舞台上の観客 | ナノ
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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -
いのとサクラと山中花店で話をしてから数日後のこと、木ノ葉病院を出た私は、ちょうどこちらに向かってくる二人の人物を認めて足を止めた。


「名前、久しぶりね」
「はい、紅先生。チョウジも」
「やあ、名前」


手を挙げたチョウジに、にっこりと笑む。
そして紅先生が抱く愛らしい存在を覗き込むと、下ろされている瞼を認めて、小声で言った。


「それにミライも。久しぶりだね。相変わらず可愛いね」


紅先生が、ふふ、と笑う。
私は先生に視線を戻すと、


「病院に?」
「ええ、予防接種にね。今はぐっすり眠ってるけど、この後のことを思うと・・・・・・耳栓でも持ってくるべきだったかしら」


するとチョウジが、ああ、と痛そうに顔を歪めるので、紅先生は苦笑混じりに言う。


「チョウジ、あなたが注射されるわけじゃないんだから」
「それはそうなんですけど・・・・・・」
「ていうか、そんなものとは比べものにならないほどの痛みは負ってきたでしょう?」
「それも、そうなんですけど・・・・・・なんていうか、注射とかの痛みはまた別で」


言うとチョウジはミライに向かって両の拳を握った。


「頑張るんだぞ、ミライ」
「ふふ、もう──大丈夫、この子は強い子だから」


言って、紅先生は私に目を向けた。


「ところで名前、あなたどこか怪我でもしたの?」


私は、ああ、と病院を振り返ると、紅先生に視線を戻して苦笑する。


「検診です。定期的に受けるよう、色々と言われていて」
「ああ、なるほど。それについては、私も賛成ね」
「僕も」


紅先生どころかチョウジにまで言われてしまえば、白旗を上げるしかない。
折り目正しく、はい、と言えば、紅先生はくすくすと笑った。


そんな先生と、その腕に抱かれたミライを見送って、私とチョウジは表通りに向かって歩き出す。
どうやらチョウジはこのあと家の用事があるらしく、そこへ向かう途中で二人を見掛け、まだ時間に余裕があるからと病院まで付き添っていたらしい。
するとポテチの袋を差し出されて、私は目を丸くさせた。
見上げれば、不安げな眼差しがそこにはあって。


「チョウジ、どうしたの、突然?」
「病院に行ったのは検診のためって言ってたけど、なんだか名前、顔色悪いから」


言われて私は、そうかな、と頬を撫でた。


確かに、思ってみれば心当たりは十分ある。
時空眼を欲しがる連中のこと、そして何よりシカマルのことと、悩ましいことがたくさんあって、考え込んでいれば気付けば時間が過ぎていて、ここ数日あまり眠れていなかった。


「美味しいもの食べたら、元気になるでしょ。これ、新作。美味しいよ──って、名前の場合、もっと胃に優しいものとかの方がいいのかな」


私は、ううん、と首を横に振った。


「嬉しい、ありがとう。この味食べたことないから、チョウジがそう言ってくれるなら、食べてみたい」


チョウジは優しく微笑うと、引っ込め掛けていた袋を再び差し出してくれた。
私はその中から一つを手に取ると食べ、そして、うん、と目を開いた。


「本当だ。美味しいね、これ」
「でしょ?」


ふっくらと笑うチョウジに、私も笑う。


「体調とかが良くないときに考え事したって、悪い方向にばっかり行っちゃうからね。美味しいものいっぱい食べて、それから考えればいいんだよ」
「ふふ。うん、そうかもしれない」
「まあそれは、僕の場合なんだけど。それに僕はあんまり、考え事とかは向いてないタイプなんだけどさ」


くすくすと笑っていれば、チョウジはもの言いたげな視線を私に向けた。
首を傾げて見返せば、迷うように目を落とす。
しかしややあって、意を決したように手を握りしめたチョウジは、まっすぐに私を見た。 


「ごめん、僕、こういうの隠すの苦手で。それもあって、言っちゃうんだけど・・・・・・」
「どうしたの?」
「・・・・・・聞いたんだ。名前とシカマルのこと」


私は目を丸くさせると、しかしすぐに、そっか、と言った。


この件については、サクラが来てからは話すことはしなかったから、知っているのは私とシカマル、そしていのの三人だけだ。
それはあくまで私が知る限りでは、ということにはあるけれど、二人がむやみやたらに言いふらすとは到底思えない。
チョウジに話をしたのがどちらかかは分からないけれど、二人のどちらにしたって、チョウジだからこそ、話したんだろう。


「・・・・・・名前の顔色が悪い理由は、シカマルに告白されたから?」


私は驚いてチョウジを見た。
不安そうな表情に、慌てて両手を振る。


「それは違うよ、チョウジ。確かに寝不足の理由の一つじゃないのかって言われたら、はっきり違うとは言えないかもしれないけど、シカマルの言葉は──」


言い差して、私はそっと胸を押さえた。


シカマルに言われた言葉が、伝えられた気持ちが、中々私を眠らせてくれないのは確かだ。
だって──すごく、どきどきするのだ。
思い出しただけで、甘く胸が痛んで、締めつけられるようになって、そして温かい気持ちにさせてくれる。
時空眼を狙う連中のことを思えば胸中に生じる冷えた塊を、溶き解してくれる。


「シカマルの、言葉は・・・・・・すごく、嬉しかったから」


噛みしめるようにして言えば、チョウジは優しく微笑って、そっか、とだけ言った。
私はなんだか少し照れくさくなって、でも、と頬を掻く。


「分からないことが多くて」
「分からないこと?」


私は頷く。
シカマルに言われたことを思うと、どうしてだろう、と考え込んでしまうのだ。


どうしてシカマルはあのとき想いを伝えてくれたんだろう。
どうして返事がいらないと言ったんだろう。
どうして──私を好きになってくれたんだろう。


けれどいくら考え込んでみたところで、その答えには未だたどり着けていない。


するとチョウジは、確かに、と笑った。


「シカマルはすごく頭がいいからね。僕も、任務のときとか、そうじゃないときでも、シカマルが思い描いてるものの全容が見えないことが、たまにあるんだ」
「えっ、チョウジにも?」


驚いて見れば、チョウジは拘りなく頷く。
でも、と言った。


「そういうときでも、別に不安に思ったりはしないよ。僕はシカマルの考えが上手く行くように、力になれるように、力を蓄えておくんだ。シカマルは絶対に、得られる最善の結果を掴み取るって、信じてるから」
「──!」
「シカマルは本当にいい奴だから、里のため、仲間のためを想って動いてくれる。名前とのことは、任務じゃないけど、でも名前を傷つけたりなんかしないっていうことは断言できるよ」
「チョウジ・・・・・・」
「だってシカマルは、名前の笑った顔が好きだからね。名前の表情を曇らせるようなことは、絶対にしたくないって思ってると思うよ」
「えっ──えっ」
「シカマル、名前が笑ってると、すごく嬉しそうな顔してるからね」


チョウジから言われる言葉に、頬が熱くなる。
目を泳がせれば、チョウジはふっくらと笑った。


(・・・・・・チョウジの言うとおりだ)


任務でシカマルと組むとき、作戦の全容を教えてもらうまでその意図が把握できないことはたまにある。
それに仲間内にすら秘密裏にされているとき──作戦を知らずに動いた方がいいときなんかは、任務途中あるいは全てが終わった後に、そういうことだったのかと気づくことだって。
でも、そのことについて不安を抱いたことはない。
それは全幅の信頼を置いているからだ。
シカマルは必ず任務を遂行する、それも仲間の命を守り抜いて。


・・・・・・いま私が、どうしてと不安に思うのは、シカマルの視線の先にいるのが他でもない、私自身だからだ。
シカマルが尽力してくれたところで──いや、尽力してくれるからこそ、それに値するものなど私には返せないから、まだ見せてくれない何かを教えて欲しいと不安に思うのだ。


(・・・・・・でも、教えてもらったとして、そしたら私はどうするの?)


シカマルの努力は無駄だ、なんて、言うのか。
そんな、ひどいことを?
そんな──言いたくないことを?


「好きな人と一緒にいて、越えられない壁や困難なんてないわよ」


・・・・・・教えて欲しい。
そして私に出来る限りで応えたい。
同じほどの想いを返したい。
・・・・・・私は、大層なものは何も持ってないけれど──それでも。


「あのね、名前」


するとチョウジが立ち止まると口を開いた。
私も足を止めると、チョウジを見上げる。


「名前に対するシカマルの想いについては、もちろん僕が話せることじゃないし、シカマルから聞くのが一番だと思うよ。でも、これだけは言わせて欲しいんだ」


チョウジは優しい顔で笑った。


「シカマルは、名前のことを本当に大切に思ってると思うよ」
「・・・・・・チョウジ」
「分かるんだ。僕はシカマルの親友だからね」


そう言うと大きく頷いたチョウジに、私は泣きそうに笑った。


しかし、曲がり角に差し掛かりチョウジと別れて少しも経たない頃、私は突如として頭を殴られるような衝撃に襲われた。
半ばよろけるようにしながら、ふらふらと路地裏に入ると、壁に手を付き、そのままずるずると地面に膝をついた。
ひどい耳鳴りがする。
頭が割れるように痛い。


「──に、来い」


壁に付いたのとは反対の手で頭を押さえながら、僅かに耳に届いた声に、私は眉を顰めた。


「今夜、子の刻──死の森に来い」


私は、はっとして顔を上げた。


(空耳なんかじゃない・・・・・・!)


「人質がいる。逃げるな。口外するな」
「我々の元へ来い──名字名前」



ぶつりと途切れた音声に、がくりと体から力が抜けた。
壁にもたれ掛かって地面に座り込む。
声は聞こえなくなったものの、まだ耳鳴りがしていた。
目の奥がずきずきと痛む。
日の光すら辛くて、堪らず目を瞑った。


(目が回る・・・・・・気持ち悪い)


込み上げる吐き気を、唇を噛んで堪えていれば、通りの方で声が上がった。


「名前ちゃん!?」
「おい、名前!どうしたんだってばよ!」


馴染み深い声に、私は薄ら目を開ける。
眩しい日射しは、しかし掛かった影に遮られて、私はほっと息を吐いた。


「ヒナタ、ナルト・・・・・・」
「名前ちゃん、顔真っ青だよ・・・・・・!」
「待ってろ、いま病院に──」


私を抱き上げようとしてくれたナルトの腕を掴んで止める。


「ナルト・・・・・・大丈夫、だから」
「何言ってんだってばよ!お前ってば、いま自分がどんな顔してんのか分かってんのか!?」
「病院には、さっき・・・・・・行ったんだ、検診で。特に問題ないって言ってもらえたすぐ後に運び込まれるなんて、気まずいよ」


力無く笑いながら、私は考える。
二人の様子からして、先程の声は私にしか聞こえていない──私にのみ届くよう仕組まれたものだ。


「人質がいる。逃げるな。口外するな」


「・・・・・・本当に、大丈夫だから・・・・・・少し陽の光に、当てられた、だけ」


笑ってみせれば、二人は顔を見合わせた。


「ヒナタ、名前のこと、頼むってばよ」


言ったナルトに、ヒナタがしっかりと頷く。
ナルトは頷き返すと、軽く地面を蹴って姿を消した。
ヒナタがナルトに代わるようにして私の前に来て、眩しい日射しを遮ってくれる。


「本当は、もっと別の場所に運んであげられればいいんだけど、今はそれすら辛いだろうから」


私は小さく首を横に振った。


「ありがとう、ヒナタ・・・・・・」


力強く、ううん、と言うヒナタの言葉に甘えて、私は目を閉じた。
体に意識を集中させ、その働きを正常に戻すよう深呼吸する。


ややあって、近づく気配に目を開ければ、戻ってきたナルトは、自販機で買ってきてくれたのだろうか、ペットボトルを手にしていた。
ヒナタは私の様子を見ると、ナルトからそれを受け取り、ハンカチに包むと首元にそっと当ててくれた。
ひんやりとするそれは心地よくて、私は体の力を抜くと息を吐く。


大分呼吸が落ち着いてきた。
私は二人を見上げる。
揃って心配そうな顔をしている二人に、私は言った。


「ごめんね・・・・・・」


私は手を握りしめる。
掌に走る痛みが、意識を鮮明なものへと戻してくれる。


「時空眼を狙う連中の情報を教えてやる!!」
「闇にいる者どうし、きっと上手くやれるさ。他の勧誘なんかに靡いちゃ──」



「ごめんね・・・・・・迷惑、掛けて」


目を伏せれば、二人は揃って、そんなことない、と言った。
その勢いに瞬けば、ナルトが元気づけるように笑った。


「なに水臭いこと言ってんだってばよ。仲間だろ」
「そうだよ。それに名前ちゃんは、いつも私たちのことを助けてくれる。力になってくれる。私たちだって、名前ちゃんの力になりたいの」


明るく笑う二人に、私は僅かに目を開く。
そしてその言葉を噛みしめると、二人のことを眩しく見やり、ありがとう、と言ったのだった。




その後、回復した私は、家まで送ると言ってくれる二人の申し出を丁重に断った。
既に二人のデートを中断させてしまっているのが申し訳なかったし、その申し出は本当にありがたかったのだけれど体調は十分に回復して、それに行くところができたから。
それらを説明すれば、二人はまだどこか心配そうな顔をしながらも、最終的には頷いてくれた。


手を振って、二人と別れる。
火影邸へ向かい歩き掛けて、ふと振り返る。
並んで歩くナルトとヒナタの背中を眺めれば、数日前のサイの言葉が脳裏に蘇った。


「うん。だから、不思議に思ったんだ。だって現に、ナルトとヒナタは付き合っただろう?」
「えっと、うん」
「それでどうして、名前とシカマルは付き合わないんだい?」



ひょっとしてサイは、シカマルが私を想ってくれていることにすら気づいていたんだろうか。
ナルトとヒナタ、というのはつまり、二人のように両想いなのに、どうして二人のように付き合わないのかということだったのかも。
だとしたら、すごいなんてものじゃない。
もう恋愛感情マスターだ。
弟子入りしたい。


「どうして、か」


私はぽつりと呟いた。


忍である以上、負の何かを向けられることは、ほぼ避けられないことだと思っている。
ナルトとヒナタだって、狙われたことのある身だし、その利を得んとする輩は消えたわけではないだろう。
だがそれらに負けず、乗り越え結ばれた二人のことを、私は本当に心の底から尊敬しているし、祝福している。


(・・・・・・でも、私は)


ならば私も、と足を踏み出すことができない。
シカマルの隣に並んだときのことを考えれば、シカマルにも闇が襲いかかってしまうんじゃないかとひどく不安になる。


(私には・・・・・・できない)


私は過去、死ぬかもしれなく、また確実に歴史から姿を消すことになる術を使った。
皆が私のことも想ってくれていることには、そのときにはもう気づいていたけれど、私の記憶は皆の中から消えるから、だから幸せしか残らないと思っていた。
結局、記憶は消えなかったけれど・・・・・・でも。
たとえ初めからそれを知っていたとしたって──私は。


私は火影邸へ向かって歩き始めた。
シカマルはきっとそこにいるだろう。


私はシカマルを想ってはいないと伝えれば、少なからずシカマルを傷つけてしまうだろう。
だけど代わりに、迷惑を掛けることもなければ、危険に晒すこともない。
だったら、私は──。


「ごめんね、シカマル」


その道を選ぶ。


「私はシカマルのことを、仲間以上には思えない」


火影邸の近くの公園でそう言えば、シカマルは表情を変えずただ私を見た。


火影邸の資料室にいたシカマルに、少し話があることを伝えれば、もう仕事も終わるところだったからと外まで付き合ってくれた。
無言のまま歩いて、公園に着けば、ちょうど街灯に明かりが灯る。
ちらほらとまだいた子供たちが、手を振り合いながら帰っていく。
その光景を見やるシカマルに、私は開口一番言ったのだった。


「・・・・・・そうかよ」


私は目を落とした。
しかしシカマルは、さらりと続けて、


「分かった。けど、俺がお前に惚れてることは、変わらねえ」
「──えっ」


驚いて顔を上げれば、シカマルは私に目を据える。


「応えてもらえねえってだけで、はいそうですかって簡単に投げ捨てられるような、そんな軽いものじゃねえんだよ、悪ィけど」


その言葉に、痛いくらいに胸を衝かれた。
真っすぐな目に見つめられてしまえば、堪らず縋ってしまいそうで、私は思わず目を逸らす。
軽く頭を振ると、口を開いた。


「私はそんな──」


しかしそのとき、耳鳴りがした。
再び接触してこようとしているのか、断続的にするノイズ音はひどく不快で、私は頭を押さえる。


「おい、名前」


はっとしたシカマルが、よろめいた私の肩を支える。
私は眉根を寄せながら、大丈夫、と言う。
──結局、上手くいかず諦めたのか、気が変わったのか、とにかく耳障りな音はぱっと消えた。


「・・・・・・ごめん、もう、大丈夫だよ」
「・・・・・・」
「ありがとう、シカマル」


シカマルはじっと私を見ていたが、ややあって、何も言わずに手を離した。
そしてふと辺りに視線をやると、言った。


「──悪ィけど、そろそろ俺、行くわ」
「あ、うん。──分かった」


シカマルに会いに来た目的が、なんだか不完全燃焼に終わったように思えるけれど、シカマルをこれ以上引き止めることはできない。
頷けば、シカマルは私を見つめた。


「シカマル・・・・・・?」
「忘れんなよ、名前」


「今はただ、俺がお前のことを好きなことだけ覚えておいてくれれば、それでいい」


その目の色が、数日前のあのときと同じで、私は小さく息を呑んだ。


「俺がお前に、どうしようもなく惚れてるってこと──忘れるな」




200605