舞台上の観客 | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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待機所の長椅子に腰掛け、自分の勤務予定表を見ながら一人考え込んでいれば、通りがかったナルトが不思議そうな顔をして足を止めた。


「どうしたんだってばよ、名前。そんな難しそうな顔して」
「ああ──ナルト。久しぶり」


ナルトは、おう、と言うと隣に腰を下ろす。
私は苦笑するように笑って、手にしていた一枚の紙をナルトに見せた。


「実は少しだけまとまった時間が欲しくて、どうにかどこかでやりくりできないか考えてたんだ」


言えばナルトは得心したような声を上げた。


「名前も忙しいもんな。それで?上手くできそうなのか?」
「うーん・・・・・・それが、中々どうして、難しくて」


頬を掻けば、予定表を見ていたナルトはややあって、あ!と顔を上げた。
目を丸くさせれば、ナルトは再びまじまじと予定表に目を通していく。
そして何か確認するように、うん、うん、と呟いていたかと思えば、輝いた碧眼を私に向けた。


「なあ、名前、実は俺も、任務の日程調整ができないか悩んでたとこだったんだってばよ」


その言葉の意味するところに気づいた私は、同じように目を輝かせると、予定表に向き直った。
ナルトが紙の上で指を滑らせていく。


「俺はここで時間が欲しくて、このあたりなら任務が入っても大丈夫だってばよ」
「私、そこなら任務入れられるよ!」
「ってことは、これを、こうして」
「こっちを、こうすれば──」


私とナルトは顔を見合わせると、お互いの任務内容を話し合う。
そして同時に顔を輝かせた。


「それなら、交代できるってばよ!」
「ナルト・・・・・・!」
「名前!」


私たちは握手を交わした。
それでは飽きたらず、私は両手でナルトの手を掴むとぶんぶんと振る。


「ありがとう、ナルト。本当に助かるよ・・・・・・!」
「いやいや、それは俺の台詞だってばよ」


言うとナルトは苦笑しながら頬を掻く。


「里の役に立てるのは、そりゃすげぇ嬉しいことなんだけどよ、俺たちがする任務ってば、交代することが難しいだろ。内容が高度な任務は、できる奴が限られてるし、交代しようにも、そういう奴らはスケジュール多忙で中々調整が利かねえから。まあその分、必要な奴らが揃ってれば、調整の打診もスムーズだけどよ。だから名前がいてくれて、しかも同じ状況で、すげー助かったってばよ」


私は笑むと、ううん、と首を横に振った。
ナルトは拳を握る。


「これでやっとヒナタと休みが合うってばよ」
「──ありがとうございます!」
「いや、だからもう礼はお互い様──っていうか、なんで敬語?」


首を傾げるナルトに、私は慌てながらもとりなすように笑って、なんでもない、と手を振った。


駄目だ駄目だ、つい心のままに声を上げてしまった。
咳すら忘れて・・・・・・疲れてるのかな。


私は咳払いすると、改まってナルトに向き直る。
嬉しそうなナルトの笑顔とその言葉の尊さに感謝の気持ちが先に溢れ出してしまったが、その言葉から察せられる二人の現状に、私は眉を下げた。


「中々時間が取れてないんだね」
「ああ。空いた時間が、上手くかぶらなくてよ」
「そっか・・・・・・うん、でも、なら尚更交代できて良かった。きっとヒナタ、すごく喜ぶね」
「おう!サンキュー!」


にかっと笑ったナルトは、つうか、とはっとする。


「それで言ったら、名前とカカシ先生の方が更に会えてねえってばよ。今回の交代で──」


そう言って予定表に視線を戻したナルトは、すぐに眉を顰めた。
私はそろりと目を逸らす。


「ん?・・・・・・あれ?」
「・・・・・・」
「ちょ、ちょ、ちょーっと待てってばよ、名前。名前が休み取ったこのあたりって、まだ仮だけどカカシ先生ってば、諸国周遊が入ってるところじゃ」
「えーっと・・・・・・うん、そうだったかも」
「あ、もしかして、ついていくっていうことかってばよ」


閃いた、というようにぽんと手を鳴らしたナルトに首を横に振れば、ナルトは拍子抜けしたようにぽかんとした。


「でも、それじゃあ。せっかくなら、カカシ先生の休みと合わせた方が──って言っても、カカシ先生が時間取れるときっていうのも、難しいだろうけど。俺ってば、まだ交代できそうなとこ──」


再度調整してくれようとしたナルトに、私は慌てて、


「いいの。これで大丈夫だよ、ナルト」
「でもよ」
「ナルトが交代してくれる前から、日程調整するならこのあたりしかないな、って思ってたから。それに休みをカカシ先生と合わせるっていうのも、初めから、先生に相談することすら迷ってたくらいだから本当に大丈夫だよ」


言えばナルトは神妙な面持ちで私の肩に手を置く。


「名前、悪いことは言わねえから、早くカカシ先生に相談しろってばよ」
「えっ」
「どうせ勤務表も休暇簿も、最終的には火影であるカカシ先生のところにいくだろ。そうなってから知ったら、先生ってば、ネチネチネチネチ面倒臭そうだってばよ。カカシ先生は名前のことが大好きだからな。きっとシノ以上に拗ねちまうってばよ」


思いも寄らないところで飛び火したシノに驚きつつも、なんだか可笑しくて笑ってしまう。
ナルトも明るく笑うと、な、と言った。


「ひとまずカカシ先生に相談してこいってばよ。時間はまだあるし、俺もいつでも大丈夫だから」







そんな温かい言葉をもらったというのに、火影邸へ向かう私の足取りは重かった。
相談しろ、と助言は受けたものの、まだ迷う。
というのも、私が休みを取りたい理由を言えば、カカシ先生はきっと自分の都合をどうにかやりくりして、時間を開けてくれるような気がするからだ。
だが多忙な火影のスケジュールに隙間を空けるということは、それは別の日にその分を上乗せするということといって間違いじゃない。
ただでさえ忙しいというのに、そんなことはさせたくないのだ。
ならばやはり、事後報告になるのだが──。


(結婚の報告も兼ねて、両親のお墓参りに行ってきました、って後から言ったら・・・・・・。)


私はあと少ししたらカカシ先生と、け、け──結婚、する。
プロポーズしてもらったのだ。
本当にいまでも、信じられないけれど。


・・・・・・信じられないくらいに、幸せ──って、惚けている場合じゃなかった。


とにかく、カカシ先生は忙しいし、また急ぐ話でもないので、ゆっくり色々な準備を進めているところなのだけれど、その中で思ったのだ。
父と母に、結婚の報告をしよう、と。
お墓参りと言いつつ、あの場所には両親が眠っているわけではないし、だからお墓もない。
だけど抱いた気持ちに整理をつけようとして浮かんだのは、その場所だった。


顎に手を当てると一人唸る。
そのことについてカカシ先生に事後報告するときのことを思い浮かべてみれば、どこか後ろ暗い気持ちが胸中によぎるのだ。


気が咎めるというか、後ろめたいというか・・・・・・言わないことについての罪悪感なのかな。
でも正式なお墓参りではないし、ただの私の気持ちの整理のためだし・・・・・・。


「名前、この間休暇を取って里外に出てたようだけど、どうしたの?」
「言ってなかったんですけど、結婚の報告をしに両親のお墓参りへ行ってたんですよ」
「ああ、そうだったんだ。土の国の様子はどうだった?大きな変化はなかったか?」



っていうふうにならないかな・・・・・・なんか、ならない気がするんだよなぁ。


腕を組みながら火影邸の階段を上る。


・・・・・・やっぱり、ちゃんと事前に言おうかな。
それでカカシ先生が無理にでも予定を空けてくれるようなら、一人で大丈夫な旨きちんと説明する。
・・・・・・もし、本当に、そこまで無理じゃなかったら──。


火影室の前までやってきて、私は一つ息をすると、よし、と呟き扉をノックした。
どうぞ、と扉の向こうから聞こえる声に、自然と胸が高鳴る。
失礼しますと言って入室すれば、席についたカカシ先生は書類片手にぽかんとしていた。
久しぶりの愛しい人に、私は思わず頬を緩める。


「お久しぶりです、カカシ先生」
「・・・・・・久しぶり、名前」


机の前まで歩いていけば、先生は軽く首を振ったり、目頭を押さえたりする。


「えっ、待って、本当に名前?夢じゃない?」
「ふふ。はい、夢じゃないです」


にっこり笑えば、まじまじと私を見ていたカカシ先生は、そしてへにゃりと頬を緩めた。
にこにこと機嫌良さそうに笑む。


「本当だ。どうしたの、名前?」


私は、えっと、と言いながら机の上に目を走らせる。


「相変わらず、忙しそうですね」


カカシ先生は、ああ、と苦笑すると、積まれた書類に目をやる。


「片付けたと思ったら、また別の案件が舞い込んできたりで、ま、中々ね」


私は頷いた。
里の中枢にいる人たちは本当に群を抜いて優秀な方ばかりだと、この頃特に思う。
そんな精鋭たちが集まってなお、これだけ仕事があるんだから、本当にたくさんの、そして大変な仕事をしているんだ。


「体調は大丈夫ですか?」
「んー・・・・・・ま、疲れが溜まってないと言えば嘘になるけど、それについては今さっき吹っ飛んだから、大丈夫だよ」
「今さっき」


にこりと笑むと手を握ってきた先生に、言葉の意味が分かって、頬の熱を感じながら視線を泳がせる。
先生はくすくすと笑うと、


「名前は?体調崩してたりしないか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「それならよかった」


満足そうに頷く先生に、私も軽く笑う。
そして意を決すると、手を小さく握り返した。


「あの、実は──」


言い掛けたとき、背後の扉がノックされて、私は思わず飛び上がると振り返る。
カカシ先生の返事を待たず扉を開いたのはオビトさんだった。


「おい、カカシ──っと、名前」
「お久しぶりです、オビトさん」


オビトさんに会えるのもまた久しぶりのことだったので嬉しくて笑えば、しかし背後のカカシ先生が恨めしそうな声を出す。


「おい、オビト」
「悪い、まさか名前だとは思わなくて──悪かったよ!だからその目やめろ、カカシ!」
「あの」
「ああ、悪かった、名前。あと、久しぶりだな。俺は外で待っているから、気にせず──」
「六代目、ご報告が──」


オビトさんが言って廊下へ戻ろうとしたときだった、別の忍が書類を携えてやってきた。
その人は室内を見ると慌てて頭を下げる。


「すみません、後ほど改め──」
「火影室、混雑してますね」
「カカシ様は今いらっしゃいますか?」


一人、また一人と訪れる忍たちに、オビトさんが部屋の前に立ちはだかった。


「順番を守れ。火影に用がある者たちは、列に並んで待て」
「オ、オビトさん、大丈夫です。私の用事はもう済んで──」


そしてオビトさん自身も出て行こうとするので、私は慌ててその後を追いかけようとした。
しかし背後からカカシ先生に腕を取られて足が止まる。
カカシ先生はじっと私を見た。


「終わってないでしょ?俺まだ名前から何も聞いてないんだけど」
「・・・・・・ごめんなさい、仕事の報告があるわけじゃなくて、カカシ先生の様子を見にきたんです。それが私の用事です」


私はどうやら嘘を吐くのが苦手なようだが、今は嘘を吐いているわけではないので、大丈夫なはずだ。
お墓参りのことについて、やっぱり言おうかとも迷ったけれど、この様子を見ればカカシ先生の予定がいっぱいなことは明白で、聞かなくても分かる。


「体調、崩してないようでよかったです。失礼します」


力を緩めてくれたカカシ先生の手の中からすり抜けると、私はにっこり笑って、そして邸を後にした。
それから待機所に戻ると、どこかまだ釈然としない様子のナルトに、それでもしぶしぶ任務の交代をしてもらったのだった。







「──名前?」


そして出立の日の早朝、門の方へ向かい歩いていれば、背後から声を掛けられた。
振り返った私は、そこにいたサクラに瞬く。


「サクラ」
「やっぱり名前だ」


小走りで寄ってくるサクラの、風に靡く白衣の裾に、ああ、と僅かに目を開いた。


「そっか、夜勤明け?お疲れさま」
「うん、そう。息抜きにちょっと散歩してるの。戻ったら後少しだけ仕事して、家に帰るわ」


言ってサクラは不思議そうな眼差しを私に向けた。
おそらく忍服姿じゃないのに、こんな早朝に、また常より多い荷物を背負っているのが気に掛かったんだろう。


「そっか。私はまあ、弾丸小旅行ってところ」


言えばサクラは、へえ、と目を輝かせた。


「弾丸か。名前も忙しいもんね。でも弾丸でも小って付いても、旅行はいいわよね。気分転換になる」


ね、と笑い返せば、しかしすぐにサクラが眉を顰めたので、私はぎくりとする。


「ねえでも、カカシ先生は?・・・・・・ちょっと待って、そもそも今先生は、里から出てるんじゃなかった?」
「えっと・・・・・・」
「もしかして、途中で合流してそこから二人で旅行に行くの?」
「それは・・・・・・」


煮え切らない返事をする私に、サクラは訝しむように眉を上げた。
何か考えるようにじっと私を見ると、はっとする。


「まさか、また一人で何か危険な真似でもするつもりじゃ──」
「違う違う。それはないから、大丈夫だよ」


慌てて両手を振れば、サクラは腕を組んだ。


「それじゃあ、いったいどうしたの?教えてよ。友達でしょ」


そう言われてしまえば、白状せざるを得ない。
洗いざらい話した私に、瞬いていたサクラは眉を顰めた。


「ねえ、名前」
「う、うん」
「それ、カカシ先生怒るんじゃないかしら」
「えっ、怒っ──えっ!?」


慌てる私に、サクラは頷く。
私は困って頬を掻いた。


「怒るまでいっちゃうと思う?」
「思う」
「い、一応予定ではカカシ先生が戻るより先に私の方が帰ってくるから、休暇申請簿が先生の目に触れちゃう前に直接言おうとは思ってるんだけど」
「それは当然。っていうか、そうじゃないときのことを考えたら、怖くて火影室に近寄れないわ。病院の皆にも、緊急の用がなければ今日は控えること、って広めるレベル」
「そこまで・・・・・・!?」
「だってそうなったらカカシ先生、書類で初めて、名前がまとまった休みを取ってたことを知るんでしょ。くわえて里どころか国まで出ていたことが分かったら」

そこまで言って、サクラは残念だとでもいうように首を横に振った。
だが蒼白な顔で固まる私に、小さく噴き出すと、笑いながら肩を抱いてきた。


「それじゃあ、その場合でも、直接伝える場合でも、どっちにしても私が加勢してあげるわ」
「──!サクラ・・・・・・!」
「カカシ先生も名前も、大切な班員であることに変わりはないけど、名前は大事な友達でもあるから。それにそんな状況のカカシ先生と名前だけじゃ、勝敗は分かりきってるし」
「ううっ、ありがとう・・・・・・!その気持ちがすごく嬉しいよ・・・・・・!」
「ふふっ。だからまあ、安心して行ってきなさい。ただし無理はしないこと。ちょっとでも具合が悪くなったら、すぐに休憩を取ること。分かった?」


分かりました、と折り目正しく返事すれば、サクラはまた噴き出すようにして笑ったのだった。






それから里を出て、響遁により空を駆け、途中で暫し休息を取ると、再び空に上り走り出した。
目的地──私が幼い頃両親と暮らしていた家は土の国の外れにある。
火の国を出、一つの小国を抜け、そことの国境からほど近い場所だ。
その小国に入った私は、町と町の道中にあった一軒の茶屋を目に留めて、足を止めた。


(そういえばあの茶屋って、暁にいた頃に来たことがあったんじゃ・・・・・・)


私はちらりと口元に笑みを浮かべると、術を解いて森の中に降り立った。
本道に出ると、茶屋へ向かい歩き出す。
どうやら店は盛況らしく、客の出入りは多く、店前の床几台も満席だ。


持ち帰りなら、どのくらいで買えるかな。
混んでそうだし、掛かる時間によっては、木ノ葉へ戻るときに改めて寄るのもいいかもしれない。


そう思いながら店の暖簾をくぐった私は、勘定台前に並ぶ人々の横、店内奥の席に座っていたカカシ先生とばちりと目が合って、固まった。
賑やかな店の中、まるで私と先生だけ時間が止まってしまったかのような錯覚が起こる。
すると先生の隣に座っていたシカマルが、不審そうに先生を見やって、その視線の先を追うとこちらを向いた。
ぎょっとした顔をして、そろりとカカシ先生に視線を戻し掛けたとき、ようやく私は暖簾から手を離した。
振り返ると、不思議そうな顔をしている後ろに並んでいた人に順番を譲り、歩き出す。
後続の人にぶつかりそうになってしまい、すみません、という言葉と共に慌てて避けた。
心臓がばくばくと鳴っている。


い、いまのカカシ先生・・・・・・だよね?
確かに行程の中に当然岩隠れ訪問は入っていたし、だから木ノ葉と繋がるこの辺りの道も通る予定だったけれど、それは明日だったはず。
──とにかく、ひとまずここを離れよう。
長く感じたけれど目が合ったのは僅かな時間だったし、その後姿が見えなくなれば、見間違いか何かだったかと思ってくれるかも。


(私がここにいることを知らないのはカカシ先生の方なのに、いま先生と話せば、私の方が言葉に詰まっちゃいそうだから・・・・・・)


そわそわと茶屋を振り返りつつ木の陰に向かって歩いていた私は、今度こそ誰かにぶつかってしまった。
踏鞴を踏めば肩を支えられる。
すみません──と、慌ててその人影を見上げた私は、陽光を透かすような銀色に、ぴしりと硬直する。


どうしてここに──と、驚くのは今度は私の番だった。
私を見下ろしていたカカシ先生はにこりと笑う。


「いやいや、大丈夫ですよ。ところで、どうしたんです?そんなに慌てて」
「・・・・・・あの」


思わず、じりと後退れば、カカシ先生は私の顔を覗き込むようにした。


「これは驚いた。俺の恋人によく似てる」
「えっと・・・・・・」
「ま、でもそんなはずない、か。俺の可愛い可愛い恋人は、木ノ葉の里にいるはずだから。こんなところにいるわけがない」
「・・・・・・そ、そうですね。世界にはそっくりな人間が三人はいるとかいないとか言いますし──」
「名前」
「すみませんでした」


低い声音に、私は呆気なく白旗を揚げた。
カカシ先生はポケットに手を突っ込むと、まじまじと私を見る。


「さて・・・・・・それで?俺の可愛い可愛い恋人が、どうしてこんなところにいるのかな」
「あの・・・・・・ごめんなさい」


カカシ先生は僅かに目を細めると、ややあって口を開いた。


「・・・・・・もしかして、この前火影室に来てくれたとき言おうとしてたことって、今日のこと?」
「えっ」
「ああ、やっぱり」


さらりと言うカカシ先生に、どうして、と目を丸くさせれば、


「名前、まず謝ったでしょ。っていうことは、どこかでずっと、言ってなかったことへの罪悪感でも抱えてたんじゃないかなと思ってね。あのときあのまま誰も来てなかったら、言おうとしてくれてたんでしょ」


ずばり図星で口を噤む。
カカシ先生はまた少し私の様子を見たかと思うと、それで、と口を開いた。


「どうしてここに?」
「・・・・・・結婚の・・・・・・報告をしに」


言えば先生は意外そうに目を開いた。


「結婚の報告、ね。確かに名前は顔が広いけど──」


言いながら私が向かおうとしていた方角にちらりと視線をやったカカシ先生は、そしてはっとした。
どうしたのかと私も驚けば、先生は私に視線を戻す。


「あの、カカシ先生・・・・・・?」


戸惑っていれば、先生は私の手を取った。
そして自分の頬に当てさせると、言う。


「俺も行く」
「え──」
「駄目か・・・・・・?」


私は目を見開いた。
とても信じられないけれど、まさか──。


「どこに行くか、分かったんですか・・・・・・?」


カカシ先生は、ああ、と目を細める。


「報告に行くのは、名前のご両親のところだろう」


私はもはや驚きを通り越して呆気にとられていた。


カカシ先生がその場所に来たことは、実はある。
木ノ葉に戻り、少ししてから、私は実家を取り壊すことを決めたのだ。
木造のその家は大分傷んでいたし、残しておく意味もないから。
そのときカカシ先生も、その解体の立ち会いについて来てくれたのだ。


そういえば──と、私は思う。
そのときも私は特段言っていなかったというのに、里を出発しようとしたとき、いつの間にやら事情を把握していたカカシ先生に、一緒に行くよと声を掛けてもらったんだよね。
・・・・・・そのときも、そして今も、本当カカシ先生の頭の中ってどうなってるんだろう。


だが思考の正確さと速度に舌を巻いてる場合じゃない。断らないと。
私は首肯すると、でも、と言った。


「駄目、です」
「・・・・・・」
「一緒に行くって言ってくれて、ありがとうございます。すごく嬉しい・・・・・・その気持ちだけで十分です」
「・・・・・・」
「先生も知っての通り、あの場所には別に、両親のお墓があるわけじゃないんです。だから、ただの私の気持ちの問題であって──」
「けど名前にとってそれをすることは、大事なことなんでしょ?」
「え──」
「だからあのときだけじゃなく、俺に言わなかった。言えば、それが名前にとって大事なことだと察した俺が、無理矢理にでも予定を空けて、一緒に行こうとすると思ったから」


言うと、カカシ先生は優しく私を抱きしめた。


「俺のことを想ってくれて、ありがとう」
「先生・・・・・・」
「優しい名前に、甘えていい?俺の我が儘、聞いてくれないかな」


見上げれば、先生は優しく目を細める。


「俺の今の一番の幸せは、名前と一緒に、名前の実家へ行くことだよ」
「・・・・・・」
「名前の気持ちの問題だっていうなら、俺はそれに寄り添いたいし、できるかぎりで力になりたい。それに、俺にとっても大事なことだからね」


僅かに目を開けば、カカシ先生は私の頬を撫でる。


「俺も名前のご両親に、挨拶したいなって、思ってたんだ」
「え──」
「当たり前でしょ。大事なお嬢さんをもらうんだから」


当然だというようにわざとらしい顰めっ面を作った先生は、そして目を細めた。


「だけどそれをするとき、名前にとってその場所はどこになるのかなって、考えてたんだ。前実家に行ったときも名前は、両親のお墓はここにはないって、言ってたから。それに俺も、中々時間が取れなくて、言う機会を逃してた。遅くなって、ごめんね」
「先生が謝ることじゃ──」


言い掛けて、私はカカシ先生の手に自分のそれを重ねた。


「本当に、カカシ先生が謝るようなことありません。そんなことを考えてくれてたなんて・・・・・・ありがとうございます。勝手に先走ってしまって、すみません」


カカシ先生は優しい声音で、ううん、と言うと、


「それじゃあ、お互い様、おあいこでいい?」


私は目を丸くさせる。


「いいんですか・・・・・・?」
「俺の方こそ、それでもいいの?」


笑って首を傾ける先生に、私も笑う。
ぎゅっと抱きしめられた。
私も手を伸ばすと先生を抱きしめ返す。


「・・・・・・名前」


幸せな気分に包まれながら、はい、と返事すれば、先生は言った。


「それじゃあ、俺も一緒に行くっていうことで、いいよね?」


私は、え、と体を離す。
にこにこと笑んでいる先生に、慌てて後退ろうとしたが、離してくれる気配はない。


「あの、それとこれとは」
「いいだろ・・・・・・ね?」


耳元で低く囁かれて、私はさらに慌てた。


「〜〜っ先生、それは駄目です。反則・・・・・・!」


先生はくすくすと笑うと、そして耳やこめかみ、額に口付けてくる。


「それじゃあ、これは?」
「っ、先生」
「これくらいなら、いい?」
「でも、久しぶりで・・・・・・刺激が、強いです」


先生は少し噴き出すようにして笑うと、私を見つめて目を細めた。


「・・・・・・可愛い」
「駄目です、もう・・・・・・くらくらしてきました・・・・・・」
「はー・・・・・・。やばいな、止められなくなりそう」


ぼそりと呟いた先生は、再び私を腕の中に閉じ込める。
私はなんとか自分を奮い立たせると口を開いた。


「あの、先生、里を空けていた分、さらに仕事が増えてるんじゃ」
「ま、少しもないってことはないだろうけど」


そう言うと、先生は続けて、


「実は俺たち、今回の諸国周遊の前は結構張り切って仕事してたんだよね。少しの間里を出ても滞りなく回り、かつその後も、せかせか引っ立てられなくても済むように。イベントの後ぐらい、皆ちょっとでも落ち着きたいでしょ」
「それは、うん、そうですよね」
「でしょ?それで、緊急の案件がないかどうかは常に里に確認してるし、そもそも俺たち、予定よりも早いペースで進んでたんだよね」
「確かに・・・・・・このあたりにいるのは、予定では明日でしたもんね」
「そうそう。くわえて、あとは俺も戻るだけでしょ。ね?少しくらいならいいんじゃないかと思うんだけど、名前は?」


問われて私は口を噤む。
嬉しくて頬が上気してくるのが分かった。


忙しいカカシ先生がこれ以上無理しないこと、それが私の一番の思いであったことは本当だ。
だけど一緒に行くと言ってもらえて、嬉しくないわけがない。


私は頬を緩めると、先生を見上げた。


「はい・・・・・・あの、少しだけでいいので・・・・・・一緒に来て欲しいです」


カカシ先生はにっこり笑う。


「うん、いい返事」


そして私の頬に口付けた。
どぎまぎとしていれば、先生は片手を挙げる。


「それじゃあ、俺はシカマルたちに話してくるから、少し待ってて」
「私もお願いに──」
「んー・・・・・・名前はあと少しだけ時間が経ってから来てくれる?」


瞬けば、先生はくすりと笑って私の頬に手を当てた。


「こんな顔した名前を見ていいのは、俺だけだからさ」


その言葉に、私は慌てて自分の頬を押さえたのだった。







シカマルを筆頭に付き人の人たちは、快く私たちを送り出してくれた。
シカマル曰く、こんな場所に私がいて、なおかつカカシ先生も驚いた様子で私を凝視しているのを見たときから、こうなると思っていたらしい。


木ノ葉へ向かう彼らを見送って、私たちも反対方向へ歩き出す。
道の先を見据えながら唸れば、カカシ先生は首を傾けた。


「どうしたの?」
「目的地まではあと少しなので、空に上がろうか迷って」
「ああ、響遁で空に立てるもんね」
「はい。便利なんですよ」
「掛かる時間も、短くなるしね」


カカシ先生は、でも、と言うと手を繋いできた。


「今は俺とデートしよう。ね、名前」


にこにことした笑顔と嬉しい言葉に、私は、はい、とはにかんだ。
満足そうに頷く先生に、でも、と言う。


「帰りは空に上がりましょう。時間がどうっていうよりも、すごく気持ちがいいんですよ。今日は天気もいいし、きっと気に入ってもらえるはずです」
「確かに、そうだな。──今度名前を、里を出る際の付き人に推薦してみようかな」
「ふふ」
「私情を挟んでるわけじゃないよ。そんなことするはずないでしょ、この俺が。俺はただ、ほら、自分で言うのも何だけど、忙しい身だから。ついてきてくれる皆も含め、あまり里を空けない方がいいでしょ」
「はい」
「でも名前の術を使って空を走れば、地上を行くよりもずっと早く向かうことができる。対抗馬としては、サイか」
「サイが描く鳥に乗った方が、道中休息が取れますね」
「でも俺は最近デスクワークが多いから、少し体を動かしたいんだよ。だからほら、名前が適任。俺のやる気も上がるしね」


思わず声を上げて笑う。
そんな軽口を叩きながら私たちは歩みを進めていき、そして目的地に辿り着いた。
背の二倍ほどの高さがある茂みを抜けて、小道を進めば、木々がぽっかりと抜けた広場のような場所がある。
差し込む陽光の下、広がる花畑に、私は目を細めた。


「相変わらず、綺麗に咲いてる」
「名前のお母さんが手入れしてた花壇が、あった場所だよね」


私は、はい、と言うと近くまで歩いていった。
膝を折ると、目に鮮やかなその光景を眺める。


前に来たときも思った。
──時空眼の術を使い、世界から術者が消えるとき、その範囲はどこまで及ぶんだろう、と。


時空眼を開眼させて、両親のことを思い出したとき、しかし私はこの場所には来なかった。
そのときには他のするべきこと、したいことがあったから。
この場所を訪れたのは、両親の記憶が、一族の歴史が世界に戻ってから。
だから真相は分からない。
ひょっとすると母が種を蒔き、育てた花々は、母が消えると同時に消えていたのかもしれない。


その光景を見ても、私が悲しく思うことはなかっただろう。
一族は、両親は、まるで初めから存在しなかったかのようだったけれど、私の心の中にはちゃんといた。
そして何より、私自身──二人が確かに生きていたことを証明する存在があったから。


(・・・・・・それでも、やっぱり嬉しい)


──父と母は、確かにちゃんと、生きていた。


私はその中の一輪にそっと触れた。
そして手を合わせる。目を閉じた。


お父さん、お母さん。私、結婚することになったよ。
自分でもまだ信じられないけど・・・・・・。
カカシ先生は私にはもったいなさすぎるくらいすごく素敵な人で、それなのに、なんと私を一番に想ってくれます。
幸せにしてくれます。
私の大好きな人に、二人にも、会ってほしかったな。


お父さん、お母さん──産んでくれて、ありがとう。
短い間だったけど、うんと幸せにしてくれてありがとう。
──幸せな未来を願って、送り出してくれてありがとう。


(これからも、見守っていてね)


合わせていた手を下ろして、目を開ける。
そっと隣を窺い見れば、同じように手を合わせているカカシ先生がいて、胸のあたりが温かくなる心地がした。


──報告を終え、立ち上がると再び私たちは手を繋いで歩き出した。
元来た道を戻りながら、そろりと先生を見上げる。


「あの、聞いてもいいですか?」
「ん?」
「先生は、父と母になんて?」
「・・・・・・大事なお嬢さんをもらいます。必ず幸せにします。・・・・・・ま、そんなところかな」


私は頬を緩めると、握る手に力を込めた。


「もう十分すぎるほど幸せです」


言うと私は振り返る。
その場所はもう遠く、あと少し歩けば完全に見えなくなりそうだ。
またどこかで来よう──そう思ったとき、風が吹いて、木の葉が舞った。
降り注ぐ陽光の向こう、二つの人影が見えた気がして私は、はっとする。
しかし瞬いた次の瞬間には、変わらない穏やかな光景が広がっていて。
私は小さく微笑うと、再び歩き出した。


そして藪があるところまで戻ってきたところで、カカシ先生を呼び止めた。


「もう空に──」


言い掛けたカカシ先生の言葉が止まった。
私は先生の首元に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。


「はい、もう空に上がります。でも少しだけ、カカシ先生の時間を私にください」


言えば先生も強く抱きしめ返してくれた。
目を閉じて、その存在を確かめるように抱きすくめる。


やがて私は手を解いて、先生の肩に置いた。


「・・・・・・ありがとうございます。もう、大丈夫です」
「駄目。俺が大丈夫じゃない」
「えっ?」
「まだ全然足りないよ。無理。・・・・・・本当に離れられない」


自分でもどこか驚いたように言う先生に、私は再び手を伸ばす。
頭を撫でれば、先生はじとりとした目を私に向けた。


「俺の理性が今どれだけ戦ってるか、名前分かってる?」
「あの」
「ふー・・・・・・」
「・・・・・・前よりは、少し分かるようになったかなと」


僅かに驚いたように目を開いた先生に、私は呟く。


「私もいま、戦ってるので・・・・・・」


すると先生は口布を下ろした。
目を丸くさせれば、先生は私の額にキスを落とす。


「そうなんだ。嬉しいよ」
「・・・・・・」
「けど、俺のそれと名前が抱くものが違うことは分かってる?」
「違い、ですか?」


問えば先生はただ微笑って、私の唇すぐ傍に口付けた。
私は先生の胸元の服を握りしめる。


「先生・・・・・・」
「──名前」


掠れた声音で名前を呼ばれて、目が合ってしまえば、もう駄目だった。
爪先立ちになると、自らも唇を重ねる。
首元に手を回せば、強く抱きすくめられた。
鼓動がうるさい。
全身を包む多幸感にうっとりと身を任せていれば、唇をちらりと舐められて、私は慌てて肩を押した。


「だ、駄目です、もう、これ以上は」
「・・・・・・うん」


先生は私を抱きしめると髪に顔をうずめる。
そして深く息を吐くので、私は小さく笑うと、抱きしめる手に力を込めた。


「今度時間ができたらそのときは、もっとその・・・・・・仲良く、しましょうね」


言えば、ややあって先生はさらに深いため息を吐いた。


「名前、それ逆効果」
「えっ」




200509