名前は叫ぶ。
しかし再び喀血するとよろめいた名前のことを、サスケは支え──そうして二人の目が合った。
瞬間、頭を殴りつけられるような衝撃がサスケを襲った。


「──サスケ」


木ノ葉隠れの象徴でもある火影の顔岩を背景に、幼い名前がにっこり笑う。
傷がある手足、腕に巻かれた額宛──どれも幼い頃のサスケと同じものだ。


「でも、違った。再不斬の殺気にもあてられてねえし・・・・・・」
「ああ、それはね、サスケは天性の才能があるからだよ」
「・・・・・・?」
「元々気配や殺気に敏感な人は、たとえ子供でも同じなんだって。サスケは才能があるから、私よりも殺気を感じ取っちゃったんだよ」
「・・・・・・」
「サスケは、すごいね」
「けど、全く感じなかった訳ねえだろ…あのドベでさえ怖がってたんだ」
「確かに怖かったよ。けど、怖いっていう気持ちよりも、みんなを守りたいっていう気持ちの方が大きかったんだ」
「──・・・・・・。・・・・・・お前は、自分のこと、考えねえよな」



蘇る。蘇る。
幼い頃の自分と、そして名前の記憶が。
不思議な感覚だった。
まるで夢をみているような感覚。
幼い自分と名前のことを、いまのサスケはどこか別の場所から眺めている。
だが幼いサスケが感じる気持ち、抱く想いは、いまのサスケにもありありと分かった。
巻き戻され、閉じ込められ、蓋をされていた熱いものが、みるみるうちに溢れ出てくる。


「サスケ、自分の出番が終わるまで、そのアザ、気をつけてね」
「・・・・・・フン、他人の心配してるようじゃヘマするぜ」



初めは、体が弱いからどうせろくに戦えないのだろうと思っていた。
だが共に任務をこなし、修行をしていくにつれ、そうではないことを知った。
しかしそれでも、忍には向いていないのではないかとは、ずっと思っていた。
他人のことばかり心配していて、自分のことなどまるで考えないから。
いつかそれが原因で、命を落としてしまうのではないかと思ってしまうほどに。


「・・・・・・な、泣きたく、ないの」
「・・・・・・」
「火影様との思い出が、今日ずっと、浮かんでくるよ。けど、全部・・・・・・っ、全部幸せな思い出ばっかりで・・・・・・!」
「・・・・・・」
「泣いたら、よく分かんないけど、悲しいものになっちゃう気がして・・・・・・っ」
「自分の言ったこと曲げてんじゃねえよ・・・・・・!お前、波の国で言ったじゃねえか、幸せが記憶になったら、確かに負の感情を感じる、って・・・・・・!」
「──!」
「お前の中で幸せだったからこそ、それが無くなった今、悲しいんだろうが・・・・・・!」

「ごめんなさい、イタチ、さん」



馬鹿みたいに優しくて、人の不幸を憂い、人の幸福を心の底から喜んでいた。
自分のことなど、気にせずに。


「他人のことをお前が考えてんなら・・・・・・誰かがお前のこと考える必要あるだろ」


だけど、サスケはそれでもよかったのだ。
自分のことに頓着しない名前にその分危険が訪れてしまうとしても──必ず自分が守るから。
だからそれでも別にいいと、そう思っていた。


「・・・・・・サスケ、怪我とか、しないでね・・・・・・?」


里を抜けるとき、本当は連れて行きたかった。
自分の知らないところで名前が怪我をし、果てには命すら落としてしまうかもしれないことを考えると、腕の中に閉じ込めて、そのまま連れ去ってしまいたかった。


「物心ついた時にはもう一人だったから」
「火影様が私を木ノ葉の里に置いてくれたから、私はみんなに出逢えた。こうして誰かの為に何かしたいと思えるような人達に、出逢えたんだ」



だがサスケは、名前が木ノ葉と、そしてそこに生きる仲間たちのことを想っていることをよく知っていた。
己がいる場所が闇であることを承知の上で、それでも引きずり込んでしまいたいと思う気持ちがないわけではなかった。
それでもサスケは、里を抜けた──たった、一人で。


「名前、お前は、戦争に出るのか」
「うん」
「・・・・・・どうしてだ」
「──約束を、守るためだよ」
「約束・・・・・・?」
「そして、自分の夢を叶えるため」

「──未来を視ることの出来る名前が、何故お前の里抜けを止めなかったと思う」
「──!」
「それは理由を知っていたからだ。そして復讐を遂げるまではお前が里に戻らないことも分かっていた。だから未来を視て、お前が確実に里へ戻る道を探し続けていた」



名前は里を抜け、さらには犯罪組織である暁にさえ身を置いていたが、その内面は変わってなどいなかった。
名前は変わらず、周囲の者たちの幸せを願い、そのためにずっと奔走し続けていたのだ。


「・・・・・・じゃあ、な。名前」
「・・・・・・うん・・・・・・。──ばいばい・・・・・・」



そして名前はそれをやりきり、歴史から、人々の記憶の中から──世界から、姿を消した。
サスケが名前に対して抱いていた、強い想いと共に。


「ッ、・・・・・・ッ」


──その過去を、失われていた記憶を見た時間は、現実世界の一秒にも満たなかったのだろうか。
頭領の男がにやりと笑うと走り出そうとするのが視界の端に映る。
だがいまのサスケには、もうそんなことどうだってよかった。
力をなくした名前の体が揺らぎ、膝がかくりと折れる。
まるでスローモーションのように見える世界の中、サスケは必死で名前に手を伸ばした。


「ッ名前・・・・・・!!」


仰向けに倒れ込んだ名前のことを支える。
ぐっしょりと手を濡らす血に、サスケは息を呑んだ。
自分がしたことだと思うと、頭が可笑しくなりそうだった。


「──サ、スケ・・・・・・」


しかしそのとき、ひどく動転するサスケの頬に、震える名前の手が触れた。


「記憶、が・・・・・・ゲホッ、ゴホッ!!」
「ッ喋るな・・・・・・!!」
「ご、めん・・・・・・時空眼が、暴走しちゃった、みたい、で」
「黙れ!! 口を閉じてろ・・・・・・!!」


名前が口を開く度、傷口と、唇からと流れる赤いものに、サスケは必死で制止する。
しかし聞こえていないのか何なのか、名前は続けて、


「ごめ、ん・・・・・・ごめんね、サ、スケ・・・・・・」
「ッ・・・・・・何を、謝って」
「ご、め・・・・・・」
「ッうるせえ!! やめ──」


いま伝えておかなければ、もう伝えられないから、だから謝っているようにしか、サスケには見えなかった。
必死で止めようとしたサスケは、頬からするりと崩れ落ちていく名前の手に、はっとすると名前を見やる。
閉じられていこうとする白緑色に、サスケは必死で訴えかけた。


「ッおい──駄目だ、名前──ッおい、目を閉じるな・・・・・・!!」


震えるサスケとは反対に、名前の体はだらりと弛緩し──力が抜けていく。
呼吸はだんだんと弱くなっていき、瞳が色を失っていく。


「っクソッ、名前・・・・・・!!」
「──・・・・・・」


応えるように、名前が何かを言った気がした。
だがそれはとうてい声としては聞こえてこない。
自分の腕の中でいままさに失われようとしている命──名前の姿に、サスケは思った。


(──駄目だ)


「・・・・・・許さねえ」
「・・・・・・」
「ッ許せるわけ──ねえだろうが・・・・・・!!」


──死ぬことは、許さない。


(──写輪眼・・・・・・!!)


そしてサスケは、名前の時空眼に命令をした。


「名前、時間を──巻き戻せ・・・・・・!!」









──違う、とサスケは呟いた。
目の前には名前がいる。
蒼白な顔をして、サスケのことを見上げている。
その胸元は傷などなく、だから忍服も綺麗なままだ。
当然だ、だって──サスケの千鳥が名前を貫くよりもずっと前まで、時間を巻き戻したのだから。


「ご、ごめん! 実はそもそもにして、こんな術を使うつもりはなかったというか、無意識のうちに発動してたみたいというか・・・・・・」


だがそれは、名前が無意識のうち引き起こしてしまったことではなかった。
時空眼が暴走した結果起こしたのは、サスケに失われた過去を見せることであり、時間を巻き戻すことではない。


「でも、このまま元に戻ったとしても、状況は何も変わらない。だってサスケは、引き続き私のことを狙い、追うだろうから。だけどそれだと生命の危機から逃れたことにはならないんだよ」


また、時間が巻き戻され、そうしてそこから抜け出せなくなってしまった理由は、名前が自分の命を守ろうとしたからではなかった。


「──私、死にたくないんだ、サスケ」


「──違う」


──名前じゃない。
名前の死を受け入れられなかったのは──。


「──俺の方、だったんだ」



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