舞台上の観客 | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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その日の夜、再び意識を落とした私は、対峙したフヒトに向かって声を震わせ怒鳴った。


「お前は、お前は人のことをいったい何だと思ってるんだ・・・・・・!」


私は手を握りしめたが、あまりの怒りに震えが収まらない。


「あんなに簡単に、カカシ先生の、皆の記憶を弄んで・・・・・・!あれが面白いものだとでも言うのか!」
「所詮、僕と、君以外の誰かでしかないからね」


いたって和やかに言うフヒトに、私は唇を噛みしめた。
つ、と顎を血が伝う。


「私のことなんて、どうでもいいんだ」
「ふふ、健気だね。──それより、どうかな。僕のところへ来てくれる気にはなった?」


ぎりと歯を食いしばれば、フヒトはちっとも思っていない口調で、困ったなあと肩を竦める。


「彼らの記憶を消しきるのと、木ノ葉を再び襲撃するのと、君が僕の元へ来てくれるのでは、どれが一番早いんだろうね」


言ったフヒトはその後も夜毎、私の夢に現れた。
木ノ葉を襲撃し壊滅させ、カカシ先生を、皆の命を奪っていく。
そして言うのだ、自分の元へ来い、と。


また現実世界では、着々と私の記憶が消されていっていた。
恋人であったときのことは忘れてしまったものの、喪失自体は分かっているため、記憶を取り戻そうと努力し、私を恋人だと言ってくれていたカカシ先生が、しかし数日後には私を大事な部下だと言った。
カカシ先生が忘れてしまった後も、私と先生が恋人だということを覚えていてくれたナルトたちもまた、数日後には私たちのことを特別仲の良い師弟として扱った。
フヒトの場所を特定したと聞き、乗り込む部隊に名を上げようとすれば、五代目様はカカシ先生の名前も挙げた。
記憶を失い掛けているのに危険ではないかと進言しようとすれば、もう皆、記憶を失ってしまったこと自体を忘れてしまっていた。


だけど、皆は記憶をなくしても、変わらず私に優しかった。
カカシ先生は、恋人だったときの記憶をなくしても、変わらず私を想ってくれた。
──とても、嬉しかった。


だからこそ──と、私は眼下の街並みを眺める。
手を握りしめたとき、声が掛けられた。


「──名前」


優しく私を呼ぶ声。
振り返った私は、声を掛けてきた人物を認めると、泣きそうに顔を歪めて、けれど無理矢理に笑ってみせる。


「カカシ先生」


先生は、いつでも私の傍へ来てくれる。
過去でも、現実でも、そしてまだ来ぬ未来でも。
フヒトが見せる未来の中で、カカシ先生は里の皆を守り、仲間を守り、そして何より私を守って、その命を落としてしまう。


──優しい人、愛しい人。
大好きだ。心の底から愛している。


だからこそ──と私は、頭が痛むのか眉根を寄せるとこめかみを押さえたカカシ先生を、痛ましい思いで見た。


──だからこそ、これ以上巻き込んではならない、絶対に。


カカシ先生──と、私は明るく笑ってみせた。
任せてください、というように拳を握る。


「私、頑張りますね」


当然、何が、と聞かれたが、そこは笑って誤魔化しておいた。


いつものカカシ先生ならば、私のこんな下手くそな笑みじゃ逃がしてくれないのだけれど・・・・・・今なら。


どこか複雑な気分で微笑えば、先生は何かを言い掛けて、そして再び痛みに顔をしかめると額を押さえた。
──カカシ先生が、皆が苦悩するように頭を押さえるのは、失われた記憶を取り戻そうとするときだと、ここ数日の間で私は知っていた。
僅かに残るそれと現実との乖離に違和感を覚え、しかし取り戻そうとすれば術がそれを許さず拒む。
私は眉を下げた。


「抗っては、駄目です。術の掛かりに抵抗すれば、それだけあなたに負担が掛かる」


言ってはみたが、どうやらカカシ先生には言葉としては聞こえていないようだった。
カカシ先生の不調の理由を知っていなければ言えない言葉でもあったが、それに気づいた様子もない。
それでも──そんな大変な状態だというのに、自分のことよりも私のことを想ってくれる。
私に向かって手を伸ばすカカシ先生を優しい気持ちで見やると微笑った。


「私は大丈夫です。だってカカシ先生が幸せなら、私はとても、幸せだから」


この言葉は、真実だ。
本当に、心の底からそう思ってる。


「そういうわけにも、いかないでしょ」


カカシ先生は私の腕を掴むと、名前は、と言い掛ける。
私は目を開く。
やがてカカシ先生は迷う様子を見せながらも、言った。


「名前は俺の、大事な大事な部下で、教え子で・・・・・・仲間だからね」


──覚悟していても、やはり辛い。
次から次へと溢れる涙に、私は唇を噛みしめた。
カカシ先生が私の頬に手を伸ばす。
私は先生を見上げると、近寄って背伸びした。


「カカシ先生、嫌だったら、突き飛ばしてください」


言うと手を伸ばして、その温もりを強く抱きしめる。
これが最後だと思うと、際限なく涙が溢れた。
気持ちを込めて、カカシ先生のことを抱きしめる。


「カカシ先生、大好きです・・・・・・大好き」


動揺する様子を見せる先生のことを、離れて見上げると小さく言った。


「ごめんなさい」


そしてにっこりと笑う──別れの意味を込めて。


「大好きです。愛してます。──さようなら」


自分がいない方が幸せになれる、とは思わない。
教えてもらったから。
自分がいて本当に幸せなのだと分かるほどに愛情を注いでもらった。


だけど私が傍にいれば、その身に危険が降りかかる。
そうだとしても一緒にいることを望んでくれることも、昔と違って分かるようになっていた。
けれどその気持ちは消える、私の記憶と共に。
そうであれば、その道を選ばないことなんて、私にはできない。


意識を失ってしまった先生を何とかベンチの上に寝かせる。
私のところへ、最後まで来てくれた、気にかけてくれた。
愛しい人──こんな感情を抱く人は、後にも先にもカカシ先生だけだろう。


(どうか・・・・・・どうか、幸せに)


握りしめた手を、離したくなんてなかった。
ずっとこのまま、先生の傍にいたかった。
だけどそれは、してはならない。
誰より愛しているから──誰よりも、幸せになってほしいから。


そして私は、私の記憶が消えるにつれてもう随分と物の少なくなった自宅に戻ると、意識を落としてフヒトに会った。


「暁にいる頃や、里を抜ける前までの私のところに記憶を戻してしまえば、そのさらなる乖離に違和感を覚え、疑問を持たれ、記憶が戻る手掛かりになってしまう可能性がある。──最後は一気に、巻き戻せ」


そして私は、里を去った。










「本当に、健気だよねえ」


言ってフヒトは、可愛い可愛い、と名前の頭をなでる。
カカシは額に筋を立てる。


「その子に触れるな」
「うーん、でも僕はこの子を愛しているんだよ」


だけど──と、フヒトは残念そうに眉を下げる。


「名前が愛しているのは君なんだよね」
「・・・・・・」
「ねえ、どうして僕が君たちのことを歓迎したのか分かるかい?どうしてわざわざ名前の記憶を蘇らせるような真似をしたのか」


フヒトは目を弧の形にして笑った。


「それはね、君を殺すためだよ」
「・・・・・・」
「君を殺せば、名前は必ず君を生き返らせるだろう?本当は名前が起きているときに目の前でしたかったんだ。だから長く滞在して欲しくて、僕の名前についてもちょっとしたお遊びを入れたんだ。僕の一族は成人を迎えたとき名をもう一つ与えられるから、どっちも確かに僕の名前だったんだけどね」


言って、まあとにかく、とフヒトは続ける。


「名前は中々目を覚ましてくれなかったけど、それでも何度か目覚めて君のことを認識してくれたし、正直言って僕ももう待てないからいいかなと思って」
「死者の蘇生・・・・・・名前にあの術を使わせる気か」


フヒトはその通りだというように何度も頷いた。
その目はまるで子供のように輝いている。


「楽しみだなあ。楽しみだよ!あの瞳が絶望に染まるところは何度見てもぞくぞくするし──あの術を使うところが見られると思ったら、もう自分がどうなっちゃうのか分からないね」
「あの術を使えば、術者の体には多大な負担が掛かる。それは分かっているのか」
「もちろん分かっているよ。だから僕のチャクラを名前に与える。二人で永遠を生きるんだ」


フヒトは、大丈夫、と笑った。


「名前のことは大切にするよ。愛しているんだからね。だから君は、今度こそ彼女のことを忘れて、幸せに暮らすといい。心配しないでいいよ。時空眼の忘却は、僕のそれとは違って完璧だから」


握りしめられるカカシの手を見てフヒトが笑う。
ああ──と、いいことを思いついたというように声を上げた。


「でも増やしてもいいかもしれないね」
「──増やす」
「時空眼を、この美しき瞳を増やすんだよ。僕と名前の子だ。安心してくれ、まだ手は出してないけど、きっと可愛いと──」


思わないかい──というフヒトの言葉は、胸元を貫くカカシの手によって、声になることはなかった。
飛び散る血もまた、名前を濡らさない。
前に立つ、名前を横抱きに抱えたカカシと、背後から椅子を越えて自分の胸元を貫通するカカシの手に、フヒトは血を吐きながら感心したように目を開く。


「わあ、すごいや、全然気づかなかった。いったいどっちが影分身なんだい?」


それに──と、フヒトは自身を貫く手が纏う電流を見やると首を傾けた。


「可笑しいなあ。この術、えーっと雷切だっけ?写輪眼のはたけカカシは大戦で写輪眼をなくし、だからもうこの術は使えないんじゃなかったっけ?」


フヒトは、ああ、と目を開く。


「幻術か」


言った瞬間、胸元を貫く手は消えていたが、それと同時にクナイで首を掻き切られて、フヒトは糸が切れたようにうなだれた。
しかしその口元に、笑みが浮かぶ。


「ご馳走様」


フヒトが印を結んだ瞬間、カカシの口からチャクラが飛び出した。
フヒトは顔を上げると、楽しそうに目を輝かせる。


「さあて、どちらが影分身かな」


言い掛けたとき、前方のカカシが地面に名前を寝かせると、どろんと消えた。


「こっちが影分身、ということは──」


振り返ったフヒトは、しかし背後のカカシも電流となって掻き消えたのを見て瞠目した。
電流は虎のように襲い掛かってくるが、フヒトが口を開ければ、それは離散しチャクラの帯となってフヒトの体内に吸い込まれていった。
フヒトは駆けていくと名前を再び抱き上げて、辺りを見回すと笑みを浮かべる。


「まさかどちらも影分身とはね。まったく気づかなかったよ」


いつ入れ替わったのだろうかとフヒトは考えるが、そんなタイミングはなかったかのように思う。
よほど上手くやったのか、あるいは最初に現れたときから影分身だったのだろう。


「すごいや、ちっとも噂に違わないどころか、評判を軽く飛び越えてくるよ。巧みで、多彩で、理知的だ」


言ってフヒトは、背もたれが破損した椅子に名前を座らせた。


「認めるよ、はたけカカシ。僕は君を見くびっていた。人一人抱えた状態でも大丈夫だろう、ってね」


言うと、振り返る。
地面を蹴って飛び上がった。
部屋中央の床下に感じる気配に向かって、印を結ぶと手を翳す。


「でもそんなことない。ちゃんと相手してあげるよ・・・・・・!!」


フヒトの掌にチャクラが集中する。
だが爆発するよりも先に、土遁の術で床下に潜んでいたカカシが縄付き手裏剣を手に飛び出してきた。
放出と吸収は、同時にはできない。
捕まってしまえば爆発を起こすことは当然できなかなるため、フヒトは空中で翻ってそれを避けた。


「──水遁 水龍弾の術!!」


着地したところに、龍を象った水流が襲い掛かってくる。
フヒトは印を結ぶと、口を開いた。
術はまたしてもチャクラの帯になると、吸い込まれて消えてしまった。


満足そうに舌なめずりをしたフヒトは、屋敷の外に感じた強大なチャクラにぴくりと顔を上げると、にやりと笑ってそちらに向かって口を開いた。
飛び込んでくる今まで感じたことのない熱量に、フヒトは恍惚に目を細める。


「ああ、これは九尾のものだね。すごいチャクラだ・・・・・・!」


フヒトは震える自分の体を抱きしめる。


「高まるよ。今までにない力が漲っていくのを感じる・・・・・・!」
「それは、よかったな」


言いながら仕掛けてくるカカシの攻撃を避けながら、フヒトは再び屋敷の外へと視線を向けた。


「それにしても外の方も大変そうだね。僕に心酔してるとはいえ、守らなくちゃならない一般人はいるし、少しいる忍たちも、本来君らの敵にはなりえないだろうけど、君たちの術は全て僕に吸い込まれてしまう」
「──火遁 豪火球の術!!」
「せっかちだなあ。焦らなくてもちゃんと相手してあげるって」


だけど──と、フヒトは唇を吊り上げた。


「大盤振る舞いしてくれて僕はありがたいけどね、いま言ったばかりだろう?君たちの術は全て僕が吸い込んでいる。それじゃ僕には勝てないよ・・・・・・!!」


その後もカカシは攻撃を繰り出し続けた。
カカシからと屋敷外からと、多量のチャクラを奪取したフヒトは、ほうと息を吐く。


「こんなにお腹いっぱいになったの、初めてだよ」
「はっ・・・・・・、は」
「そろそろチャクラ切れかい、カカシ?噂に聞いていたよりもずっと、多かったねえ。写輪眼がなくなったからかな。それに今まで戦った者たちの中でもずば抜けてチャクラコントロールが上手だったよ」
「そりゃ、どうも」
「それに術も本当に多彩だ。久しぶりに色々な忍術を見れて、喰えて、楽しかったよ」


でも──とフヒトはわざとらしく眉を下げた。


「楽しい楽しい食事の時間はもう終わりだ」
「・・・・・・」
「ほらカカシ、名前にさよならを言うといい」


カカシは真っ直ぐにフヒトを見据えた。


「──それを言うのは、お前の方だ」


言ってカカシは印を結んだ。
影分身が出現し、二人のカカシは手を合わせる。
その掌に電撃の筋が結ばれた。
二人のカカシはフヒトへ向かって走り出す。


(また影分身!本体は──)


フヒトは部屋内のチャクラを探ってみたが、あるのは目前に迫ってきている二人のもののみ。
先ほどのように隠れ潜んでいるそれはない。
フヒトは笑うと印を結んだ。


「最後の最後までたくさんご馳走してくれて、ありがとう、カカシ──」


そのとき背後に気配を感じて、フヒトは瞠目した。
紫色の電流が視界の端に映る。


「──雷遁 紫電!!」


全身を蝕む電撃に、フヒトは叫び声を上げた。


「ぐあああああああ!!なぜだ、チャクラはなかっ・・・・・・!」
「「──雷伝!!」」


前から迫ってきていた二人のカカシの電撃により、フヒトの右腕が斬り落とされる。


「あああああ!!僕の、僕の右手が・・・・・・!!」
「これで印は結べない。──終わりだ、フヒト」


右腕の残滓を押さえ地面に座り込んだフヒトは、カカシを睨み上げる。
雷伝を使った二人のカカシは、フヒトの腕を斬り落とした後消えていた。


「お前が、本体・・・・・・!!」
「ああ、そうだ」
「だが、どうしてだ!チャクラはどこにも感じなかった!!」
「喰らいすぎだよ」
「喰らい、すぎ・・・・・・?」
「俺が何の考えもなしに、ただ吸い込まれるためにいくつもの術をお披露目してたとでも本当に思ってたのか?長く生きすぎたせいで、大分呆けてるみたいだな」


何を──と、歯を食いしばったフヒトは、そして屋敷外のチャクラを詳細に感じ取れなくなっていることに気づき、はっとした。


多量のチャクラを奪取することは力の増大に繋がるものだと、フヒトはそう思っていた。
いや、事実途中まではそうだったのだろう。
フヒトの力は確かに漲り、今までにない能力を発揮できるという確信があった。
だがそれがどこかを越えたあたりから飽和状態になっており、フヒトの感覚を鈍らせている。


「ナルトのチャクラも、まあ美味そうに喰らうことで。大暴れしろと言った甲斐もあったよ」
「まさか、カカシお前、最初から・・・・・・!」
「初め、本体こそが床下に潜んでいるのを見せられたお前は、今回もまた他に俺自身が隠れているんじゃないかと気配を探った。だが喰らいすぎて感覚の鈍ったお前は、気配を隠した俺のチャクラを感知できず、完全に油断し、隙を見せた」


そして──と、カカシはフヒトの右腕を見下ろした。


「真の狙いは、雷伝の方だ」
「印を結べなくさせたことがそんなに──」


そう、言い掛けたときだった。
フヒトの右腕の斬り口から、大量のチャクラが溢れ出た。
自身に襲い掛かる異変に、フヒトは叫ぶ。


「ああああああああ!!」
「放出をせず、吸収ばかりしていたお前のチャクラの均衡は、今や完全に崩れている。そこにきて、本来チャクラを変換するための過程である印を封じられてしまえば、溜まりに溜まったチャクラは暴発するしかない」
「カカシ、貴様、貴様ぁ・・・・・・!!」
「反作用のない作用なんかない」


フヒトの全身のいたるところが、沸騰しているかのようにぼこぼこと弾けそうになっていた。
フヒトは暴れるとカカシから逃げるようにして地面を転がる。
溢れ出るチャクラは濁流を起こし、今や屋敷を揺らしていた。


「本来人々が生きるはずだった時間を奪った罪だ」
「嫌だ!僕は、死なないんだ・・・・・・!」
「喰らった──奪い取ったものの重みを、思い知れ」


そう言って、名前を抱え脱出しようと振り返ったカカシに、そのとき初めて予想外の事態が起こった。
椅子に眠らされていたはずの名前の姿が見当たらないのだ──先程まで、確かにそこにいたのに。


(名前、どこだ・・・・・・!)


気配を探ったカカシは、フヒトが這っていった方向にいた咳をする名前の姿に瞠目する。
目覚めていたのか──と思い、駆け出すが、それよりも名前がフヒトに気づく方が早かった。
名前がフヒトに手を伸ばす。
カカシは瞠目し、フヒトは顔を輝かせた。


「名前、名前、助けて、名前・・・・・・!僕と永遠を──」


そしてその手が触れたとき──名前は笑った。


「このときを待っていた──お前の均衡が崩れるときを」


凍りつくフヒトの両頬を、名前は包んで引き寄せる。


「さあ、たっぷりと喰え」




20200308