舞台上の観客 | ナノ
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テーマ「推しとの恋」
- ナノ -
何かが剥がれ落ちていくような感覚だった。
力が抜けて、地面に膝をつけば、背後のナルトが肩を支えてくれる。


「名前!おい、大丈夫かってばよ!」


肩を掴まれ、そう聞かれるが、大丈夫だと答えようにも体に力が入らなかった。
それに大切な何かを失ってしまったような喪失感が激しく、頭が正常に回らない。


対峙していた敵たちは舌を打った。
しかし駆けてくる足音に気づくと踵を返して逃げていく。
ナルトは、はっとしてそちらを向いたが、すぐに増援の忍たちを振り返ると声を上げた。


「サクラちゃん、来てくれ!」
「──名前!いったい、何があったの!?」
「俺を庇って、敵の術を受けて。ただの波動みたいなものだったんだけど、喰らった瞬間、力が抜けたみたいに座り込んじまったんだってばよ」
「確かに、外傷はないわね」


言うとサクラは私の頬に手をあて、目を覗き込む。
視界の端で、私たちを見やったサイが、敵を追いかけていくのが見えた。
私はぼうっとして、されるがままになっていたが、その翠眼に映った自身の目を認めると、瞠目した。


剥がれ落ちていく大切な何か。
エネルギーをごっそりと抜かれてしまったような喪失感。
──もしかして。


私は、怪訝そうなサクラに断りを入れると目を閉じた。
チャクラを集中させる。
しかしその行き先が見当たらない。


「どうしたの、名前?」


私は目を開けると、不安そうな顔をしている二人に、迷子になったような気分で言った。





「──時空眼が開眼できない?」


木ノ葉に戻った私たちが、いまや里長補佐役の一翼を担っている仲間に報告すれば、シカマルはどういうことかと眉根を寄せた。
私は眉を下げながら、うん、と頷く。


「開眼の仕方を忘れちゃったみたいなの。本当に前はできていたんだっけ、って思うくらい、どうやって開眼していたのかまるで思い出せなくて」


何度も試した。
両目にチャクラを集中させたが、まるで手応えが感じられないのだ。


「会得した術を忘れさせる術、か」
「初めはナルトを狙ってたらしいのよ」


サクラが言った言葉に、シカマルは顔を顰める。


「大戦の英雄が術を忘れたとなっちゃ、一大事だ。敵はそれを狙ってた、ってわけか」


そうなっていたときのことを思って、私は思わず唾を飲んだ。
忘れてしまう範囲がどこまでなのか、明確には分からないし、たとえいくつかの術を失ってしまったとしたって、ナルトが強いことに変わりはない。
けれどその損失は、木ノ葉だけでなく忍界にとって計り知れないものになる。


「その点、時空眼はもう最近は使ってないし、響遁は変わらず使えるから、あまり支障はなくて、ひとまずはよかった」


言えば、ナルトたちは複雑そうな顔をしながらも否定はしなかった。
そんな中、だが、と言ったのはシカマルだった。


「取り戻さねえわけにもいかねえ。ひとまず明日、いのが任務から戻ってくるから、名前の脳内に入ってもらう。あと、六代目に鳥を飛ばす。名前の状況を報告して、併せて術者たちを捜索する小隊を出す許可を取る必要があるな」


サイが少し眉を下げた。


「取り逃がしちゃって、ごめん」
「お前が謝る必要なんてねえってばよ。元はと言えば俺が──」
「いや、私が──」
「もう、三人とも、言ってたってしょうがないでしょ。名前の時空眼のことはすごく心配だけど、皆こうして里に戻ってこれたんだし」
「サクラの言うとおりだ。それに、そいつらからの襲撃は予定外のもの。任務はきっちりこなしてきたんだから、気に病む必要はねえ」


サイは僅かに口元に笑みを浮かべると頷いた。
そして真剣な表情でシカマルに言う。


「名前に掛けられた術の効果からしてもそうなんだけど、敵は隠遁系の忍術を使う。奴らは逃げる端から、周辺にいた一般人を錯乱させていっていた」
「サイはその人たちを助けてくれていたの」


私も言えば、シカマルは頷く。


「分かった。それも伝えておく。考慮した編成を組まねえとな」


言うと考え込むシカマルのことを、ナルトたちがまじまじと見る。
シカマルはその視線に気づくと、不思議そうに眉を上げた。


「なんだ?」
「いやその、なんていうか、ちょっと意外だったんだってばよ」
「意外?」
「うん。そりゃあ、ずっとこのままなのは駄目よ。だけど、時空眼は名前の体に大きな負担を掛けるから」
「だから名前にベタ惚れのシカマルが、そうしたものをこんなに取り戻そうとしてるのが、少し意外だったんだよ」


ベタ惚れって、と私は苦笑するように笑う。
シカマルも、呆れたように頭を掻きながら、


「持ってて使わねえのと、元々持たねえことは、別物だろ」


頷いた三人にシカマルは、それに、と言い掛け、しかし口を閉ざす。
私たちは首を傾げたが、シカマルは、いや、とだけ言って話を打ち切った。
すると不思議そうにしていたナルトが、思い出したように私を見た。


「写輪眼なら、開眼できるんだよな?」
「うん」
「なら、いのが駄目でも、オビトが戻ってくれば取り戻せるってわけか」
「そうだね。元々私の時空眼は、オビトさんに開眼してもらったわけだし」


オビトさんは今、鉄の国で開かれる会談に向かった六代目の随行のため、里にはいない。


「帰ってくるのは、一週間後だったわよね」
「ああ。名前、お前はそれまでは、里内任務にあたってくれ。オビトが戻ってくるまでにも、手は尽くすべきだしな」
「うん、分かった」
「サクラちゃん、サスケは近くにはいないのかってばよ。オビトじゃなくサスケだって、名前の時空眼を開眼することはできるだろ?」
「この前もらった手紙の感じからすると、あまり近くはないみたい。それにこっちからの手紙がサスケ君のところに届くまでの日数を考えても、オビトを待った方が早いわ」
「げほっ、ごほっ」
「そっか──って名前、大丈夫かってばよ!」
「そうよね。時空眼の有る無しにかかわらず、名前の体が弱いことは、変わらないのよね」
「あ、いや・・・・・・」


どう言おうものか考えていれば、背中を撫でてくれていたサクラが、じっと私を見つめた。


「ねえ、名前、分かってるとは思うけど、無茶な真似はしちゃ駄目よ。もし知らない間に名前に時空眼が戻ってたら、怒るから」


私は目を丸くさせたが、気遣ってくれるサクラの気持ちが嬉しかったので、にっこり笑うと頷いた。


過去を見るかぎり、開眼する方法はいくつかある。
だがそれらの中でも特に多いのが、時空眼あるいは写輪眼による開眼と、危険な状態に陥ることだった。


「ああ、それはいい案だね。サクラに怒られるなんて、誰だって、なんとしてでも回避したいって思うに決まってるから」
「分かるってばよ、サイ。サクラちゃんってば、すげー怖いからな。いくら名前でもそんな真似は──」
「あんたたち、いい度胸ねぇ・・・・・・」
「って、わ、ま、間違えた!サクラちゃん、今のはちょっとした言葉の綾ってやつで──」
「もう遅い!」


響いたいい音に、私は思わず自分の脳天を押さえる。
ぎゃあぎゃあと騒ぐナルトたちを見て、シカマルはため息混じりに言った。


「報告が他にねえなら、解散してもらっていいんだけどよ・・・・・・って、聞こえてねえか」


くすくすと笑っていれば、シカマルは私の隣へ来た。


「この後少し、待ってられるか」
「うん」
「なら、俺ももうすぐ終わるから、一緒に帰ろうぜ。送ってく」


嬉しい申し出に、私は顔を輝かせて頷いた。


とっぷりと日が暮れ、もう人もまばらな街を歩きながら、私はシカマルに言った。


「本当に、ありがとうね、シカマル。時空眼を取り戻そうとしてくれて」
「いいんだよ。さっきも言っただろ。使わないことと、持たないことは別物だ」
「うん」
「それに──お前の大事なものだろ」


私は僅かに瞠目すると、そして、うん、と笑った。


それからは、今回の任務でのナルトたちの話なんかをしていれば、あっという間に家に着いた。


「送ってくれてありがとう」
「いや」
「・・・・・・シカマル、あの」


アパートの前で、私はシカマルを見上げる。
むずむずと胸中に湧き上がるものに、唇を引き結んだ。


(す、少しでいいから、ぎゅってしたい)


でもここ外だし。
いくら夜も遅くて、誰もいないからといって、やっぱり駄目かな。
それにそのためだけに家に呼ぶのもあれだし、かといってお茶にでも誘えばシカマルの帰る時間が遅くなっちゃうし。


「えっと・・・・・・気をつけて帰ってね」


結局いい考えが思い浮かばず、私は諦めて笑うとそう言った。
しかしシカマルは、ああ、と言ったものの動かない。
どうしたのかと不思議に思ったとき、シカマルの顔がすっと寄せられた。
頬に落とされた口付けに、小さく息を呑む。


「・・・・・・じゃあ、ゆっくり休めよ」
「は・・・・・・はい」
「なんで敬語なんだよ」


思わずといったふうに軽く噴き出すシカマルに、私は頬を押さえた。


「だって──」


シカマルが──という言葉は、口にすることができなかった。
唇に重なるものに、目を開いたまま硬直する。


「・・・・・・おやすみ」
「──お、おやすみ、なさい」


ようやっと言った私に、シカマルは頬を緩めると頭を撫でて、そして帰っていった。
私は呆然とその背を見送ると、鍵を取り出し家に入り、靴を脱ぐとそのまま廊下に座り込む。
両手で覆った頬は、掌にひどく熱い。


「はー・・・・・・」


吐き出した息も、同じように暑かった。
私はぱたぱたと頬を扇ぐと、一人呟いた。


「シカマル・・・・・・恐ろしい子」







それから、いのによる脳内捜索や、ヒナタによる経絡系の視認など、他にも様々な方法をもって時空眼の開眼が試みられたが、成果はまだ上がっていなかった。
そして任務から五日が経った日の昼、里の中でも外れに位置する演習場に、ナルト、サクラ、名前、シカマル、いの、キバの六人の姿があった。
その目的は、今度あたる任務のシミュレーションだ。
厳密に言えば、実際のメンバーは多少異なるのだが、本来の面々では任務日までにどうしても都合が合わないため、同じ一族の者など戦闘スタイルが似ている者を代役として立て行うことになったのだ。


「しかしまた見事に同期が集まったもんだよな」


休憩中、キバが言った言葉に、いのが頷いた。


「本当にね。本来のメンバーでは無理だったけど、私たちだって、ここまで集まれることなんて滅多にないもんね」
「今は皆それぞれ忙しいし、あたる任務の内容も、結構違うもんね。私やシカマルなんかは、あまり里から出なくなったし」
「サクラは病院、シカマルは火影邸に詰めてるもんね。かくいう私も、情報部や病院もあるし、色々と変わるものよねー」


しみじみと言ったいのは、そしてにやりと笑う。


「ナルトはアカデミー生から、こんなきらきらした眼差し向けられるようになるし。本当、昔からは考えられないわ」


いのの言葉に、全員が笑って同じ方向を向いた。
木の影に隠れているつもりなのだろうが、まったく隠れられていない小さな姿が三つ、そこにはあった。


「どうしたんだってばよ、お前ら。いまは休憩中だし、来ても大丈夫だってばよ」


ナルトが声を掛ければ、三人の子供はぱっと顔を輝かせた。
しかし駆けてこようとした瞬間、突如として飛び込んできた気配に、感知ができる者たちがはっとする。
子供たちに近づくそれに駆け出そうとすれば、声が響いた。


「動くな!ガキが爆発で吹っ飛んでもいいのか!?」


ぴたりとナルトたちが動きを止めた先、三人の子供らは初め、何が起きたのか分かっていない様子だった。
しかし自分の肩を掴む背後の男たちに、首元に当てられたクナイの切っ先に、ひっと息を漏らす。


──侵入者は、五人。
厳しい表情で対峙するナルトたちに向かい、中央の男が口を開いた。


「名字一族の生き残りは、お前たちの中にいるか?」


その言葉に、シカマルは不自然に見えないよう重心を動かして名前を背に隠した。
最悪だと舌を打ちたい気分だった。


「持ってて使わねえのと、元々持たねえことは、別物だろ」


五日前、そんなにも時空眼を取り戻そうとするとは意外だったとナルトたちに言われたとき、その理由についてシカマルは述べていないことがあった。
その理由については皆分かっているものではあったが、あえて口にしようとは思わなかった。
分かっているのだとしても、改めて認識させたくなかったのだ。


その理由とは、名前の時空眼を狙う者たちが変わらずいるということ。
その者たちは、名前が開眼の仕方を忘れたことを知らない。
持っているものだと考え、変わらず矛先を向けてくる。
そしてそうした連中が、名前の現状を知ったとなれば──。


握りしめられたシカマルの手に、そっと名前の指先が触れる。
僅かに目を開けば、背後で名前が囁いた。


「シカマル、私なら大丈夫」


小さく抑えられた声だったが、芯があって、揺らぎないものだった。
シカマルは眉根を寄せる。


名前がそう言えることはシカマルは分かっていた。
名前は自らの無事や安寧を、拘りなく手放すことができる。
だがシカマルが許せないのだ。
名前本人がいいと言っても、到底看過できるものではない。


「いないなら、呼び出せ。でないとこの三人の可愛いガキどもが、見るも無惨な姿に変わり果てるぞ」


シカマルが連中に見えないよう、いのに指文字を送る。
するといのはかくりと意識を失い座り込んだ。
慌てて支えたサクラは、見慣れたその様子にはっとすると理解した。


「なんだ、どうした」
「あんたらが物騒なこと言うから、気失っちまったんだよ」
「なんだ、また随分と腑抜けたくノ一だな」


嘲笑する男たちの上空で、旋回していた鳥が鳴いた。
そして里へ向かって飛んでいく。


「ああそれから、さっきも言ったが、下手な真似はするなよ。爆発でガキどもが吹き飛ぶからな」


眉を顰めるシカマルに、再度、囁く声がする。


「シカマル」
「・・・・・・」
「──お願い」


シカマルは考え込むと──それは僅かな時間だったが──名前に指文字を送った。
背後で優しく微笑う気配がする。


「ありがとう」


そう言って、シカマルの手に触れていた温もりが離れていった。
シカマルは強く手を握りしめる。


連中の前に今の状態の名前を差し出すなど、みすみす傷付けにいかせるようなものだ。
だがこれ以上しらを切るわけにもいかない。
呼びに行ってくるなどと言って時間を稼いだところで、連中のうち一人は必ずついてくるだろうし、待っている間人質がいたぶられる可能性だって大いにある。


シカマルは意識して呼吸すると、指先から襲ってくる焦燥感を排除した。
思考を滞らせるものを削ぎ落とし、ただひたすらに、鋭利な頭脳を働かせる。


琥珀色の髪が靡く。
連中に対峙する凛とした背中に、ナルトたちは歯噛みした。


「私が、名字名前だ」


男は値踏みするような眼差しを向けて笑う。


「早速見つけて運がいい、と言いたいところだが──証拠を見せろ」
「・・・・・・」
「時空眼を開眼しろ」
「・・・・・・獲物の顔を知らないのか?」
「生憎と、そいつに関する情報は手に入りにくくてな。木ノ葉は大分情報統制を敷いているらしい」
「・・・・・・」
「いいから、さっさと開眼しろ」
「できない」
「・・・・・・なに?」
「開眼の仕方を忘れてしまった」
「・・・・・・おい女、ふざけてるのか」
「──嘘じゃねえ」


言ったのは、シカマルだった。
連中の視線が集中する中、シカマルは続けて、


「数日前の任務で敵の術を喰らって、そうなっちまった。いまそいつらを探す小隊も放ってる。信じられねえなら、記録簿がある場所へ案内してもいい。ついでに、あんたらの目当ての人物が、そいつで間違いねえっていう資料もある」


男は考える素振りを見せると、そして一人に、行けと顎で示した。


「言っとくが、爆発を起こせるのは我ら全員だ。里に引き入れ、数で抑え込もうとするなよ」
「そうしようとすれば吹き飛ぶ、だろ。分かってる」


シカマルは言うと、キバを呼んだ。


「キバ、案内を頼む。記録簿がある資料室の場所を知ってるのは、お前だけだからな」
「──おう、分かったぜ、シカマル。行くぞ赤丸!」
「ワウッ!」


二人と一匹が去るのを見届けてから、男は顎を撫でた。


「しかし、帰ってくるのをただ待つのもな・・・・・・いくら端とはいえ、侵入したことは結界により気づかれているだろうし。かといって、我々に手を出せるかと言われれば、そうではないが」


考えているらしい男に、木ノ葉の面々は誰一人として何も言わなかった。
だが男の目が名前に据えられたとき、シカマルが口を開いた。


「そういや、名前、巻物は持ってるか」
「巻物?」
「ああ。時空眼についてが記されたものだ」


名前が、持っている、と視線は男に向けたまま答える。
シカマルは、よし、と言うと、


「それを持っていることから納得してくれればいいんだけどよ、そうもいかねえだろ?──巻物の中に、チャクラを込めれば名字一族のチャクラが浮かび上がる呪印がある。それであんたの前にいるそいつが、名字一族の末裔かどうか分かるってわけだ」
「・・・・・・なるほど」


男は、寄越せ、と手で示した。
名前は余計な疑念を抱かせないよう慎重に巻物を取り出すと、男に向かって投げた。
開くと目を通していく男を見ながら、名前はシカマルの心配りに、心中で礼を言う。


(シカマル・・・・・・ありがとう)


資料室の場所をこの中でキバのみが知っているなんていうのは真っ赤な嘘だ。
里へ向かう道すがら、他に侵入者はいないか、異常はないか嗅ぎ取ってもらうため、キバを指名したのだ。
また名前が連中の獲物であることを証明する資料は、巻物と同じく時間稼ぎの材料の一つだ。
そして巻物のことを口にするのだって、男が焦れて人質に手を出さないよう境界線を見極めながら提案してくれている。


呪印にチャクラを流し込んだ男が、名前にチャクラを示すよう命令する。
名前は掌を上へ向けるとチャクラを集中させる。
その掌に現れたチャクラは当然、呪印が示すそれと同じものだ。
男は歓喜に打ち震えた。


「ああ──ああ!なんだ、本当に運が良かったんだな」
「やりましたね」


言った部下の一人が、でも、と眉根を寄せる。


「どうするんですか、兄貴。人質で言うことを聞かせて、時空眼で追っ手の動きを止める予定だったのに、これじゃあ」
「私は時空眼以外にも術が使える。その術であっても、動きを止めることはできる」
「術は使わせない。それに、その効果は絶対じゃないだろう。時空眼の完全なる支配じゃないと駄目だ」


名前は侵入者たちを順々に見ていった。


リーダーであろう男はまだ平気そうだが、人質を捕らえる役割を担っている部下三人の落ち着きがなくなってきた。
本当に逃げ切れるのかどうかと不安に駆られているのだろう。


(・・・・・・これは、シカマルには言わせちゃ駄目だ)


シカマルは──と、名前は思う。


可能なかぎり、その道を回避しようとしてくれるだろう。
だが必要に迫られれば、言わざるを得ない、言うべき状況になれば、苦しみながらも必ずやる。
──だが。


(そんなこと、させちゃいけない)


名前は目を瞑る。
そして開くと、男に目を据えた。


「開眼する方法がある」
「・・・・・・聞こうか」
「私が、危険な状態に陥ればいい」
「随分と物騒だな」
「これ以外にも方法はあるけれど、今すぐにとなればこれしかない」
「・・・・・・嘘じゃないな?」
「吐くならもっとマシな嘘を吐く」
「・・・・・・それもそうだ。生温いことを挙げられてたら、時間稼ぎの嘘だとガキの一人でも斬り捨ててたところだ」
「時空眼を取り戻したいのは、私も同じだ。これ以上子供たちを危険に晒したくもないし」
「利が一致してる、ってわけだ」


笑う男に、名前は、ただし、と言う。


「その光景は見せないでほしい。せめて、子供たちにだけでも。この子たちはまだアカデミー生だ。忍でない、しかも子供に、見せるものじゃない」
「いいだろう。臍を曲げられては嫌だからな。今後の協力関係のため、お互い友好的に接しよう」


言って男は、向こうへ、と人質たちのさらに奥を示した。
これでナルトたちからは見えるが、三人の子らは背を向けていることになり、見ることはない。


名前は歩いていく途中、子供たちに痛ましげな眼差しを向けた。
二人が奥へ歩いていく中、ナルトが子供たちに向かって声を掛ける。


「偉いな、お前ら。ちゃんと立ってて、すげー立派だってばよ」


言ってナルトは明るく笑った。


「将来有望だ。きっといい忍になるってばよ」


明るい笑顔に、子供たちの緊張が溶けていった。
サクラも笑いかけると、


「本当、偉いわね。──ね、最近一番楽しかったときの話、後で私に教えてくれない?」
「楽しかったときの、話?」
「そう。アカデミーでのこととか、家でのこととか、街でのこととか、何でもいいわよ。たくさんあるだろうから、思い出しながらゆっくり考えて。集中するためには、のめり込むことが大事よ。耳を塞いで、目を閉じて、そのときの記憶に没頭するの」


でも──と、振り返り掛けた子供たちに、サクラは優しい眼差しを向け言った。


「名前なら大丈夫だから。ね?」


その目を見つめた三人は、大きく頷くと耳を手で塞ぎ、目を瞑った。


「ありがとだってばよ、サクラちゃん」
「助かったぜ、サクラ」


ナルトとシカマル、二人からの言葉にサクラは首を横に振る。
二人の声はぞっとするほど色も温度もなく、また手は強く握りしめられていた。


(名前・・・・・・)


サクラは奥向こうの、仲間であり友人である者の姿を見つめる。
いののことを支える手が、震えていた。


「分かっているとは思うが──恨むなよ」


男は言って、掌を名前に向けた。
高濃度のチャクラを感じた瞬間、起こる爆発に、名前の体が吹き飛ばされる。
地面を転がると、やがて止まった。
地面に手を付き、起き上がろうとした名前の顔に、男の足先が叩き込まれる。


「ああっと、危ない。目は傷ついてないよな?」
「・・・・・・問題ない」
「ならよかった。次からは顔は止めておくから、安心しろ」


言った男の蹴りが、横向きに倒れていた名前の今度は腹に叩き込まれる。
名前は体を折り曲げて咳き込んだ。


ナルトたちは、まるで血が沸騰しているようだった。
あまりの怒りに、呼吸が乱れる。


そのとき、いのがはっとして意識を戻した。
連中からは、サクラが壁となって見えないだろう。
いのは印を結ぶと、サクラに触れた。
そして里で得てきた情報を唇の動きでサクラに伝え、読心術によりそれを読み取ったサクラの意思が、ナルトとシカマル、それに名前へと伝達していく。


(キバが里へ連れていった男をネジの白眼で見た結果、男たちが言う爆発の仕組みが分かったわ。こいつらは血液が特殊で、チャクラと混ぜ合わせて放出することで爆発が起こる仕組みになってるみたい。私たちだけならともかく、子供たちが捕まってるこの状況じゃ、少しの遅れも許されないわね。瞬時に子供たちを引き離さないと)


いのは、耳を塞ぎ目を瞑る子供たちに目を向けると、続けて、


(キバが連れていった男は、こっちが解決するのを待ってから、ネジが倒す予定よ。こっちにも今、ヒナタやシノが向かってる。二人なら、こいつらのような戦闘スタイルに対して有利に立てるから──って)


「ちょっと、やだ・・・・・・!」


思わずといったように、いのが小さく声を上げる。
はっとして振り返ったサクラは息を呑んだ。
地面に座り込む名前の前に、片膝をついた男が、くるくると回していたクナイを握り直す。
そして躊躇なく名前の手の甲へと振り下ろした。


──名前は、一つも悲鳴を上げなかった。
僅かに肩を揺らすと、やがて堪えるように俯く。


満足そうに口角を上げた男はクナイを抜き取った。
その切っ先から血が滴り落ちている。
男は名前の首を掴み上げると、無理矢理に立たせた。
爪先は僅かに付くか付かないかくらいのところで、そして名前の両腕はだらんと下ろされている。


「・・・・・・まだ駄目、か」


男は、ぱっと手を離す。
どさりと地面に倒れ込んだ名前に向かって、口を開いた。


「やはり殺されるはずないと分かっているから緊張感が足りないか?なら、誰か殺そうか。リアリティが出るだろう」


名前はぴくりと反応を示す。
踵を返すと仲間たちの方へ向かっていく男の背中を見上げて、そしてシカマルと目が合うと──唐突に理解した。


時空眼を開眼する主な方法は、時空眼あるいは写輪眼による開眼と、危険な状態に陥ること。
だが名前は、そうでないやり方も左目で見ていた。
それは大切な人が危険に晒されることや、死を迎えるということ。
初めは共通点が見いだせず、なぜそれによって時空眼が開眼できるのか分からなかったけれど──今なら分かる。


それは、生命の危機。
自分の命が脅かされるときは当然のこと、大切な人たちのそれが危険に晒されたときだって、辛くて悲しくて、とてもじゃないけど生きていけなくなってしまうから。
だから開眼できるんだ。


「──ごめんね、皆」


笑う名前に、ナルトたちは瞠目する。
名前は言った──その瞳が、白緑色に染まっていた。


「約束、破るね」


自分の体の動きを止める絶対の支配に、男たちは瞠目した。
これは──と、振り返ろうとして、できないことに改めて気づく。
舌を打つと、チャクラを放出しようとして、しかしそれすらできないことに驚愕した。


「時空眼を、舐めすぎだ。止められるのが、体の動きだけだと思ってたなんて」


そして体中に突き刺さる触手状の影に、呻き声を上げる。
サクラといのが子供たちの救出に走る。


「名前、時空眼を解け!!」


シカマルが叫ぶ。
ナルトの掌で渦巻く螺旋丸と、それを核として手裏剣状に集う風のチャクラを認めて、名前はふっと力を抜いた。
影が消える。
体の自由が戻ってきて、抗おうとチャクラを放出しようとした男たちは、しかし眼前に迫る英雄の姿に言葉もなく立ち尽くした。


凄まじいほどに濃く、鋭い無数のチャクラの乱気流に巻き込まれて、男たちの体が切り刻まれ、千切れていく音がする。
起こる爆風に吹き飛ばされようとした名前の体は、シカマルによって支えられた。


「シカマル・・・・・・げほっ、ごほっ!!」


喀血した名前の鮮血が手に掛かり、シカマルは歯を食いしばった。
サクラを呼べば、子供たちをいのに任せて駆けてくる。
血濡れた名前の状況に、サクラは泣きそうに顔を歪めると、それでも即座に治療に取りかかった。
手も口も血塗れで、蹴られた頬は青黒くなっている。
恐らく腹部も同じだろう。


「げほっ・・・・・・!!」


名前は再び血を吐いた。
時空眼を開眼した影響だろう。
薄れゆく視界の中、必死そうな顔をしたシカマルが見えたような気がしたが、まるでテレビの電源を切るようにして、意識は無へと落ちていった。











ふと目を開ければ、私の左手を握りしめ俯くシカマルの姿が目に入った。
俯いているせいでその表情を窺い知ることはできないが、手が震えているのが伝わってきていた。
そんなシカマルを見ているうちに、ぼうっとした頭に徐々に記憶が蘇ってくる。


「シカマル・・・・・・」
「──!名前・・・・・・っ」
「怪我、は」


聞けばシカマルは、ぐっと何かを堪えるような顔をした。


「大丈夫だ。俺も、他の奴らも、里も、全員無事だ・・・・・・!」
「そ、っか・・・・・・よかった」


私は安堵の息を吐いた。
起き上がろうとすれば、シカマルはそれを支えてくれ、そして水を飲ませてくれた。
私はシカマルを見つめる。
黙しているシカマルに、少し考えると、口を開いた。


「シカマル、ごめ──」
「むかつくんだよ」


私は閉口すると、握りしめられたシカマルの手に自分のそれを重ねた。
先ほど、敵の前に出ていったときとは違って、握り返してくれる温もりがある。


「苛立って仕方ねえ」
「・・・・・・」
「どうしてお前が、申し訳なく思わなくちゃならねえ。謝らなくちゃならねえ」


どうして──と、シカマルは言う。
真情を吐露するような響きをしていた。


「お前が、狙われることを当然だとでもいうふうに思わなくちゃならねえんだ」


言ってシカマルは、その切れ長な目を私に据える。


「お前が謝ることじゃねえ」
「・・・・・・うん」


私はその言葉を噛みしめると、微笑った。


「でも、それならシカマルは、もっと違うでしょ」
「・・・・・・?」
「シカマルが、そんな自分を責めるような顔をする理由なんて、もっとない」


私はベッドの上に膝立ちになった。
慌てながら支えようとしてくれたシカマルの頭を抱え込んで、自分の胸元に引き寄せる。


「お、おい、名前」
「シカマル、私、生きてるよ」
「──!」
「ちゃんと生きてる。シカマルや、皆のおかげ。・・・・・・本当にありがとう」


目を閉じて、その温もりを抱きしめていれば、ややあって背中に回される手があった。
ひどく優しい力は、大切にしてくれていることがありありと分かって、なんだか擽ったい気持ちになる。


私はそっと目を開くと、窓の外を見た。
もう日を跨いだどころか、そろそろ朝陽が昇る時間らしい。
白み始めている空の向こうを眺めていれば、胸が締めつけられるように甘く痛んだ。


「ずっと・・・・・・いてくれたんだね」


シカマルは何も言わなかった。
私は笑う。


「シカマル、私、幸せだよ。やっぱり悲しみや喜びは、表裏一体なんだね」
「・・・・・・」
「助けてくれたこと、大切に想ってくれていること・・・・・・すごく嬉しい」


私はシカマルから離れると、再びベッドの上に座って、苦笑しながら頬を掻いた。


「まあ、とは言っても、もうこんな事態は嫌なんだけど」
「ああ」
「子供たちも、怪我はなかったとしても、きっとすごく怖い思いさせちゃったよね」
「怖くなかったと言やぁ嘘になるだろうが──やる気出してたぜ」
「やる気?」
「ああ。今度同じようなことがあったときは、自分たちがお前を守るってよ」


私はぽかんとすると、そして笑った。


「そっか。ナルトが言ってたのが聞こえたんだけど、本当に将来有望な子たちだね。アカデミー生だって言ったのは自分だけど、もう立派な忍だったんだ」


シカマルも、ああ、と笑った。


「──つうか、お前は俺たちのことばっか気にするけどよ、唯一にして一番重傷人のお前は、大丈夫なのかよ」
「大丈夫だよ。サクラが治療してくれたんでしょ?お礼言わなきゃ」


言って私は包帯が巻かれた手を色んな角度から見てみる。


「少し引きつるような感じがするけど、痛みはないよ。お腹も、顔も──わっ、すごい。何も痕残ってないんだね」


頬を撫でた私は、残っていない傷痕に、サクラの技術に素直に感動する。
するとシカマルが私の頬に手を伸ばして、言った。


「残るような傷を負わせてたら、あいつらのこと、許さねえ」
「シ・・・・・・シカ、マル」
「つうかまあ、そうじゃなくても、許すわけねえけど」


そう言うシカマルの声は低く、目の奥にある光は正直言ってぞくりとするのだけれど、怒ってくれることが嬉しいと思ってしまう。


(サイはこの間、シカマルが私にベタ惚れだって言ってたけど、それは私の方なんだよね)


私はくすりと笑うと、そしてシカマルを窺い見た。


「シカマル・・・・・・あのね」
「なんだ?」
「少しだけでいいから・・・・・・抱きしめても、いい?」


シカマルは目を丸くさせると、そして笑った。


「さっきは許可も何も取らなかったのによ」
「え?──ああ、そういえば」


言われて初めて気が付いた。
だが先ほどは、ひどく自分を責めるような顔をしたシカマルが心配で、それどころじゃなかったのだ。


「・・・・・・つうか、お前なら許可とか、いらねえよ」
「え・・・・・・」


私はシカマルを見上げる。
シカマルは口元に笑みを浮かべると、腕を広げた。
私ははにかむように笑うと、首元に手を伸ばし、その腕の中に飛び込む。


「おい──傷口、開いちまうだろ」
「大丈夫」
「本当かよ・・・・・・」


苦笑混じりに言ったシカマルが、抱きしめ返してくれる。
その力は先ほどと同じくとても優しくて、私は思わず笑ったのだった。



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