舞台上の観客 | ナノ
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「あ、いたいた、名前!」


里の門前へ向かっていれば、背後からそう声を掛けられて私は振り返った。
駆けてきたいのに、笑みを浮かべて首を傾げる。


「いの、どうかした?」
「聞いたわよ。これから任務なんですって?」
「うん、そうだよ。シカマルと、近くの領主様の屋敷へ行ってくるんだ」


そうした身分や地位の高い方々のところへ行き、里の展望についてご説明する任務は、シカマルと恋人関係になるより前から、たまに一緒に就いていたものだ。
シカマルは当然、里長の補佐の一人として、さらにはこれからの木ノ葉を担っていく世代の一人としてこれ以上ないほどの適任であるし、一方で私も先方から望まれることもあって、こうして時折呼んでもらっている。
こういうとき、自分の両目に宿る時空眼という瞳術への関心の高さを、我ながら実感する。
もちろん開眼は、しないけれど。


「そう。なら──覚悟はできてる?」
「えっ、覚悟?」


するといのが聞いてきた言葉に、私は目を丸くさせた。
頬を掻くと、


「えっと、いの、何か勘違いしてるんじゃ。今回は何の危険もない、ただご説明に伺う任務で──」
「ちょっと待って、聞いてないの、名前?」
「え?」
「その様子じゃ、聞いてないのね」


神妙な顔をするいのに、私はいったいどうしたことかと唾を呑む。
いのは私の両肩を掴むと、


「いい? よく聞くのよ、名前」
「う、うん」
「その領主様の家に、娘が一人いることは知ってる?」
「ああ、うん。私たちより少し歳が下くらいの」
「シカマルはね、前にもその家に行ったことがあるのよ」
「それは聞いたよ。そのときに当主様がシカマルのことを気に入って、だから今回もご指名だった、って」
「シカマルのことを気に入ったのはその当主様だけじゃなくて、その娘もなのよ!」
「そうなんだ。さすがシカマル、すごいね」
「ああ、もうそうじゃなくて! その娘は、シカマルのことを自分の婿にしたい、って言ってたらしいのよ!」
「えっ!? ああ、気に入った、ってそういう」
「もう、いくらいいとこの娘だっていったって、いくら何でもまだうら若い乙女が、当主様と同じ目線で気に入ったりしないわよ」


ぽかんと口を開ける私のことを、いのは揺さぶると、そうして目をしっかりと見つめて言い聞かせるようにした。


「だから、いい、名前? これは戦いよ」
「戦い」
「当然でしょ。シカマルの彼女は自分なんだってこと、がつんと言ってきてやんなさい! そのことに、当主様の娘だ何だっていうことなんて、何も関係ないんだから」


そう言ったいのに、ばしんと背中を叩かれて送り出された私を門前で出迎えたシカマルは、私のことを見るなり不審そうに眉を上げた。


「おい、どうかしたのか?」
「えっ?」
「なんか小難しそうな顔してるからよ」


咄嗟に頬に触れた私は、すぐに首を横に振る。


「ううん、なんでもないよ」
「・・・・・・まあ、それならいいけどよ。なら、行くか」


私は、うん、と頷くとシカマルと二人並んで歩き始めた。
向かう先は火の国内でもそう遠くない場所で、だから忍の足ならば日帰りで帰れるくらいの距離だ。
普段は街の中心部に暮らし治世を敷いているところ、いまは涼を求めて少しの間だけ別荘に移り住んでいるらしい。
太い道から小道に逸れ、木々を飛び抜け、そうして見つけた屋敷への一路に、再び地面へ降り立てば、シカマルはそのまま一度足を止めた。


「シカマル?」


屋敷へ出向く前に何か事前確認することでもあったのだろうかと、ならって足を止めれば、シカマルはこつんと私の額を小突いた。
瞬いて額を押さえれば、シカマルは軽く息を吐く。


「眉間」
「えっ」
「ずっと皺、寄ってるぜ。やっぱり何かあったんだろ」
「ぜ、全然気づいてなかった」
「まあ、本当に少しだけだけどな。けどそれ以外にも、いつもはこっちもつられそうになるくらいにこにこしてんのに、それもねえしよ」


言い当てられて、私は苦笑するように笑ってしまった。
観念するように体から力を抜く。


「私は少し分かりやすすぎるし、シカマルは聡すぎるね」
「いいコンビなんじゃねえか?」


冗談めいて言われた言葉に、私は軽く声を上げて笑った。
それから道の先を示すと言う。


「行こう。歩きながら話すよ。・・・・・・実はそんなに重く受けとめないでもらいたい話だから」


苦笑混じりにそう言えば、黙って従ってくれたシカマルに、私は歩きながら視線を彷徨わせる。


「あのね」
「ああ」
「実は里を出る直前、いのに会って」
「──それで聞いたのか? 当主様の娘のこと」
「・・・・・・本当に回転が早い頭だね」


半ば呆気に取られてそう言えば、シカマルは軽く噴き出した。
私はぽかんとしていたが、ややあって一つ息を吐くと、がっくりとうなだれる。


「面倒なこと言って、ごめんね」
「お前に対して面倒臭ェとか、思ったことねえよ」


優しい言葉が嬉しくて、私は頬を綻ばせる。


「こうやって、優しいシカマルに対して皆が惹かれるのは本当に当然のことだっていうのは、前から変わらず思ってるんだ。でもいまはそれにくわえて、こう・・・・・・上手く言葉にできないんだけど」
「・・・・・・あのな、お前はそうやっていつも褒めてくれるけどよ、俺は別に、ちっともモテるようなタイプじゃねえぜ」
「シカマルは私に鈍いって言うけど、シカマルだって同じところがあると思うんだよね」
「それはお前の勘違いだな」
「そうかな」
「はー・・・・・・ったく」


するとシカマルが、がしがしと頭を掻くので、私は首を傾げる。
シカマルは首の裏に手を当てながら、あらぬ方向を見やると、ぽつりと零した。


「様子が可笑しいから心配して聞いたけどよ・・・・・・任務前に聞くんじゃなかったぜ」
「えっ。ご、ごめ──」
「お前が思ってるような意味じゃなくて」
「シ、シカマル?」
「はー・・・・・・」


ため息を吐くシカマルの耳がちらりと赤くて、私はいくつも疑問符を飛ばした。
しかしそうこうしているうちに目的地である屋敷に着いて、私たちは佇まいを正すと門を潜る。
出迎えてくれた付き人に従い敷地を進んでいけば、入った屋敷の中、奥中央に聳える階段の上から、美麗な少女が下りてきた。


「来たか、シカマル。久しいな」
「どうも、リンネイ様」


シカマルが言った名前に、私は目を開く。


リンネイ様──ならこの少女が、件の当主様の娘だ。


「お主は?」
「はじめまして。名字名前と申します」


ゆったりと下りてきた彼女の視線が、ついと私に向いた。
名を名乗り、一礼すれば、リンネイ様はああと目を開く。


「お父上がご所望の忍だな。何でも珍しい瞳を持っているとか」
「それは、まあ」
「ならお父上との懇談は、お主一人でできるか。私はシカマルと二人きりになりたいのでな」
「えっ、それは──」


駄目です──と言いかけ、私は我に返ると、すんでのところで言いとどまった。
しかしどうやら手遅れだったらしい、リンネイ様は整えられた眉毛をぴくりと上げると、扇子で口元を隠しながら私に顔を近づける。


「どうしてそなたがそれほどまでに焦るんだ?」
「えーっと・・・・・・」
「そろそろ本題の、当主様のところへ行ってもいいすか」


私が視線を泳がせていれば、シカマルがそう助け船を出してくれた。
リンネイ様は、ふっと微笑うと、扇子を閉じる。


「ああ、いいぞ。ただ、名前とかいったな」
「はい」
「お父上との懇談が終わった後、私のところへ来い」


顔を見合わせた私とシカマルに、リンネイ様はさらに笑みを深めた。


「お父上の要望でお主が来たことは分かっているが、同時にお父上は私に甘い。私の望みだと言えばすぐに理解いただけるだろう」


そう言ったリンネイ様の言葉は、真実だった。
当主様へのご説明が粗方終わったあたりで、リンネイ様の言葉を伝えれば彼はにこにこと笑って私のことを送り出した。
それはシカマルが時空眼のことから上手く話を逸らしてくれていたことも理由として挙げられるだろうけれど。
とにかく、時空眼をご所望だった当主様自ら送り出してくれたとあれば、その機会をわざわざ潰すつもりもないので、別件でもう少し話があるというシカマルを残し、私は一足先に退室させてもらった。
すると先ほどとは別の付き人が私を待ち構えており、リンネイ様の元へと案内してくれるという。
大人しく付き従った先、和室にて花を生けていたリンネイ様は、私のことを認めると座るよう前方を示した。


「お主、シカマルと付き合ってるのか?」


畳の上に正座してすぐ、そんなことを聞かれて私は硬直する。
リンネイ様は鈴を転がすような声で笑った。


「なるほどなあ。どうりで先ほど、あんなに焦っていたのか」
「・・・・・・あの、私はまだ何も」
「おや、ならば違うのか?」
「・・・・・・いいえ」


がっくりと肩を落とせば、リンネイ様はさらに笑う。


「お主、分かりやすいと言われないか?」
「・・・・・・はい。実は、よく」
「そうであろうな」


リンネイ様は機嫌良さそうに何度か頷いた。
それから、ふむ、と言って花切り鋏を置くと、私に視線を据える。


「なあ名前、私はシカマルのことを気に入っておる。立場は違うが、シカマルならば婿に取ることもやぶさかではない」
「・・・・・・」
「だから、その選択肢をなくすのであれば、その理由を知りたいし、納得したいとも思っておる」
「つ、つまり」
「私ではなくお主を選ぶ理由が知りたい。つまりは、お主にどれほどの魅力があるのか教えよ」


その申し出に、私は愕然としてしまった。


だって、そんなの難問すぎる。
いまここで火の中水の中草の中へ飛び込めと言われた方が、よっぽど簡単だった。


「私だって、家柄はもちろんのこと、見目だって申し分ないであろう?」
「それは、もちろん。先ほど初めて拝見したときから、なんて綺麗な方なんだろうと思っていました」
「世辞を言って懐に入る気──いや、というようには見えんな」


リンネイ様は、ふうむ、と口元に手を当てる。


「お主、姓は名字といったな」
「はい」
「他に類を見ない瞳術だというが、だというのに一族の名はとんと聞かんな」
「ああ、それはもう、いるのが私一人だからかもしれません」
「・・・・・・そうか。それは悪いことを聞いた」
「いいえ──」
「だが、だからといって手は緩めんぞ。奈良家は良家であろう。古くから続き、猪鹿蝶の名は他国へも轟くほどだ」
「はい」
「そんな良家へ嫁ぐともなれば、色々な作法も必要になってくるであろう。お主にそれができるのか?」


嫁ぐ、と呆気に取られる私に構わず、リンネイ様は途中だった生け花をずいと私の前に押しやった。


「華道はどうだ? くノ一であれば習うと聞くが」
「ああ──あの、それは確かなんですが」
「なんだ、はっきりせんな。いいからほら、お主の腕前を見せてみよ」
「・・・・・・それでは」


私は困りきって眉を下げながら、それでも自分の思うままに手を動かしやってみた。
作品を完成させ、リンネイ様の方へ再び返せば、彼女は絶句する。


「名前、お主・・・・・・」
「・・・・・・実は私、芸術的センスが昔から壊滅的でして」
「・・・・・・これは、いったい何を表しているんだ?」
「昔、旅の道中で見た景色です」
「土壌汚染地域にでも行ったのか!? いや、それとも草花に何か恨みでも」
「い、いえ、そういうわけでは」


ぱたぱたと手を振れば、リンネイ様は少しの間、口元を袖で覆い隠しながら、見るも無惨な作品を眺めていた。
それから、どことなく可笑しくなった雰囲気を切り替えるように、よしと言うと立ち上がり、庭の方へ歩いていく。
綺麗に手入れされた色とりどりの紫陽花が目に鮮やかだ。
後についていけば、リンネイ様は扇子を広げる。


「では、舞はどうだ?」
「舞、ですか。うーん・・・・・・体を動かすことは忍ですから当然、慣れてはいますが」


頭を掻けば、リンネイ様は少し呆れたふうな顔をする。


「やったことはないのか? ほら、試しにしてみるがよい。こうだ」


ふわりとお手本を見せてくれたリンネイ様に、おおと私は拍手する。


「さすが、一動作だけでもすごさは分かるものですね。流麗です」
「お主な・・・・・・」
「それにリンネイ様は綺麗だから、素敵な庭と合わさって、すごく絵になりますね」

にこにこと笑んでいれば、リンネイ様はぽかんとして口を開いた。


「お主、それは余裕の現れか?」
「えっ?」
「私がお主に言ったことを、もう忘れたわけではなかろう。言わば宣戦布告してきた敵にそのような態度を取ることが、木ノ葉の忍の流儀なのか?」
「えっと、そういうわけではありませんが」


私は頬を掻くと、それからにっこり笑った。


「でも、綺麗だったり、素敵だなと思う気持ちは妨げられるものではありませんから。リンネイ様は本当にお綺麗な方です」
「・・・・・・まったく、調子が狂うな」


リンネイ様はため息を吐くと、そうして私のことを扇子で指し示した。


「ほれ、いいからとにかく一度やってみせよ」


私は、はあと気の抜けた返事を返すと、それから先ほどリンネイ様が見せてくれた動きを真似てみた。
眺めていたリンネイ様はひどく微妙そうな顔をする。


「身のこなしはさすがだ。・・・・・・が、動きに無駄がない代わりに情緒もない」
「はあ」
「もっとこう、淑やかにできぬのか?」
「淑やか、ですか」
「上品に、気品がある様を想像して振る舞ってみせよ」
「分かりました──ですの」


淑やかさを意識して語尾を付け加えてみれば、リンネイ様が噴き出した。
瞬いていれば、背後からやってくる音がする。
振り返ってみれば、シカマルがやってくるところだった。


「シカマル、お話は終わった?」
「ああ。つうか、こりゃいったいどういう状況だ?」
「名前が・・・・・・っ、悪いのだ」


顔を隠しながらふるふると肩を震わせるリンネイ様を見て、シカマルは私に視線を移す。
私は、えっとと頬を掻くと、


「よかれと思ったんですの」
「・・・・・・はあ?」
「淑やかさというのが、よく分からなくてでございますわ」
「おい、何なんだよその口調」
「最善を尽くしているつもりでございましてよ」
「いや明らかに可笑しいだろ」
「心外ですの」
「もうよい、やめんか・・・・・・!」


シカマルと会話を続けていれば、リンネイ様は未だふるふると震えながらもそう言った。
それからようやく、覆い隠していた両袖から顔を上げると、目に涙を浮かべながら私を見る。


「名前、お主──」


そのとき頭上から、あっという声が聞こえた。
振り仰げば、屋敷の修繕をしていた大工の手から、ペンキに濡れた刷毛が抜け落ちるのが見える。
私はシカマルに目配せすると、リンネイ様のことを横抱きに抱き上げた。


「失礼します」
「えっ、何──」


そのまま軽く地面を蹴って、少し離れたところに着地すれば、シカマルが刷毛をキャッチしてくれた。
シカマルは上手く避けたようだが、辺りの丸石には赤いペンキが点々と飛び散っている。
私はリンネイ様をそっと下ろすと、上品な着物が汚れていないことを確かめ、にっこり笑う。


「よかった、どこも汚れていないですね。突然抱き上げてしまって、失礼しました」
「・・・・・・」
「リンネイ様?」
「お主・・・・・・淑やかにせよと言ったではないか」


言われた言葉に、私は瞬く。
しかしすぐに破顔した。


「ああ、確かに。でも、お許しください。リンネイ様のお着物が汚れてしまったり、そのことであなたが落ち込むことになってしまったことの方が、私ずっと嫌なんです」
「・・・・・・」
「大したことではないかもしれませんが、それでも何事もなくてよかったです」


にこにこと笑っていれば、リンネイ様はまたぽかんとして口を開いていた。
しきりに謝る大工へ刷毛を返しに行っていたシカマルが戻ってくる。
向けられたリンネイ様の視線に、シカマルはにやりと笑ってみせた。


「理由は分かっていただけましたか」


理由、と私は呟いた。
対してリンネイ様は何のことか分かったようで、軽く目を開く。
それから、ふっと微笑った。


「・・・・・・さて、どうだろうな。まだ分からぬかもしれぬから、また来るとよい。二人で、な」





帰り道、歩きながら唸る私に、シカマルが笑いながら聞いてくる。


「さっきからうんうん唸って、どうしたんだよ」
「ああ、いや──私の勘違いじゃなければ、リンネイ様、私のことを認めてくれたように思うんだけど」
「だな。まあ認めるも何も、ねえけどよ」
「でも生け花を筆頭に散々な結果だったはずだから、どうしてかなと不思議で」
「おいおい、生け花までやってたのかよ」
「うん、良家に嫁ぐからには色々な作法が必要になってくるだろう、って言って」
「・・・・・・」


言えばなぜだかシカマルは黙ってしまった。


「シカマル?」
「・・・・・・はー。あのなあ」


どうしたのかと瞬いていれば、がしがしと頭を掻いたシカマルは、そうして私のことをじっと見た。


「良家って?」
「え? えっと、奈良家。文句なしに良家だよね」
「かもな。じゃあ、嫁ぐって? 誰がどこに嫁ぐから、作法が必要になってくんだよ」


ご丁寧に説明してもらって初めて、シカマルの言わんとすることに気づいた私は、慌ててぱたぱたと両手を振った。
恥ずかしくて、頬に熱が上がってくるのが分かる。


「ち、違う違う! ごめん、間違った!」
「違うって、何がどう違うんだよ」
「あの、嫁ぐとか、そういうのはあくまで仮定の話であって」
「じゃあ、お前にその気はないのかよ」


私は、えっ、と言うと、何と言ったものか分からずそれきり黙ってしまった。
するとシカマルが私の手を握る。


「お前はどういうつもりで、俺と付き合ってるんだ?」
「そ・・・・・・それは」


シカマルの顔が、見れない。
低い位置で視線を彷徨わせていれば、シカマルは再度私の名前を呼んだ。


「なあ、名前。まだ、しかもこんなところで言う気はねえけどよ」
「・・・・・・」
「──ちゃんと、そのつもりでいろよ」
「──!」


私は、はっとして顔を上げた。
シカマルと視線がぶつかって、どきりとする。


「・・・・・・駄目か?」
「だ──駄目じゃない、です」


ひどくどぎまぎとしながら、なんとかそう返せばシカマルは、なんで敬語なんだよと笑う。
私は言い返す言葉もないまま、それでも握り返す手に、ほんの少しだけ力を込めた。
すると握り返してくれる温かな手に、私はそっと、笑みを深めたのだった。



0912