舞台上の観客 | ナノ
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「#年下攻め」のBL小説を読む
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それで──と、ナルトは卓に身を乗り出して、向かいに座るカカシを見た。


「いったいいつ名前に告白するんだってばよ、カカシ先生」


カカシは僅かに目を開くと、呆れたように眉を下げる。
茶屋の二階、窓の方に目を向けた先には、人々の賑わいが広がっている。


「通りを歩いてたらいきなりお前たちに呼ばれたから、何かと思えば」
「大事な話だってばよ!なあ、サクラちゃん、サスケ?」


そう言うと同意を求めるように両隣を見たナルトに、サクラは大きく頷き、対してサスケはこめかみを押さえるとため息を吐いた。
その様子を見てカカシはちらりと笑う。


「成る程。サスケ、お前も巻き込まれた口か。久しぶりに里に戻ってきたと思ったらこれで、お前も大変だね、ま、色々と」
「当たり前だ。あんたの恋愛事情なんかどうでもいい」
「でもサスケ君」


サクラはナルトを挟んで隣に座るサスケのことを見る。


「カカシ先生の恋愛事情っていうことは、それは即ち名前の恋愛事情にもなるのよ。カカシ先生はともかく、名前のことはやっぱり心配じゃない?」
「サスケもサクラも、お前たちさっきから俺に対してひどくない?」
「そんなことはどうでもいいから、早く俺の質問に答えてくれってばよ、カカシ先生!」
「お前の質問、ね」


言って向かいに座る三人の教え子を見たカカシは、にこりと笑う。


「とりあえず、お前たちは俺を応援してくれるっていう認識でいいのかな」
「当然だってばよ!サイとヤマト隊長は今日は任務でいないけどよ、俺たちカカシ班は全員、カカシ先生の味方だぜ!」


明るく笑ったナルトに、若干呆気に取られていたカカシはそして、ありがとう、と優しく笑った。


「でも、他の面子はともかくとして、よくナルトが気づいたね」
「カカシ先生、俺を舐めてんじゃねーってばよ」
「よく言うわ。私たちから言われて初めて分かったくせに」
「ぐっ・・・・・・で、でもさ、俺ってば、言われる前から、カカシ先生が名前のことを大事に大事に思ってるってのは分かってたってばよ」
「そんなの誰でも分かるわよ」


がっくりと肩を落とすナルトを苦笑と共に見やったサクラは、そしてカカシに視線を移す。


「それに普通は、先生が名前のことを好きだっていうこともすぐに分かるの。気づいてないのは──」
「言われて気が付くナルトのような馬鹿か、当人である名前くらいだ」
「んだとぉ、サスケェ!?」
「ああもうナルト、うるさい!」


サクラはナルトを一喝し黙らせると、サスケの言葉に首肯する。


「ねえ先生、よく分かってるとは思うけど、名前って自分のことには本当に鈍いのよ」
「ま、そうだな」
「そうだな、って。もう、そんな呑気にしてちゃ、他の人に取られちゃいますよ。名前自身は全然気づいてないけど、人気あるんだから」
「うん。そうだろうね」
「カカシ先生ってば、もっとこう覇気を出せってばよ覇気を!いつものこう、ぼ〜っとした目じゃなくて、戦闘のときみたいな、あれ!」
「ナルト、お前ね・・・・・・」
「サスケ、お前もカカシ班の一員としてアドバイスをだな──」
「必要ない」
「んだとぉ!?お前ってば、カカシ先生が悲しくフられてもいいって言うのかよ」
「別にいい。が、そうはならないだろ」


首を傾げるナルトとサクラに、サスケは呆れたように息を吐いた。


「お前ら、カカシがあいつを手放す可能性があるとでも思ってるのか?」


言われてナルトとサクラの視線がカカシへ向かう。
カカシはにこりと笑った。


「こいつにそんな可愛げがあるとは到底思えない。だからアドバイスなんか、必要ない」


サスケは言うと、窓枠に肘を乗せて、頬杖を着くと通りを見下ろした。


「こんな厄介な奴に好かれて、あいつも大変だな」
「お前ら本当に俺を応援してくれる気あるの?」


すると人波を映していたサスケの目が僅かに開かれた。
カカシはその視線の先を追うと、そして目元を緩める。
その様子を見ていたナルトとサクラは、二人が誰を目に留めたのか、見ないまでも分かったが、身を乗り出すと通りを見下ろした。
琥珀色の髪が風に靡いている。


「名前もここに呼ぶか、カカシ先生?」


にししと笑って言ったナルトの視線の先で──男が一人、名前とすれ違った。


「──お前が暁にいた頃に交わした約束、忘れたとは言わせない」


賑やかな人波の中、茶屋の二階にいる一行に、それはおよそ声となって聞こえてくることはなかったが、読唇術で男が何と言ったかを読み取ったカカシたちは瞠目する。
僅かに目を開いた名前が、男のことを振り返る。
しかしその顔には、ナルトたちほどの動揺は浮かんでいなかった。


「──北の外れの丘にて待つ」


男は再び口を開くと、そして瞬身の術でその場を去った。
名前は冷静そのものの表情で暫しその場を見つめていたが、やがて少し眉根を寄せると路地裏に入り、壁を駆け上ると、屋根を蹴って走り出した──北に向かって。











来たな──と、男が言う。
どこか冷たい風が吹く中、男は満足そうに両腕を広げた。


「安心したよ。やはり約束は忘れられていなかったようだ」
「いや・・・・・・」


実際──と私は思う。


(忘れたとは言わせない、なんて言われたら、素直に忘れてましたなんて言えないよ・・・・・・!)


──本当に失礼なんだけど、誰だっけ、この人。
交わした約束どころか、会ったことすら思い出せないよ・・・・・・申し訳ない。
でも暁にいた頃は、身心共に色々と余裕がなかったから・・・・・・なんて、忘れられた方からしたらただの言い訳だよね。


里の大通りですれ違いざまにこの人から話しかけられたのだが、いかんせん掛けられた言葉に心当たりがまるでない。
呆気に取られて、何も言えずにいる間に姿を消してしまったこの人のことをなんとか思い出してみようと眉根を寄せて考え込んではみたものの、思い当たるものは何もなく、私は指定されたこの場所まで来たのだった。


でも、自分の聴力が良くてよかった。
だって北の外れの丘なんて大まかな表現じゃ該当する場所はいくつもあるし、この人の音を追ってこなければ──って、待てよ?
大まかな表現・・・・・・これは使えるかもしれない。
約束、忘れてました──ということを婉曲に伝えるんだ!


私は男性に目を向ける。


「約束を交わした覚えはありません」


──いや、やっぱり駄目だなこれ。
素直に謝ろうと口を開き掛けたとき、男が感心したように目を開いた。


「なんと。その瞳で見る膨大な歴史に呑まれ、てっきり忘れているかと思いきや、本当に覚えていたとはな」
「・・・・・・」
「確かに約束は交わしていなかったな。お前の了承は得ていないのだから。だが確かに私は言ったぞ。お前を私の奴隷にしてやる──とな」


その言葉に、脳裏で記憶が蘇る。
ぼろぼろの姿で逃げていく男は、しかし私に向かって捨て台詞を吐いていて。

「覚えていろ!いつかお前を私の奴隷にしてやるからな!」


ああ、そうだ、確かにこの男だ。
この言葉の他に、到底信じられないようなことを言っていたから、本気に捉えてなくて忘れていたんだ。
えっと、確か──。


「お前を一生飼ってやる・・・・・・でしたか?」


男の唇がつり上がる。


「よく覚えていたな。やはり嬉しかったからか?」
「冗談はいいです。そろそろ本音で話してください」


私の面倒を見てやる、そして一生飼ってやる──と数年前、この男は言った。
奴隷にするというその狙いはまず間違いなく時空眼だろうが、それにしたって私を一生面倒見るだなんて、そんなことありえない。


先を促せば、男は肩を竦める。


「冗談ではないのだがな・・・・・・まあ真実でもないが」
「冗談じゃ、ない・・・・・・?」
「ああ。──お前を私の嫁にしてやる」


言葉をなくす私に男は、感動で言葉もないか、と笑う。
私は眉を顰めた。


冗談じゃない、だと・・・・・・?
だとしたら到底信じられないけれど、私を嫁にするというこの言葉も真実・・・・・・はっ!ま、まさか偽装結婚というやつか!?
いったいどうして、そんなことを・・・・・・それにたとえ偽装にしたって、私をその相手に選ぶなんて。
この人の事情はよく分からないけれど、何かに追いつめられて、頭が可笑しくなってしまってるとしか思えない。


私は痛ましげに彼を見つめると、慎重に言った。


「あなたの要求を呑むことは・・・・・・できません」
「・・・・・・何?」
「それはあなたの幸せには決して繋がらない」


私の言葉を男は鼻で笑う。


「随分とお優しい言葉だな。だが気にするのは私のことか?このことにより救われるのは自分だということに気付いてないのか?」


怪訝に思って眉を顰めれば、男は唇で弧を描いた。


「私はお前の秘密を知っている」
「──秘密」
「お前は里の皆に受け入れられ再び木ノ葉隠れに戻ったが、暁にいたときのことを全て包み隠さず話しているというわけではないのだろう?」
「それは・・・・・・」


その言葉は間違ってはいないので、私は閉口する。


だけど、暁にいたころ・・・・・・私の秘密・・・・・・いったい何を──?


考えながら、この男に初めて会ったときのことを思い起こす。


確かあのとき、私はサソリさんとデイダラさんのコンビと行動していた。
二人に森で待っていてもらう間、私は近くの町で買い出しをして、そうして戻った頃にこの男を含む複数人からの襲撃を受けた。
デイダラさんと同じ岩隠れの抜け忍で、知り合いだったらしく、戦闘自体は苛烈なものではなかったものの、騒がしい口論が繰り広げられていた記憶がある。
まあ私は木の上にいたし、最初からほとんど蚊帳の外──って、待てよ?
そうだ私は木の上にいた・・・・・・それは何故かと言えば、芸術コンビの二人の様子を眺めていたからで──はっ!も、もしかして、にやけている顔を見られていたのか!?
他に誰もいない木の上であったとしても、咳をし口元を手で覆って気をつけてはいたけれど、不完全だった可能性は考えられる・・・・・・。
──それがこの男が知る、私の秘密・・・・・・。


「私の要求を断るというのであれば、お前の秘密を仲間たちに教えてやろう」
「──!それは・・・・・・」

眉を下げれば、男はにやりと笑う。


「ああ、そうだ。そんなことをすれば、里の者たちはお前を畏怖し、果てには今度は里の方からお前を追放するだろう」
「畏怖・・・・・・追放・・・・・・」
「そうならないために、お前を嫁に貰ってやると言っているのだ。婚姻となれば、穏便に里を抜けられるだろう?」


男は言って、さあ、と私に手を差し伸べる。
私はその掌と、男の顔を見比べた。
やがて首を横に振る。
男は不可解そうに眉を上げた。


「何故だ?どうして手を取らない!」
「その秘密を知って尚、私を嫁にしようとするなんて、あなたには何か並々ならない事情があるんでしょう。・・・・・・私にできることなら、力になりたいと思います。だけどそれは──できない」


私は手を握りしめる。


「胸を張って言えるようなことでないことは分かっていましたが、あなたに言われて、やはりそうかと再確認させられました。まさか畏怖の念まで抱かれるものとは思ってませんでしたけど・・・・・・いや、それも、ただ目を逸らしていただけなのかもしれません。──とにかく、そうであれば、里の皆は元より、あなたの傍にもいられません。私は誰の傍にもいてはいけない」


でも──と私はきつく眉根を寄せた。


(それでも里を、抜けたくない。皆の傍にいたい・・・・・・!)


それに・・・・・・昔は確かに、皆の傍にいたいと思う理由は、皆の物語が見たいという気持ちがその多くを占めていたのかもしれない。
だけど今は違う。
それだけじゃないんだ。
教えてもらった。
大切に想ってもらっていることを──大切だと想う気持ちを。


「──これから夫婦になる故、乱暴にはしたくなかったのだがな・・・・・・」


不穏な言葉に、顔を上げると男を見据える。
男の伸ばされた手が視界を覆った。


「だが仕方がない。夫婦というものは喧嘩を繰り返し仲を深めるものだからな・・・・・・!!」


──しかし、男の手は私に届かなかった。
男の腕を掴む強い力──靡く銀色。


「お前は、コピー忍者のカカシ・・・・・・!?」


──と、驚愕する男をカカシ先生は目にも止まらぬ早さで倒した。
確かにこの人、決して強いわけじゃなかったもんね・・・・・・と、過去デイダラさんにもやられていたときのことを思い出していた私は、しかしはっとするとカカシ先生を見上げた。


「カカシ、先生・・・・・・」
「・・・・・・」
「どうして・・・・・・いつからここに?」


この場所に着いたときは、男の他に仲間がいないか気配を探りはしたが、そのときは感じられなかった。

私は目を落とす。


「いつから・・・・・・話を?」
「・・・・・・こいつが名前のことを嫁にするとかほざいていたあたりからかな」
「ほざ──」


結構な言葉遣いに、珍しい、と私は目を丸くするが、すぐにうなだれた。


(ということは、私に秘密があるという話も・・・・・・)


すると頭に優しく手が押かれて、私は目を開いた。
顔を上げれば、いつものように優しく頭を撫でてくれる。


「暁にいたときのことも、そうじゃないときのことも、俺たちに話していない事情があることについて、あまり口酸っぱく言うつもりはないよ」
「え──」
「仲間や里の脅威になるもの、危険性があるものについては、名前は全部、話してくれたでしょ。ま、嫌な思いをするのが名前だけのものとかは、まだ全部聞けてないのかなとは思ってたけど。でも、俺たちに告げることで名前が辛い思いをするのであれば、無理に言う必要は、ないんだよ。名前に危険が降りかかるんなら、話はまた別だけどね」
「カカシ先生・・・・・・」


温かい言葉に胸がいっぱいになって、私はカカシ先生を見詰めた。
先生は目を細めると、優しく私を抱きしめる。
──この温もりと、力強い腕の中に抱かれると、ひどく安心する。


「どんな過去があったとしても、どんな秘密を持っていたとしても、俺たちは名前のことが大好きだよ」
「──!先生・・・・・・」


カカシ先生のベストを握りしめれば、抱きしめる力が強くなる。


「それに、話を聞いてなくても、分かることならあるよ」
「分かる、こと・・・・・・?」
「どんなことだとしても、名前が俺たちのためを思ってしてくれてる、っていうこと」
「──!」
「ま、だから万事オッケーかと言われれば、さすがにそうとは言えないんだけど」


先生は苦笑するように笑って言うと、でも、と優しく続ける。


「名前の心根が優しいことは、皆知ってるし、間違いじゃない。・・・・・・そうだろ?」
「優しい・・・・・・」
「名前はすごく、優しい子でしょ。優しすぎて心配になるくらい」


私は先生の言葉に小さく笑うと、しかしすぐにその笑みを萎れさせた。
逡巡した後、意を決してぽつりと呟く。


「優しいだけじゃ、ないんです」
「・・・・・・」
「私は・・・・・・う、後ろ暗いものも、持ってます」
「・・・・・・そっか」
「はい・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「えっ、そ、それだけですか?」


目を丸くしてカカシ先生を見上げれば、先生も首を傾げた。


「まあ今のだけじゃ、詳しいことは分からないけど──でもそれが何なの?」
「な、何なのって」
「後ろ暗い何かなんて、誰でも皆一つや二つは持ってるでしょ。俺だって、名前は気づいてないだろうけど、色々あるんだよ」


にこりと笑う先生に、私は瞬く。
先生は、俺はね、名前、と言うと、


「淀みなんて一つもない清廉な心も素晴らしいものだと思うけど、何を抱えていたとしたって、自分の信念に従い行動できることもまた、尊いものだと思うよ」


私は黙すると目を閉じる。
カカシ先生の言葉が、胸に染み入ってくる。


「それとも名前は、何か疾しいものを抱えた俺だと嫌?」


私は慌てて顔を上げると首を横に振った。


「いえ、どんなカカシ先生だって──」


言い掛けて、気が付く。
先生はにこりと笑った。


「なら、名前だって同じだよ」


感動で胸がいっぱいになる。
やがて私は大きく頷いた。


「はい──はい!」


笑うと頭を撫でてくれる先生を見上げる。


「ありがとうございます。カカシ先生、大好きです」
「・・・・・・うん、俺も、大好きだよ、名前」


優しく微笑った先生に、なぜだか鼓動が速まり、胸のあたりに痛みが走る。
首を傾げて胸を押さえれば、カカシ先生は私の肩を掴んだ。


「どうした?まさか、そんな素振りはなかったが、こいつに何か?」
「いえ、大丈夫です。何もされてません」
「それなら、具合が悪いのか?」
「違う・・・・・・と思います。すみません、自分のことなのに。よく分からないんですけど、なんだか・・・・・・」


私はそう言うとカカシ先生を見上げて、さらに首を捻った。
心配そうに眉を下げていた先生は、そして何かに気づいたように目を開くと、強く私を抱きしめてきた。


「カ、カカシ先生?どうしたんですか?」
「・・・・・・名前、俺、もう少しペース上げるね」
「ペース、ですか?」
「うん。じゃないと──名前がまだそれが何なのか分からないうちに、どうにかしちゃいそうになっちゃうからね」











──笑うカカシと、首を傾げる名前の二人から少し離れた茂みの中で、サスケはため息と共に言った。


「だから言っただろ。あいつにアドバイスなんか、必要ない」
「驚いた。カカシ先生って、名前と二人になるとまた違うのね」
「分かる、サクラちゃんそれすっげえ分かるってばよ。任務のときとはまた違うんだけど、なんかこう、とにかくすげー頼もしいってばよ」


ナルトは言うと、二人の姿を見つめて、明るく笑った。


「でもやっぱり、いいよな。カカシ先生と名前がああやって、さらに幸せになるの」
「ナルト・・・・・・うん、そうよね」


サスケは鼻を鳴らすと、ともかく、と言う。


「そろそろあの男の回収だ。聞かなければならないことがあるし、それにカカシの奴、俺たちのこと忘れかけてるだろ、あれ」
「邪魔しちゃ悪い気もするけど、確かに今は、あの男をとっちめてやる方が先ね!」
「だな!行くってばよ、サスケ、サクラちゃん!」




200211