その後、少女は咳き込むと、がくりと膝を折って地面にうずくまってしまった。
体を折り曲げながら、ぜえぜえと、かさつき濁った音の混じる息をする。
名前たちは慌てて駆け寄ると、体を支え、医療忍術を施した。
そうして治療を受けている間に眠ってしまった少女の容態が一旦落ち着いたところで一度傍の木陰へと運ばれると、女性陣によって持ち物を改められる。
危険がないことを確認すると、上層部の判断を待ってから、チョウジによって木ノ葉病院へ運ばれた。
引き続きいのとサクラによって治療は継続される。
少女の手荷物のうち、唯一その素性を知る手がかりになり得た写真を拝借すると、それを手にチョウジが分析班のところへ駆けた。
「カカシ先生、入るってばよ」
「失礼します」
そしてナルトと名前は、状況報告のため会談場所を訪れた。
会議室の扉をノックしそう述べれば、入室を許可する声が返ってくる。
部屋に入れば、まず我愛羅がほっとした顔をして名前の傍へ寄った。
「無事だな」
名前は、うん、と口元に笑みを浮かべるが、その眉は下げられており表情は浮かない。
名前は里の要人である面々を見渡すと、
「危険はないと判断しました」
「それは、名前にとってもか?」
カカシに聞かれ、名前は少し返答に窮する。
ナルトと、困ったような表情で顔を見合わせた。
オビトが腕を組む。
「家族を生き返らせるよう求められたようだな。あの術を使え、と」
「・・・・・・はい」
「・・・・・・あいつってば、こう言ってたんだ。家族を生き返らせてくれ、って。独りぼっちで、寂しくて苦しくて仕方ないんだ、って」
別の忍から速報として情報は聞いていたものの、実際の現場を目の当たりにしたナルトから話を聞いて、部屋の面々は口を閉ざす。
その少女に危険性がないことは、ナルトから哀れみや思いやりの気持ちが溢れ出ていることから既に分かっていた。
その気持ちは──と、ナルトは拳を握りしめながら言う。
「分かるってばよ。独りぼっちのあの苦しみは、半端じゃねえから」
「ナルト・・・・・・」
「繋がりがねえことは、すげえ、苦しい。そこから抜け出すためなら、何だってできるくらいに」
「・・・・・・そうだな」
言ったのは我愛羅だった。
我愛羅は腕を組みながら、言葉を続ける。
「孤独は辛い。そして人は追い込まれたとき、えてして周囲の人間を巻き込んでしまう」
「我愛羅・・・・・・」
「理屈じゃないんだ。あの苦しみから逃れられようとするなら、何にだって縋ってしまう」
我愛羅は言って、だが、と名前のことを見つめた。
「その気持ちを理解し、同情することと、お前を差し出すこととはまた別の問題だ」
「我愛羅の言うとおりだってばよ」
言うとナルトは眉を下げる。
「あいつが悪人だとは、思わねえ。抱いてる願いも、悪いことなんかじゃねえってばよ。あいつはただ、家族が大好きだっただけだ」
「・・・・・・」
「けど、悪人じゃなくたって、目的が悪いことじゃなくたって、仲間が巻き込まれそうになってんなら、全力でそれは阻止するってばよ。──そうだろ、名前」
「ナルト・・・・・・」
「時空眼は、使わせねえ」
まっすぐに己を見るナルトの強い眼差しに、名前は小さく息を呑んだ。
それから躊躇するように視線を落とすと、彷徨わせ──それから里長であるカカシのことを見た。
「・・・・・・一度、彼女と二人きりで、話をさせてもらえませんか」
◇
いつか、こんな日が来る予感はしていた。
家族を、大切な人を生き返らせてくれというあの言葉を掛けられたのは、今回が初めてだ。
だけど私はいままでにも、似たような言葉を聞いてきた。
それは左目で見た過去のこと──懇願され、あるいは詰め寄られる私の一族たち。
記憶が消えても、情報というのはいつの間にかどこかから漏れているものだから。
前にふと、考えたことがある。
もし私が、これまでの一族と同じように人々の記憶から消えていたとして、それでも術のことを知った誰かから、大切な人を生き返らせてくれとお願いされていたとしたら、私はどうしていたんだろうと。
・・・・・・少なくとも、簡単に答えが出る話じゃない。
想像したところで、すぐに結論が出せるものではない。
──だけど、確かなことがある。
「・・・・・・あなた、さっきの」
木ノ葉病院の一室、ベッドに横たわっていた彼女は微かに睫毛を震わせると、その目を開いた。
窓の外を眺めていた私は、そんな彼女の傍まで行くと、脇の小卓の上に用意してあった水差しからコップに水を入れ、それを彼女へ手渡した。
「・・・・・・気分は、どう?」
「・・・・・・傷を、治してくれたのね」
「うん、仲間たちが」
少女は水を飲み干すと、綺麗になった自分の体を見回しそう言って、しかしすぐに吐き捨てるように笑った。
「ありがたいけど、別にこんなことは頼んでないわ。体の傷を治してもらったところで、気持ちは晴れない。私が望んでいるのは──」
「私だ」
「・・・・・・え?」
「・・・・・・私が、時空眼を持つ忍だ」
言えば彼女は私のことを凝視した。
私はベッドの脇に立ち、そんな彼女のことを見下ろすと、続けて言う。
「名字名前。時空眼を宿す名字一族の、生き残り」
見開かれた彼女の瞳を、みるみるうちに涙が覆った。
そこに宿るのは、先ほどまでの苛立ちや苦痛などではない。
ようやく希望を見つけたというように光を反射する彼女の瞳を、私は静かに見つめた。
消えていたかもしれないときのことを想像しても、そう上手く、答えは出せない。
だけど確かなことがある。
それは、私は結局世界から、人々の記憶から消えなかったということ。
そして──。
「私は時空眼を持っている。──だけどこの瞳術は、もう使わない」
「・・・・・・え・・・・・・?」
私には、皆と交わした約束がある。
彼女は、私の言葉をなかなか呑み込めないでいるようだった。
ひどく狼狽しているのが分かった。
どうして──と唇が形取るが、それは声となって現れることはない。
時空眼を使って術を施してほしいことや、その理由、対応についてはもう何度も、相手を変え訴えてもらった。
そしてその内容を、私はすべて、ちゃんと聞いた。
聞いた上で、答えている。
「何が、違うの・・・・・・? 前のときと、いったい、何が」
「・・・・・・」
「だって前に術を使ったときだって、その対象に、あなたの知らない人はいたでしょう? あなたは私の家族を知らないけど、条件は何も変わらないわ」
「・・・・・・術を使って、だけど世界から消えなくて。そのとき仲間たちと、約束したんだ」
「約束・・・・・・?」
「もう時空眼は、使わない」
「──! そんな約束なんて・・・・・・!」
言いかけて、彼女はぐっと口を閉じた。
困惑しているその様子を見ながら、目を細める。
彼女がそうだとは言わないけれど、時空眼を使いたい人間にとって、この約束は邪魔なものでしかないだろう。
げんに前、その利を欲せんとする連中と相対したときには、くだらないと吐き捨てられた。
でも、私にとっては違うんだ。
この約束は、皆が私の身を案じてくれている証──私のことも大切に思ってくれていることの証左なのだ。
「・・・・・・その約束があるから、時空眼を使ってくれないの?」
「・・・・・・」
「その約束がなければ、あなたは時空眼を使ってくれてた?」
「・・・・・・それは、分からない」
「っお願い、お願い。家族を生き返らせてくれたら私、何だってするわ!」
死んでしまうことは悲しい、大切な人には生きていてほしい、だから生命を吹き返すことが、喜びであることは分かる。
ただ一方で、それを手放しで受け入れてはいけないこと、受けとめられないことも、また。
命を取り戻すことも、奪うことも、実際どちらも、行う側の勝手な行動であることに、違いはないのだから。
「・・・・・・命を取り戻す術を、私は持っている」
「っ」
「でも──それは、もうしない」
告げれば彼女は瞠目した。
わなわなと震える唇から、ささくれ立った声が漏れる。
「・・・・・・によ」
「・・・・・・」
「なによ・・・・・・なによ! 神様にでも、なったつもり!?」
「・・・・・・」
「人の生き死には、あんたの裁量なの? あんたの掌の上で、生命は取捨選択されるっていうの?」
「そうじゃ、ない」
「才能は、使わなければいけないのよ。持つ者は、持たざる者に尽くさなければいけないの」
時空眼は──と、私は言った。
彼女の瞳が、私を映す。
「私の瞳だ。どう使うかは、私が決める」
彼女は息を呑んだ。
そうして握りしめたままだったコップを振りかぶる。
──しかしそれが私に当たることはなかった。
別の手が、投げられたそれを受け止めていた。
私は僅かに目を開いた。
「サスケ・・・・・・」
その名を呼べば、隣に立ったサスケは腕を下ろし、私に目を向ける。
「相変わらずのお人好しだな」
「・・・・・・」
「これを受ける義理も義務も、お前にはないだろ」
それは──と、言いかけたときだった。
喘鳴が混じった不規則な呼吸が聞こえて、私ははっとすると彼女を見る。
胸を押さえ、うずくまる彼女は、上手く呼吸できていない──過呼吸だろうか。
「落ち着いて──」
「触らないでよ!!」
駆け寄り背中に手を当てれば、満身創痍だというのにそれでも振り払われる。
私は困ってサスケと顔を見合わせると、そうしてサクラを呼びに病室を出ていった。
0917