舞台上の観客 | ナノ
×
「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
「さてと──それじゃあそろそろ準備はいいか、名前」


テマリさんの言葉に、私はにっこり笑って頷く。
砂隠れの里の家、居間でテマリさんとカンクロウさん、それに我愛羅と一緒に卓を囲んでいるところだった。
隣の我愛羅に視線を移す。
注がれる優しい眼差しに、頬を緩めた。


明日、私はこの人の──妻になる。


(幸せ・・・・・・)


想像するだけでどきどきして、多幸感に包まれて、それで──と、胸をよぎったものに私はそっと目を細めた。


「名前・・・・・・?」


僅かに眉を顰めた我愛羅が私の手に触れる。
私が笑って、ううん、と首を横に振れば、カンクロウさんがにやにやとしながら、


「おいおい、我愛羅も名前も、会えないのはたった一日じゃん。お熱いのはいいことだけどよ」
「そうそう。──ったく我愛羅、そんなに不満そうな顔してんじゃないよ」
「・・・・・・分かってる」


むっつりと答えた我愛羅に、二人は可笑しそうに笑った。
──嫁ぐために砂隠れの里に来たときから、私は我愛羅と一緒に暮らし、同じ布団で眠っている。
だけど今夜は違う。
今夜私は、明日式が行われる建物で寝泊まりし、朝起きた後はそのまますぐに諸々の準備に取りかかる。
そこに大通を通った我愛羅が迎えにきてくれて、そのまま式、露台からの里へのお披露目などへと進んでいく流れだ。
なんでもこれらは、砂にある結婚式のしきたりの一つらしい。
もちろん皆が皆しているわけではないけれど、我愛羅は風影でもあるから、伝統的な行いを望む声もあれば、晴れ姿を見たいという住民の要望もあって、こうすることになった。


「色々と、よろしくお願いしますね、テマリさん」


そして今日これからと明日、テマリさんが私の傍にいてくれ、諸々の雑事を取り仕切ってくれる。
正直言ってまだ私は砂隠れの里の風習に明るくないし、それが伝統的なならわしともなれば尚更だ。
だからテマリさんが傍にいてくれて、とても心強い。


「ああ、任せときな。名前、あんたは何も不安に思うことはないからね」


にっと明るく笑ってくれるテマリさんに、私も笑うと大きく頷いた。
するとカンクロウさんがテマリさんを見やり、


「なあ、テマリ」
「ああ、そうだね」


頷き合う二人に、出発するのかと腰を浮かせかければ、待ったと掌を向けられる。
我愛羅と顔を見合わせれば、テマリさんは苦笑するように笑う。


「こっちから、準備はいいかいって聞いておいて何なんだけどね──出発する前に、私たちから改めて言っておきたいことがあるんだ」
「お前たちから・・・・・・?」


我愛羅の問いに、二人は揃って頷く。
そして私たちに向き直ると、まず我愛羅に視線を向けた。
大切な弟に向けられた、温かい眼差し。


「我愛羅、結婚おめでとう」
「お前は昔から名前のことが好きだったからな。夢がまた一つ叶って、よかったじゃんよ」
「・・・・・・ああ。ありがとう」


ふっと表情を和らげる我愛羅に、私もにこにことしていれば、二人の視線は今度は私に向けられた。


「名前も、結婚おめでとう。まずは妹とかじゃなく、仲間の一人として、お前が幸せになってくれたことが嬉しい」
「ありがとうございます」


温かい言葉と想いに、私はにっこり笑って礼を言う。
それから──と、テマリさんは続けようとして、しかし唇を噛んだ。
泣きそうになっているのだと分かって目を開く。
テマリさんは笑ってみせると、昔、と言った。


「まだ、うんと小さい頃から──我愛羅の傍にいてくれてありがとう」
「──テマリさん」
「本当なら、私たち姉弟がすることだった」
「テマリ・・・・・・」


一粒、零れた涙にテマリさんがぐいと目元を拭う。
カンクロウさんは苦笑混じりにそれを見やると、そうして私に視線を移した。


「それから、暁に入ってからのことも」


カンクロウさんは、あのときは、と続けて、


「本当にやばいじゃん、って思ったけどよ。──それでもお前は、我愛羅のことを守ってくれた。助けてくれた。ずっと、想ってくれていた」


胸がいっぱいで、言葉もない私の手を、そっと我愛羅が握り直す。
優しく、温かく込められる力。
テマリさんが再び私に向き直る。
我愛羅に向けられるそれと同じ眼差しに、目を開いた。


「私たちの弟の傍にいてくれて、愛してくれて──本当にありがとう」


私は我愛羅の手を握り返しながら、首を振った。
胸の辺りに広がる温かさを感じながら、口を開く。


「私の方こそ──家族になってくれて、姉弟になってくれて、ありがとうございます」


頭を下げてから、少しだけ思い悩んで、それでもすぐに言った。


「きっとこれからも、時空眼を持っていることや、過去暁に所属していて、この砂の里をも襲ったことなどについて・・・・・・何か起こることは、あると思います」


私は過去、我愛羅の中から一尾を抜くためこの砂の里を実際に襲撃したうちの一人だ。
その目的が、我愛羅の命を守るためだったとはいえ、やったことは紛れもない事実であり、過去は変わらない。
それに時空眼の記憶は第四次忍界大戦後、世界に戻った。
自分で言うのも何だと思うが、術者はもう私一人しかいないこともあって、貴重な瞳術だ。
よからぬことを企てる連中がいることも、知っている。


(・・・・・・それらに関する何かが起きたとき、被害を被るのは私だけじゃない)


結婚を明日に控えたいまも、心苦しい。
苦難があることが分かりきっているのが辛く、我愛羅に、みんなに、申し訳ない。
──この気持ちは、きっと生涯、変わることはないだろう。


そしてテマリさんとカンクロウさんは今後私の家族にもなる。
近しい人となれば、巻き込まれる張本人になることだって大いにあり得るし、それでなくても大切な弟が常にその渦中にいることになるのは変わらない。


・・・・・・自分が手放しで、喜んで迎えるに足る人間じゃないことが、心苦しい。
──でも。
でも後悔は、していない。
その気持ちも、今後一生、変わることのないものだ。


「でも──我愛羅の隣に、います。これからも、ずっと」
「名前・・・・・・」
「私、頑張ります」


我愛羅に握られた手とはもう一方のそれで、握り拳を作ってみせながら言った決意は、三人に向けたものでもあり、何より自分自身に向けた言葉でもある。
決意を新たにした私は、しかしテマリさんが、いかにも不満だというように、わざとらしく片眉を上げたのを見て、えっ、と固まる。


「名前、あんたやっぱり、まだまだ分かってないね。自覚が足りない」
「テマリの言うとおりじゃん。なあ、我愛羅?」
「ああ、そうだな」
「が、我愛羅まで・・・・・・!?」


半ば戦々恐々としていれば、テマリさんが軽く噴き出して、それから声を上げて笑った。
状況が把握できず、えっ、と戸惑いながらわたわたと焦っていれば、テマリさんは私に目をやり、


「名前、あんたいま、我愛羅や私たちのことしか考えてないだろ」


最近ではもう言われ慣れた言葉に私は、まずい、とはっとすると、慌てて手を振る。


「じ、自分のことも考えます!」
「それもあるんだけどよ、それだけじゃなくて」
「えっ・・・・・・!?」


まだ何かあっただろうか──と、顔を青ざめさせれば、テマリさんは仕方のない子にするようにして、名前、と私の名を呼んだ。


「さっき言ってくれた言葉は、私たちの大事な弟を危険に晒すかもしれないが、っていうことだろう?」
「え? えっと、はい」
「ったく。──私たちの兄妹は、我愛羅だけか?」


言われた言葉に、私は目を開いた。


「まず我愛羅のことだけどよ、こいつには砂の絶対防御があるんだから、大丈夫に決まってんじゃん」


カンクロウさんが、それに、と笑う。


「大事な妹のことも、これでようやく安心じゃんよ」
「ああ。お前のことは、必ず我愛羅が守るからな」


そう言って笑うテマリさんとカンクロウさんを、私は温かい気持ちで見つめた。
涙が浮かんだ目元をそっと拭うと、はい、と笑う。


「はい──そうですね」


言えば二人は、満足そうに頷き返してくれた。
それから立ち上がると、


「それじゃあ、そろそろ出発するか。私たちは先に外に出ているから、用意ができたら二人も来い」
「何回も言うようだけど、明日またすぐ会えるじゃんよ。分かったな、我愛羅」
「ああ」


その言葉に、私は少しだけ恥ずかしくて頬を掻いた。
だって用意なんて、とっくのとうにできているのだ。
忘れ物のチェックだって終わっている今、新たに準備することなんてない。
それでも私も我愛羅も、笑って出ていく二人と共に行くことはしなかった。
居間の扉が閉まり、すると優しく腕を引かれる。
抱きしめてくれる我愛羅の首元に、私も手を回した。


「・・・・・・名前」
「・・・・・・うん」
「共にいると言ってくれたこと、たとえようもなく嬉しい。ありがとう」


私はただ首を横に振った。
回した手に力を込めれば、我愛羅は私のこめかみに唇を落とし、そうして髪に顔をうずめる。
ぎゅうと抱きしめられて、私は笑った。


「本当、たった一日だけなのに、これだと何だか離れがたくなっちゃうよ」
「・・・・・・言っておくが、俺はずっと前からそうなっている」


すると不服そうに言われた言葉に、私は思わず噴き出す。
くすくすと笑っていれば、少し離れた我愛羅が、不満げに私を見つめてくるのが何だか可愛くて、また笑ってしまう。


「・・・・・・名前」
「ごめんごめん」


私は言うと、爪先立ちになり、再び我愛羅のことを抱きしめた。


「・・・・・・うん。私もやっぱり、離れがたいよ」
「・・・・・・」
「だからいまのうちにたくさん、充電させてね」


言えば我愛羅は深いため息を落とした。
きつく私を抱きしめると、ぼそりと呟く。


「やはり、しきたりにならうのは止めにしよう」


それからそんなことを言うので、私はやっぱりまた笑ってしまったのだった。







「名前、おめでとーっ!」


それから建物へ向かい、翌日の準備や打ち合わせを全て済ませたころには夕方になり、サクラたちと会う約束の時間になっていた。
私はテマリさんと二人、式場からほど近いところにある店へ入ると、既に入店していたらしい、サクラたちがいる個室へと案内され、そうして久しぶりの再会を喜ぶとすぐに乾杯した。


「名前は今日は絶対、お酒は禁止よ」
「そうね。アルコールはむくみやすいから」
「それに今日は早い内に解散するからね」


いのに次いでサクラ、テンテンさんにも言われて、私は笑いながら頷くと、ソフトドリンクの入ったグラスを卓に置く。
テマリさんが腕を組むと、うんうんと頷いた。


「やはり女は細かいところに気が付くからいいな」
「男どもは大丈夫かしら。サイを筆頭に空気の読めない奴ばっかだから」
「そうねえ、ナルトとかもすごいはしゃいでそう。明日が大事な日だってこと、ちゃんと分かってんのかしら。あんまり無理させてないといいけど」
「た、確かにそう言われると・・・・・・ナルト君、すごく喜んでたから」
「リーも心配よ! いまでも何かと我愛羅にあれこれ絡むんだから」
「他の連中はさておき、新郎本人なら心配はいらない。我愛羅はしっかりしてるからな」


みんなが口々に、確かに、と言う。
懐かしい空気感に、私はくすくすと笑うと、それからみんなに向き直った。


「それにしてもみんな、この度は来てくれてありがとう。みんなほどの忍が一気に里を空けるなんて、大変だったと思うけど」
「何水臭いこと言ってんのよ、名前。当然じゃない。ね、サクラ」
「そうよ。名前の晴れ姿、すっごく楽しみにしてたんだから」
「砂隠れの里も、すっかりお祝いモードだね」


嬉しそうに言ったヒナタに、いのが大きく頷く。


「それ思った。いたるところに結婚を祝うのぼりなんかが立ってて。さすが風影様よねえ」
「あ、そういえば私、甘味処で特製饅頭見かけたから買っちゃった。二人の写真が焼き付けされたやつ」
「あはは、そうなんですか──って、ええっ!?」


我に返って聞き返せば、テンテンさんはきょとんと首を傾ける。


「あれ、もしかして本人無許可のやつ? でも歴史ある老舗って感じのお店だったけどなあ」
「ああ、大丈夫だ。許可は私が出している」
「テマリさん・・・・・・!?」
「安心しろ名前、よく映っている」
「はあ、それは、何よりで──じゃ、じゃなくて」


当人である私を余所に、木ノ葉の他の三人がテンテンさんに店の場所を聞き、私も買いたい、と盛り上がり始めた。
私は困って頬を掻いていたが、楽しそうなみんなを見ていると、まあいいかと思えてきて、諦めることにした。


(で、でもまだ一生残るものとかじゃなくてよかった)


心中でそう思い直すと、一人頷く。
話題はいつしか、明日の進行に変わっているようだった。
テマリさんの話を聞いて、いのが目を輝かせる。


「新郎が迎えに来るなんて、ロマンチックじゃない! しかも衣装もサプライズなの? 明日対面してようやく初めて見る、ってことね」


はしゃぐいのに、サクラが笑いながら、


「いのは好きそうよね、こういうの。自分のときも参考にしてみたら?」
「そうねえ、したいところではあるんだけど、ほら、ウチってこれでも昔から続いてきた家柄じゃない? 一応、色々としきたりがあるのよ。まあ名門も名門の日向家には敵わないかもしれないけど」


言われてヒナタは微かに苦笑を零す。


「うん、確かに日向家のしきたりは色々と多い方だと思う」
「やっぱりそういうものなのね。ナルトの奴、きちんと全部できるのかしら」
「あ、でもね、確かにすることは色々とあるんだけど、私はナルト君の──うずまき家に嫁ぐ形になるから」


ああ、と納得する声がそこここで上がる。
いのが、にやにやとしながらサクラを見た。


「そういうあんたはどうなのよ」
「わ、私はまだそんな話までいってないから」
「じゃあ、テマリさんが先?」
「さ、先ってなんだ、先って!」
「テンテンさんは?」
「私は、修行したり、新しい武具を探してるいまがすごく楽しいからなあ。みんなみたいに考えたことはないかも。あ、でもね、将来忍具屋を開きたいなあって思ってるんだ」
「いいじゃない、それ! ウチも代々、忍稼業の他に花屋もやってるけど、ああいう形で里や一般の人たちと関わることってすごく大事なんだから」


──それから、楽しい時間はあっという間で、明日のことや、他にも木ノ葉の近況なんかを聞いていればいつの間にか、当初予定していたお開きの時間になっていた。
もっとも、早く帰すからと宣言していた木ノ葉の面々は軒並み潰れ、結局それを言い出したのは私と同じくお酒を飲んでいなかったテマリさんがすることになったのだが。


「まったく、こいつら言ってることとやってることが違うじゃないか!」


言いながらテマリさんは、私に抱きつきながら言葉を掛けてくれるテンテンさん、ヒナタ、いのをそれぞれ剥がしにかかり、ぽいぽいと宿の中に放っていっている。


「まさかヒナタまでここまで酔っ払うなんて、珍しいんですけどね」


くすくすと笑いながら手を振る私の視線の先では、ヒナタが未だ鼻を啜り涙を拭いながら手を振り返してくれている。


「それだけお前の結婚が嬉しいんだろう」
「・・・・・・はい」


私はその言葉を噛みしめるようにすると、そうしてサクラに向き直った。
ふらふらと踏鞴を踏んでいるサクラの肩を支えると、その顔を覗き込む。


「サクラ、大丈夫?」


するとサクラは私に抱きついてきた。
受けとめれば、耳元で鼻を啜る音して、目を細める。
ややあって、サクラは口を開いた。


「私ね、名前」
「うん」
「名前が幸せになることは、もうずっと前から分かってたの。だって名前は本当に優しくて、私はもちろん、みんな名前が好きなんだから」
「サクラ・・・・・・」


サクラは軽やかに笑うと、でも、と言った。


「それでもやっぱり、嬉しいのよね。名前の幸せな姿を見ることができて、すごく嬉しい!」
「・・・・・・ありがとう」


──胸がいっぱいで、苦しい。
サクラの言葉を噛みしめて、目を瞑る。


「・・・・・・私、幸せだよ。こんなに素敵な仲間が、友達がいて」
「名前ったら、幸せを感じるのはまだ早いわよ。本番は明日」


言われて私は、うん、と笑う。
サクラは離れると私を見つめ、花が咲くように笑った。


「おめでとう、名前。明日も目一杯お祝いさせてね」







「名前、いいか? はたけカカシとうちはオビトが来たぞ」


テマリさんの言葉に、窓際で外を眺めていた私は振り返ると頷く。
──結婚式、当日。
既に支度を整えた私は、部屋で一人、新郎の到着を待っているところなのだが、式が始まる前、身内を呼ぶこともできると言われて、カカシ先生とオビトさんの二人にお願いすることにしたのだ。
私にはもう血の繋がった親族はいないから、その話を最初にしてくれたとき、テマリさんもどこか気遣う風だったけれど、少し考えた後口にしてみれば、二人も喜ぶんじゃないかと大いに賛成してくれた。
まあ本来であれば、ここで母親に身支度の仕上げをしてもらうことが多いようなのだけれど、それは頼んでいない。
テマリさんも、二人にそれを任せるのは少し不安だし、何より本人たちが焦って遠慮するはずだと笑っていた。


「──どうぞ、入ってください」


テマリさんが扉の向こうに消えた後、ややあって、扉がノックされる。
声を掛ければ、開いた扉の向こう、現れたカカシ先生は私を認めると瞠目した後にこりと笑い、オビトさんはぴしりと硬直してしまった。


「カカシ先生、オビトさん、来てくれてありがとうございます」


にっこりと笑ってそう言えば、オビトさんが僅かに息を詰め、そうして慌てたように目頭を押さえるので驚いた。
こちらが慌てれば、カカシ先生が笑いながら、


「いやー、これはなかなか、胸に来るものがあるね。な、オビト」
「・・・・・・っ、ああ」


オビトさんは咳払いをすると、そうしてカカシ先生と二人、並んで歩いてきてくれる。
カカシ先生はにこにことしながら私を見下ろし、


「とっても綺麗だよ。結婚おめでとう、名前」
「ありがとうございます」
「うんと幸せになってね」


私は頬を緩めると、はい、と大きく頷いた。
オビトさんが私を見る。


「おめでとう、名前」
「ありがとうございます」
「・・・・・・きっと」
「・・・・・・?」
「──きっとお前の両親も、喜んでいるだろう」
「──!」


言われた言葉に、私は瞠目した。
脳裏に蘇る、森の中のひっそりとした、それでいてあまりに幸せだったあのときの記憶に、視界が涙で滲む。
二人は揃ってぎょっとすると、これまた揃ってわたわたと手を振った。


「お、おい名前、泣くな」
「ちょ、ちょっとオビト、さすがに花嫁さん泣かせるのはまずいでしょ」
「わ、分かってる。おいカカシ、名前を驚かせろ」
「は?」
「こいつは驚くと泣き止むんだ」
「いや何その赤ん坊泣き止ませる対処法みたいなやつ。だいたい花嫁さん驚かせるのもどうなの?」


繰り広げられる会話に、私は小さく噴き出すと、そのままくすくすと笑った。
何度か瞬くと涙を引っ込ませて、大丈夫ですと笑ってみせる。
二人も安心したように息を吐いたところで、開いた窓の向こう、街の通りから歓声が聞こえてきた。
カカシ先生が、おっ、と声を上げる。


「新郎のご到着かな」
「なら、そろそろ俺たちは行こう。名前、また後でな」
「はい。──あの、そういえばナルトたちって今日、大丈夫そうですか?」
「大丈夫って?」
「昨日飲みすぎたんじゃないか、って、女性陣で少し心配してたんです」
「言われてみれば確かに、サイの顔色の悪さに磨きが掛かってたな」
「磨きが掛かるって言うの、それ? まあ、サイはともかく、ナルトなんかはいつにもましてぴんぴんしてるよ。さっき会ったんだが、すごく楽しみにしてた」
「そうですか。よかった」
「意外とサスケなんかが泣いちゃったりしてね」
「しかしナルトの奴、まさか九尾のおかげで怪我の治りが早いだけでなくアルコールの分解なんかも早いのか?」
「もしそれが本当なら、九尾様々だね。この歳になると肝臓がさ──」


二人は軽口を叩きながら私に手を振り、去っていった。
それと入れ替わるようにして、テマリさんが顔を出す。
テマリさんはにまにまとしながら、


「名前、来たぞ」
「──はい」
「どうする? もう少し焦らしておくか?」


扉の向こうで我愛羅が不満そうに、テマリ、と言っている声が聞こえる。
私とテマリさんはくすくすと笑うと、それから頷き合った。


「分かったよ。──ほら、いいぞ、我愛羅。言っておくが、せっかくのメイクを壊すようなことはするなよ」
「分かってる」


そう声が聞こえ、そうして現れた我愛羅は、入室し、私のことを認めると、目を開いた。
テマリさんが可笑しそうに笑いながら、扉を閉める。


「──我愛羅」


正装した我愛羅を見て、私は顔を輝かせる。
我愛羅だけでなく私だって、今日この日を迎えるための格好をした相手を見るのはこれが初めてなのだ。


「──名前」


ややあって、我愛羅は我に返ったようにすると、傍まで来てくれた。
私を見下ろす愛おしげな眼差しと、滅多に見せない満面の笑みに、胸が締めつけられるようになる。


「綺麗だ」
「我愛羅もすごく素敵。とても似合ってる」
「可愛い。──愛しい」


我愛羅は、駄目だ、と言うと私のことをきつく抱きしめた。


「愛している。──名前、愛している」
「・・・・・・」
「駄目だ。とうとうお前が俺の妻になるのだと思うと・・・・・・可笑しくなりそうだな」


我愛羅は少し離れると、私を見つめる。
どきどきとしながらも、先ほどテマリさんに言われたばかりということもあって、首を横に振った。


「だ、駄目だよ我愛羅、さっきテマリさんに言われたばかりだし」
「・・・・・・」
「く、口紅付け直してもらうようお願いするのはちょっと、恥ずかしいな」
「・・・・・・分かっている」


我愛羅はむっつりとした様子で言うと、再び私を抱きしめ直した。
深いため息を吐いたのが聞こえて、思わず笑う。
ややあって、我愛羅はぽつりと呟いた。


「・・・・・・幸せだ」


私は瞠目すると、ややあって、うん、と答える。
その声音は自分でも少し驚くほど弱々しくて、だから我愛羅に気づかれないわけなかった。
我愛羅は少し離れると、じっと私を見つめる。
私はすぐに根負けすると、白旗を揚げた。
だって昨日、テマリさんとカンクロウさんと話しているときだって、既に気づかれていたのだ。
私は苦笑するように笑う。


「よくある、言葉なんだけど・・・・・・幸せすぎて、少し怖くて」


昨日からずっと、大好きな人たちに会えて、温かい言葉をかけてもらって、たとえようもないほど幸せで──だから少しだけ、怖い。
幸せと不幸は表裏一体だと、私は思っているから。
それに生きていく中で辛いこと、悲しいことがないなんて、ありえないと分かってる。
私に向けられる凶刃が、目の前の愛しい人にいつか襲いかかるかもしれないと思うと、体が震えて、逃げ出したくなってしまう。


すると我愛羅が私の両手を握り、そうしてそっと額に口付けた。


「──・・・・・・」


握られた手も、額に触れる唇も、──我愛羅の気持ちも、何もかもが温かくて、幸せで堪らなくて、とうとう涙が零れた。
我愛羅は優しく私の頬を拭うと、


「・・・・・・悪い。結局、テマリに言われたことを破ってしまったな」


そう言いながらも、あまり悪びれていない物言いに、私は笑う。
感じる温もりに支えられながら、我愛羅を見上げた。


でも──たとえこの先、どんなに辛く悲しいことがあったとしたって、大好きな、愛しい人と歩んでいくことができるなら。


(それなら絶対、大丈夫)


立ち向かえる。耐えられる。
前を向いて、歩いていける。
そしてその先にはまた必ず、幸せがある。
──幸せと不幸は、表裏一体だから。


我愛羅が私の名前を呼ぶ。


「ずっと、共にいよう」


見上げた先、あった優しい眼差しに、私も笑って、うん、と言った。


「傍にいる。ずっと、ずっと」


笑んだ我愛羅が、私の手を握り直す。


「さあ、行こうか」


私は頷くと、握る手に力を込めた。



0103