舞台上の観客 | ナノ
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「#甘甘」のBL小説を読む
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「な、名前、今日夜、会いに行ってもいいか?」


大好きな優しい声でそう聞かれ、私は顔を輝かせると、にっこり笑って頷いた。


「はい、もちろんです」
「うんうん、いい返事」
「本当に嬉しいです。カカシ先生と過ごせるなんて久しぶりで・・・・・・いまから待ちきれないです」


はにかみながらそう言えば、カカシ先生はなぜだか残念そうな顔をして、がっくりと肩を落とす。


「それは、いい返事すぎてちょっと・・・・・・仕事に戻りたくなくなるね」


するとそんなことを言うので、私はくすくすと笑った。
だが街の中で偶然ばったり会えたことは嬉しかったけれど、そう長々と忙しい里長を引き留めるわけにもいかない。
それに夜は私のためだけに会いに来てくれると言っているのだ。


なんて贅沢なんだろう。
私は本当に幸せ者だ。


私はその幸福に感謝しながら、笑い合ってカカシ先生とその場で別れると、それから自宅の冷蔵庫の中身を思い出しながら通りを歩いていく。
何時になるかは分からないし、遅くなるような気もするけれど、もし夕食を食べたいとなったときに何か出してあげたいと思う。


(ああ、でも──そうだ)


ちょうど昨日、旬の秋刀魚を買っていたんだった。
直近の任務は里内でのそれだったから他の食材も揃っているし、不足はないだろう。


出せばきっと喜んでくれるであろう大好きな恋人の笑顔を思い浮かべて、頬を緩めたときだった。
──耳に届いた微かな音が、やけに引っかかった。
私は微かに目を開くと、それでも平静を装い、そのまま足を進めていく。
おもむろに印を組むことはできないが、最大限に聴覚に意識を集中させた。
雑踏の中、微かに届いた音の出どころを注意して特定する。


(──いた)


けど、と私は僅かに眉を顰める。


人の音だ。それも忍の──かなりの手練れのもの。
かなり神経を研ぎ澄ませていないと捉え続けていられないほど微かな音。
響遁を使っていればもう少し聞き取れていたのかもしれないが、そうだとしたってかなり神経をすり減らすことだろう。
それにたとえ響遁を使っていなくたって、私は自分のことのうち聴覚には珍しく自信があるのに。


「・・・・・・」


試しに曲がり角で曲がってみる。
死角に入ると同時に瞬時に印を結んだ。
練られたチャクラによってさらに聴覚が研ぎ澄まされ、先ほどよりも音を掬い上げることができる。


(やっぱり、私を尾行してる・・・・・・)


つけられる心当たりがないわけじゃない。
むしろ、ある。その経験も、何度も。
だが今回の相手は、そうしてこれまで対峙してきた連中とは比べものにならないほどに優れた忍であることがすぐに分かった。


緊張で、喉が渇く。
私は一つ唾を飲むと、それから人気のない路地裏へと足を進めた。
殺気立たないよう気をつけながら、それでも一挙手一投足に気を配る。
──だが、当の人物は姿を現さない。


(誘い出そうとしていると、読まれてる・・・・・・?)


それか、いまはただ尾行するだけで、他に目的はないのかも。
だがいかんせん相手が手練れであるだけに、私が奴に気づいたことに、気づかれている可能性が排除できない。


(どうする・・・・・・)


このままいつまでも街を彷徨っているわけにもいかない。
だがかといって、立ち向かうこともまた難しい。
相手の狙いが分からない以上、こちらから先手を仕掛けようとしたところで跡形もなく消え失せることだってありえる。
また、そうでないとしたって──。


幼い子供たちの笑い声が聞こえて、私ははっとすると道の先を見た。
路地裏の薄暗く細い道の先、太い通りを、笑い声を上げながら数人の子供たちが駆けていく。


「・・・・・・」


私はその光景を見送ると、小さく拳を握った。
それから自身も通りまで出ると、自宅を目指して歩みを進めていった。


──そうして着いた自宅の玄関の前、私はポーチから鍵を取り出す。
鍵穴に差し込んで回し、ドアノブを掴んだところで──一瞬にして、背後にその者が現れた。
背中にぴたりとクナイの切っ先が当てられている。


「──そのまま、部屋に入れ」


しかしその声を聞いた瞬間、いままで散々緊迫した雰囲気だったというのに、私は呆気に取られて声を上げた。


「えっ」
「入れと言っただろう」
「えっ、でも──カカシ先生」
「・・・・・・いいから、入れ」


後ろから伸びてきた手が代わりにドアノブを捻ると、そのまま扉を開き、私は背中を押されて家へ入った。
背後で扉と鍵が閉められる音を聞きながら、踏鞴を踏んだ私は、そうして振り返るとさらに目を丸くさせた。


「えっと・・・・・・カカシ先生、ですよね?」


変化の術かもしれないという可能性も思い出して一瞬心臓が跳ねるが、音からはそうは聞こえてこない。
だけど近くで聞けば何だか少し不思議な音ではあって、私はさらに困惑する。
するとカカシ先生(仮)は変化の解術の印を結んだ。
しかし何も起こらず、私の前には変わらずカカシ先生がいる。
──だが、その出で立ちは暗部のそれだ。
灰色を基調とした装備品と、顔を隠す狐の面。
するとカカシ先生は面を取った。


「──って、腕! け、怪我してるじゃないですか!」


その際目に入った、腕にざっくりと走る傷跡に、私はぎょっとする。


「えっ、さっきのいまでいったい何が──っていうか他のことも──と、とにかく上がってください!」


私はわたわたとすると、カカシ先生のもう一方の手を引き居間へと案内した。
ソファに座らせると、救急箱を取ってきて、手当する。途中まで、こんなの大した怪我じゃ──とか何とか言っていた先生も、私に圧されたのか、大人しく治療を受けてくれている。


「・・・・・・呆れるくらい、さっきまでと違うね」


床に両膝をつき、先生の腕に包帯を巻きながら、かけられた言葉に私は、え?と先生を見上げた。
先生は読めない眼差しを向けながら、


「君、俺の気配に途中で気づいたでしょ」


色々と聞きたい気持ちもあるが、ひとまず私はその問いに頷いた。


「それで、俺を誘い出すために路地裏へ入った」
「はい」
「無闇に返り討ちにしてこようとしなかったのはよかったけど、自宅へ来たのは何故だ?」
「えっと、狙いが分からなかったので。路地裏でも、私は一人だったのに接触してこなかったから、何か条件が足りないんだなと思いました。だから仮に戦闘になることを想定して、人気のない演習場とかに行ったとしたって、それは同じかなと。なので明らかに私が動きを封じられる状態になれば、姿を見せるかなと思ったんです。ここならそもそもにしてまず場所が狭いですし、尾行が目的であったとしても、これほどの手練れであればとうに自宅の場所なんかは知られているから問題ないだろう、って」
「なるほど。優秀だね」
「カカシ先生にそう言ってもらえると、嬉しいです」


私は笑ってそう言うと、手当を終えた。
それから解き忘れていた術も解くと、カカシ先生の隣に腰を下ろして、はたとする。


「あれっ、ていうかカカシ先生、なんだか若い、ですか?」
「・・・・・・今さら?」


その言葉に、確かに、と私は頭を掻く。
だがカカシ先生はいくつであっても素敵だし、そもそも顔のパーツが色々と隠されているから、正確な年齢が分かりにくいといった理由も正直ある。
なにやら若く見える──それでも私よりは少しだけ上だろうか──カカシ先生は軽く息を吐くと、


「本当、さっきまでとは呆れるくらい違うよね」


そう言うと、先生は私に目を向けた。


「俺は確かに、はたけカカシだ。だけど君の先生ではないよ」
「・・・・・・?」
「信じられないとは思うけどね。──俺は恐らく、過去から来たんだ」


過去から──その言葉に私は瞬いた。
先ほど偶然会ったときとは違う容姿のカカシ先生を見つめて、はっとすると、少しだけ迷ってから目を閉じた。


大丈夫、いまは言わば緊急事態だから。
きっと皆も、許してくれる。


(──時空眼!!)


開眼すれば、カカシ先生は瞠目して僅かに身じろいだ。
警戒を露わにする様子に、私はぱたぱたと手を振る。


「突然ごめんなさい。でも、何もしません」
「・・・・・・それ、瞳術?」
「はい。体の状態を少し見させてください」
「・・・・・・分かった」


体の力を抜いてくれたカカシ先生にお礼を言うと、私は注意深くその身体を捉え見る。


(・・・・・・他の人たちと違う)


いま、この現在を生きる人たちと。
上手くは言えないが、色というか、存在感というかが薄いのだ。
あえて言うなら分身の存在感と似ているが、それともやはりまた違う。


「具合は大丈夫なんですか? どこか体に可笑しなところは?」
「いいや、こんなことが起きてるっていうのに驚くくらい、何もないよ。あえて言うならいま手当してもらった腕の傷が、一番痛かったところだな」


私は、そうですか、とほっと息を吐く。
だが表情は晴れない。


(──いったい、何が)


考えられる一番の原因は、自分も持っているものながら、時空眼だ。
時に干渉することができるとなれば、この瞳術は他の追随を許さないとさえ思う。
だがそうは言っても他にも色々と私が知り得ない忍術やらなんかは当然あるだろうし、そもそもこのときのカカシ先生に時空を超えさせる理由が思いつかない。


「ここに──この時代に来る前は、何を?」
「それが、特別なことは何もしてないんだよね。これで非日常な何かがあれば、原因はそれだと言えたんだろうけど、俺はいつもどおり任務を終えて、火影邸に報告に行こうとしてただけだったし。ご覧のとおりの風体だから、表通りは歩かないんだけど、一つの木に登ってから建物の屋根に着地したら、里の様子が変わってた、ってわけ」


カカシ先生の言葉を、私は顎に手を当てながら考え込んで聞く。
はた、と顔を上げると、


「それにしても、よく自分のいた時代じゃないことが分かりましたね」
「・・・・・・ま、俺が向かってた先は、いま話したとおり火影邸だったからね。だったらまず目に入るでしょ──歴代火影の、顔岩が」


私は、ああ、と納得しかけ、そうしてぎょっとした。
ということはカカシ先生は恐らく、というか確実に目にしただろう──岩に彫られた自分の顔を。
だらだらと汗が出てきそうな心地だった。


タ、タイムスリップものは私も見たことあるけれど、こういうのって行った先の情報を知っても問題ないんだっけ・・・・・・?
それによって過去が変わったり、あるいは未来が変わったりとか・・・・・・。
でも実際カカシ先生はもう見ちゃったわけだし──いやでも。


ぐるぐると思考を巡らせていれば、ふっとカカシ先生が軽く噴き出した。
ぽかんとして見れば、先生は少しだけ可笑しそうに笑っている。


「尾行し始めた当初はとうていそうとは思わなかったけど、君って本当、意外と表情とかが豊かだよね」
「──カカシ先生」
「いま、結構ひどい百面相してたよ」
「そう、だったんですか?」


頬を撫でる私に、カカシ先生は肩を竦める。


「ま、安心してよ。この時代で何を知ったからといって、別に何もする気はないし」
「そう、ですか」
「だから、俺もこれ以上出歩くのは控えたいから、このままここに置いてくれる?」
「それは、もちろん」


拘りなく頷けば、どうも、と先生は言う。
それから窓の外に視線を向けた。
雰囲気も、目も、変わらず読みにくい。
摩訶不思議な現象をその身に受けているというのに落ち着いている様は、さすがカカシ先生といったところだ。
だけどいまは少しだけ、困惑しているように見えた。


「──驚きますよね。いきなりこんなことが自分の身に起きて──突然、未来を知って」
「・・・・・・まあね」


先生は私に視線を戻すと、


「ま、でも驚きで言えば、俺が先生なんて呼ばれてることも結構なものなんだけど」
「──はっ!! そ、それは・・・・・・!」


言われて、いまさら気づく。
初めの方ならいざ知らず、目の前にいる人が過去の人だと知ってからも、私はずっとカカシ先生と呼んでしまっていたのだ。
影響を懸念するなど、どの口が言うのだという感じだ。


「何たる不覚・・・・・・!」
「また百面相してるよ」
「すみませんでした。自分が情けないです」


ちーんと沈み込みながらソファの上で土下座すれば、カカシ先生はまた少しだけ笑って、


「別に、俺に謝る必要はないでしょ。ああでも俺は先生なんだっけ? だったら確かに、あんまり顔に出やすいのも考え物かな」


どう答えたものか、いまさらではあるが先生であると肯定してよいものか、迷って目を泳がせる。
だが──と思った。
確かにカカシ先生がこのことを受けて、自分だけでなく周囲にも影響が出るかもしれない無闇な行動に出るとは考えられない。
それに私は、カカシ先生からこんな経験をしたなどということは一度も聞いたことがないのだ。
だとしたら──。


(ここでのことは、忘れている・・・・・・?)


時空をほんの少しだけ扱えたとしても、いや扱えるからこそ、時間というものの膨大さを少しは分かっているつもりだ。
世界には運命と呼べるような大きな道筋があって、広がるいくつもの可能性はともすればそれに収束していく。
何か目に見えない大きな力が働いて、カカシ先生が労せず元の時間軸に戻ることはありえるのかも。


「・・・・・・先生、ね」


途方もないことについて考えて、頭がこんがらがってきていた私は、するとカカシ先生が何か呟いたことに気がついた。
視線を向けて、瞠目する。
先生は自分の掌に目を落とし、どこか自嘲するように笑っていた。


「──私の、上忍師だったんです」


悔恨の色を深く湛える瞳を見た瞬間、私の中につい先ほどまであった懸念も、後悔も──何もかもが、吹き飛んだ。
このカカシ先生に多くのことを伝えてはいけないのかもしれない。
多くのことを伝えたとしたって、忘れてしまうのかもしれない。
それでも、伝えさせてほしかったのだ。


「えっ、待って──上忍師? ってことは、俺がまた、班に属するのか?」
「はい」
「・・・・・・いや確かに先生とは言ってたけど、それは臨時か何かで一時的に教えただけのことかと、思ってた」
「いいえ。確かに、短い間ではありましたけど」


在りし日の過去を思い出して目を細めると、そうして私はにっこり笑った。


「でも私も、他の仲間たちも、皆カカシ先生のことを心の底から尊敬しています」
「──・・・・・・」
「私も、カカシ先生に師事できて本当に幸せでした。カカシ班の一員としていられることは今までも、これからもずっと、私の宝物です」


こちらを見つめるカカシ先生に、私は笑みを浮かべたまましっかりと頷く。
やがて先生は、そう、と言った。


「・・・・・・ま、君にとってはそれだけじゃないみたいだけど」
「──えっ」
「好きなんでしょ? 未来の俺のこと」


あんぐりと口を開ける私に、カカシ先生は呆れたように、あのねえと言う。


「どうして俺が、君を尾行対象にしたと思ってるの」
「えっと──あっ! カカシ先生と話してたからですね」
「そう。どうやら友好的なようだったから、昔の俺にも協力してくれるかなと思ってね。そうじゃなきゃ君じゃなくて、もっと尾行しやすい人を相手に選ぶよ。まさかあんなに集中してつけることになるとは思わなかったからね。ま、こうして場所も提供してもらってるわけだし、結果オーライだけど」
「ゆ、友好的」
「遠目だったし、未来の俺は背中向けてたから、雰囲気は悪くなさそうだな程度のものだったんだけどね。でも君は──違うでしょ」


私は慄然とすると、口元を手で覆った。


「顔に・・・・・・出てましたか」
「まあ、ね」
「何たる不覚・・・・・・!」
「ちょっと。もういいから、それ」
「すみません。でも気をつけようと心掛けているつもりでいたので」
「・・・・・・気にしなくても、どうせ未来の俺は気づいてるだろうから、いまさら取り繕うとしなくても大丈夫でしょ」
「それは──」
「もし持て余してるんだったら、俺が相手してあげようか。同じ男なんだし、別に一緒でしょ」


そう、半ば吐き捨てられて、私は目を開く。
カカシ先生は温度のない目を私へ向けると、


「驚いてるね。未来の俺は、こういうことはしてくれないのか?」
「・・・・・・っ」
「一度は懲りてるはずなんだけどね。深入りされたら面倒かなと思ってかわしてたら、かえって悪い方に働いちゃったことがあったから、未来でもまだそんなことになってたら面倒だなと思ったんだけど。それで君は──」
「ッげほっ、ごほっ・・・・・・!!」
「──! おい!」


口元を手で覆い隠して咳をすれば、カカシ先生は顔色を変えて肩を支えてくれた。


「どうした」
「ッごめん、なさ。大丈夫、です──げほっ」
「だが・・・・・・」
「本当に──馴れて、いますから」


そう、馴れているのだ──カカシ先生のあまりの魅力に被弾することは。


いや、これはもう、素晴らしい新発見だ!
カカシ先生がいつのときだって素敵なのは確かだが、私が知らない頃のカカシ先生は色々な意味でヤンチャしていたと、嘘か本当か話を聞いたことがある。
いつも基本的ににこにこしていて優しいカカシ先生のヤンチャな一面なんて、そんなの──見てみたいに決まってる・・・・・・!
でもカカシ先生はその頃の話を私にすることを嫌がるから、無理強いするわけにもいかず、結局あまり知らなかったのだけれど。
まさかこうして、この身をもって体感することができる日が来るとは・・・・・・!


「・・・・・・もしかして、体が弱いのか?」


幾分呼吸が落ち着いてきたので、いいえと笑って首を横に振れば、カカシ先生はふいと目を逸らした。


「まあどっちにしても、君みたいな子は、やめておいた方がいいよ」
「え?」
「どうせ叶わないからね。もっと、君をちゃんと幸せにしてくれる人のところへ行った方がいいよ」


私は軽く瞠目すると、それからカカシ先生の気持ちを理解して目を伏せた。


「そっか・・・・・・そうですよね」
「・・・・・・いまこの時代を生きてなんかいない、過去の俺に言われて、ショックだろうけどさ」
「えっ? ああいえ、そうじゃないんです」
「は?」
「そうですよね、って言ったのは、とうてい信じられないですよね、っていうことで」
「どういうこと?」


私はごくりと唾を飲むと、神妙な顔をしてカカシ先生を見た。


「すごく、ショックであろうことを、言います」
「・・・・・・何?」
「──実は、叶ってるんです」
「──何て?」
「お気持ちは十分よく分かりますが、叶ってるんです」
「何が」
「えっと私のこ、恋心が? です」
「──嘘でしょ」


このとき初めて、年相応なカカシ先生が垣間見えた気がした。
先生は動揺したように身じろぐと、


「えっ──いや、確かにさっき俺、面倒ごとにならないようにとは言ったけど。でも俺と君の年齢差って、いくつ?」
「えっと──」
「いや待った。やっぱり答えなくていいよ。ごめん」


カカシ先生は頭を抱え込んでため息を吐くと、そのまま少しの間、考え込むようにしていた。
どうしたものかとおろおろしていれば、先生はぽつりと呟く。


「将来の俺、何か血迷ってるのかな・・・・・・」
「えっ」
「別に君が可愛くないとか言ってるわけじゃないんだけど──」
「や、やっぱりそう思いますか?」
「え?」
「実は私も、想いを伝えてもらったときから似たようなことを聞いてはいるんですがその度、そうじゃないよと教えてもらっていて──」
「ちょ、ちょっと待って」


言葉を遮られて制されて、私は瞬く。
先生は驚いたような顔をしたまま、続けて、


「想いを伝えてもらった、って──まさかとは思うけど、もしかして俺の方から、告白したの?」
「えっと、そうです。恐れ多くもしてもらいました」
「・・・・・・」


告げればカカシ先生は今度こそ黙り込んでしまった。
大人しく待っていれば、やがて先生は、私に目を向ける。


「・・・・・・ちょっと俺もう、未来の自分のことが分からない」


その言葉に私は、そうですよね、と苦笑を漏らした。


「私も、もし過去からこの時代へやってきて、いまはカカシ先生と恋人なのだと言われても、きっと信じられません。たとえそれが、ほんの数年前の自分だったとしても」
「・・・・・・君はさ、相手が俺でいいの」
「えっと、逆ではなくて、ですか?」


相手が私でいいのか、ということではないだろうかと思って聞けば、しかしカカシ先生は僅かに苦笑して首を横に振る。
困惑して、えっと、と頬を掻けば、カカシ先生は言った。


「・・・・・・俺は君に、誠実じゃないでしょ」


私は瞬くと、それから目を細めて微笑んだ。
微かに目を開くカカシ先生に、いいえと首を振る。


「誠実、っていうのが具体的に何を指すのかは分かりませんが──とても幸せにしてもらっていますよ」
「・・・・・・」
「私には、もったいないくらいです」


本当に、と付け加えて、私は笑った。


「だからやっぱり思うのは、私でいいのかな、っていうことの方です。私は未だに慣れないことが多くて、いつもリードしてもらってばかりだから」
「・・・・・・ふーん」


苦笑するように笑いながら頭を掻けば、カカシ先生は私を見て、それから少し距離を詰めてきた。


「なら、俺で練習してみれば」


え──と目を開いたところ、カカシ先生の手が頬に触れる。
じわじわと熱が上がってくるのが伝わったのか、先生はちらりと笑うと、


「確かに、ウブだね」
「・・・・・・まあそれは、相手がカカシ先生だからなんですけど」


すぐに反応してしまうことが恥ずかしくて、目を泳がせながらそう言えば、カカシ先生は少し楽しそうにした。


「へえ? でも、さっきから引き続き俺のこと、先生って呼んでるけど、俺自身は別に君の先生ではないよ。はたけカカシ本人ではあるけどね」
「うっ・・・・・・それは、そうなんですけど」
「それに俺も、もう少し確かめたいしね。どうして未来の俺が、君を選んだのか」


そう言うと、頬にキスでもしようというのか顔を寄せてきたので、私は慌ててその肩を押した。


「わーっ! で、でもやっぱり駄目ですよ!」
「何で? 俺にとっても君にとっても、利点はあると思うんだけど」
「確かに、カカシ先生──じゃなくて、あなたにとってもする目的はあるっていうことだったんですけど」


言って、それでも、と私は続ける。


「あなたにとって、私はまだ出会ったことすらない人間で、だからそこに何の好意があろうはずもありません。そんな相手に、しかも私なんかに、こんなことをしてはよくないと思います」
「私なんか、って、君さっきから、自己評価が低いよね。・・・・・・それに俺は、そういうことをしているよ。君がいま、よくないと思うって言ったことを、俺はしている」
「・・・・・・」
「そんな俺でも、本当に君はいいと思ってるの?」
「何も思うところがないと言えば、嘘になっちゃいますけど・・・・・・」



問うような、見定めるような眼差しに、私は明るく笑った。


「でも、いいんです。たとえ過去に何があったとしたって、それらを経た先にいるいまのカカシ先生のことが、私は大好きなんですから」
「──!」
「過去そのとき、カカシ先生が幸せであることの方が、ずっと大事なことですよ」


にっこり笑えば、目を開いたカカシ先生は何度か瞬きをした。
ややあって、ふっと目元を緩ませると、私の頬を撫でる。


「・・・・・・なるほどね」
「あの・・・・・・?」
「・・・・・・俺、少しだけだけど──」


そう言いかけたときだった──カカシ先生の体を纏うようにして、淡い光の粒が現れた。
静かに降るように、あるいは舞い上がるようにして光の粒は宙を漂い、そうしてカカシ先生の体の色が透けていく。
元の時代に戻るのだろうと、何とはなしに思った。


「これは──」
「恐らく、元の時代に戻れるのかと。いまのカカシ先生があることから大丈夫だとは思いますが、無事戻れることを願います」


こちらに目を向ける先生のことを、私はどこか複雑な思いで見返した。


これから先、この人を待ち受けているであろう未来を想像すれば、胸が苦しくなる。
このときでさえ既に多くの絶望をその身に味わったこの人に、それでもまだ襲いかかる数々のことを思えば。


(──それでも)

 
この人は──はたけカカシという人物は、たとえどんな困難や苦境に陥ろうとも、幾度となく絶望しようとも、足を踏み出し、歩いていける、強く気高い人だと知っているから。


「──また、会いましょうね」


このことを覚えていたって覚えていなくたって、どちらにしても、何があっても、きっとカカシ先生は時代を生き抜き、そうしてまた私たちの前に来てくれる。
そのことを私は、疑わない。


にっこり笑えば、カカシ先生は微かに目を開いた。
それから少しだけ、口元に笑みを浮かべたような気がしたけれど、先生は光の粒に包まれると、そうして姿を消した。
宙に手を伸ばしてみるも、やはりそこには何の感触もない。


暫く思いを巡らせていれば、やがて玄関の鍵ががちゃがちゃと騒がしい音を立てて開けられたのが聞こえた。
ぎょっとして立ち上がれば、扉が開く音がして、そうして居間へ──現在のカカシ先生が入ってくる。


「カカシ先生──」
「いないから!」
「──えっ?」


瞬けば、先生は私の肩を掴んで必死そうにしながら、


「俺、血迷ってなんかないから。名前の他に誰もそんな奴なんかいないから!」


続けられる言葉に、呆気に取られていた私は、そうして一つの可能性に思い当たる。


「もしかして、覚えてるんですか? 未来へ飛んだときのこと」
「・・・・・・ついさっき、思い出した、っていう感じかな。すごく不思議な感じだったんだけど、突然、頭の中に記憶が流れ込んできたんだ」
「そうなんですか」


複雑そうな表情のカカシ先生に、私はまた瞬く。
それから、苦虫を噛み潰したような顔をする先生に、思わず軽く噴き出すと、


「私、気にしない、って言ったじゃないですか」
「そうなんだけどね・・・・・・実際昔の俺は、褒められた人間関係は築けていなかったから。だから名前にはあんまり教えたくないのに、過去の俺がべらべら喋るから、本気で焦ったよ」


自分のことだというのに、心から忌々しそうに言うカカシ先生に、私はさらに笑った。
それから先生のことを見上げると、にこりと笑う。


「でも、無事に戻れていてよかったです。また会えましたね」
「・・・・・・うん」


カカシ先生は目元を和ませると、そうして頬にキスを落としてきた。
えっ、と身じろげば、カカシ先生は消毒と言う。
そのままいくつもキスを落とされるので、私は頬を赤くさせながら、


「しょ、消毒って、自分自身ですよ? それに止めたので、何もされていません」
「分かってるよ。でもたとえ俺であったとしたって、今の俺とは違うんだから、駄目だよ。名前は俺だけの、恋人なんだから」
「そういうものなんですか・・・・・・?」
「そういうもの」


カカシ先生の言い分はよくは理解できなかったけれど、触れ合えることが幸せで、その幸福に私は笑う。
先生もひどく優しい顔をして私のことを見下ろすと、そうして顔を傾け──たところで、家のチャイムが鳴らされた。


「おい名前、無事か!」


くわえてドンドンと扉が叩かれる。
この声って──と、私はカカシ先生を見上げた。


「オビトさんですよね?」
「・・・・・・そういえば、オビトの報告を聞いてる途中で記憶が戻ってきたから、放り出して来ちゃったんだった」
「ええっ」


うっかりしていた、というように焦った様子もなく言うカカシ先生に、私はひとまず玄関の方へ向かって声を上げる。


「ぶ、無事ですオビトさん。何もありません」
「・・・・・・そうか、よかった」


オビトさんは安堵の息を吐きながらそう言うと、次いで刺々しい声を放つ。
怒れる空気が扉を越えてくるようだった。


「ならそこにいる馬鹿は、特に理由もないのにいきなり仕事を放ってお前に会いに来たということだな。引き渡してくれるか、名前」
「引き渡す、って。ちょっとオビト、それじゃあ俺が何かの容疑者みたいじゃない」


交わされるやりとりに、私はくすくすと笑う。
軽く息を吐いてからこちらを見るカカシ先生に、にっこり笑いかけた。


「お仕事、お疲れさまです」
「うん。──さっきも言ったけど、夜また会いにきてもいい?」
「もちろんです。ちゃんと待っていますから──またすぐ、会いましょうね」


悪戯げに笑ってそう言えば、カカシ先生は瞬いた。
それから同じようににこりと笑むと、そうだねと言ったのだった。



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