舞台上の観客 | ナノ
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言葉もないナルトとサクラに、カカシは首を捻ったが「それじゃあ俺は、もう一度綱手様のところに行ってくるから」と言うと、白煙を立ててどろんと消えた。
呆気に取られていたナルトとサクラは顔を見合わせる。


「なあ、サクラちゃん。今のって」


空気に溶けて消えていく白煙を見ながら、サクラは頷く。


「いったい、どういうことなの」
「まさかカカシ先生と名前ってば、別れちまったのか?」
「馬鹿!そんなわけないでしょ!」
「痛てっ!った〜、サクラちゃん、何も殴らなくてもいいってばよ」
「あんたが可笑しなこと言うからでしょ」


サクラは、ふん、と腕を組む。


「そんなこと、絶対にあり得ない。それにカカシ先生も、そんな感じじゃなかったでしょ」
「まあ確かにそうだったけどよ。なんというか、別れちまったというより、付き合う前に戻っちまったというか──」


ナルトが言い差して、そして二人は再び顔を見合わせた。
ひどく沈んだ顔をしていた名前を思い出すと、揃って病室へ向かい駆け出した。
病院だというのに、また医療忍者であるというのに、がらりと音を立てて扉を開けば、名前の傍にはオビトもいて、二人は驚いた顔をして振り返る。


「オビト、お前も来てたのか。ちょうどいいってばよ!」
「ちょうどいい・・・・・・?というかお前ら、騒がしいな。ここがどこだか分かってるのか?」
「いまはそれどころじゃないんだってばよ!」


ナルトがオビトを押し退けるようにして、そしてサクラはベッドを挟んで反対側に、それぞれ駆け寄る。


「なあ名前、隠してるかもしれねえことって──さっき言おうとしてたことって、もしかして、カカシ先生のことなのか?」


オビトの眉がぴくりと上がる。
名前はただ目を伏せるだけで、何も言わない。
サクラは気遣う眼差しを名前に向ける。


「ねえ、名前」
「・・・・・・」
「カカシ先生の様子、ちょっと可笑しいわよね」


黙したままの名前に、サクラは口にしていいものかと躊躇する。
しかし名前を傷つけることになったとしても、確かめなければいけないのだ。
サクラは意を決して口を開いた。


「カカシ先生・・・・・・名前と恋人になってからのこと、忘れちゃってるの?」


くしゃりと顔を歪めた名前に、ナルトとサクラが息を呑む。
いまにも泣き出してしまいそうな名前を、サクラは堪らず抱きしめた。
脳裏をよぎるのはサスケの姿。
長年想ってようやく結ばれた気持ちが、もしも相手の中から消えてしまったらと思うと、それだけで身を引き裂かれるように辛い。
──どうして、こんなことに。


「今の話は本当なのか」


一歩を踏み出したオビトに、ああ、と答えたのはナルトだ。


「カカシ先生ってば、明らかに様子が可笑しかったんだってばよ」


オビトは名前に視線を向けた。
零れてこそいないものの、その瞳はゆらゆらと涙に揺れている。
オビトは手を握りしめると、そしてわざとらしくため息を吐いた。


「あの馬鹿。昔からどこか年寄り臭いところがあったが、遂に呆けたか」
「いやいや、確かにカカシ先生ってば白髪っていうか銀髪だけど」
「何発か叩けば元に戻るんじゃないか?」
「おいオビトォ!カカシ先生ってば古い家電じゃねえんだぞ!」


きゃんきゃんと吠えるナルトに、オビトが顔を顰めて耳を押さえたときだった──名前が、くすりと笑った。
ナルトとサクラが驚いて名前を見る。
名前は軽く目元を拭うと、にっこり笑った。


「ありがとうございます」
「俺はまだ何もしていない」


名前は何かを言い掛けたが、しかし口を閉ざすとただ微笑った。
そんな名前をオビトは真っすぐに見詰める。


「カカシの記憶は、俺が必ず取り戻す」
「・・・・・・オビトさんは、過去も私に、記憶を取り戻させてくれましたもんね」
「ああ、分かるだろ。そういうのは得意なんだ」


名前はくすくすと笑う。
その様子を見たサクラは、拳を握ると、強い光をその目に湛えて名前を見た。


「私も。カカシ先生が呆けちゃってたとしたら、必ずこの手で私が治すわ」
「って、サクラちゃんまで。さっきからカカシ先生が、すっかり年寄りキャラになってるってばよ」


がくりと肩を落としたナルトは、そして名前を見ると、頭の後ろで手を組んで笑った。


「でもよ、でもよ、カカシ先生のせいじゃないから、こう言っちまうのはあれだけどよ、カカシ先生、思い出したら絶対悔しがるってばよ。たとえ少しの間だとしても、名前との甘〜い思い出を忘れてたなんて、ってさ」
「ああ、それ、ちょっと想像できるかも」
「今から反応が楽しみだな」


カカシが記憶を思い出すことを前提として話を進めていく三人に、名前の目に再びじわりと涙が浮かぶ。
ナルトは真っすぐに名前を見て言った。


「大丈夫だ。絶対ェ、繋がりを消させやしねえってばよ」











「駄目だな。叩いたところじゃ治らないか」
「いやいや、だからオビト、カカシ先生ってば物じゃねえから。つか叩くっていうかもう殴ってるし!もっと爺ちゃんになっちまったらどうすんだってばよ!」


表にはそれほど出さないものの、カカシは困惑していた。
──初めは、火影室で綱手と話していたところを、遠慮もなく入室してきたオビトにいきなり手加減なしに数発頭を殴られて、それを止めるナルトとをいくつもの疑問符を浮かべながら見比べていれば、サクラが頭に手を翳してきた。
今の殴打を心配してくれてるのかと思いきや、サクラは口惜しそうに歯噛みする。


「駄目ね。これといって、脳に明らかな異常はないわ。病院へ行って、精密検査しなきゃ」
「おいサクラ、お前まで、突然来たかと思えば何なんだ」
「綱手様、それが──」
「はぁ!?名前との記憶を忘れてる?いきなり何の冗談だ」
「当人である俺も、初耳なんだけど」
「ばあちゃん、驚かねえでくれってばよ」


綱手に言ったナルトは、そしてカカシに向き直った。


「カカシ先生、先生にとって名前は、どんな存在なんだってばよ」
「・・・・・・いきなり何?」
「いいから、答えてくれってばよ」


カカシは戸惑い頭を掻きながら周囲に目を向けたが、ナルトやサクラだけでなくオビトまでが、真剣な表情でことの状況を見守っている。
カカシは困惑しながら、口を開く。


「お前たちと同じ、部下で、教え子で、仲間でしょ。・・・・・・で、それが何?」


言えば何故だかナルトとサクラは唇を噛みしめた。
オビトが僅かに目を開き、綱手もまた驚いている。


「本気で言ってるのか?」
「綱手様まで・・・・・・何なんです、いったい?」
「カカシお前、まだ若いくせに。ったく、自来也の可笑しな本ばかり読んでるからだ」
「いやいや、綱手のばあちゃん、それは関係ねえから。エロ仙人もとんだ濡れ衣だってばよ」
「まあいい。──どれ、私も診てやる」


言ってカカシの頭に手を翳した綱手は、確かに、と眉を顰めた。


「特に異常は見当たらないな」
「先程から、いったい何なんです?」
「カカシ先生、落ち着いて聞いてくれってばよ」
「なに、ナルト」
「名前は確かに、俺たちと同じく、カカシ先生の部下で、教え子で、仲間だ。だけど先生にとって名前は、それだけじゃねえんだってばよ」


まさかこの一番鈍い部下──名前は特定のことにのみ鈍すぎるためまた別である──にさえも自分の想いを気づかれたのか、と目を細めれば、ナルトは意外な言葉を口にした。


「名前はカカシ先生の、恋人なんだってばよ」
「・・・・・・は?」
「恋人なんだ。カカシ先生は今その記憶を、忘れちまってるんだってばよ」
「・・・・・・何言ってんの、お前?ちょっと──」


助けを求めようと周囲を見回したカカシは、ひどく真剣な眼差しを全員から向けられていることに気づき、閉口せざるを得なかった。


──それからカカシは半ば強引に木ノ葉病院へ連れ戻され、精密検査を受けさせられた。
しかし異常は見つからない。
呼び出され、カカシの脳内に潜り込んでいたいのは、現実へと意識を戻すと開口一番に言った。


「どういうこと、これ?」
「どうしたの、いの?」


サクラを振り返ったいのの顔は困惑の色に染まっている。


「ないのよ。恋人になってからの名前との記憶が」
「そんな──。そんなことって、あるの?」
「もしかしたらもっと深く潜ってみたら、封をされたものがあるのかもしれないけど、今ここではできないわね。危険だわ。もっと準備をしてから挑まないと」


それに──と、いのは続けて、


「もっと不思議なのは、名前との記憶だけが、綺麗さっぱり消えちゃってるっていうこと。別に名前と恋人になってからの全ての記憶がなくなってるわけじゃないのよ」
「・・・・・・似てるな」


怪訝そうに言ったのは、いのと同じく呼び出されたシカマルだ。
オビトが、ああ、と同意する。
ナルトが二人を振り返る。


「シカマル、オビトも、似てるって」
「・・・・・・第四次忍界大戦のとき名前が使った術の、副作用にだ」


シカマルの言葉に、場に衝撃が走る。
シカマルは眉根を寄せながら続けて、


「あの術の副作用も、術者の、名前の記憶だけが巻き戻され消えていくものだ」
「ちょっと待って」


慄然として言ったのはサクラだ。


「もしかして名前の記憶を失うかもしれないのは、カカシ先生だけじゃないかもしれないの?私たちも全員、名前の記憶をなくしちゃうかもしれないっていうこと?」
「・・・・・・今の段階じゃ、まだ何とも言えねえな」
「そんな──そんなの」
「ただ、あくまで似てるっていうだけで、名前がその術を使ってねえことは確かだ。だろ、オビト」
「ああ。あの術の副作用は僅かな時間で一気に起こる。こうも時間を掛けて、かつ特定の人物のみに的を絞るものじゃない」


それなら、どうして──と、それぞれが考え込み、部屋には沈黙が訪れた。


本当なんだろう──と、カカシは思う。
いくら混乱し、困惑していたところで、カカシの頭は常人のそれに比べると遙かに回る。
初めは、何を変な冗談を言っているのかと思っていたが、どうやら可笑しいのは周囲の者たちではなく自分の方だったらしい。


カカシは自分の掌に目を落とす。


(名前の記憶を忘れてる・・・・・・名前は俺の、恋人だった)


カカシはため息を落とすと、手を握りしめた。


「カカシ先生・・・・・・そうだよな、頭ン中きっと、ぐちゃぐちゃだよな。俺ってば、もし自分がカカシ先生の立場だったらと思うと──」
「ああ、いや、だいたい状況は呑み込めたよ。尽力してくれて、ありがとう」
「って、え!?もうそんな冷静になれんのかってばよ。やっぱカカシ先生って頭いいんだな」
「とは言っても、自分の体のことだっていうのに、何がどうしてこうなっているのか分かってなくて、そんな自分に腹が立つけどね」
「ああ、それでため息を」
「いや、さっきのは──ま、もったいないなと思ってね」
「もったいない?」


首を傾げるナルトに、オビトが答えた。


「名前との甘い思い出とやらを忘れてしまってることが、だろう」
「・・・・・・まあね」


するとナルトとサクラが噴き出した。
ナルトは腹を抱えて笑う。
サクラも笑いすぎて浮かんだ涙を拭った。


「カカシ先生ってば、思い出す前からそれかよ」
「やだもう、笑わせないでよ先生」
「いや、笑わせるつもりは少しもなかったんだけど」


ひとしきり笑う二人に、シカマルといのも顔を見合わせると、そして笑う。
部屋の空気が明るくなるのを見て、オビトもまた微かに口元に笑みを浮かべた。


「っはー・・・・・・笑った笑った」
「そりゃよかったね、ナルト」
「まあでもカカシ先生も、それを──その気持ちを忘れてねえんなら絶対ェ、大丈夫だってばよ。だよな、先生」


カカシは僅かに目を開くと、そしてにこりと笑う。


「ん、そうだね」


ナルトは大きく頷くと、拳を叩いた。


「俺たちも、忘れねえってばよ。名前は木ノ葉の大事な仲間で、大切な繋がりだ。間違って、ねえだろ」


好戦的に笑うナルトに、他の面々も頷いた。










「・・・・・・恋人、か」


名前の病室の前で、カカシは一人呟いた。
ひとまず今日は解散となり、ならばとカカシは名前に会いに来たのだ。
一つ息を吐くと、ドアをノックする。
中から返事があって、カカシは静かにドアを開けた。


「──カカシ先生」


身支度を整えた名前は窓の外を眺めていたようだった。
西日に包まれた病室の中、振り返った名前は目を丸くさせている。


「もう退院していいのか?」
「はい。──大丈夫ですよ。ちゃんと頼もしい担当医からの同意はもらっていますから」
「ああ、なら大丈夫だね。あのお医者さんの言うことは大人しく聞いておかないと、かつてのナルトみたいに、かえって入院が長引く事態になりかねないからね」


カカシは歩いていくと、くすくすと笑う名前の前で足を止めた。
そんなカカシの手に名前が触れる。
カカシはどきりとしたが、名前はそんなカカシの内心には気づかず、安心したようにほっと息を吐くと、手を下ろす。
カカシはそれをなんだか名残惜しく思いながらも、静かに言った。


「・・・・・・ナルトたちから、事情は聞いたよ」
「・・・・・・そうですか」


カカシは名前の名を呼ぶ。


「辛い思いをさせて、本当にごめんね。でも必ず思い出すから」


名前は目を開いた。
その瞳にじわりと涙が浮かぶ。
カカシはやり切れない思いで名前に手を伸ばしたが、触れていいものかと躊躇し空を掴む。


「名前、その──」
「違うんです」
「違う?」
「はい。辛いんじゃなくて──」


名前は目元を拭うと笑った。


「カカシ先生は、いつでも優しいですね」
「優しい?」
「はい。大変なのはカカシ先生の方なのに、こんなときでも私を心配してくれる」
「優しいのは、名前の方でしょ」


離れていった手を、今度はカカシの方から掴まえる。


先程カカシは、記憶をなくしていることはもったいないことだと言い、そうした自分に腹が立っているとナルトたちに言った。
それは間違いではない。
しかし一番に思ったことはそうじゃない。
名前は自分の恋人で、そして自分はその記憶を忘れている、ということを理解した瞬間、胸に抱いた感情は、名前は悲しんでいないだろうかという焦りや不安だった。


名前は自身に関することに鈍く、また周囲と自身はどこか別だと思っている──輪の中に入ってこない。
時を経てそれもいくらかは変わったが、それでもそうした考え方はまだ完全には抜け切らない。
けれど、だからこそ分かる。
名前は生半可な気持ちじゃ、恋人という特別な立場になってはくれないし、ならせてくれない。
名前は確かに自分に特別な気持ちを抱いてくれたのだ。
なのに、そんな気持ちを一方的になくされて、辛くないはずがない。


「・・・・・・やっぱり、とても優しい」


しかし名前は眩しそうに目を細めて笑った。
カカシは息を吐くと、苦笑するように笑って名前の頭を撫でる。


「ま、俺はいつでも、名前のことが好きだからね」


自分がどの時点までの記憶をなくしているのか、はっきりしたことは分からない。
だが確かなこともある。
それは名前の記憶があるかぎり、そのいつのときだって、カカシが名前を想っているということ。


言ったカカシは名前を見下ろし、そして向けられる愛おしげな眼差しに目を開いた。
いまの自分では覚えのないそれを向けられれば、改めて実感せざるを得ない──自分は確かに名前に愛されているのだと。


「名前、嫌だったら、突き飛ばして」


言うや否や、カカシは名前の手を引くと、その体を腕の中に閉じ込めた。
僅かに息を呑んだ気配がする。
そして、本当に微かな、嗚咽を堪える声も。
カカシは痛ましげに眉根を寄せると、名前の頭を撫でた。
名前は背伸びをすると、首元に腕を回してくる。
強く抱きしめながら、カカシは思う。


名前の記憶をなくしてしまうかもしれない恐怖は、第四次忍界大戦のとき、既に感じた。
だが今はそれの他にも、恐ろしいものがある。
それは自分の記憶をなくされて悲しむ名前を、この手で慰めることができないかもしれないということ。


一人で泣かせたくなんてない。
誰か他の奴に任せるなんてことも。
そもそも名前には悲しい思いなんてしてほしくないが、もしもすることがあるのなら、自分が慰めてやりたい──愛情で、包んでやりたい。


(きっと俺は、もっと名前のことが好きになっているんだろうな・・・・・・)


やがて名前は目元を擦ると、うずめていたカカシの胸元から顔を離した。
だがカカシが手を離さないので、二人は近い距離で見つめ合うことになる。
名前の頬が赤くなるのを見て取って、カカシは思わず聞いた。


「一つ聞いてもいい?」
「いくらでも、どうぞ」
「もしかして俺、まだあんまり名前に手出してない?」
「えっ」


名前の頬がさらに赤く染まる。


「手、って」


名前は逃げ道を探すように視線を泳がせていたが、しかし観念したように小さく俯くと、消え入りそうな声で言った。


「あの、手を出すというか・・・・・・いっぱい、愛してもらってます」


カカシは思わず息を詰めると、落ち着こうと深く息を吐く。
名前が首を傾げた。


「カカシ先生?」
「ふー・・・・・・いや、何でもないよ。突然変なこと聞いてごめんね」
「いいえ。でも、どうしてそんなことを?」
「・・・・・・ま、名前が照れてるから、まだ慣れてないのかなと思ってね」


言えば名前は心得たように、ああ、とはにかんで頬を掻いた。


「もっと強くなりたいなとは思ってるんですが、なかなか・・・・・・。カカシ先生のことが、大好きなので、どうにもどきどきしちゃうんです」
「ちょっと待って。俺これに耐えれてるの?大丈夫?」
「えっ。ど、どうしたんですか、カカシ先生」



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