「よーっし、今日は飲んで飲んで、飲みまくるわよー!」
居酒屋へ向かう道中、片手を挙げながらそう声を上げたいのに、サクラが呆れたように腰に手を当てて口を開く。
「いの、あんたねえ、飲むのはいいけど、程々にしておきなさいよ。前に騒ぎすぎて店の人から怒られたこと、もう忘れたの?」
「あら、それを言うなら、自分だって一緒になって酔っ払って怒られたこと、もう忘れちゃったのかしら?」
「ぐっ・・・・・・だ、だから今日はそうならないように、って自戒の意味も込めて言ってるの」
「本当かしらねー。──っと、そういえばサクラ、話変わるけど、心療室の子の話、聞いた?」
サクラは痛ましげに、ああ、と目を伏せると、そのままいのと二人、話し込む。
その隣ではキバが頭の後ろで手を組みながら、苦々しげに口を開いた。
「なあお前ら聞いたか? 海沿いの町で台風の被害があった、って話」
「ああ、かなり規模がデカかったらしいな。被害報告が上がってきてるが、ありゃ相当な痛手だぜ」
言ったシカマルに、チョウジが眉を下げる。
「あの町は、漁業で生計を立てている人たちがほとんどだもんね。僕たちが普段食べているものも、あの町で穫れたものが多いし、何とか力になってあげたいよね」
それからも、そこここで話は続いていく。
会話の内容は主に、最近あった任務で見聞きした各国の情勢や、それに対する木ノ葉の姿勢、またこれからについてだ。
なかなかの大人数で歩いていること、またその面子が軒並み、いまや里の中枢を担う忍たちであることから、すれ違った人が、おお、と感嘆の声を上げたのが見える。
すると隣を歩くサスケが、ぽつりと呟いた。
「なんというか、こいつらも変わったんだな」
「変わった、ってどういうことだってばよ?」
サスケを挟んで隣を歩くナルトが、不思議そうに首を傾げる。
サスケは前を歩く面々を、目を細めて見やると、
「昔はもっと、馬鹿騒ぎばかりしてるような奴らだと思っていた」
「馬鹿って、あのなあ・・・・・・お前はいちいち上から目線なんだってばよ」
「──お前は、変わらないが」
すると向けられたサスケの視線に、私は瞬いた。
その向こうでは無視されたナルトがきゃんきゃんと騒いでいる。
私は首を傾げると、
「私?」
「ああ。昔と変わらず──あいつらを見て、幸せそうに笑ってる」
その言葉に、私は目を開いた。
再び前方を見やるサスケの双眸には、一時期あった憎しみは、もう見られない。
昔に思いを馳せているのだろうか、細められている目に宿る光は穏やかだ。
私はそんなサスケの眼差しを見やると、ふっと目元を和らげてから、にっこり笑った。
「うん、そうだね」
「・・・・・・」
「それはきっと、サスケの言うとおり、昔から変わらないよ」
言えばサスケは、ふっと柔らかく微笑った。
ナルトが身を乗り出すようにすると、私とサスケを見る。
その顔は本当に嬉しそうで、思わずこちらも笑ってしまうくらい明るい。
「サスケも名前も、今日はすっげー楽しむってばよ!」
「うん。みんなで集まれるなんて、本当に久しぶりだしね」
今日は中忍試験を共に受けた馴染み深い面々と、それにサイを含めたカカシ班四人が集まることができた何とも貴重すぎる日だ。
サスケが帰郷することが分かった日から、サクラを中心に日程調整に勤しんだのだ。
「俺ってば、サスケより酒強いと思うんだよね〜絶対!」
「言ってろ」
そう言ったサスケの口調は相変わらずぶっきらぼうなものだったが、その口元にはちらりと笑みが浮かんでいて、私もくすりと笑みを深めたのだった。
──そうして店に着き、それから約一時間程が経った頃、個室の中、掘り炬燵の席で、隣に座るサスケは、名前、と私の名を呼んだ。
「なに、サスケ?」
「さっき、こいつらも変わったんだな、というようなことを言ったが」
「うん」
「──撤回する」
言ってサスケは、だんとグラスを卓に置いた。
グラスを握る手はわなわなと震えている。
「全然変わってねえじゃねえか・・・・・・!」
私は苦笑を漏らしながら個室の中をぐるりと一周見回した。
ちょうど向かい、立ち上がったナルトが大きく手を挙げているのがまず見える。
「はい! はい! 俺ってばいまから一気飲みしまーす!」
「ナ、ナルト君、あんまり無理しない方が」
「ヒナタの言うとおりだ。なぜならナルト、お前は前にもそう言って酔っ払い、挙げ句の果てにはゴミ捨て場に突っ込んでいた」
「えっ!? そ、そんなことがあったの、シノ君?」
ナルトは注目を集めようと、挙げた片手をぶんぶんと振っているが、大半の面々は目もくれずがやがやと騒いでいる。
するとそのとき、グラスを荒々しく置いたのか卓ががたんと揺れた。
見てみればテンテンさんが向かいのネジさんに向かって声を上げている。
「もう! ネジももっと、あの熱血コンビにちゃんと言ってよ!」
「おいテンテン、飲みすぎだ」
「飲まなきゃやってられないわよ! リーはともかく、ガイ先生も逆立ちで演習場内を百周しようとしたのよ!? もう昔とは違うのに!」
「テンテン、確かに昔とは色々違いますが、ガイ先生の熱く燃える魂は変わらず──いえ、むしろ前よりもっと、輝き続けているんです! 僕たちが諦めるわけにはいきません!」
「ガイ先生ももういい大人なんだから、いい加減落ち着いてよ、もーっ!」
ぐしゃぐしゃと髪をかきむしるテンテンさんの隣、いのがやれやれというように首を振る。
「ったく、どいつもこいつも、女の色香っていうものをまったく分かってないのよねー」
「女の色香、って」
すると向かいに座るサクラが笑い含みに言った。
いのはかちんとしたように眉根を寄せると、サクラに目を据える。
「なによサクラ、鼻で笑っちゃって。──ああそういえば、あんたも男みたいなものだものね。そりゃ分からないわよねごめんね〜」
「なんですって、この、いのぶたぁ!」
「なによ!」
二人が卓越しに肩を掴み合う。
両名くノ一であり、また一方は伝説の三忍が一人綱手様直伝の力の持ち主でもあるからか、正直言って震度一くらいはあるんじゃないかという程揺れている。
「これだけ集まると、なかなかすごいね」
「すごい、で済ませていいレベルじゃないだろ」
サスケの言葉に、私は苦笑しながら頬を掻く。
いや、これでも私だって内心では結構焦っているのだ。
なにせここに来る前いのが言っていた、酔っ払って店の人から怒られたというあの現場には私もいた。
かなり騒がしくしていたというのに、やんわりと注意してくれた店員さんに後光が差して見えたのを覚えている。
すると、サスケがちらりと私を見た。
笑みを浮かべながら首を傾げればサスケは、いや、と口を開く。
「お前は、結構酒強いんだな」
「え?」
「あまり他の奴らみたいに、変わってないだろ」
私は得心すると、ああ、と笑った。
それから首を横に振る。
「ううん、私は別に普通──というか、どちらかというと弱い方だと思うんだけど」
言って私は、扉の傍に座るシカマルに視線をやった。
「実はお代わりする度、シカマルが水も併せて注文してくれてるんだ」
お酒と水とが回ってきたときは間違いかと思ったが、顔を上げれば目が合ったシカマルは口パクで、飲んどけよ、と言ってきたのだ。
おそらく私の体を気遣ってのことだろう、優しい心遣いに、私もにっこり笑って、ありがとう、と口パクで返しておいた。
「・・・・・・相変わらず、抜け目ないな」
「うん。シカマルは面倒くさいなんて言いながらも、本当に細やかな気遣いができるよね。男らしくもありながらそんなことまでできるんだから、もう素敵と言うほかないよね」
私は、うんうんと頷きながら言う。
対して、例えばサスケなんかは、そういったことをさらりとはしないときもあるだろう。
けれどその、しない、あるいはツンが勝ってしまってできない、からこそ素敵さが増すのだから、いやはや本当に魅力というのは千差万別だよなあ。
しみじみと思っていれば、サスケとシカマルが見合って──いや半ば睨み合って──いることに気がついた。
言葉もなく、笑い合うでもない二人に、私はどうしたのかと二人を見比べる。
もしかしてサスケも水が欲しいんだろうか。
えっ、まさかこういう場面でもツンは発動されるのか?
そ、それにシカマルも何もしないのはどうしてだろう。
シカマルほどの頭脳があれば、サスケの望みなんてすぐに分かりそうなのに。
はっ! も、もしかしてシカマルもツンを発動しようとしているとか?
新しい魅力を模索しているとか?
いやでも魅力は千差万別だ、って今さっき実感したばかりだし──と、どうしたものかと二人を見守っていたときだった。
ナルトが再び立ち上がると、割り箸をいくつも握った手を掲げ声を上げた。
「さあてそろそろ──火影様ゲームの時間だってばよ!!」
その言葉に、主に酔っ払っている面々からの歓声がわっと上がる。
キバがいる方からは指笛さえ聞こえてきた。
「ゲホッ、ゲホッ」
「火影様ゲーム、って昔──っておい名前、大丈夫か」
背中に手を当ててくれるサスケに、私は大丈夫だと言って頷くが、片手は未だ口元から下ろすことはできないし、もう一方の手ではぎゅうと膝元の服を握りしめていた。
「そうだよね。昔やった、よね」
「おい、あんまり無理──」
「──また皆で、できるなんて」
「・・・・・・ああ。そうだな」
隣でサスケが、そっと言う。
私も震えながら頷いた──が、実のところあまりの嬉しさに叫びだしてしまいそうだった。
ああ、懐かしい──火影様ゲーム!
あんなにも素晴らしいゲームをするみんなを、また見ることができるなんて!!
火影様ゲーム、それは人数分ある割り箸の中に一つだけある印付き、所謂当たりを引き合う遊びだ。
見事当たりを引き抜いた者は火影様となり、他の者たちに任務を下すことができる。
また印以外の割り箸には数字が振られており、火影様は名指しではなくその番号によって任務を下す相手を決めるため、誰が何をすることになるのかぎりぎりまで分からないことも盛り上がる要因の一つだ。
私は心中で神に感謝し祈りを捧げると、ようやっと口元から手を下ろした。
息を落ち着けてから周りを見回してみると、歓声を上げていた面々だけではなく全員が、その表しようは様々だけれど楽しそうにしているのが見て取れて、私も笑う。
ナルトが改めて、私たちを見回した。
そして、にっと笑うと手を差し出す。
「用意はいいか? いくってばよ! ──火影様だーれだ!」
部屋中心に集まろうとする皆に半ば押し潰されそうになりながら、それすらも楽しくて、笑いながら一つを手に取る。
みんな周りに見えないようもう一方の手で隠しながら手元の割り箸を窺い見ていて、揃ってそうする光景はなんだか面白い。
私も見れば、そこには六、という字が書かれてあった。
「はーい! 私ね!」
すると喜色の滲んだ声を上げたのはサクラだった。
サクラは考えるように顎に指を当てると、
「そうねえ・・・・・・うん、決めた!」
「つまんない任務出さないでよねー、サクラ!」
「誰に向かって言ってんのよ、いの。まあでも最初の任務だから──ここは二番と六番が手を繋ぐ、とかはどう?」
呼ばれた番号と、下された命に私はぎょっとした。
手を繋ぐだなんて任務、自分じゃなくて他のみんなで見たかった・・・・・・!
って、そ、それより相手!
私なんかの相手になってしまって──と、顔を青ざめさせれば、一番端の席に座っていたキバが声を上げた。
「二番は俺だ。六番誰だ? まさかシノじゃねえだろうな」
「その話の流れでまさかと言うのはやめた方がいい。なぜならあからさまに嫌がっていることが──」
「わ、私だよ、キバ!」
シノの言葉を遮ってしまったような気がしたが、ほっとして声を上げてしまった。
キバなら明るくて面倒見もいいから、私が相手だとしても受け入れてくれると思ったのだ。
割り箸を挙げた私に、キバはぽかんとすると、すぐに顔を輝かせて傍へ来る。
「おい、マジかよ! サンキュー、サクラ、いや火影様! ほらサスケ、退いた退いた」
「断る」
「って何でだよ! ──ああもう、なら名前がこっち来い」
キバは私の手を取ると、そのまま元いた席まで戻った。
隣に座っていたシノに、詰めろ詰めろ、と言うと、なんとか空いたスペースに腰を下ろした。
無事任務が遂行されたため割り箸が回収される中、私はそっとキバに囁く。
「盛り上げてくれてありがとう」
「ありがとうっつうか、どうしたって盛り上がるだろ、こんなの」
にっと笑うキバの温かい心遣いに、私も笑った。
向こうでサイがサクラに聞いている声が聞こえる。
「ねえサクラ、さっきの任務はいつをもって遂行なんだい?」
「そうねえ・・・・・・まあ普通は、次の任務が始まるまで、とか?」
「別にずっとでもいいぞー」
キバが笑いながらそう声を上げる。
指を絡める形で手を握り直されて、私は目を丸くさせた。
そうこうしている間にゲームが再開し、キバは二本割り箸を取ると、そのうち一方を渡してくれる。
「ほら名前、好きな方取っていいぞ」
「ああ、えっと──ありがとう、キバ」
素直に受け取るも──今度は三と書かれてあった──やはり手元が気になる。
するとキバはそんな私をちらりと見てから、にっと悪戯気に笑った。
「火影は、俺だってばよ!!」
すると声を上げたナルトに、キバはそちらを振り返ると野次を飛ばす。
「おいおい二回連続でカカシ班かよ! イカサマしてねえだろうな」
「んなわけねーだろ、キバ! いずれ火影になる男ってのは、ゲームであっても引き寄せちまうもの──」
「いいからさっさと始めろ、ウスラトンカチ」
「って、どいつもこいつもうるさいってばよーっ!」
盛り上がる皆を部屋の端から眺めながら、私は心中で呟いた。
キバ、恐ろしい子──と。
結構大胆なことをしながらも、見せる笑顔はどこか子供っぽくもあって可愛い。
だというのに握る手は大きくごつごつとしていて男らしさが見えるのだから、もうそのギャップが素晴らしいのだ。
私が相手だから平然としているけれど、これが本命ともなれば、もしかしたらもっとはにかむように笑ったりするのだろうか何だそれ最高すぎる。
・・・・・・駄目だ、笑うな、にやけるな私。
いまは両手とも塞がっているんだぞ・・・・・・!
過去最高とも言えるほど表情筋を総動員していれば、ナルトが高らかに声を上げた。
「んーと、じゃあ・・・・・・五番が外の通りでナンパしてくる、とかはどうだってばよ!」
その瞬間、私は振り返り窓の方を向いた。
唇を噛みしめたり、ぎゅっと目を瞑ってみたりしながら、何とか感情を発散させようとする。
外から見たら可笑しな光景であること間違いなしだが、ここは二階だし、仮に見られたとしても居酒屋だからということで流してくれる──と信じたい。
背後の部屋の中ではいのの声がした。
「ちょっとやだ、ナルトにしてはいいこと言うじゃない!」
「へへーん。だろ? だろ?」
「お前、前にあった雲隠れの奴らとの飲み会のとき、提案した任務軒並みつまんねえって指導受けてたもんな」
「ってシカマル、その話はいいってばよ! いま思い出しても男しかいなくてむさ苦しいし、帰りにゴミ捨て場に突っ込むし、散々な会だったってばよ・・・・・・。それより五番、誰だ?」
「・・・・・・はーい」
「テ、テンテン!? 駄目です、ナルト君! 僕たちならともかく、他人まで巻き込むわけには──」
「巻き込む、ってちょっとそれどういうことよ、リー! 見てなさい、ばっちり決めてくるんだから!」
ややあって、少し落ち着いて息を吐き出したところで、隣のキバも窓の外を覗き込んだ。
「おっ、もう見てんのか名前。誰かよさそうな奴いるか?」
えっと──と、言ったところでテンテンさんが店から出てきたのが見えた。
不規則なリズムで生活している者も多い忍里といえど、金曜の夜ともなれば人通りはやはり多い。
するとテンテンさんが、きょろきょろと辺りを見回し始めた。
口説き落とす相手を探しているのだろうかと一瞬思うも、あからさますぎるそれに、窓側に座っている面々がざわめく。
いのにせがまれて、サクラが実況し始める声が聞こえた。
キバが笑いながら、
「まさか道を聞く口実で、かよ」
「だがなかなか悪い作戦ではない。なぜなら本来の目的を隠すことができ、相手の警戒を緩めることができるからだ」
「ああ、定石も定石、ベタすぎるだろ」
見下ろす先、数人の男性がテンテンさんに声を掛けた。
可愛らしい女性を相手にして、男性たちの頬は知らず知らずのうち緩んでいる。
──会話は盛り上がっているようだった。
テンテンさんも手応えを感じているんだろう、彼らに見えないよう後ろで組んだ手でピースサインを作ってみせた。
「テンテンの奴、なかなかやるじゃねえか」
「テンテンさんはすごく可愛くて明るいし──って、あれ?」
キバと話しながら見ていた矢先、テンテンさんが何事かを言った後、男性たちがぴしりと固まったのが分かった。
どうしたのかと思えば、彼らはぎこちなく笑いながら一人、二人とテンテンさんから距離を取っていく。
テンテンさんは慌てたように引き止めようとしていたが、結局男性たちはひきつったような笑みを浮かべたまま、去っていってしまった。
「ちょっと待っ──も〜っ!」
手を伸ばしかけたテンテンさんが、今度は地団駄を踏むのが見えた。
店の中に戻ったかと思えば、すぐに物凄い勢いで階段を駆け上がってくる足音が聞こえる。
音を立てて襖が開かれると、そこには般若のような顔をしたテンテンさんが立っていて、主にリーさんが怯えていた。
テンテンさんは元の席まで戻ると、唇を尖らせる。
「もう、声を掛ける人を間違えたわ!」
「何があったんだってばよ、テンテン。道案内を頼むふりして、上手くいってたんだろ?」
「うん、途中まではね。でも行き先を聞かれて答えたら、いきなり向こうが怖じ気づいちゃって」
「何て答えたんだ?」
ネジさんの問いに、テンテンさんはむくれたまま答えた。
「忍具店よ、忍具店。別に普通でしょ?」
室内に何ともいえない空気が満ちた。
納得したような声や、嘆息するようなため息がそこここで上がる。
「えっ、何? 何その反応?」
きょろきょろと周囲を見回すテンテンさんに、いのが頬杖をつきながら言う。
「テンテンさん、それは駄目でしょ」
「どうして? 私、毎日のように行ってるのに」
「そりゃあテンテンさんを知ってる人なら何も不思議に思わないし、確かに木ノ葉は隠れ里だから、忍具店に行く女性がいて当然なんだけど・・・・・・」
「最初はか弱い雰囲気でいってた分、ギャップがね・・・・・・」
サクラにも苦笑混じり言われ、テンテンさんはがっくりと肩を落とした。
するとシカマルが、まあ、と口を開く。
「相手が見事に引っかかって、途中までは上手くいってたんだから、とりあえず任務達成でいいんじゃねえか?」
「待ってよシカマル、私まだできる。忍具店じゃなくて演習場とかって言えばいいんでしょ?」
「あー、こりゃあ、任務達成で決まりだってばよ・・・・・・」
「テンテンさんってしっかり者のようで、意外と天然なところあるわよね・・・・・・」
いのの言葉に、何人もが同意するように頷いた。
サスケがこちらを振り向き、声を上げる。
「名前、任務は終わりだ。戻ってこい」
「うん。それじゃあありがとう、キバ」
「なんだよ別に席はこのままでいいと思うんだけどな」
キバは言いながらも手を離すと、またな名前、と笑って送り出してくれた。
だから私も、またね、と笑うと元いた席へ戻る。
──それから始まった三回目のゲーム、火影様になったのはチョウジだった。
「僕かあ。うーん、それじゃあ、八番が三番にご飯を食べさせてあげるのはどう?」
「つまり、あーんってしてあげるってことね。なかなかいいじゃない、チョウジ!」
いのの言葉に心中で激しく同意していたところ、隣からばきりと何かが折れたような音が聞こえて、私はそちらに目を向けた。
割り箸を握るサスケの手がわなわなと震えていて、私ははっとすると、そろりと番号を窺い見る。
「三──ゲホッ、ゴホッ・・・・・・!」
「ちょ、ちょっと名前、大丈夫?」
「八番は僕なんだけど、三番は誰かな」
「げっほぉ・・・・・・!!」
サスケの逆隣、背中を撫でてくれるサクラにお礼を言おうとしたが、サイの発言によってさらに動悸息切れがひどくなってしまった。
サクラが焦ったように水の入ったグラスを取る。
「・・・・・・俺だ」
しかしサスケがひどく嫌そうに名乗り出た瞬間、サクラの手からグラスが落ちた。
慌ててキャッチして、サクラを見ると、はっとする。
(サ、サクラの瞳にハートが浮かんでいるような・・・・・・錯覚?)
「ふっ、ははっ! サスケとサイかよ! こりゃいいってばよ!」
「おいサイ、ちゃんとあーんって言えよ、あーんって!」
「うん、分かった。──名前、ちょっとごめんね」
ナルトやキバから声援が飛ぶ中、やってきたサイが私とサスケの間に座る。
私は、ぽーっとしているようなサクラに声を掛けながら何とか退ける。
「そういうのも、あり・・・・・・」
「サ、サクラ? おーい」
顔の前で手を振ってみるも、サクラは胸元で手を握り合わせたまま、何の反応も見せない。
それにやっぱり瞳にハートが浮かんで見える。
みんなは任務を下された二人に夢中らしく、やいのやいのと騒いでいた。
「はい、サスケ。あーん」
「なんでお前はそんなにやる気なんだよ・・・・・・!」
「ほらほら早くしろよ、サスケちゃんよぉ!」
「めんどくせぇけど、火影様の命令は絶対だからな」
シカマルまでもが、にやにやとしながらからかっている。
私は少しだけ残念に思いつつも、これでよかったのかもしれないと安堵していた。
だって私は二人の横にいるからその光景はあまり見えないし、なんだか様子が可笑しいサクラも気になるから、その意識は自然と分散されている。
もしたとえば真っ正面から何の憂いもなく目の前の光景に集中してなどいたら、私の息の根は止まっていたかもしれない。
私も少しは大人になったんだなぁ、欲望と健康を天秤に掛けることができるようになったなんて。
昔だったら、我が生涯に一片の悔いなしと言わんばかりにベストポジションを死守し、なんとしてでも目に焼き付け、結果星になっていたかもしれない。
一人しみじみとしていれば、サスケが舌を打った。
「チッ・・・・・・分かった」
「はい、あーん」
食べたその光景は見えなかったけれど、どっと沸いた空気から、任務が遂行されたことを知る。
「・・・・・・これでいいだろ」
しかし口元を腕で覆いながら言ったサスケの頬がちらりと赤くなっているのが見えて、私は思わず支えていたサクラの肩に突っ伏した。
はっとしたサクラが、わたわたと慌てる。
「あれ、私──って、そうだ名前、大丈夫?」
「うん、ごめん・・・・・・」
今度こそ水を手渡してくれたサクラから、ありがたくそれをいただくと、息を吐いてから笑った。
「本当に助かったよ・・・・・・ありがとう、サクラ」
「ううん、いいのよ。──って、もう次のゲームが始まってるわ。名前、いける?」
私は、うん、と首肯すると、割り箸を取った。
四番か──と、番号を確認したところで、いのが手を挙げる。
「はいはーいっ! 火影様は私よーっ!」
「げっ・・・・・・」
「ま、まずいよ、これ」
「シカマルもチョウジも、何よその顔!」
いのは、きっと幼馴染みたちを睨むと、それから周囲を見回し声高らかに言った。
「任務は、四番と七番がチューよ!」
上がる悲鳴や制止の声に、いのはきっぱりと首を横に振る。
「火影様の命令は絶対よ。いいでしょ別に、何も口にしろって言ってるわけじゃないんだから。それにもうそろそろ、こういう盛り上がるやつが欲しい時間でしょー?」
「口じゃない、って言ったって、七番私なんだけど」
不安そうに名乗り出たサクラに、固まっていた私は我に返ると、
「七番、サクラなの? 私が四番だよ」
「なんだ、女同士なら、唇もありね」
「って、いのぶたーっ! どうしてそうなる!」
「いいからちゃっちゃとしなさいよ、ほらほら〜」
言ういのの目は据わっていて、完全に酔っ払っていることが分かる。
猪鹿蝶を成す班員が、それぞれ両隣から、
「おい、いの、お前酔いすぎだぞ」
「そうだよ、いの。ほら、お酒飲みなよ」
「つうかよ、さっきからカカシ班ばっか当たりすぎだろ。やっぱ小細工してんじゃねえか?」
「任務を下されている側のことは当たりとは言えない。なぜなら先程のサスケとサイの任務は喉元に込み上げるものがあった」
「シ、シノ君、もしかしてそれって飲みすぎなんじゃ・・・・・・!」
「おいマジかよ! ほとんど顔隠れてて分かんねえって! おいシノ、吐くならちゃんと便所行けよ」
「吐かない。なぜなら──うっ」
キバたちがいる方から何やら悲鳴が上がっている。
この騒ぎに紛れてうやむやにならないかなと思ってみたが、テンテンさんたちも、いのとはまた違う眼差しを私たちへ向けてきていた。
「サクラと名前でよかったー。もしリーとネジが当たってたらと思うと最悪だもん」
「そんなの俺だってお断りだ」
「どうしてですか! 僕だって熱いキ、キッスをちゃんとこなしてみせます! というわけでネジ、付き合ってください!」
「何が、というわけなんだ・・・・・・! ──おい、リー、待て。やめろ、近付くな・・・・・・!」
「なぜですかネジ、ちゃんと証明しないと!」
サクラが隣でぽつりと、地獄絵図ね、と呟く。
それから困ったように私を見ると、
「このまま流れないかしら。だって、ほっぺとかなら全然、できるんだけど」
「うん、そうだよね」
「サクラちゃんも名前も、何ちんたらしてんだってばよ!」
「って、うるさい! 馬鹿ナルト!」
もう、と腕を組むサクラと、それから周囲を見回して、ふむ、と私は首を捻った。
もはや火影様ゲーム関係なく騒いでいる面々もいれば、まだかまだかと野次を飛ばしてきたり、あるいは疲れたように嘆息している面々もおり、はっきり言って収拾がついていない。
私は、よし、と言うと膝立ちになってサクラを見下ろした。
「任務遂行しようか、サクラ」
「えっ──えっ、ちょっと名前」
「ごめんねサクラ。──少しだけ、大人しくしててね」
私に向かって伸ばされかけたサクラの手が、ぴくりと止まる。
私はサクラの頬を包むと、顔を傾けた。
自分の髪が私とサクラの横顔を覆い隠す中、そっと顔を近づける。
──離れたときには、部屋の中は静寂に包まれていた。
ぽかんとしているサクラに、にっこり笑う。
「無事達成、だね」
言うと、どっと空気が揺れた。
色々な声が上がっている中、私は元のように座り直すと、サクラに再び顔を寄せ、こっそり囁く。
「上手くいったみたいで、よかった」
「名前・・・・・・」
「サクラの大事なものを奪うなんて、絶対できないからね」
言って私は、悪戯気に笑ってみせる。
──唇は、もちろんどこにも触れていない。
けれど目論見どおり、その光景は髪で覆い隠されていたから、したようにも見えてくれたらしい。
(・・・・・・背後の視線が痛い)
背中に突き刺さるような視線は、おそらくサスケのものだろう。
だからサスケにだけは後で真相を話させてもらわないと。
そうじゃなきゃ私の人生が今日で終了してしまうかもしれない。
感じる圧に寒気がして、腕を擦っていれば、サクラがぽつりと何かを呟いた。
「サクラ、何か──って」
視線を戻して、ぎょっとする。
サクラの瞳に再びハートが浮かんでいたからだ。
胸元で手を組んだままくらりと倒れるサクラの体を慌てて抱き留める。
「メルヘン、ゲット・・・・・・」
「えっ。サ、サクラ? サクラ!?」
「でえーっ、サクラちゃん!? 名前お前、どんだけすごいやつしたんだってばよ!?」
「い、いや違う! 違う違う・・・・・・!」
──それから、騒ぎすぎた私たちはとうとう店の人に叱られることとなり、謝罪した後、火影様ゲームは封印されることになった。
だがその封印は僅か数ヶ月後、なんと上忍師や他里の忍を巻き込んだ形で解かれることになるのだが、それはまた別のお話である。
めでたしめでたし──って、いや、何にもめでたくない。
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