舞台上の観客 | ナノ
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「#お仕置き」のBL小説を読む
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木ノ葉隠れが所有する演習場の一つの片隅にて、私は綺麗なお姉さんに壁ドン──いや、木ドン?されていた。
戸惑いながらもお姉さんを見上げると、お姉さんは見定めるような目で私を見下ろす。


「あなたがカカシの今の恋人?」
「──えっ!?」


予期せぬ人物の名前を出されて驚く。
しかしそんな私に構わずお姉さんはずいと顔を寄せると、ふうん、と興味なさげに呟いて体を離した。
腕を組んで、難しそうな表情をして、首を傾げる。


「カカシ、趣味変わった?」


私は瞬く。
このお姉さんと出会ってから今までのことはどれもすべて分からないことだらけだった。


立て込んでいた任務に片が付いたのは今日のほぼ早朝で。
家に帰った私は体を綺麗にすると一眠りし、目覚めたのは夕方、家を開けていたため空になっていた冷蔵庫の中身を揃えようと大通を歩いていた。
そんなときだ。お姉さんに唐突に腕を掴まれたのは。


「琥珀色の目と髪──あなたがもしかして名字名前?」


瞬きながらも首肯すれば、お姉さんは目をきつくさせると、着いてきて、と言って中々の力で私の腕を握りながら、そしてこの演習場まで連れてきた。
お姉さんはどうやら忍ではなく一般人のようで、だから振り解こうと思えば簡単にできたのだが、だからこそすぐに警戒する必要性が見当たらなかったのだ。


私は、あの、と口を開く。


「カカシ先生のお知り合いですか?」


お姉さんは、先生、と虚を突かれたような顔をしたが、すぐに唇で弧を描いた。


「そうね・・・・・・まあ、元恋人ってところかしら」
「──」
「そして復縁するの」
「ふくえん」
「カカシは返してもらうわ」


ふくえん──と、私は再び呟いて、そしてやっと事態を把握でき驚いた。


「復縁!?」


さ、さすがカカシ先生だ!
こんなに美人な元恋人さんがいただなんて。
それに別れた後も復縁を迫られるとは、やっぱりカカシ先生の魅力は人を惹きつけてやまな──なんて言ってる場合じゃなかった!
いくら、なぜだか最近鈍い鈍いと言われる私でも、さすがに分かる。
これは──宣戦布告だ!


私はぐっと拳を握るとお姉さんを見上げた。


「それはできません」
「・・・・・・」
「駄目です」
「駄目、ねえ。可愛い牽制ね」
「・・・・・・いまカカシ先生と付き合ってるのは──あの、信じられない気持ちはよく分かるんですけど──私です。だから」
「でも、カカシは本当にあなたのこと、好きなの?」
「えっ」
「カカシはあなたに好きだと言ってくれる?」
「あの・・・・・・はい」


頬を掻きながら答えれば、なぜだか聞いてきた本人なのに今度はお姉さんが、えっと驚いた。


「好きって言われるのかを聞いたのよ?あなたが言うんじゃなくて、カカシが言うのかを聞いてるの」
「えっと、そうです」
「何回?」
「えっ?」
「何回言われたのか聞いてるの!」
「わ、分かりません。数えたことがないですから」
「数える・・・・・・」


「──好きだよ、名前。俺は名前が、大好き」


脳裏をよぎるのは、カカシ先生の優しくて甘い声。
思い出しただけで胸が甘く痛んで、頬が軽く熱くなる。


「そう・・・・・・そうなの」


するとどこか放心状態のようだったお姉さんはそう呟くと、今度は一転して、自信に満ちた顔付きで前髪を掻き上げると、鼻で笑った。


「でも本当に好きなら、そんなに何回も言葉にして伝えられるかしら?普通だったら苦しくなって、言えなくなるものじゃない?」


私は口を噤む。
一理ある──と、思った。


(だって私自身が、そうだから)


対してカカシ先生はいつも余裕だ。
いっぱいいっぱいになっている私に優しく笑って、口付けを落とすと、蕩けるような言葉をくれる。
カカシ先生が私のようになっているところは、そういえば見たことがないかもしれない。


黙り込んだ私に、お姉さんは色づいた唇を吊り上げた。


「ふふ、どうやら思うところがあるみたいね」
「・・・・・・それは・・・・・・」
「まあ、というわけだから」


そう言うと、お姉さんは手を叩く。
それと同時に近くの茂みから男の人が一人、飛び出してきた。


「引っ込んでいてね──名前ちゃん」


にやりと笑ったお姉さん。
飛びかかってくる男の人。
だがこの男性もどうやら一般人らしく、まったく隠せていない気配に最初から気付いていた私は難なくそれを避ける。
男性の体が崖を飛び越え宙に浮く。
忍ではないにしろ、こんなに勢いよく突っ込んできたのだから何かしら対策は取っているんだろうと見ていれば、しかし悲鳴を上げながら落下していく彼に私は慌てる。


ま、まさか考えもなしに突っ込んできたのか!?
そんなに私って弱く見えるかな・・・・・・これでも一応忍なんだけどな。


下は川が流れているものの、その距離は遠く、まともに叩きつけられてしまえば命はない。
私は地面を蹴ると崖から飛び降りた。
「やるじゃない、エン!」という背後のお姉さんの声が遠ざかる。
空中でもがくように手足をばたつかせている彼に近づくと声を上げた。


「落ち着いて!私に体を委ねてください!」
「──!お前・・・・・・!」


重音の術で着地面を作り出したり水面を固くさせたところで、高所からの落下に慣れていない彼は恐らく着地も上手くできず、私が支えたところで、その衝撃に全身を痛めるだろう。


なら──と、私は印を組む。
周囲の空気に圧力を掛け、彼の負担にならない程度に徐々に落下速度を遅くさせていく。
さらに印を組むと掌を、迫ってきている水面に向けた。
すると放たれた衝撃波により水面が割れる。
私は彼の頭を胸に抱え込むようにすると、頭から潜り込むようにして川に落下した。


(結構深くて助かった・・・・・・けど流れも速いな)


私と彼は水面から顔を出す。
彼が必死で酸素を取り込んでいる中、私は周囲を見回した。
どんどん下流に流されていっているが、まだ当分崖地は続いていて、陸へ上がれそうな場所が見当たらない。


「た、助かった──痛っ」
「大丈夫ですか、どこか怪我を?」


呻き声を上げると、再びもがきながら、しかし沈んでいってしまう彼に、私は慌ててチャクラを溜めて水面に座ると彼を引っ張り上げた。
彼は肩で息をしながら、混乱した様子で水面を叩いた。


「あれ、俺、水の上に座ってる?」


そんな彼の体を私は検分していく。
足首に触れたところで、彼は再び声を上げた。
私はそんな彼と、そして周囲を再び見回す。
見えない平地、足首を軽く捻った彼はさらに今、寒さに体を震わせている。


私は水面を叩いた。
水面に乗ったのはそのままに、しかし先程までと異なるのは、まるでいかだで川下りをしていくかのように下流へ流れていくこと。


「えっ──あれっ?」
「とりあえず楽に陸地に上がれるところまで下りましょう。いまのあなたを連れたまま崖地の上まで登ることも、まあできなくはないんですが、足のことも、冷えた体のこともありますし、こちらの方がいいはずです」
「お前・・・・・・」


そうしてやがて平地が見えてきたところで、私は彼に肩を貸すと陸に上がり、岸辺に近い林の中で火を起こした。
濡れた服をいくらか脱がせ、木々に張ったワイヤーに掛けると乾かし、ポーチの中の治療道具で彼の足首を冷やし固定させる。


「私は医療忍術の才能がまるでなくて・・・・・・大したことができなくて、ごめんなさい。でもこのくらいの腫れなら、あと数時間もすれば痛みは引くと思いますよ。自分の足でも歩けるはずです」
「・・・・・・」
「大丈夫ですか?日も落ちてきてしまいましたけど、寒くはないですか?」
「・・・・・・っ、お前」
「はい?」
「っなんなんだよ、お前!いい奴すぎるだろ・・・・・・!俺のことを気遣ってくれるけど、そもそも俺がこうなったのは自業自得だし、さらにはお前を傷つけようとして起こったことなんだぞ!」


ぽかんとしていれば、彼──エンさん、というのだろうか──は目元に浮かんだ涙を拭うと、


「ううっ・・・・・・でもそうだ、俺はお前を傷つけないといけないんだ」
「あの・・・・・・エンさん?」
「名前で呼ぶなよ!親近感が沸いちゃうだろ!」
「あんまり騒ぐと体に障り──」
「もう止めろ!優しくするな!覚悟ーっ!!」


そう叫ぶと腕を振り上げたエンさんは、しかしすぐに地面に突っ伏する。


「やっぱり駄目だ・・・・・・足は痛いし罪悪感で胸も痛くて、到底できない」


名前 の ちから が 5 あがった。
名前 は こんわく を おぼえた。
──なんてやってる場合じゃなかった。


・・・・・・それに、そりゃあ忍としてもまだまだ精進したいけど、私がいま欲しいのは・・・・・・。


悄然とした気持ちになっていた私は、はたと思い当たるとエンさんの隣に腰を下ろして首を傾げた。


「そういえば今更な話なんですが・・・・・・どうして、こんなことを?あのお姉さんに頼まれたんですよね、多分?」
「・・・・・・ああ、そうだよ。俺、あいつに惚れてるんだ」
「ああ、そうなんですか。好きな人のために何かしようと頑張れるのは、素敵なことですよね」
「だから止めろその笑顔ーっ!俺には分かるぞ。お前、それ嫌味で言ってるんじゃないな。本心からそう思ってるんだな。この根っからのお人好し──痛っ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・あの、実はですね、腫れというのは安静にしていた方が早く治るというものでして──」
「それくらいなら忍じゃない俺でも知ってるよ!ごめんね!」


焚き火が爆ぜる。
エンさんは肩を落とすと、ぽつりぽつりと話し始めた。


「だけどあいつ、元の恋人と──って言ってもまあ、話を聞くかぎり恋人っていうか、その場かぎりの──まあそれはいいか、とにかくよりを戻したいって言っててさ」
「・・・・・・それが、カカシ先生ですね」
「ああ、その、カカシっていうの?そいつより強いと認めないって言われたんだ」


私は目を丸くさせる。
それはかなり──なんというか。
カカシ先生は忍の世界でも名の知れた人なのに。
そんな先生より強い人となると、それはきっともう数えるくらいしかいない。


「だけどカカシには今別の恋人がいてさ──まあ、お前のことなんだけど──同じく忍だって言うだろ?だからとりあえずはそいつを倒せるくらいじゃないと話にならないって言われたんだよ」
「それで・・・・・・引っ込んでいてねとは言われましたけど、また物理的な引っ込ませ方をしますね」
「・・・・・・いいよな、お前は」
「え?」
「人の役に立てる力があって。正直、格好良かったよ。それにすごく助かってる。・・・・・・ありがとな」
「そんな、当然のことです」


言えば、エンさんは苦笑するように笑った。
そして、でも、と体を乗り出してくる。


「さっきお前、あいつに色々と言われて黙り込んでたけど、お前でも気に病むこととかあるのか?俺からしたら、さっきも言ったとおり、俺が欲しくてやまない力だって持ってるし、何も不安になることなんてないと思うけどな」


エンさんの言葉に、先程のお姉さんの声が脳裏をよぎる。


「でも本当に好きなら、そんなに何回も言葉にして伝えられるかしら?普通だったら苦しくなって、言えなくなるものじゃない?」


さっき言われたときも思ったけど私は、カカシ先生が必死になっているところ、苦しそうになっているところを見たことがない気がする。
それはやっぱり、先生を必死にさせるくらいの何かが私に足りないから・・・・・・?


迷った末、不安な心に押し出されるようにして私は口を開いた。


「分かると思うんですけど・・・・・・私には魅力や、その・・・・・・色気とか、そういったものがないんです」


膝を抱え込んで目を落とせば、エンさんは目を丸くさせる。


「それがお前の不安要素なのか?」
「・・・・・・」
「色気なぁ、確かにまあ、あいつと比べれば」
「・・・・・・」
「でもお前だって顔は整ってるし、それにほら、お前はどっちかっていうと可愛い系じゃん」
「ありがとうございます・・・・・・でも、いいんですよ。大丈夫です。──すみません、元気ないように見えちゃいましたよね」
「お世辞だと思ってるのか?もしかしてお前、鈍いんじゃないか?どうして不安に思ってるのかは分からないけどさ、それだってお前の勘違いだってこともあるんじゃないかな」


私は瞬くと、もう一度笑ってお礼を言った。
するとエンさんは閃いたように指を鳴らす。
首を傾けると、エンさんは得意げに笑った。


「いいこと思いついた!」
「いいこと?」
「ああ。俺は力が欲しくて、お前は魅力が欲しい、だろ?だからお互いに教え合えばいいんじゃないかな!」
「教え合う、ですか」
「ああ。まあ、俺も教えられるほどの何かは持ってないかもだけど、それでも今の不安そうなお前に何かアドバイスすることはできるはずだぜ」
「エンさん・・・・・・」


照れたようにはにかむエンさんに、温かい気持ちになる。
私は拳を握ると、大きく頷いた。


「修行ですね!ぜひよろしくお願いします!」
「よし、その意気だ!」
「目指せ、脱ひのきの棒・・・・・・!!」
「そうだ、ひのきの──えっ、なんて?」


──そうして先に教える側になったのは私の方だった。
エンさんはいま足を痛めてるから、あくまで上半身に限っての話だったけれど、力の入れ方やいなし方だったりを教えて、はや数十分。
エンさんは、よし、と笑った。


「少しずつだけど、確かに俺、レベルアップしてる気がする!お前教え方上手いな!」
「エンさんの呑み込みが早いんですよ」


言えばエンさんは擽ったそうに笑った。
そして私に向き直る。


「次はお前だな。それで、どうして不安に思うんだ?自分には魅力がない、って」
「えっと・・・・・・あの、好きな人の傍にいると、胸が苦しくなりませんか?それで顔も熱くなって、なんだか頭が上手く働かなくなる」


エンさんは、分かる分かる、と言ってくれると、そして笑った。


「でもお前、本当にそのカカシのことが好きなんだな。あいつもよりを戻したいって言うし、そんなにいい男なのかよ、そいつ」
「はい、すごく素敵な人なんですよ。優しくて、格好良くて、頼りになって、数え切れない魅力に溢れてて・・・・・・だから・・・・・・」


口を噤むと、エンさんは心得たように、なるほどな、と言う。


「だからお前はどきどきするんだけど、カカシはどうやらそうは見えない。だから自分には魅力がないって思ってるのか」
「はい・・・・・・いつも私ばかりがいっぱいいっぱいになっていると思うんです。カカシ先生はいつも余裕があって、優しい」
「それはお前を大事にしてるからじゃないのか?それに男は好きな女の前だと格好つけたいものだろ?しかも年上なら尚更、子供みたいなところは見せられないって思うんじゃないかな」
「エンさん・・・・・・ありがとうございます」
「いや、俺は思ってることを言ってるだけだから」
「それがまた嬉しいです」
「そうか?」
「そうです」


言って私はエンさんと笑い合う。
するとエンさんは唸りながら頬を掻いた。


「エンさん?」
「やっぱりお前の勘違いだと思うんだけどな。本当に今まで一度もないのか?カカシが必死になったこと。一瞬も?」
「・・・・・・そう言われると、実はあやふやで。頭がぼーっとしてきちゃうと、その間のことは正直言ってあまり鮮明には覚えてないんです」
「それってもしかして、本当はカカシもお前と同じようになってるけど、お前がそれを分かってないだけじゃないのか?」


衝撃の見解に私は目を見張る。


「つまり問題は私の攻撃力ではなく防御力にあったという話ですね・・・・・・!なるほど、そういう説も」
「うん?うん、まあ、そういう話か?」


首を傾げていたエンさんは、よし、と手を叩くとずいと私に体を寄せた。


「俺がお前の防御力を計ってやるよ!」
「はい、お願いします!」
「って、いや!もう計ってるから!何これ、結構近付いたのに全然動揺してないじゃん!防御力超強いじゃん!」
「な、なるほど、そういうことでしたか!でも、エンさんはエンさんでカカシ先生じゃないから──」
「そうだけどさ、普通少しくらい動揺してくれてもよくない?そんなに俺って魅力ない?」
「そんなことないです、エンさんだってすごく素敵な人ですよ」


慌てて言って、でも、と私は目を落とす。


「カカシ先生は私にとって特別な人だから。それに・・・・・・魔王なんです」
「えっ、魔王?」
「はい。そして私はまだ最初の大陸を彷徨っている勇者」
「えっ、お前勇者だったの?」


魔王直々に稽古をつけてもらっているというのに、すごく大事にしてもらっているのは分かっているのに、私は全然レベルアップできていない。
もしかしたらひのきの棒からはもう手を離せているのかもしれないが、そうしたところで結局手の中にあるのはせいぜい棍棒くらいだ。


「こんな、ずっと第一章から抜け出せないような勇者なんて、見捨てられても可笑しくない・・・・・・!」
「ごめんさっきから何の話?」


取り乱してしまった自分に気付いて、私は慌てて謝った。
エンさんは、いいけど、と笑うと空を振り仰ぐ。


「もう夜だな」
「そうですね・・・・・・足はどうですか?」
「大分よくなってきたよ。痛みももうほとんどない。・・・・・・あいつ、今頃カカシと会ってんのかな」


私は口を閉じると、そしてはっとした。


待て、待て待てまずい・・・・・・!!
冒険者で勇者が飛躍的に成長する場面は必ずある。
それは悲劇!
近しい者の死や裏切りが、勇者を成長させる。


(カカシ先生──)


脳裏をよぎった嫌な光景に、私は首を横に振る。


(・・・・・・カカシ先生は、そんなことしない)


大丈夫だ、と思うも胸を覆う不安は消えず、不快感に顔を歪めると胸元の服を握りしめた。


「──大丈夫だよ」


すると掛けられた優しい声に、私は目を丸くさせると顔を上げる。
そこではエンさんが明るく笑っていた。


「お前は魅力に溢れてる奴だと、俺は思うよ。きっとカカシもそう──いや、きっともっと思ってる。だからカカシはお前を裏切ったりしない。大丈夫だ」
「エンさん・・・・・・」
「あいつとカカシに上手くいってほしくなくて言ってるんじゃないからな」


感動で胸がいっぱいになって、私はにっこり笑うと、はい、と頷いた。


「──心配で飛んできてみれば、随分いい雰囲気じゃないの」


そのとき背後でそう声がして、私とエンさんは文字通り飛び上がった。
振り返れば、そこに立っていたカカシ先生は私たちを見下ろしていて、焚き火の明かりを受けて顔に落ちた陰影が何とも言えない威圧感を放っている。


「カカシ先生!」
「えっ、こいつがカカシ?」


先生の目がエンさんに向く。
その視線はどこか怖くて、エンさんもまた悲鳴を上げていた。


「ほら見ろやっぱりお前の勘違いじゃんか!カカシ今めちゃくちゃ怒ってんじゃん!」
「か、勘違いしてるのはこの場合私じゃなくてカカシ先生の方です」
「どういうこと?」


カカシ先生の視線に緊張しながら、私はエンさんを庇うようにその前に出る。
エンさんがしがみつくように私の肩を掴んだ。
カカシ先生の眉根がぴくりと寄る。


「私のことを、心配してくれてるんですよね、カカシ先生。ありがとうございます。でも大丈夫です。私はこの人に何もひどいことはされてません」
「いや、勘違いしてるのお前の方だから!これもう心配とかいうレベルのものじゃないから!」
「えーっと、とりあえず・・・・・・エンだっけ、君?──今すぐ名前から離れてくれるかな」


低い声音に、エンさんは半ば悲鳴のような声で返事すると勢いよく後退った。
するとカカシ先生が私の腕を引くと立たせる。
先生は私の体を検分すると、二の腕に走る赤い線に目を留めた。


「ひどいことはされてないって言ったけど、これは?」
「川に落ちたときに、岩で少し。本当に大したことじゃありませんよ」
「・・・・・・こっちの傷は?」


カカシ先生の指が右腕をなぞる。
すると走るぴりりとした痛痒さに目をやれば、そこには赤い指の痕が残り、先は皮が剥けていた──演習場に来るまでの間掴まれていたところだ。


「あいつにやられた?」


見上げれば、カカシ先生は、そう、とだけ言った。
私は恐る恐る先生を窺い見る。


「会ったんですよね・・・・・・?だからここにも来てくれた」
「あいつと会う前から、名前のことは探してたけどね。任務が終わって、やっと会えると思ってたのに、家にもどこにもいないから。それで街の中を探してたらあいつに会って、俺が誘いに乗らないと分かるや否や、聞いてもないのにべらべら喋ってくれたよ」
「そ、それで、どうしたんだよ?」


まだどこか怯えながらも聞いてきたエンさんに先生は、ああ、と言うと親指で後方を示した。


「案内してもらったんだけど、どうやら疲れちゃったみたいでね。あっちの木に寄りかからせて寝てるところだよ」


それを聞いたエンさんは片足を庇うようにしながらも、カカシ先生が示した方向へ走っていった。
それを見送る間もなく、カカシ先生に腕を引かれて抱きしめられる。
僅かに目を見開けば、先生はやがて、ごめん、と言った。


「先生・・・・・・?」


強く抱きしめてくる力と、返ってこない言葉に、私は背伸びをするとその首元に手を回して抱きしめ返す。


「こんなの、傷とも言わないくらいのものです。強がりでも、卑下しているのでも何でもなくて、本当に大丈夫なんですよ」
「・・・・・・でも、嫌な思いをさせたでしょ」


先程までの胸を覆っていた不安を思い出して、私は、あれがそうかと少し悩む。
だけど嫌な思いとはまた違うような気がしたし、何よりあの不安を抱くきっかけになったことは確かだけれど、今回のことがなくてもいずれそうなっていたように思う。


「嫌な思いも、していませんよ」


それに──と言って私は先生から離れると、エンさんが走っていった方向を見やった。


「エンさんって、とてもいい人なんですよ。だから本当に、先生が心配してくれるようなことは何もありません」
「・・・・・・ま、あいつがなんだか憎めない奴だっていうのはなんとなく分かるけどさ。それでも俺は、名前のことが心配なんだよ。俺は名前が好きだし、それに名前は少し無自覚なところがあるからさ」


無自覚という言葉が脳内をぐるぐる回る。
カカシ先生が頭を撫でてくれるが、それが何故だか子供をあやしているもののように思えてしまって──気付いたときにはもう、私はその手を振り払ってしまっていた。
先生が目を見開く。
沈黙が流れて、私は青ざめた。


「ご、めんなさい・・・・・・つい」


振り払われた方の手でカカシ先生は頭を掻く。
まるで逃げ道を探すかのように視線を彷徨わせていれば、先生が口を開いた。


「俺さ、あいつに言われたんだよね」


顔を上げれば、読めない視線を向けてきているカカシ先生と目が合う。


「思ってもない愛の言葉を悪戯に言うのは罪だ、って」
「・・・・・・」
「名前もそういうようなことを言われたの?」
「それは・・・・・・」
「俺が名前に伝えている気持ちは本心じゃないと思ったの?」
「そうじゃ、ないです」
「なら・・・・・・何?」


聞いてくる声音は優しいが、同時に逃れさせてくれないような緊張感も感じる。


「だ、だいじょう──」
「言っとくけど、大丈夫、はもう聞かないからね。だって全然そんなふうには見えないし」


私は落ち込んだ気分で目を落とした。
大丈夫だと言い張るのと、弱音をさらけ出してしまうのと、いったいどちらの方がしっかりしているのだろうかと思う。
そしてそのどちらかしかできない自分が、情けない。


(・・・・・・駄目だ、こんな、弱気じゃ!)


技術もレベルも経験も、何もかも足りないならせめて気持ちだけは強く持つんだ!


頼りない自分を心中で一喝すると、私はカカシ先生を真っ直ぐに見上げる。
僅かに目を開いたカカシ先生に、言った。


「本気で、来て欲しいんです。魔王──じゃなくて、カカシ先生に」
「──本気?」
「はい。──確かに私は、成長するのが遅いです。攻撃力だって防御力だって、まだまだ足りないことは分かってます」


私は、だけど、と手を握りしめる。


「カカシ先生のことが好きな気持ちは、本物です。だ、大好き、です」


だから──と見上げれば、カカシ先生が息を呑んだような気がした。


「カカシ先生も全部ちゃんと、私にください」




20200201