ドガアアン!と壁に勢いよく突っ込んだギジ・セイド。
床にタッと着地すると、私の分身が音を立てて消える。
ずき…!と痛んだ脇腹を押さえて眉を寄せた。
あぁあ…本来は私、あまり怪我はしたくないんだよ。
皆が傷付くとしたならそれはもちろん庇うけれど、今は私一人の戦い。
健康第一!だよ!
具合が悪い時や落ち込んでいる時には妄想が捗らないというように…、って、こんなこと考えている場合じゃなかった。
「――クックック…。ああ、痛ぇ、痛ぇなあ」
ガラ、と灰色の瓦礫を退かして立ち上がり、首をさするギジ・セイドは愉しそうに笑っていて、――背中を冷たいものが走った。
ま、まさかこのギジ・セイドって男…、マゾか…?!
何で傷つけられて笑ってるんだ…!
よ、よく知った人なら大丈夫なんだけれど、まるで初対面でマゾな男の人は…私、少し…その、何だ…あんまり…。
「おい、――アレ、見せてくれねえのか?」
私は目を見開いて、ハッ…!と息をのんだ。
――これはもしや、試練…!
選り好みせずに、オールジャンルを好きになれ、と…?!
「ああ、そうか…。コイツらの前じゃ、見せらんねえか」
まあとりあえずは、この試験をクリアしてしまうか!
「忍法 私音の消失」
素早く印を結ぶ。
未だにニヤニヤしている男に少し怖じ気づきそうになったけれど、オールジャンル制覇の為、頑張ることにした。
――私音の消失。
相手の聴覚に作用して、私に関わる音だけを聞こえなくさせる術。
これが、完全に聴覚を奪うよりも効果がある。
木を隠すなら森の中、だ。
きちんと術がかかっているか確かめる為、右手を振り下ろしクナイを勢いよく床に突き落とした。
「ぁ、…なっ…?!」
ギジ・セイドは目を見開き、自分の耳を雑に抑える。
どうやら術はちゃんとかかっているようだ。
――聴覚は、大事だ。
五感は全て大事だろうけど、忍からしたら聴覚は大事な感覚のひとつ。
ひとつの感覚器官が機能しない場合、他の器官が補おうとするけれど、ここは広い森の中じゃあないから視覚が発達してもあまり意味はない。
味覚、嗅覚、触覚…。
まあ相手はキバじゃない。
注意すべきは触覚だろう。
けれど私も忍。
風を起こさずに行動することは――、
「終わりです」
慣れている。
瞬時にギジ・セイドの前に移動すると、彼は目を見開いて咄嗟に逃げようとした。
けれど直ぐに動きを止めた。
――止めざるを得なかった。
再び出しておいた分身が、ギジ・セイドの首元にクナイをあてていたから。
そして本体の私も、前から首にクナイをあてる。
逃げ道は、――無い。
「――クックック…。ハァーッハッハッハ!」
…や、やっぱりこの男、Mだったか…。
「名字名前」
「…………」
「お前の居場所は、ここじゃねえ」
「…、…?」
「上に居るガキ共が、お前の場所じゃねえ」
…いきなり何を…、私の居場所…?
…私の居場所がみんなと同じ場所じゃないなんて、そんなの――、
「分かっていますよ」
大体同じだなんて、考えすら出たことが無い。
だって私は、観客だから。
「――何言ってんだってばよっ!名前!!」
驚いて上を見上げる。
そこにはギャラリーから身を乗り出して声を上げているナルトの姿。
「…ハッ」
するとぼわん!と紫色の煙が立ち込めてきた。
しまった…!煙幕…!
私は慌てて床を蹴った。
110508.