舞台上の観客 | ナノ
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ずきずきと痛む頭に眉根を寄せながら、換気のため開けていた窓を閉めて回る。
居間に戻ると、空気清浄機をつけて、併せて加湿もした。
ソファに腰を下ろすと、卓の上に置いていた水差しからコップに水を入れて飲む。
冷えたそれは熱を持った体に染み渡るようだったが、全身を包む倦怠感は消えず、私は熱い息を吐いた。


体調を崩すのなんて久しぶりだなぁ・・・・・・。
それにしても、今日が休みで本当に良かった。


水の国へ中期任務に行っていて、ようやく木ノ葉に帰ってきた翌日、目が覚めると見事に体が怠かった。
僅かにする頭痛と寒気に、もしかしてと恐る恐る体温を測ってみれば、嫌な予感は的中していて。


でも、中期任務明けで休みだったのは良かったんだけど、中期任務明けだからこそ食べ物が何もないんだよね・・・・・・。


お米はあるからお粥でも──と思うが、体は怠く、また食欲もない。
でも薬を飲むには何かお腹にものを入れた方がいいし──と、一人唸った私はやがて、よし、と頷いた。


寝て治そう。


思ったときだった──チャイムが鳴った。
私は立ち上がると玄関へ向かう。
扉を開ければそこに立っていた人物に目を丸くさせた。


「シカマル」
「よう。・・・・・・やっぱり体調、崩してるな」


言われた言葉に、さらに驚く。
そんな私に、シカマルは手に持っていた袋を上げてみせた。


「見舞いに来たぜ」
「見舞いに、って。どうして私が具合悪いことが分かったの?」
「昨日、火影邸でお前のことを見かけたんだよ。任務報告で来てただろ」
「そうだけど・・・・・・シカマルも来てたんだ。全然気づかなかった」
「そこだ。遠目から見たにしても、お前相当ぼんやりしてたからな。足取りもどこか危なっかしいしよ」


聞かされる自分でも気づいていなかった自分の様子に私は瞬く。


「本当は昨日、つうかその場で声掛けたかったんだけどよ、こっちもこっちでその後打ち合わせがあったからな」
「それで今日、来てくれたの?」
「ああ。ま、一晩寝て治ってるようならそれが一番だし、元気になってても無駄になるようなもんじゃねえから念のため色々と買ってきたんだが・・・・・・来て良かったぜ」
「シカマル・・・・・・素敵にも程があるよ・・・・・・!」


感極まって思わず漏らした言葉は聞こえなかったようで、首を傾げるシカマルに私は、なんでもない、と首を振る。
感謝の眼差しをシカマルに向けた。


「シカマルは優しいね・・・・・・本当にありがとう。とても嬉しい」


シカマルは、いいんだよ、となんてことないふうに笑うと、


「とりあえず、上がってもいいか」
「ああ──えっと」


私は迷った。
私のために来てもらったのだから当然上がってもらって然るべきなのだが、来てくれた理由が理由なだけに、気にかかることがある。
するとそんな私の不安を見透かしたようにシカマルが言った。


「うつらねえよ」
「──!」
「俺はお前よりずっと丈夫だからな。それでもまあ、気を付けるけどよ」


極力私に気を遣わせないようにしていることを感じ取って、その心遣いに胸の辺りが温かくなるような心地がする。
私は、それじゃあ、とシカマルを家の中に通すと、でも、と眉を下げた。


「本当に油断は禁物だよ。私も体の丈夫さには自信がある方なんだけど、それでもこうなっちゃうときもあるし」
「・・・・・・」
「シカマル?どうかした?」
「はー・・・・・・。いや・・・・・・つうかよ、当然だが、もてなしとかいらねえからな」
「えっ」
「は?」


お茶でも淹れようかとお湯を沸かそうとしていた私は、呆れたようなシカマルの視線に、ようやく自分の失言に気が付く。


「名前」
「・・・・・・はい」
「俺がここに来た理由は?」
「・・・・・・私のお見舞いのため、です」


目を泳がせながら言えば、シカマルは少し噴き出すようにして笑った。


「そういうことだ。分かったら、ほら、お前は寝室で大人しくしてろ」
「あの・・・・・・でも・・・・・・分かりました」


後ろ髪を引かれる思いではあるが、私が元気になることこそが、シカマルの気持ちに報いることであるのは確かだ。
そう自分に言い聞かせて、大人しく従えば、シカマルは、よし、と笑いながら洗面所へ向かった。
自分の家だというのに、なんだか私の方が所在なさげで、おずおずとベッドに座れば、シカマルがコップとスポーツドリンクを手にやってくる。


「熱はあるのか?氷枕とか、いるか?」
「ううん、微熱だから大丈夫だよ」


言えばシカマルは私の額に手を当てる。


「・・・・・・確かに、熱は大丈夫そうだな」


私は、うん、と言うと額に感じるひんやりとした冷たさに目を瞑った。


「でも、シカマルの手、気持ちいいな」
「・・・・・・ちょうどさっき、手洗ったばっかだからな。いい具合に冷えてんのかもしれねえ」


思わず笑えば、シカマルも少し笑って手を離す。


「まあ、風邪っつうより、溜まってた疲れが出たんだろ。お前、中期任務の前にも別の任務で風の国行ってたし。気候が違うのも原因の一つだろうけどよ、まあ、休めってことなんだよ」


温かい言葉に私は頬を緩めると頷いた。
シカマルは私の頭を撫でると、


「ところで、もう昼前だけどよ、名前お前何か食べたか?」
「それが、まだ何も。今日は起きるのが遅かったっていうのもあるんだけど」
「なら、お粥とかでいいか?ゼリーとかも買ってはきてるんだが、温かいものの方がいいだろ」
「えっ」
「なんだ、食欲ねえか?けど食うもん食わねえと──」
「いっ、いやいや!食欲があんまりないことは確かなんだけど、そうじゃなくて!」


不思議そうに眉を上げるシカマルを窺い見た。


「もしかして・・・・・・シカマルが作ってくれるの・・・・・・?」


言えばシカマルは当然だというふうに頷く。


「他に誰がやるんだよ。さっきも言ったけど、お前は大人しく寝てろ」
「・・・・・・シカマルの・・・・・・」
「心配しなくても、簡単なものなら失敗なんてしねえから──」
「シカマルの素敵さが止ま──ゲホッ、ゴホッ・・・・・・!」


シカマルの素敵さが止まるところを知らない──そう言おうとしたのだけれど、そのあまりの魅力に堪えることができなくて、思わずいつものように咳をした。
すると今のこの状況では当たり前なのだが、慌てたふうのシカマルに布団の中に半ば無理矢理突っ込まれた。


「だ、大丈夫!今のは大丈夫な方の咳だから!」
「いや大丈夫な咳ってなんだよ!いいからほら、大人しく待ってろ」


そう言いながら布団をかぶせられて、頭を撫でられてしまえば、紛らわしいことをしてしまった手前、逆らうことはできない。
くっ・・・・・・自分が恨めしい。
あそこで咳をしていなければ、今頃シカマルの料理姿という貴重な光景を見ていられたかもしれないというのに・・・・・・!
駄目だ、もっと、精進しないと。


頬が緩んでしまうから、すぐに咳に逃げて、覆う手で隠しているけれど、咳をしなくてもいいように表情筋を鍛えて──と考えていれば、居間の方からひょいとシカマルが顔を出した。


「できたぜ、名前。起きれるか?」


私は、もちろん、と言うとベッドから出て居間へ向かう。
卓の上に置かれた茶碗から上がる湯気といい匂いに、感動の眼差しをシカマルに向けた。


「すごい、本当、嬉しい、ありがとう」


私の語彙力が著しく低下していることは、ひとまず置いておこう。
席に着いた私が引き続き感動していれば、向かいに座ったシカマルが思わずといったふうに笑った。


「大したもんじゃねえだろ」
「ううん。だって、シカマルが作ってくれたんだよ?大したものじゃないはずがないよ」


言えばシカマルはため息を吐きながら口元に手をやる。


「・・・・・・ったく本当、相変わらずお前は」


首を傾げればシカマルは、いや、とだけ言って食事を勧めてきた。
頷き、箸を進めた私は、そうして綺麗に完食すると両手を合わせた。


「ご馳走様でした」
「ああ。食べれたみてえで、よかったぜ」
「うん。あんまり食欲なかったはずが、食べちゃった」


シカマルは軽く笑うと、薬箱がある戸棚へ向かう。
その背中を見ながら私は感慨深げに、うんうんと頷いた。


「昔から思ってたんだけど、やっぱりシカマルは、絶対いい旦那さんになるよね」


すると錠剤が入った瓶がごとりと落ちる音がした。
瞬けば、シカマルはこちらに背を向けながら片手を挙げる。


「──悪い。割れては、ねえから」


そしてまた深い息を吐くと、戻ってきて薬を差し出す。
私はそれを受け取りながら、不安に思ってシカマルを見上げた。


「あの、シカマル、大丈夫?さっきからなんだか様子が・・・・・・」
「いや、大丈夫だ」


もしかしてやっぱり風邪でも移ってしまったんじゃないだろうかとはらはらした気持ちでいたのだが、シカマルは薬を飲んだ私を再び寝室へ向かわせようとする。
私は慌てて両手を振った。


「もういいよ、十分だよ。あとは一人で大丈夫だから──」
「いいから」
「でも──」
「弱ってるときは、心細くなるって言うだろ」


言ったシカマルに、私は微笑う。
それもあって傍にいてくれようとしているのかと思うと、その優しい温かさに包まれるような心地がした。


「うん、確かにそう言う」
「だろ?だったら──」


私は、でも、と明るく笑うと拳を握ってみせた。


「私は大丈夫だよ。いくら丈夫な私でも、さすがに今まで何度かこういうときがあったんだけど、いつも一人だったから」
「・・・・・・」
「だから一人なのが普通だから、それに対して違和感や心細さとかは何も──」


と、そこまで話したところで走った悪寒に、私は思わず自身の両腕に触れた。
悪化の二文字が脳裏をよぎったところで、シカマルの眼差しに気づく──どこか底冷えでもしそうな、それに。
ぴしりと固まれば、シカマルは寝室を指し示した。


「名前」


有無を言わせない雰囲気に、私は蚊の鳴くような声で返事すると、大人しく布団に潜り込んだ。
傍の小椅子を引き寄せて、そこに腰掛けたシカマルが、そして口を開く。


「今までがそうだったからといって、これからもそうである必要はねえだろ」
「それは、そうだけど・・・・・・」
「お前が邪魔だっつうなら、帰る」
「そんなこと、思うはずない」


言えばシカマルは少し笑って、ぽんと私の頭に手を乗せた。
そして優しく頭を撫でてくれる。
薬のせいか、そもそも体が休息を求めているからか、穏やかな空気も相まってだんだんと心地良い眠気が襲ってきた。
体から力が抜けていく。


「・・・・・・お前の、傍にいたい。一番、傍に」


薄れゆく意識の中、シカマルが何かを呟いたような気がしたけれど、それは言葉として耳に入ってくることはなかった。











──誰かが話している。
それは二人の男女のようだった。


「大丈夫か、名前、大丈夫か」
「もう・・・・・・慌てすぎよ。名前なら大丈夫だから」



二人が口にした自分の名前に、靄が晴れたような気がした。
するとそこにいた父と母の姿に、少しどきりとする。


「そう、だよな。分かってはいるんだけどよ、心配で」
「この前珍しく雪が降ったから、少しはしゃぎすぎちゃったのよね。でも大丈夫、すぐ治るわ」



二人の温かな手が私に向かって伸ばされる。


「ああ──ああ、だよな!安心して寝て、早く治せよ〜名前。何からも、俺が守ってやるからな」
「ふふ。ええ、そうね。──ゆっくりお休み、名前。ずっと、傍にいるから──」












薄らと目を開けた私は、薄暗い部屋の中、視界に入ったシカマルの姿に、ぼんやりと瞬いた。
ランプの灯りを頼りに読書していたらしいシカマルは、私の視線に気づくと本を近くの棚に置いて、ベッドに腰掛ける。


「起きたか」
「シカマル・・・・・・」
「体、怠くねえか」


私は上体を起こすと、うん、と言う。
差し出されたコップをありがたく受け取って、その中身を少し飲む。
ぼんやりとした意識のまま、つい先ほどまで見ていた夢の内容を思い出そうとしてみていたが、不思議と何も出てこない。


なんだかすごく、幸せな夢を見ていた気がする・・・・・・。


すると心配そうな眼差しをシカマルから向けられていることに気づいて、私はにっこり笑った。


「楽になったよ。私、どれくらい寝てた?」
「そんなに経ってねえよ」


言ってシカマルは窓の方を見る。
いつの間にか閉めてくれていたんだろう、カーテンから漏れる光は確かにまだ明るい。
──だけど、そうだとしても。


「・・・・・・ずっと傍に、いてくれたの?」


見つめれば、シカマルはただ、ああ、とだけ言った。
私はそんなシカマルを、温かい気持ちで見て、そして心のまま笑った。


「ありがとう」


目が覚めたとき──と、私は続ける。


「シカマルが傍にいてくれたことに気づいて、とても嬉しかった」
「・・・・・・名前」
「さっきも少し、言ったんだけど、私いままでこういうときに、心細いって思ったことはなかったの」


でも──と、私はシカマルを見つめる。


「シカマルが傍にいてくれて、安心する。すごく、幸せ。──ありがとう」


寂しく思わないからといって、嬉しく思わないわけじゃないということを身を以て実感した私はにこにこと笑んでいたのだが、対するシカマルは目を開いたかと思うとうなだれて額を押さえた。


「ったく、目眩でもしそうだぜ・・・・・・」
「えっ。や、やっぱりシカマル、うつっちゃったんじゃ」
「いや、それはねえから、心配するな」


でも──と私はシカマルの頬に手を伸ばす。


「シカマル、顔赤いよ」
「──!そ、れは。・・・・・・はー、やっぱ、敵わねえな」




20200501