舞台上の観客 | ナノ
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「#甘甘」のBL小説を読む
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「悪いけど、今夜はもう満室なんだよ」
「そこを何とかお願いします!子供の具合が悪くて・・・・・・」


任務地へと向かっていた私とイタチさんは、経由地で宿泊しようとしていた宿の前で足を止めた。
店先では、真っ赤な顔をして寝ている男の子を抱きながら食い下がる母親と、困ったように頭を掻く店主が問答を続けている。
私はそんな二人に向かって口を開き掛けて、しかし思いとどまった。


私たちが今夜取った宿は一部屋だけだ。
イタチさんの今晩の寝床でもあるんだから、私の一存で決めちゃ駄目なんだった。


そろりと隣のイタチさんを窺い見れば、イタチさんは優しく微笑いながらこちらを見ていて、私は目を丸くする。
瞬けば、イタチさんはぽんぽんと私の頭を撫でた。


「俺は野宿でいいが、名前はどうだ」


私はぽかんと口を開くと、そして顔を輝かせた。


「私も野宿で大丈夫です!ありがとうございます、イタチさん」


そうして私たちは予約していた一室を親子に譲り、何度もお礼の言葉をいただいた後、町で食事やお風呂を済ませてから、近くの林の中で野宿することとなった。
熾した火に手を翳しながら、でも本当、と口を開く。


「二人一組の任務なんて、珍しいですよね。しかも私とイタチさんなんて」


特殊任務や暗部での任務などではあることだが、それでもやっぱり珍しい。
言えば、イタチさんは焚き火を眺めたまま、


「依頼主からの要望だからな」
「・・・・・・やっぱり瞳術をお望みなんでしょうか」
「その可能性は高い。だが皆が皆、悪用するため瞳術を欲してるわけじゃないこともまた確かだ。かといって、時空眼はどんな理由であっても使わせないが」


私は、はい、と微笑うと、その言葉を噛みしめた。
イタチさんの目が私を捉える。


「気を張っていろとは言わないが、注意はしておくことだ」
「はい、イタチさん」


頷けば、イタチさんは優しく微笑う。
私は焚き火を眺めると、ぽつりと呟いた。


「こうしていると、昔を思い出しますね」
「ああ。暁にいたときは、野宿が基本だったからな」


笑って頷くと、目を細める。
目を閉じれば、いまでもあのときの笑い声が聞こえてくる気がした。

もう二度と、あの時間が戻ってくることはない。
笑い合ったあの人たちは、いまはもういないから。
思い起こせば懐かしいその思い出を、敢えて口に出そうとは思わない。
思いを馳せれば胸をよぎる寂しさも。


だけど──と、私は胸を押さえる。


自分の胸の内だけなら、いいだろう。
忘れてはいけない、忘れたくないあの記憶は、これからもずっと抱えていく。


「名前」


名前を呼ばれて目を開ければ、イタチさんは優しい眼差しを私に注いでいた。
私も笑んで、首を傾げれば、イタチさんは口角を上げる。


「ところで、いつこちらへ来てくれるんだ?」


私はぽかんとすると、えっ、と声を上げた。
一瞬で顔に熱が昇る。
焚き火を挟んで真正面に座っている自分とイタチさんを見比べて焦っていれば、イタチさんはどこか意地悪そうに笑う。


「最近は慣れてきてくれていたかと思っていたんだが」
「でも、あの・・・・・・いつもは家ですし」
「周囲に誰もいないのは、家でもここでも同じだろう」
「そ、それはそうなんですけど」
「少し肌寒いんだ。暖めてくれないか?」
「えっと・・・・・・あの」


私は言葉に詰まると、逃げ場を探すように周囲を見回した。
ふっと零すように笑ったイタチさんが、腕を広げる。


「名前──おいで」


私は息を呑むと、俯いた。
抗えない魅力に、立ち上がるとイタチさんの方へ寄っていき、その傍に膝を付いた。
けれどどうにも恥ずかしく、俯いていれば、イタチさんは腕を引き、優しく私のことを抱きしめた。
イタチさんが小さく笑う。


「予想以上に熱いな」
「すみません・・・・・・」
「何故謝る?お前を抱いて寝れば、風邪を引かず済みそうだ」
「ま、待ってください。このまま寝るんですか?」
「・・・・・・駄目か?」
「だ──駄目っていうわけじゃ、ないですけど」
「それじゃあ・・・・・・嫌なのか?」


イタチさんが僅かに首を傾げながら私を見つめる。
私は言葉に詰まると、耐えきれなくなり、イタチさんの胸に頭突きするようにして頭を預けた。
恨みがましい声で呟く。


「ずるいですよ、イタチさん・・・・・・私がイタチさんに弱いの、分かってますよね」


イタチさんは軽く声を上げて笑った。


「俺もお前に弱いから、おあいこだな」
「そうでしょうか・・・・・・」
「・・・・・・俺がどれだけお前を愛しているかは、この間しっかりと教えたはずだが」
「この間──」


「俺は別に、自分のものに手を出されて、黙っているような男じゃない」
「誰の目にも触れさせたくないと思うほど、心奪われているものだってある」



脳裏をよぎった光景に、私は息を呑むと慌てて声を上げた。


「とっ、ところで、今日の寝ずの番は私がやります!」
「いや。簡易的なものではあるが、何者かが近づけば分かるよう周囲に仕掛けを作ってある。明日からは本格的に任務が始まる。休んでおけ」
「で、でも」


イタチさんは柔らかく笑うと軽く首を傾げて先を促す。
私は息を吐くと胸を押さえた。


「どきどきして・・・・・・とてもじゃないけど眠れそうにないので」


するとイタチさんも大きく息を吐いた。
私を抱きしめると、髪に顔をうずめて呟く。


「・・・・・・くれぐれも、そんなことは他の奴に言ってくれるなよ」


顔を上げれば、イタチさんは私の額に口付けを落とす。


「大丈夫だ。──ほら。眠れるさ」


イタチさんは私を抱き直すと、自分の胸に私を寄り掛からせた。


「人の鼓動を聞いていると、眠くなってくると言うだろう。体の力を抜いて、少しの間、目を閉じてみろ」


自分の鼓動がうるさくて、イタチさんの鼓動など聞こえそうもなかったが、ひとまず私は大人しく言葉に従い目を閉じてみた。
ぎゅっと目を瞑っていれば、頭上で微かに笑った気配がする。
頭にぽんと手が載ったかと思えば、イタチさんはそのまま優しく髪を撫でてくれた。
私は、ああ、と目元を緩める。


・・・・・・すごく、落ち着く。
それに心地良くて・・・・・・幸せ。


体から次第に力が抜けてくる。
すると微かな鼓動が耳に届いた。
一定の間隔で鳴るその音を聞く度に、意識が深く深くへと落ちていく気がする。


(生きてる・・・・・・)


──イタチさんは、ここにいる。


その存在を確かめようと、イタチさんの背中に腕を回そうとしたが、既に体に力は入らず、指先が柔く服を掴んだだけだった。
薄れゆく意識の中で、額に柔らかい感触が当たった気がした。


「・・・・・・おやすみ、名前」







──私は、イタチさんのことが大好きだ。
イタチさんが命を落とし、この世界のどこにもいなくなってしまったあのとき、私はただひたすらに泣いた。
泣いて、泣いて、涙が枯れ果てると、世界は色を失っていた。


だけどそれでも生きて、生き抜いて、大戦で術を完成させて。
目を覚ませばイタチさんが生き返っていた──私の時空眼で、黄泉の国から連れ戻してしまっていたのだ。


「ごめん・・・・・・なさい」


とんでもないことをしてしまったと思った。
私はイタチさんの忍としての覚悟を覆し、その生命に干渉した。
到底許されることじゃないし、どんな罰だって受ける覚悟だったが、侮蔑の目で見られるかと思うと、体が震えて目の前が真っ暗になった。
どう謝ればいいのか分からなかった。
──でも、何よりも。


「ごめんなさい。ごめんなさい。・・・・・・でも、私──嬉しいんです。何より嬉しいと、思ってしまっている。ごめん、なさ──」


何よりもまず、嬉しいと思った。
イタチさんが生きていることが、この世界に存在していることが、とても幸せだった。
──そしてイタチさんは、そんな私を強く抱きしめてくれた。


それからいくつかの時が経って、恋人としてイタチさんの隣に立つことになったあのとき、私は決めたんだ。
必ずイタチさんを幸せにする──と。
そして願った──できるかぎり、この手を繋いでいたい、と。


──だというのに。


「うちはイタチ様ですね。お待ちしておりました。──ああ、噂以上に見目麗しい御方ですわ」


目の前で、今回の任務の依頼主である女性がイタチさんの腕に抱きつく光景を、私は呆然と見ていたのだった。




20190722