舞台上の観客 | ナノ
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名前との記憶を思い出す手かがりを求めに、また単純に会いたいからという理由もあって、カカシは名前の家へとやってきた。
しかしチャイムを押しても反応は何もなく、カカシは頭を掻く。


(買い物にでも出てるのかな)


だが思ったところで家の中から僅かに聞こえてきた咳き込む声に、カカシは咄嗟にドアを開けた。
鍵が掛かっていなかったことに若干引っかかりつつも、廊下に座り込みくぐもった咳をしている名前を認めてしまえば、そんなことは後回しになる。


「大丈夫か、名前」
「っ・・・・・・カカシ、先生?」


カカシは優しく名前の背を撫でる。
呼吸が落ち着いてきた頃を見計らって、名前を横抱きに抱え上げると居間に入り、ソファの上に優しく座らせた。
台所に行きコップに水を入れると戻り、名前に渡す。


「何から何まで・・・・・・ありがとうございます」


水を飲み、息を吐いた名前はそうしてカカシを見上げた。
まだどこか顔色が悪いというのに、気丈にも笑みを浮かべている。


「そういえば、何かあったんですか?どうしてここに?」
「ああ、ま、何か思い出すきっかけになるものはないかと思ってね」


言ってカカシは部屋を見回す。
物が少ないような気もしたが、いかんせん自分が今持つ記憶は情報としては古いため、カカシはあえて口に出すことは止めておいた。
それに──と、カカシは名前の隣に腰を下ろすと、その頭にぽんと手を置いた。


「名前に会いたかった。どっちかというと、こっちが本命かな」
「カカシ先生・・・・・・」
「ぽかんとして、どうしたの?名前に──恋人に会いたいと思ったら可笑しい?」


名前は顔を輝かせると、いいえ、と首を横に振った。
花が咲くように笑った名前に、カカシは目を細める。
しかしそのとき頭痛がして、カカシは僅かに呻くと頭を押さえた。
名前は、はっとするとカカシに手を伸ばす。


「カカシ先生、頭が痛むんですか?」
「っ、・・・・・・少しね。でもま、大丈夫だよ」


にこりと笑って言ってはみたものの、名前が強張ったような表情を崩すことはなかった。










──後日、名前は火影邸を訪れていた。
ノックし入室すると、難しい顔で書類に目を通していた綱手が顔を上げる。


「ああ、名前か」
「先日の木ノ葉襲撃事件に関与しているとみられる集落を、先遣隊が発見したと聞いて」
「耳が早いな。それで?」
「私も行かせてください。お願いします」


名前がそう言うことを分かっていたというように綱手は口角を上げると、書類を机に置いた。


「もちろんだ。お前に言われる前から当然、お前たちに任務として下そうと思っていた」


ぱっと顔を輝かせかけた名前は、しかし怪訝そうに眉を顰める。


「お前たち・・・・・・ですか?」
「ああ。既に鳥は放っている。どうやらお前はそれが届くよりも先に来たみたいだがな」


言ったところでノック音がして、扉が開かれた。
そこに立っていた面々に名前は目を開く。
ナルトが名前を認めると、おお、と笑った。


「名前、早ェってばよ。やる気十分だな。俺も負けてられねえってばよ」
「ナルト、サクラ、──カカシ先生」


凍りついたように立ち竦む名前は、綱手を振り返る。


「まさか、このメンバーで?」
「ああ。そこに暮らす連中が先の事件と関わっているという明確な証拠はまだ得られていないが、チャクラの帯が消えていった方角にあり、また広く開かれていない集落であることから可能性は低くないと見ている。そうなった場合、向かわせるのは当然里有数の精鋭班だ」
「先遣隊としてサイも行ってるし、オビトも先に向かったんでしょ?昔とはちょっと違うけど、まさかまたカカシ班で任務をすることがあるとはね」
「まあオビトは、俺はカカシ班じゃないって言いそうだけどね」


言ったカカシに、ナルトは確かに、と笑う。


「でもさ、でもさ、懐かしいってばよ。にしても、ヤマト隊長は他の任務に就いてるから仕方ないとして、サスケもたまには帰ってくればいいのによ」
「仕方ないわよ。いまは大事な旅の途中なんだもん」


でも──とサクラは頬を緩めた。


「大きな怪我とかはしてない、って。この前届いた手紙に、そう書いてあった」
「・・・・・・ふ〜ん」
「・・・・・・何よ、その顔」
「べっつにー?ただ仲が良くて羨ましいこと──」
「おちょくんな!馬鹿ナルト!」
「痛てっ!サクラちゃん、何も殴らなくても」


お馴染みの光景に、綱手がため息を吐く。
咳をする名前の背にカカシが手を当てた。


「大丈夫か、名前」
「げほっ。私より、カカシ先生は」
「俺?俺はいたって、健康体だけど」
「え?でも・・・・・・」


名前は表情を曇らせると、綱手に向き直る。


「五代目様、やはり編成の再考をお願いできませんか」
「再考だと?」
「いきなりどうしたんだってばよ、名前」


名前はちらりとカカシに目を向けてから、問いかけてきたナルトに視線を移す。


「カカシ先生がどんな任務でも必要不可欠な人材だっていうことは分かってる。特に今回のような任務なら、なおさら。だけど今の状態のカカシ先生を連れ出すのは・・・・・・その、何か良くない気がするの」
「今の状態のカカシ先生って、先生、何か怪我でもしてんのかってばよ」


え──と、名前が目を見開く。
サクラが首を傾げてカカシを見た。


「そうなの、先生?」
「いや、特に何もないけど。・・・・・・名前?どうしたんだ?」


言葉をなくしていた名前はやがて、いえ──と言った。


「すみません・・・・・・私の、勘違いでした」


名前は笑ったが、その目はどこか虚ろで、ちゃんと笑えていない。
ナルトとサクラが首を傾げ、大丈夫かと名前に聞く中、綱手とカカシが眉を顰めると視線を交わし合う。
カカシが僅かに俯いたのを見て取って、綱手は名前に目を向けた。


「それじゃあ名前も、いいか?」


はい、とだけ名前は答える。


「・・・・・・詳細は追って出す。これより数日のうちに準備を整え、木ノ葉襲撃の疑いがある集落へ向け出立しろ!」
「おう!」「はい!」


承知する声が響く中、返事もそこそこに、思い詰めた顔をした名前は部屋を出ていった。
その背中をカカシが見送る。
そんなカカシの隣にサクラが寄ってきた。


「ねえ、先生。名前の様子、なんだか少し、変じゃない?」
「・・・・・・そうだな。ま、追いかけてそれとなく話を聞いてみるよ」


サクラは目を細めると、うん、と頷く。
不思議そうな顔をしたナルトは近づいてくると、


「なあなあ、前から思ってたんだけどカカシ先生って、名前には特別優しくねえ?」
「・・・・・・ナルト、あんたそれ本気で言ってるの?」
「なんだよ。サクラちゃんは思わねえのか?」
「そういうことじゃない。そんなの、理由も含めてもうずっと前から気づいてたわよ。あんたが今さら気づいたことに、びっくりしてるの」
「え、何が。それってばいったい、どういうことだってばよ」


「カカシ先生、先生にとって名前は、どんな存在なんだってばよ」


脳裏でいつかの声が響いた気がした。
こめかみに走る痛みにカカシは額を押さえる。
ずきずきと響く痛みはなぜだか、ひどく不安げな名前の眼差しを思い起こさせた。











名前は一人、里を一望できる広場に佇んでいた。
眼下の街並みを見下ろしているらしいその表情は髪に隠され窺い知ることはできないが、握りしめられた手を見て取ると、カカシは目を細めた。


「名前」


近づいていくと、名前を呼ぶ。
振り返った名前はカカシを認めると、いまにも泣き出しそうな顔で、しかし笑った。


「カカシ先生」


月明かりを受けて微笑う名前に、頭痛がする。
眉根を寄せたカカシを、名前は痛ましげな表情で見つめた。
そして対峙すると、悲しげに笑う。


「私、頑張りますね」
「頑張るって、何を?」


問うも名前はただ微笑うだけで答えない。


「名前、俺に何か隠し事──」
「俺に何か、隠し事してない?」


隠し事をしていないか──そう問いかけようとしたカカシは、脳裏をよぎった何かに閉口する。
よぎったそれは何か重要なものであるように思うのに、呼び戻そうとしても切れ端すら捕まえられず、カカシは歯噛みした。


(何だ・・・・・・何なんだ?)


「────」


名前が何かを言う。
しかしカカシは聞き取れない。
目眩がする──何かがひどくごちゃ混ぜになっていて、吐き気がした。
名前に手を伸ばす。
名前はそんなカカシの手を見つめると、にっこり笑った。


「私は大丈夫です。だって────なら────」


言葉は途切れ途切れになってしまって聞こえない。
だが、大丈夫だと言って笑った名前が、しかしちっとも平気などではないことは分かる。
カカシは必死に手を伸ばすと、名前の腕を掴んだ。


「そういうわけにも、いかないでしょ」


カカシは荒い呼吸をしたまま、口を開く。


「名前は──」


「カカシ先生、先生にとって名前は、どんな存在なんだってばよ」


名前が僅かに目を開く。


「名前に会いたかった。どっちかというと、こっちが本命かな」
「カカシ先生・・・・・・」
「ぽかんとして、どうしたの?名前に──」



名前は──と、カカシは言った。


「名前は俺の、大事な大事な部下で、教え子で・・・・・・仲間だからね」


ひどく頭痛がした──頭が割れるように痛い。
だがしかし、名前の目から涙が零れ落ちるのを見た瞬間、それらは余韻は残しているものの消え去った。
呆然としているカカシの前で、名前はただ静かに涙を流す。
唇を噛んで、嗚咽を堪えて、それでも涙は止まらない。


「・・・・・・っふ、ぅ・・・・・・っ」
「名前──」


カカシは自分でも無意識のうちに、その頬に手を伸ばしていた。
涙がカカシの指を縫う。
顔を上げた名前は、涙を流しながら微笑った。


「カカシ先生、嫌だったら、突き飛ばしてください」


名前は背伸びをするとカカシの首元に腕を回し、強く抱きしめた。
嗚咽を堪える声が耳元でする。


「名前、嫌だったら、突き飛ばして」



また頭痛がする。
いや、違う、これは──。


「大好きです、カカシ先生・・・・・・大好き」


──警鐘だ。


名前が離れる。
カカシの目を見つめると、何かを言った。


「────」


しかしもうそれは、およそ声としてカカシの耳には入ってこない。
──カカシの意識は、そこで途切れた。












──誰かが泣いている。
その声は涙に濡れていて、ひどく悲しそうで、聞こえるだけで何かに突き動かされるように心臓が強く動く。
だがカカシは何もできない。
体が動かないのだ。
そしてこの声の主も誰なのか、まったく心当たりがない。
あるのはただ、焦がれるような焦燥だけ。


──そしてカカシは、何もできないまま、今日も目覚める。
カーテンの隙間から差し込む朝陽に目を細めると、深い息を落とした。


「また、この夢か・・・・・・」


(どうにも最近、寝覚めが悪い。)


頭をすっきりさせるため水でも飲もうと台所に行き、戸棚を開けたカカシは、視界に入った一つのマグカップからなぜだか目が離せなくなる。
ずきりと頭が痛んで、カカシは息を吐いた。


(・・・・・・それに、体調も。)


だが休んでもいられない。
今日から中期任務が始まる。
身支度を整え、里の門前へ向かったカカシを、二人の教え子が笑顔で出迎えた。 


「カカシ先生、遅いってばよ」
「まあ昔よりは、ずっとましだけどね」
「いやー、ごめんごめん」


カカシはへらりと笑うと、そして前を向いた。 


「さて。それじゃあカカシ班、行きますか」
「おう!」「はい!」



20200306