舞台上の観客 | ナノ
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
いま自分の身に何が起きているのか、その大前提をひとまずではあるが把握したサスケは、それから詳細を知るため、宿を出ると気配を探りながら木々を駆け抜けた。
だが手練れの忍であるからか、なかなかどうしてその者の痕跡は見つけづらく、気配も探りにくい。
結局サスケがその人物をとある山の中腹で見つけたのは、空が茜色に染まってからのことだった。


「──見つけたぞ」
「──! サ、サスケ!? どうしてここに」


ぎょっとする名前の前に、木の上から降り立つ。


「いったい何をした」
「──えっ」
「時間を巻き戻しただろ。お前の術じゃないのか」
「き、気づいてるの!?」


その言葉に、サスケは確信を得る。
繰り返される今日の中、サスケが会った者たちは皆、時間が巻き戻されていることを感知していなかった。
だが名前はこの異常事態に気づいている。
いや、気づいているどころか──。


すると名前は顔を両手で覆うと、ため息を吐きながらその場にしゃがみ込んだ。


「そっか・・・・・・やっぱり写輪眼を持ってるからかな」
「・・・・・・」
「どうして私の術だと思ったの?」


また一つ息を吐いてから、名前は顔を上げるとそう言った。


「確信を持っていたわけじゃない。ただ、お前に俺の千鳥が当たった後、空間が歪み、時間が巻き戻された」
「──攻撃が当たった後」
「だから逃れるために、そうしたのかと思った」
「・・・・・・そっか」
「それに数日前、お前は俺の動きを止めただろ」
「宿でのことだね」
「あの瞳に見据えられたとき、指の先まで動かせなかった。力で抑えつけられるようなものとはまるで違った。力で、術で、あるいは精神力やら何やらではねのけることは不可能だと直感するほどの──瞳術だった」
「・・・・・・」
「あれは、俺の時間を止めていたのか」


ややあって、名前は息を吐きながら観念したように笑った。
それから立ち上がると、目を閉じる。
再び目を開けたとき、そこには白緑色の瞳があった。


「サスケの言うとおりだよ。──時空眼、っていうんだ」


サスケは、時空眼、とその瞳力の名を呟いてみる。


(聞いたことがねえな・・・・・・)


もちろんサスケとて全ての瞳術を知っているわけではないが、それでもその能力を考えれば、名の知れた瞳術でないことに疑問を感じる。
そんなサスケの内心に気づいたのか、名前は苦笑するように笑った。
悲しそうな笑みだと、サスケは思った。


「宿でも少し言ったけど、里に属した忍ではないから。山奥とかでひっそり暮らしてたから、広まる機会もなかったんだよ」


そういうものだろうか、とサスケは思う。
だが時空眼の能力はどう考えても希少だ。
だから危険やトラブルを避けようと、人里離れた山奥に引っ込むことは、確かに大いに想像できる。


そこまで思って、サスケは当初の目的を思い出した。


「というか、お前の術なら、なんで二回も繰り返した」
「あー・・・・・・それは」
「俺は一度目、起きたことは夢かと思い、当初と同じくあの廃墟まで行った。そうしたらお前は姿を現さなかった」
「・・・・・・」
「命の危険から逃れられたのなら、それで済んだはずだろ」
「・・・・・・それが、実は」


言いよどむ名前に、サスケは首を捻る。
名前は頭を掻くと、困ったように笑った。


「上手く、いかなくて」
「──はぁ?」


眉を上げたサスケに、名前は顔の前で手を合わせた。


「ご、ごめん! 実はそもそもにして、こんな術を使うつもりはなかったというか、無意識のうちに発動してたみたいというか・・・・・・」


だから──と言ったきり、続ける言葉が見つからないのか、気まずそうに目を泳がせる名前に、サスケは額に手を当てると息を吐いた。
だが、生命の危機を察知した肉体が、咄嗟にそれから逃れようとすることは理解できる。


「・・・・・・なるほどな。だから巻き戻ったのも、攻撃が当たる前じゃなく、朝までだったのか」
「うん、恐らく・・・・・・」


サスケの言葉に、名前は申し訳なさそうな顔で首肯する。
繰り返しが二度目に入ったことと同じく、そもそも当日の朝まで巻き戻ったこともまた、疑問の一つだったのだ。
攻撃から逃れることが目的であれば、朝まで巻き戻す必要などないから。


「今日の朝まで巻き戻す、っていう命令が、ほぼオートでかかっちゃっているみたいで・・・・・・だからその命令を消す必要があるんだけど、どうやら力が足りないようなんだ」
「力が足りない?」
「うん、まあ、体力なのかな。実は一度目、巻き戻しちゃった、って気づいたとき、すぐに命令を打ち消そうとしたんだけど、できなくて。多分、巻き戻したことによって体力がなくなってるのかな。だから回復するまでもう少し待っててほしいんだ」
「回復するまで、この繰り返しを続けるということか?」
「そうなるね・・・・・・」
「だが一日を過ごし回復したところで、再び朝まで巻き戻れば意味がないんじゃないか?」
「うーん・・・・・・上手く伝えられるか分からないんだけど」
「何だ」
「時間が巻き戻されれば確かに、起きたことも、得た力も、全部併せて戻るよね」


でも──と言って、名前は人差し指で宙に円を描いた。


「私と、それにどうやらサスケは、その理から少しだけ外れた場所にいる。そして繰り返す円環は、時空を扱う瞳を持つ私に、力を与えてくれるんだよ」
「・・・・・・」
「実際、一度目よりもいまの方が、時空眼の力が強まっているのが分かるんだ」


そう言うと、名前は瞬きをした。
見える瞳の色が琥珀色に戻る。


「なるほどな。だいたいの事情は、分かった」
「お手数をかけます」
「いや・・・・・・俺も──」


言いかけて、すると脳を襲った衝撃に、サスケは頭を抑えると踏鞴を踏んだ。
名前が駆けてくるとその背を支える。


「サスケ、大丈夫?」
「ぐっ・・・・・・」


苦痛に顔を歪めるサスケの脳裏では、ある映像が途切れ途切れによぎっていた。
腕に生温かいものがかかった気がして、サスケははっとする。
だが腕には何もかかってなどおらず、ただ名前が、ひどく心配そうな顔をしてサスケの様子を窺っていた。


「具合が悪いの? やっぱり、何か影響が出てるのかな・・・・・・」
「・・・・・・問題ない」


サスケはそう言って名前のことを下がらせると、軽く頭を振った。
目眩のような何かが収まっていることを確認すると、それから名前に向き直る。
変わらず心配そうな表情をしている名前に、サスケは眉を上げた。


(調子が狂う・・・・・・)


いまサスケのことをこうして心配する名前の様子は、何も偽っているようには見えなかった。
心底サスケの容態を気にかけているように見える。
だが、名前はサスケに嘘を吐いていた。
サスケに対しては、裏社会の組織を潰すことが目的だと言い、一方で仲介人の男に対しては、そうした組織への加入が目的だと言っていたのだ。
まあ組織を壊滅させたいから斡旋してくれとは言えないだろうが、それでも──。


(こいつはどこの里にも属していない)


だとすれば、そうした組織を潰して回る理由が思いつかない。
となれば、サスケへ告げた言葉の方が、必然的に嘘ではないかと思われる。
偶然出くわした木ノ葉の忍に、馬鹿正直に目的を述べ、捕らえられるような真似はしないだろうから。
だが──。


「・・・・・・悪かった」
「えっ?」


謝罪の言葉を口にすれば、名前は目を丸くさせた。
サスケは少し目を逸らすと、


「あのとき、お前に術を当てた。お前に対しては、そこまでするつもりじゃなかった」


名前は口を開け、ぽかんとしていた。
サスケが再び名前に視線を戻すと、はっとしてから、首を横に振る。


「ううん、あれは──」


言い差して、名前は眉を下げた。
困ったように微笑いながら、慈しむような眼差しをサスケに向ける。


「・・・・・・あれは、私のミスだった。ごめんね、サスケ」
「──・・・・・・」
「サスケなら、私が変に飛び込んだりしなくても、一人で対処できただろうに」


余計なことをしちゃったね、と言って苦笑する名前は、サスケが言葉をなくしていることに気づいていない。
ややあって、はっとするとサスケを見た。


「あれ、でもサスケ、私が部屋の奥に逃げ込む前も、千鳥発動してなかった?」
「・・・・・・あれは、ただお前を捕らえるためだ」
「と、捕らえるためだけに千鳥まで使う?」
「お前が手練れの忍であることは分かってた。だからだ」


言えば名前は複雑そうな表情で、そっか、と頬を掻く。
それから空を見上げた。
茜色だった空は既に夜の深い闇の中にあり、ちらほらと星が浮かんでいる。
──もう少しで、また朝へと時間が巻き戻る。


「お前、今日の朝はどこにいたんだ」
「ここから東の方角にある小さな街だよ」
「それで、回復するのが目的だというのに、どこへ行こうとしてた?」
「ああ、それは──」


言って名前は、山道の先を見上げる。


「前にも一度訪れたことがあるんだけど、ここからもう少し行ったところに、一つの集落があるんだ。標高が高くて空気が澄んでいるからか、自然エネルギーみたいなものが豊富で。まあ私は仙術は使えないから、おもむろに取り込むようなことはできないんだけど、それでも回復の足しになるかなと思ったんだ。だから途中までは、朝目覚めた街で大人しくしてたんだけど、こっちの方がいいかなと思って」
「なるほどな。力が完全に戻るまで、あとどれくらいかかるか、分かるのか」
「恐らくはあと二、三回ってところだと思う」
「なら繰り返す度、お前はその集落へ向かい、そこで過ごすんだな」
「そうだね。・・・・・・もしかして、サスケも来るの?」
「ああ」
「そっか。・・・・・・えっと、それは──」
「自分を殺しかけた男と行動を共にするのは嫌だろうが、生憎俺もお前を信用できるわけじゃない」


仲介人の男との話を聞かれたことを思い出しているのだろう、名前はそうだよねと呟いて目を逸らすと、そうして何か考えているようだった。
ややあって、何か決意したように頷くと、まっすぐにサスケを見る。


「分かった。それじゃあ、その集落の場所を教えておくね。多分そこまで行ったところで、今回は時間切れかな」


そう言って、名前は夜空を見上げた。
サスケは頷くと、駆け出した名前の後に続く。
折れ曲がる山道を登っていけば、やがて背丈の高い二本の大樹が姿を現し、その二つを繋ぐようにして色とりどりのペナントが結ばれているのが見えた。
名前はサスケを振り返ると、


「あの先だよ。明日──じゃなかった。三回目は、巻き戻った後すぐにここを目指して街を発つから、日が暮れるより前には着いていると思う」


サスケは、分かった、と言うと、そして始まった歪む現象に、名前を見据えた。


「言っておくが──逃げるなよ」


その言葉に、名前が軽く目を開くのが見えた。
そうして苦笑するように笑う名前の姿は、すぐに渦に巻き込まれるようにして、呑み込まれていってしまった。


1019