気になるのは──と、シカマルが言う。
病室で名前に噛みついた少女が過呼吸を起こした後のことだった。
いまは少女はサクラの治療を受け、再び眠りについている。
会談自体は終わったものの、里の中枢を担う面々は引き続きその会談場所に残っていた。
「そいつがどうやって、名前のことを知ったかだ」
「ああ。名前たち、名字一族の記憶は今や世界に戻ったこととは言え、それでも俺たち木ノ葉は情報統制を敷いている」
カカシは言うと、続けて、一つの写真を示してみせた。
少女が唯一持っていた、彼女の素性に繋がりうる手がかりだ。
家族なのだろう、似た容貌をした三人が、のどかな農村を背景に映っており、笑顔の男女に挟まれた少女もまた、満面の笑みを浮かべている。
分析班によって既に場所は割り出されており、火の国内の小さな集落であったそこに、いまはガイ班が調査に向かっているところだ。
「第四次忍界大戦のことは、死者数含め、色々と話が広まっていることも確かだが、一方で尾ひれなんかも多分についてるから、実際に身を投じていない連中が正確無比な情報を持つなんてことは、ありえないんだよね」
「特にそんな田舎の集落に住んでいたガキが知る──自分でその情報に辿り着くなんてことは、普通じゃ考えられない」
補足を入れたオビトに、カカシは頷く。
だとすれば──と、我愛羅が腕を組みながら言った。
「その情報を吹き込んだ何者かがいる」
「そしてその何者かは、まず間違いなく名前、お前に接触してくるぞ」
サスケの視線を受けて、名前は固く頷いた。
席に座るカカシは、卓の上で両手を組むと、にこにこと笑う。
「まさか一人で対応しようなんて、思ってないよね?」
笑顔も口調も柔らかいのだが、その実有無を言わせないような圧を感じて、名前は思わずぴっと背筋を伸ばした。
なぜだか巻き添えを受けて、名前の隣に立つナルトまでもが姿勢を正している。
「お、思ってません」
「おい、どもるな」
軽く笑いながらオビトに言われて、名前は思わずといったようにはっとする。
「すみません、つい」
「え? つい、って何、名前?」
すると今後はカカシにそう言われて、名前はあっと声を漏らした。
くつくつと笑う里長とその右腕にからかわれる名前を見かねて、テマリがやってくると名前の肩を組む。
「名前で遊ぶのもそこまでにしろ、おっさん共」
「おっ──」
「おっさん、って・・・・・・」
目を開き、あるいはがくりとうなだれる二人に、ぽかんとしていた名前は、そうして軽く笑った。
くすくすと笑った後、大丈夫ですと拳を握ってみせる。
「もしこれが、私でない別の誰かに起きていたことであれば、私はきっと、何か役に立ちたいと思い、そして全力を尽くすはずです。そしてそれは、えっと、皆も同じことだって分かってます」
そして──と、名前は頭の中で努めて考えながら、言葉を続ける。
「私もまた、同じ木ノ葉の一員です。皆の仲間です。だから皆は、私のことも助けてくれるし、私もそれに応えたいと、強く思います」
言いきれば、ナルトがぐっと名前の両肩を掴んだ。
その目はうるうると潤み、唇は我慢するように引き結ばれている。
「うっうっ、名前ってば、成長したな。本当、偉いってばよ」
「何目線だ。それに、まだまだ作文でも読み上げてるみたいだろ」
「サスケェ、お前ってば、水を差すようなこと言うなってばよ! すげえ大きな進歩じゃねえか」
「うん。ま、及第点ってところだね」
にこりと笑うカカシの隣、穏やかに笑みを浮かべていた我愛羅が、傍のカンクロウを見やるとぎょっとする。
「うっ・・・・・・名前、成長したじゃん」
「お前もか、カンクロウ」
収拾のつかない室内を呆れたように見ていたシカマルは、ややあって口を開いた。
「あー・・・・・・そろそろ話を進めていいっすか」
「うん。お願い、シカマル」
言った六代目火影に、シカマルは頷く。
「まずここから先は、後ろに誰か別の奴がいると仮定して、話を進めていきます。──その誰かは、まず間違いなく名前に接触してきますが、詳しい方法は分かりません。ただ例の女を先に寄越してきたってことは、そいつに何らかの、言わば使い道があるからだ。そこはいま、サクラに治療すると同時に、検分してもらってます」
「使い道・・・・・・それが何かは分からないけど、でも彼女自身に、そうした意図があるようには、あまり見えなかった」
顎に手を当て、考え込むようにして言った名前に、確かになとナルトも同意する。
「あいつってば、家族を取り戻したくて必死だった。嘘は吐いてないように見えたってばよ。それに確かに満身創痍だったけど、もし何か策があるなら、少しでも使おうとするはずだけど、それもねえし」
「その考えが当たっているんだとしたら、後ろに控えている奴にとって、その女はただの駒である可能性が高い。だとしたらいとも軽く切り捨てるな」
「あからさまに名前を警護すれば、姿を見せない可能性が高いというわけだな」
シカマルの言葉に、次いでオビトがそう言った。
名前は面々を窺いながらも、手を挙げる。
「なら、わざと私が一人きりになって、隙を見せて、上手く釣ればいいっていうことですよね」
「んー・・・・・・ま、それが一番、手っ取り早いかもね。こっちから攻めてもいきたいし。ただ、釣り糸は勝手に離しちゃ駄目だよ、名前」
カカシの言葉に、名前は折り目正しく返事する。
でもよ、とナルトが口を開いた。
「名前のことをわざと泳がせるにしても、どこかで見守ってる必要は、あるってばよ」
「ああ。ただ、向こうの内情が分からねえ以上、慎重に動く必要がある。向こうにも、手練れの感知タイプとかがいるかもしれねえしな。だから付けるとしたら、かなり広範囲をカバーできる忍にするべきだ」
言ってシカマルは、名前に視線を移す。
「あと名前には、持っておいてもらいてえものがある」
「なに?」
「犬塚家特有の匂い玉だ。一見すると、ただの無臭の兵糧丸みたいなもんなんだけどよ、犬塚家の忍たちにしか嗅ぎ分けられねえ特殊な材料が使われてる。後で渡すから、ポーチにでも入れておいてくれ」
「うん、分かった」
「なるほど。それで仮に名前が別の場所へ移動させられたときは、キバと赤丸を頼りに追いかけるってことだよな、シカマル?」
ナルトの問いに、シカマルは首肯した。
「恐らく相手は、名前のことを、少なくとも木ノ葉から出そうとはしてくるだろうしな。そうでなければ、わざわざ例の女を先に寄越した意味も分からねえし。──ってことで、俺はキバのところへ行ってきます。匂い玉を貰って、作戦を説明してきます」
「ああ、任せた。シカマル」
言ったカカシの言葉を皮切りに、場はひとまず解散となる。
各々が今後の動き方などについて話していれば、我愛羅が名前の隣へと来た。
──砂隠れの面々は、元々この後帰路につく予定だった。
事情を知ったというのに、また名前に危険が迫っているかもしれないというのに途中で抜けることになるため、我愛羅の眉根は心苦しさに寄せられている。
だが並びない存在である里長の帰りを里の者たちは待っているし、予定を急遽延ばすこともできない。
それに風影がいるとなれば警備は厳重になるから、かえって相手が姿を見せない可能性もある。
そんな半ば憮然とした様子の我愛羅に、名前は笑いかけた。
「終わったら、ちゃんと連絡するね」
「そうしてくれ・・・・・・」
いつもよりもいくらか覇気のないその声音に、名前はくすくすと笑ったのだった。
◇
微睡む意識の中、少女は温かい空気に包まれるのを感じた。
それは大好きな我が家を思い起こさせた。
父がいて、母がいて、そうして愛されていた自分。
──いまはもうない、温かな場所。
(お父さん、お母さん・・・・・・)
地震が起きて、村の近くで、土砂崩れが起きた。
巻き込まれてしまった人たちを助けに、二人が現場に行ってから、また、地震があった。
──大丈夫だと、思っていた。
村へと運ばれてくる傷ついた人たちに、自分に施せるかぎりの応急処置をしながら、絶対に二人は無事だと信じて疑わなかった。
──絶対なんて、この世のどこにも、ありはしないのに。
次に見た二人は、ぼろぼろで、そうして顔に、布を被せられていた。
地面が揺れた気がして、少女は飛び起きた。
自分に手を翳していたらしい女性が、驚いたように目を開く。
見慣れぬその女性を誰だろうと思いかけたところで、木ノ葉隠れの忍であることを思い出す。
確か、時空眼を持つ忍の仲間だと言っていた。
「ここは──」
少女は周囲を見回すと、見慣れぬその場所に瞬いた。
自分たちがいまいる場所は、どこかの廊下のようだった。
入り組んでいるようで先は見えないが、そう遠くない場所から、怒声や刃の交わる音が聞こえてくる。
「あなたは、操られていたのよ」
すると桜色の髪をしたその女がそう言った。
「名前をここまで連れてくるために、意識がない体を無理矢理動かせられていた」
その言葉に、少女はいったいいま何が起こっているのか、誰と誰が戦っているのかを理解した。
少女は慌てて立ち上がろうとする。
「お願い、やめて!」
「あなたのことを、操っていた連中なのよ」
「そんなこと、分かってる! 承知の上よ。でも奴らだって、転生忍術に関する知識を確かに持っているかもしれないの」
声を上げたところで、激しい戦闘音がしていた方向から、ナルトとサスケがやってきた。
瞬くサクラに、ナルトが言う。
「名前が、今回は自分にやらせてくれ、って」
「・・・・・・そう。そうよね」
「だから俺は、念のため残りの連中がいないか、探るってばよ」
「俺はカカシに報告する」
ナルトの視線が、怯えたふうの少女に向いた。
少女は震えながらナルトを見上げる。
「殺すの・・・・・・?」
「・・・・・・名前は、むやみやたらとそんなことをするような奴じゃねえってばよ」
「そんなの、分からないじゃない!」
少女は声を荒らげた。
だが、真実そう思うのだ。
名前は否定したが、少女からすれば、名前は掌の上で生命を選別しているように見えた。
自分にとっては何より重い生命を、しかし名前は拾ってはくれない。
ナルトは膝を折ると、少女と目線の高さを同じくした。
なあ、と真っすぐに彼女を見る。
「お前は、本当にそれでいいのかってばよ」
「・・・・・・は、はあ?」
「名前や、誰かに辛い思いをさせてでも、自分の大事な奴らが無事なら、それでいいのか?」
「き、綺麗事言わないでよ! 分かったような口きいて・・・・・・ッあんたに私の気持ちなんか、分かるわけ──」
「ガキだな」
するとにべもなく言い捨てたのは、サスケだった。
弾かれたように見上げる少女を、サスケは何の同情も込められていない目で見下ろしている。
「自分が、世界で一番不幸だと思ってる」
「・・・・・・っ」
「お前が名前や俺たちに対してしていることは、言う言葉は、ただの逆恨みだ」
その言葉は、真実だった。
自分でも分かっていた、だが認められない、認めたくないことをありありと突きつけられて、少女は言葉に詰まる。
血が出そうなほどに唇を噛みしめて──そうして、くしゃりと顔を歪ませた。
分かっていた、自分の言動が、道理に反することくらい。
分かっていた、木ノ葉の忍たちが言う言い分が、間違ってなどいないことは。
自分がどんどん、外れた道に進んでいっていることは、他の誰でもない、自分が一番よく分かっていた。
いまでもまだ、理性の残った自分がどこかで、自分のことを恥じている。
真っ当な行いをしろと叱咤している。
だがそれでも、できなかったのだ。
自分が間違っていることは分かっていても、引き返すことができなかった。
──もう一度、愛する家族に会いたかった。
「・・・・・・っ自分のことを不幸だと思っては、いけないの・・・・・・?」
「・・・・・・」
「──生きていてほしいと願うことは、いけないことなの・・・・・・?」
「そうじゃないわ」
サクラが少女の手を握ると、しっかりと言う。
涙の溢れてきた目を見つめると、噛みしめるようにして言葉を続けた。
「そうじゃない。・・・・・・それにあなたは、道をあいつらに邪魔された。切望していたところに可能性をちらつかされ、違った方向へと追いやられた」
「・・・・・・」
「だからあなたは、まだちゃんと、悲しめていない」
「──!」
「大好きだったご家族の死を、まだちゃんと、悼むことができていないのよ」
「・・・・・・それは」
「悼むことは、つまりその死を受け入れることよね。それが辛いこと、したくないことなのは分かるわ。でもまずは、きちんとそれをするべきだと思う」
沈黙する少女に、ナルトが言う。
「・・・・・・名前も、お前と同じなんだってばよ。家族はもう、誰もいない」
「──!」
瞠目する少女に、そっとサクラが目を伏せた。
名前だけじゃない。
そう言うナルトだって──いや、第七班の誰も彼も、サクラ以外は天涯孤独の身だ。
でも──と、ナルトは続ける。
「名前は自分の家族を、蘇らせてはいない。その理由が、家族を大事に想ってないからじゃないってことは、お前も分かるよな」
「・・・・・・」
「お前はあいつに、神様のつもりかと言っていたな」
言ったサスケを、少女が見上げる。
「違う」
「・・・・・・」
「あいつはただの──忍だ」
「忍・・・・・・」
「殺せと命じられれば、命を奪う。里や仲間に危害を加えるならば、排除する。──憎しみに呑まれ、激情に駆られ、それでも堪え忍ぶ、ただの一人の忍だ」
「・・・・・・」
「俺ってば、お前のことは確かにまだ、分からねえ。何しろ今日会ったばっかだしな」
そう言って笑うナルトは、でもと目を細めた。
「お前を見てれば、お前の父ちゃんと母ちゃんがどんな人だったのか、少しは分かる気がするんだってばよ。お前は医療忍術が使えても、忍とはまた違うのかもしれねえけど、それでも忍道──大切にしている軸みたいなもんを見れば、お前が惹かれた人たちのことが、引き継ごうと思った意志が、分かるんだ」
「──!」
「お前ってば確かに、俺たちの言うことなんて何も聞かねえし、ひどいこともたくさん言ってくれたけどよ。でも、名前のことを脅したりはしなかった。卑怯な手は、使わなかったんだってばよ」
「・・・・・・それは」
「それはお前が、そういうふうに育てられて、それでそうした意志に、お前も共感したからじゃねえのか」
「・・・・・・」
「お前ってばきっと、これじゃよくないはずだ。──そうだろ」
諭すようにそう言われて、とうとう少女の手から力が抜けた。
少女は膝の上に力なく置かれた自分の掌に目を落とす。
握りしめ、爪が食い込み傷ついていたはずの掌は、しかしいまは綺麗なものだ。
少女の脳裏に、いつの日かの光景が蘇る。
走って転んで、擦りむいた掌を治してくれた両親の姿。
大きくて、温かくて。
人々を癒やすその手が少女は大好きだった。
両親を尊敬していた。
そしていつか自分もそうなりたいと──人々を助けたいと、そう思っていた。
ぽたり、ぽたりと掌に涙が落ちる。
サクラが肩を引き寄せ、抱いてくれた。
すると音の止んだ方向から、名前が歩いてきた。
こちらに目を留めるとはっとして、やってくる。
少女はただ名前のことを見上げると、そうして問うた。
「・・・・・・あいつを、殺した?」
「・・・・・・殺してない。──あいつのことを尊んでいるわけでは、決してない。だけど罪は償わせるべきだし・・・・・・」
「なに・・・・・・?」
名前は迷うように言いあぐねると、それから真摯な眼差しを少女に向け、言った。
「命は、かけがえのないものだから」
「──!」
「激情に駆られて扱っていいものではないと、そう私は思ってる」
「・・・・・・あなたにとって、命は大切?」
その問いに、名前は意外そうに目を開いた。
何度か瞬くと、それから確かに首を縦に振る。
「そう・・・・・・」
少女は笑う。泣きながら。
悔恨するように顔を歪めると再び、そう、と言ったが、それは嗚咽に呑まれて、およそ言葉にはならなかった。
◇
倒した連中を運び出してから、少女を伴いアジトを出れば、ちらほらといる木ノ葉の忍たちの向こうから、恰幅のいい年嵩の女性が突進してくるのが見えて、私たちはぎょっとした。
しかし少女が驚いたように名を呼んだため、知り合いかと警戒を解く。
女性は勢いそのままに少女の前までやってくると、手を振りかぶり、少女の頬をはっ叩いた。
「なかなかだな」
「って言ってる場合かよ、サスケ! かなりいい音したってばよ!」
はらはらと見守る私たち──サスケを除く──であったが、すぐにその心配は杞憂に終わった。
女性は大粒の涙を流すと、そうして強く、少女のことを抱きしめた。
「どれほど心配したと思ってるの!!」
「──! お、おばさん」
「あんな事故があって、もう耐えられないほど悲しいのに・・・・・・もうこれ以上、辛い思いをさせないでちょうだい・・・・・・!!」
私たちは、そっとその場を離れる。
瞠目した少女が、しっかりとその背に手を回したのが見えた。
「ご、めんなさい」
「・・・・・・っ」
「ごめんなさい、ごめんな、さい・・・・・・!!」
わあわあと、子供のような泣き声が辺りに響く。
サクラがその様子を優しい顔で眺めながら、もう大丈夫そうねと言った。
するとサイとリーさんがやってきた。
ナルトは顔を上げると、
「あれってば、ゲジ眉たちが行った集落の人か?」
「はい。彼女のご両親の葬式後、まもなくして彼女が姿を消したから、ずっと心配していたそうです」
「それで、いますぐ会わせろってすごい剣幕で言うものだから、仕方なく僕の術で飛んできたんだよ」
「あー、そりゃあ、お疲れだってばよ」
苦笑混じりに言ったナルトは、次いで明るく笑う。
「でも──そうだよな。家族もすげえ大切だけど、それだけじゃねえよな」
言うと、がばりと肩を組んできたナルトに、サスケが鬱陶しそうにしている。
サイやリーさんが面白がって参戦するのを、サクラと二人、呆れたり、くすくすと笑いながら見ていれば、やがて少女がこちらへやってくるのが見えた。
真っすぐに私を見る少女に、私もそちらへ歩いていく。
向き合うと、彼女は頭を下げた。
「──ごめんなさい」
私はただ、首を横に振った。
彼女は顔を上げると、頬を掻く。
「まだ、割り切れてはいないの。あなたのことを見ていたら、いまでもお願いしてしまいそう。両親を生き返らせて、って。そう思わない日が来るかどうかなんて、想像もできない」
「・・・・・・」
「だから──もう二度と、あなたには会わないわ。もう二度と、命を蘇らせてとお願いしたりなんてしない」
「──!」
「それから──精一杯、生きてみる」
私は目を開いた。
それからそっと頬を緩めると、うん、と頷く。
「さようなら。──どうか、元気で」
──女性に肩を支えられながら去っていった少女を見送った後、鳥を飛ばそうと準備をしていれば、ナルトが傍へやってきた。
「報告かってばよ、名前」
「うん、我愛羅にね」
笑って言えば、ナルトも破顔する。
「そうだな、我愛羅ってばすげー心配してたもんな。すぐ送ってやるのがいいってばよ」
私は、うんと笑いながら文をしたためる。
サイが術を走らせてくれるらしいので、お言葉に甘えることにした。
「いつでもいいよ」
言ってくれるサイに頷くと、文を握った手に少しだけ力を込める。
文には状況報告の他、もう大丈夫だという一文を付け加えて書いておいた。
だが、それは真実正しいものではないのだろう。
決着がついたのはあくまで今回の事件であって、時空眼を狙う連中はまだまだいるだろうから。
──今回、思った。
私は時空眼はもう使わない。
使わないと、皆と約束している。
だけど、それは果たして、どのような事態が起こったとしても変わらないんだろうか、と。
大切な皆に、最悪な事態が起こったとしても、私は時空眼を使わずにいられるだろうか。
「時空眼は、私の瞳だ。どう使うかは、私が決める」
少女に言った自らの言葉が、脳裏をよぎる。
「──名前? どうしたんだってばよ、ぼーっとして」
すると、ひょこりと隣から顔を覗き込んできたナルトに、私は目を丸くさせた。
次いでサクラも聞いてくる。
「もしかして、どこか具合でも悪いの?」
「──ううん、違うよ」
「隠すなよ」
サスケに言われて、私は笑いながら、隠してないよと言う。
「サスケ、お前その眼力少しはどうにかならないのかってばよ」
「お前こそ、そのウスラトンカチなところ、もう少しどうにかならないのか」
「どういう意味だってばよ!」
「そのままの意味だ」
「ああもう、ナルト、うるさい!」
「ってサクラちゃん、なんで俺だけ・・・・・・」
ぎゃあぎゃあと騒がしい面々に、私は思わず軽く噴き出してしまった。
くすくすと笑って、皆のことを、好ましい想いで見やる。
(・・・・・・もがく、だよね)
そっと胸に手を当てると、心中でそう呟いた。
隣にサイがやってくる。
「もういい、名前?」
私はしっかりと頷いた。
「うん。──もう、大丈夫」
まだ見ぬ未来に圧倒されて、押し潰されて、身動きが取れなくなってはいけない。
しっかりと、いまを生きるんだ。
望む未来に、向かって。
私はサイが描いてくれた鳥の足に、文を結びつける。
そうして天高く、放ってやった。
白黒で描かれたその鳥は、満点の星が浮かぶ夜空を旋回すると、それから西の方角へ向かって飛び去っていった。
1002