「しっかし、砂との会談も、もう随分慣れたものよねー」
「同盟国だもんね。砂の里からもお付きの忍が何人も来てるけど、配置のこととか段取りとか、もうお互い分かってるから、調整が楽だってシカマルも言ってたよね」
里の門前、来訪者の入里管理を任されたいのとチョウジは名簿片手にそんなことを話しながら業務をこなす。
雑談混じりではあるが、しっかりと任務は遂行しているし、そもそも会談のため厳戒態勢が敷かれており、出入りするとなれば入念なチェックを受けることから、人波はそう多くはないのだ。
それを越えてでも出入りする必要がある最低限の者たちしか、いまは門を通らない。
「でも本当、砂だけじゃなく他の里とも、友好な関係が築けるようになってよかったよね」
「確かにね。そうじゃなかったら、きっともっとピリピリしてたはずだし。ほら、前に鉄の国で五影会談が開かれたときなんて、それはもうすごい雰囲気だった、って言うじゃない。あんなのは御免よね」
「うんうん。せっかく鉄の国にまで行ったなら、食べたい名物がいっぱいあるのに、そんなことできなさそうだもんね」
「そういうことが言いたかったわけじゃないんだけど」
相も変わらず食べ物の話ばかりなチョウジに、いのは呆れた顔をする。
するとそのとき道の向こうから歩いてくる人影に気づいて、いのは眉を顰めた。
ふらふらと覚束ない足取りに、チョウジの肩を軽く叩く。
「ねえ、ちょっとチョウジ、あれ」
「ん? ・・・・・・なんだか、様子が可笑しいね」
二人の空気が一瞬で、ぴりっとしたものに変わる。
周囲を警備していた別の忍に目配せすると、その人影のところまで駆け寄った。
それは二人よりもいくらか年若い少女だった。
満身創痍といった風体に、いのが目を開く。
髪や顔は土埃に薄汚れており、腕や脚には無数の擦り傷があった。
ふらふらと今にも倒れ込みそうで、目は虚ろ、近づいてきた二人に気づいた様子もない。
「──木ノ葉に用事?」
心配する気持ちももちろんあったが、いま優先されるべきは何よりも里長たちの安全だ。
任務を遂行すべく、いのは少女にまずそう問う。
少女はそのときようやく、二人の存在に気づいたようだった。
「え・・・・・・?」
前に立つチョウジを見上げると、眉根を寄せる。
「ちょっと、退いてよ。私は木ノ葉に、行かなきゃいけないの」
「なら、僕たちのチェックを受けてからだよ」
「何──そんなの受けてる時間なんて、ないんだってば」
そう言って少女はチョウジの胸元を両手で押すが、踏鞴を踏んだのは少女の方。
忌々しげにチョウジを睨む彼女に、いのが視線をきつくさせる。
「どうしてあなたがそんなに急いでるのかは知らないけど、いまこの里では大事な会談が行われているの。素性や目的が明らかでない人を通すわけにはいかないわ」
「素性って──ねえお願い、そんな会談なんて、私は何の興味もない。何もしない。だから木ノ葉の里に入らせて・・・・・・!」
「だから──」
「私は──私は、時空眼を持つ忍に、会いたいだけなの・・・・・・!」
◇
木ノ葉と砂の会談は、いつも和やかな雰囲気のまま進行される。
特に木ノ葉の火影が六代目に代替わりしてからは、知己の仲だということもあって、いっそうそれが顕著だった。
秋が深まり、木ノ葉隠れの里の木々がその色を鮮やかに染め上げた頃開かれた今日この会談においても、それは同じだ。
もともと予定されていた議題について滞りなく議論し終え、そうしてお互いの里の近況について語り合う。
会議室の扉が叩かれたのは、そんなときだった。
火影の側近の一人であるシカマルが、扉の方へ歩いていくと、退室する。
急を要するような空気は感じないが、とはいえ会談に割って入るような何かがあったのだろうと、一同は口を閉じる。
再び入室してきたシカマルは、僅かに眉根を寄せていた。
「何があった」
テマリの言葉に、シカマルは二人の里長に目を向けた。
「会談と直接の関係はないようですが、今しばらくの間、ここで待機をお願いします。不審な人物が里へ入れるよう求めていると、入里管理を務めているいのたちから連絡がありました」
「不審な人物」
そう言って、先を促す六代目に、シカマルは言った。
「時空眼を持つ忍に会わせるよう、要求しているようです」
◇
別の忍に、会談場所にいる幼なじみ兼班員への言伝を頼んだいのは、いまだチョウジの横を通り抜けられずにいる少女の元へ戻ると、苛立ちを隠そうともしないその様子に息を吐いた。
「少し落ち着いて。何も一生木ノ葉に入らせない、なんて言ってるわけじゃないのよ。ただ私たちは里の安全を確保する義務があるの」
「うるさい、うるさい・・・・・・! いいから退いてってば!」
「ねえ、そんなに騒ぐと、体に毒よ。ここに来るまで何があったのかは知らないけど、傷だらけじゃない。だいぶ疲れてるはずよ」
「だから、さっさと入れてってば・・・・・・! やっと、ここまで来たのに。あと少しなのに・・・・・・!」
そう言って、少女は二人の奥に見える木ノ葉の里を、切望するように見上げると、それから何かに気づいたようにはっとした。
「私が入っちゃ駄目だって言うんなら、時空眼を持つ忍をここまで連れてきて!」
「仮にそうするとしても、踏む手順は変わらないわ。私たちが確かめさせてほしいのは、あなたが何か危害を及ぼす可能性はないのか、ってことだもの」
「そんなことしない・・・・・・! 私はただ──」
「──いの、チョウジ!」
するとそのとき、事情を聞いたナルトとサクラが後方から駆けてきた。
この二人では埒が明かないと思っていた少女は、新たな人物にぱっと顔を上げるが、ナルトらの表情は厳しい。
「誰だってばよ、お前」
「──あなたたちも、時空眼を持つ忍ではではないのね」
そう言って少女は吐き捨てるように笑う。
「だってその忍は、すごく優しいって聞いたもの。当然よね。自分が死んじゃったり、記憶から消えるかもしれないのに、それでも他人の命を優先させた人だもの。あなたたちみたいに、事情も知らずに睨んできたりなんて絶対しないわ!」
「おい、お前──」
「だから早く呼んできてよ! あなたたちなんかじゃ話にならない。その忍なら、きっと分かってくれる! きっと私のことを、助けてくれる!」
「その忍は、私たちの大切な仲間なのよ。そう易々と、あなたに会わせるわけにはいかないわ」
サクラの言葉に、少女はきっと眉を吊り上げた。
「どうしてよ! さっきから何度も、そっちの二人には言ってるわ! 私は危害を加えるつもりなんて──」
「ない。ただ時空眼を、あなたのために使ってほしいのよね。でもあなた、さっき自分でこう言ってたでしょう。自分が死ぬかもしれない、記憶から消えるかもしれないのに他人を優先させた優しい忍だ、って」
「それが何──」
「そのとおりよ。時空眼を使えば、術者には多大な負担が掛かるの」
「──!」
「それでもあなたは、危害を加えるつもりはない、って言うの?」
サクラの言葉に、少女はわなわなと唇を震わせていた。
言われて気付く、自分の言葉が矛盾していることに。
それでも押し黙ることはできなくて、口を開く。
「でも・・・・・・結局記憶は、消えなかったじゃない。なら、体調さえ万全にして臨めば──」
「命だけは失わないかもしれないわね。でも、術者の体に多大な負担が掛かることは、避けようがないのよ」
言われて、今度こそ少女は黙ってしまった。
唇を白くなるほど噛みしめたまま、震えている。
その瞳が涙に揺らいでいるのを認めて、ナルトたちは顔を見合わせた。
少女に聞こえないよう、小声で話し合う。
「・・・・・・思ってたのと、違ったってばよ」
「・・・・・・そうね。時空眼を要求してる、って聞いたから、てっきりまた名前のことを狙ってるのかと」
「・・・・・・ねがい」
すると少女が口を開いた。
視線を戻したナルトたちは、はっとする。
くしゃりと顔を歪めた少女の目からは、涙が溢れ出ていた。
土埃に汚れた頬を、幾筋もの涙が伝う。
「お願い、私、もう辛いの・・・・・・辛くて辛くて、堪らないの」
「お前ってば──」
「独りぼっちなの。寂しくて、苦しくて、死んじゃいそうなの」
しんと黙り込むナルトたち。
少女が再び、お願い、と繰り返したときだった。
背後から、心配そうな声が掛けられた。
「みんな、どうかした・・・・・・?」
ナルトたちは、はっとした。
弾かれるように振り返れば、そこには渦中の人物が立っていて、狼狽する。
チョウジが焦ったようにわたわたと手を動かすと、
「名前、どうしてここに」
「ほら私、今回は各警戒区域の状況を聞いて取りまとめる役目を──」
「っお願い!!」
四人の隙をついて、少女は名前の前まで駆けた。
このままでは埒が明かないと、訴える相手を変えたのだ。
肩を掴んでくる力の強さと、切迫したその様子に、名前は目を開く。
「どうし──」
「時空眼を持つ忍を、ここへ連れてきて!!」
「──え?」
名前は瞠目した。
どういうことかと視線を四人へ移しかけて、しかしさらに掴んできた少女に引き戻される。
少女は必死で訴えかけた。
「私はその忍に──っ助けてもらいたいのよ・・・・・・!」
「あなたは──」
「お願いだから──私の家族を、生き返らせて・・・・・・!!」
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