舞台上の観客 | ナノ
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「名前、寝ちゃったわね」


いのの言葉に、シカマルは、ああ、と笑う。
視線の先では名前が木に背を預けて座り目を閉じている。
そしてそんな名前の膝の上にはミライが寝転がり、穏やかな寝息を立てていた。


「ミライの遊びに付き合わせすぎたかな。子供の遊びに付き合うのは、なかなか根気がいるからな」


言ったアスマに、紅も笑う。


「でもミライ、すぐ名前に懐いてたわね。一緒に遊んで一緒に寝て・・・・・・ふふ、可愛いわね」
「疲れてるんすよ」


シカマルは名前の前に来ると膝を付いた。
心地良い風が吹いて、名前の琥珀色の髪が靡く。


「私を探してくれていたから、疲れてたんだよね。・・・・・・ありがとう」


「・・・・・・俺なんかより、ずっと」


するとサクラがシカマルの隣にやってきた。
サクラは難しそうな表情で口を開く。


「シカマル、さっき話そうとして途切れちゃったんだけど」
「ああ、名前の体を診てくれてたときのことだな」
「うん。・・・・・・さっきも言ったけど、完治できないような重大な病は名前の体にはないわ。それは本当」


サクラは、でも、と声に苦渋を滲ませた。


「大事には至らないまでも、大小様々な傷や疲労が多すぎる。里を出て、暁に入って、その後歴史から消えて・・・・・・この子は、名前はいったい、どこで何をしていたの」


シカマルの顔にも苦いものが走る。


「まだ聞きたいことの半分も聞けてねえんだ」
「鉄の国で見つけたんだよね?」


チョウジの問いにシカマルは、ああ、と首肯する。


「ここ最近は鉄の国周辺を旅してた、って名前は言ってた。けど実際、どこにいたって大した変わりはねえんだけどな」


いのが首を傾げた。


「どういうこと?」
「・・・・・・こいつは、名前は基本的に他人大事なんだよ。自分のことに頓着しねえ」


だから──と、シカマルは名前の頬に触れた。


「ちっとも目が離せねえ」


困ったような物言いをしているが、その実シカマルが名前に向ける眼差しはひどく優しい。
サクラといのは顔を見合わせると、名前とミライを起こさないよう小声でシカマルを呼び手招きした。


「シカマル、ちょっと」
「なんだよ」
「いいから、ちょっとこっち来て」


頭を掻きながらやってきたシカマルの胸ぐらを、いのが掴む。


「ちょっとシカマル、あんた肝心なことを私たちに言ってないんじゃないの?」
「・・・・・・めんどくせー」
「シカマルのそれ、久しぶりに聞いたわね──って、今はそんなことどうでもよくて──いのの言うとおり。シカマル、私たちに言ってないことがあるんじゃない?」
「別に言うようなことでもねえだろ」
「でも、恋人同士だったんじゃないの?」
「違ェよ」


二人は同時に、え、と固まる。


「だから言ったろ。話すようなことじゃねえ、って」
「・・・・・・絶対そうなんだと思ってた」
「分かる。あんな顔してるシカマルなんて、私でさえ初めて見たもん」


声を合わせて同意しあう二人を余所に、シカマルは心中で呟いた。


(しょうがねえだろ・・・・・・)


ずっと──と、シカマルは名前に目を向ける。


ずっと、好きだったんだ。


木ノ葉の里にいるときも、名前が抜け忍となり暁に入ってからも、大戦が開戦してからも。
ずっとずっと、好きだった。


里を抜ける前、名前の様子がいつもと違うことには気づいていた。
違和感を感じていた。
けれど里抜けを防ぐことはできず、名前は抜け忍となり、それどころか暁の一員となってしまった。
完全に見抜けなかった自分が、名前が相談しようと思えなかった頼りない自分が、心底腹立たしかった。


そしてあの日──名前がアスマの胸にクナイを突き立てたあのとき、頭が可笑しくなるかと思った。
信じられない光景は寝ても覚めても頭を離れず、行き場のない憎しみや悲しみが体の中を渦巻いて、死にそうなほど辛かった。
しかしアスマは生きていて、それどころかアスマを死に追いやったかのように見えていた名前が、結果的にはアスマのことを助けていた。
そのことが分かったとき、名前が何も変わっていなかったんだと知ったとき──どれほど、愛しかったか。
今すぐこの腕の中に閉じ込めて、二度と離したくなかった。


けれど結果的に大戦が始まり、名前は死者の息を吹き返させると、世界から姿を消した──シカマルの記憶からも。
しかし何の因果かシカマルは名前の記憶を取り戻し、旅の果てにようやく見つけた。


そんな──と、シカマルは名前の手を取る。


そんな存在がいまここにいて、愛しく思わないはずがない。







鈴虫がどこかで鳴いている。
目を開ければ、見慣れぬ天井が目に入った。
ぼうっと眺めて、すぐに思い出す。
ここは奈良家の邸宅だ。


あの後ナルトたちと別れた私は、奈良家にお邪魔することになった。
宿代程度のお金はある、と再会したときに言った言葉を再度伝えてはみたのだが、シカマルはそれを許してはくれなかった。
その優しい言葉に甘えさせてもらい、シカクさんとヨシノさんの手厚い歓迎を受けた私は、明日に備え早々に休ませてもらうことにした。
そもそも木ノ葉に着いた時間がそれなりに遅く、またオビトさんが今日は不在のようなので、写輪眼に時空眼で作用を掛けてみるという試みは明日行うことになったのだ。


私は顔を傾けると、障子から差し込む月の光に目を向ける。
起き上がると歩いていって障子を開ける。
中庭の池には満月が鎮座していた。
私は縁側に腰掛けると測柱に左肩を預け、夜空を見上げた。


「──眠れねえのか」


それからいったいどのくらいの間、ただぼうっと月を眺めていたんだろう。
廊下の向こうからやってきたシカマルが、私の隣に腰を下ろした。


「ミライとお昼寝したからかな」
「ちょっとだけだろ」


笑った私に、シカマルも笑い含みに言う。


「そうなんだけど。それにしても可愛かったなぁ、ミライ。紅先生に似て絶対美人になるよね」
「まあ、アスマに似なくてよかったな」
「でも女の子は父親に似ると美人になるとも言うしね。それにアスマ先生に似てもきっととても素敵になるよ。将来が楽しみだね」
「ああ、そうだな。俺はあいつの成長を見守っていく」


言うとシカマルは私に視線を向けた。


「名前、お前も一緒にだ」
「私も・・・・・・?」
「ああ。お前、逃げようとしただろ。さっき広場で、アスマたち三人が来たとき」


脳裏に蘇るのは、後退る自分の足。


「泣いて場の雰囲気を壊すのが嫌だから逃げようとしたようには見えなかった。自分が近付いてはいけないから逃げる・・・・・・そういう風に見えた」


私はシカマルを見返す。
逃してくれそうにない真剣な眼差しを受けて、困ったように笑った。


「やっぱりシカマルはすごいね」
「お前な──」
「って言っても、全部が全部思ってるわけじゃないし、確信を持ってるわけでもないんだよ。ただ自分の中に少し、曖昧だけどそうした考えがあるだけで」


私は膝の上の自分の掌に目を落とした。


「多分、大戦であの術を完成させた後からだったかな・・・・・・私は生命を蘇らせて、そして世界から存在を消した。時空眼のこと、私の一族に関わることを知るのは世界でたった一人になった」
「・・・・・・ああ」
「時空眼に関わる歴史が、すべて悲しいものや辛いものだったとは思わない。確かにこの瞳術は人々の生き死にに多く関わってきたけど、幸せな思い出もたくさんあるから」


私は、でも、と手を握りしめた。


「悲しみがあれば喜びがあるように、幸せがあれば不幸がある。それらは表裏一体だと、私は思ってる。誰より歴史を知ってる私は、その分色々なものを持ってる気がする。・・・・・・だから、あんな幸せなところに私がいれば、それを汚してしまいそうな気がして怖かった」
「・・・・・・あの幸せな光景を現実にしたのはお前だ」


私は、はっとして顔を上げた。
シカマルが私の手を握る。


「過去のあのとき、幸せな未来を守ったのは名前、お前なんだ。なのにその望んだ未来を見られないなんて、あるかよ」


私は黙ってシカマルの話に耳を傾ける。
シカマルは、それに、と続けた。


「お前の言うことも、分からないでもねえ。確かに幸せがあれば、不幸がある。でもよ名前、お前はもう十分すぎるほどそれらを受けてきたじゃねえか」
「──!!」
「あの光景をお前が幸せだって言うんなら、それは今後不幸が起こることの前触れなんかじゃねえ。今までお前が苦労してきた努力の証だ。掴み取った成果だ」
「シカマル・・・・・・」
「表裏一体だって言うんなら、楽しいことや嬉しいこと──幸せからも、逃げんじゃねえよ」


私は僅かに瞠目すると、そして目を閉じた。
心中でシカマルの言葉を噛みしめる。


「・・・・・・シカマル、ありがとう。今のことだけじゃなくて、今までのことも全部」
「今までのこと、って」
「私ね、今日、もっと辛い思いをするのかなと思ってたの」


私は、もちろん、と微苦笑する。


「私のことを覚えていない皆と接するのは辛かった。でも不思議と、想像してたよりもずっとずっと平気だった」


私はシカマルの目を見つめて笑った。


「それはきっと、皆と初めて会ったような気がしなかったから。皆は私のことを当然覚えてはいなかったけれど、でも私のことを知っていた。名前を呼んでくれた。傷つかないよう気遣ってくれた。・・・・・・それは全部、シカマルのおかげ」


だから、ありがとう──と、私は笑った。
するとシカマルは私の腕を引いた。
抱きしめられて、私は瞬く。


「手が震えるなら握ってる。涙が出るなら、俺が拭う。不安で潰れちまいそうなら、抱きしめててやるから」


「ど、どうしたの?不安そうに見えた?」


聞けばシカマルは小さく笑った。
抱きしめてくれる腕は、暫く解かれることはなかった。










明けて翌日の朝、私はシカマルと共に火影邸を訪れた。
火影室に入れば揃っていたのは、昨日と同じカカシ班とアスマ班の面々と、それに今や六代目火影となったカカシ先生に、その補佐役のオビトさん。
私はシカマルに促されると、オビトさんの前に立つ。


「ご協力いただき、ありがとうございます。決してオビトさんの体に異変なんかは生じさせませんので、安心してください」
「ああ、大丈夫大丈夫。オビトの心配は不要だよ。こいつ無駄に頑丈だから」
「おいカカシ、無駄とはなんだ」
「それより君は自分の心配をするべきだよ。時空眼って、使うとかなり体に負担が掛かるって聞いたけど」
「無視か!」


カカシ先生とオビトさんのやりとりに私はくすくすと笑う。
大丈夫です、と答えると、オビトさんを見上げた。


「いいですか」
「構わない。最初話を聞いたときはどうしたものかと思ったが、俺には、こいつの頭が可笑しくなったようには思えないんでな」


言われてシカマルは、そりゃどうも、と小さく笑う。
そして私を見て頷いた。
私も頷き返すとオビトさんに向き直って、そして時空眼を開眼した。


(──時空眼!!)


変化した瞳の色に、皆が僅かにざわめく。
私はオビトさんの頭に両手を翳した。
失われた私の記憶を探す。


(──見つけた!!)


やがて引っかかるような感触を得て、私は目を見開いた。
失われた私の記憶が、確かにここにある。
──何を言ってるのか分からないと思うが、私もよくは分かっていない。
ただ確かに感じるんだ。
時空眼が反応してる。


「見つけました。今から、消えた記憶を巻き戻します」


私は右目を閉じた。
巻き戻しの作用を掛けていく。


──これで。


一度は閉じた蕾が再び花開いていくのを確かに感じる。
開いたもう一方の目を涙の膜が覆った。


──これで記憶が、蘇る・・・・・・!!


手に力を込めたときだった──眼に弾かれたような衝撃が走った。
突然の痛みに、私は目元を押さえると踏鞴を踏む。


「おい!」


私に手を伸ばし掛けたオビトさんが、驚いたように私の後方に目を向ける。
どうしたのかと振り返って、私は驚愕した。
そこではシカマルが心臓を押さえうずくまっていたのだ。


「シカマル!!」


私はシカマルの傍に駆け寄ると膝を折って、その顔を覗き込んだ。
苦悶の表情を浮かべていたシカマルは、しかし私に気づくと笑ってみせる。


「悪い、ちょっと具合が、悪くてよ・・・・・・それよりお前は──」
「私のことなんてどうでもいいよ・・・・・・!本当に具合が悪いだけなの?」
「シカマル、ちょっと診せて」


言ったサクラに、しかしシカマルは問題ないとでも言いたげに手を挙げた。


「俺は大丈夫だ。それより問題は、時空眼だ」


強い光をその目に灯し、まっすぐにこちらを見てくるシカマルに、私は戸惑いながらも口を開く。


「・・・・・・巻き戻しの作用を掛けてる途中、眼に痛みが走って、術を中断せざるを得なかった。オビトさんは大丈夫でしたか?」
「ああ。俺は何ともない」
「名前も、大丈夫?」


サクラに聞かれて、私は笑みを作ると首肯する。
だけど──と、眉を顰めた。


「気になるのは痛みよりも、もっと別にあるっていうか・・・・・・」
「別?」


私はカカシ先生に、はい、と頷くと、


「うまく言えないんですけど・・・・・・痛みを我慢すれば続けれられたかと言われれば、そうじゃないような気がするんです。なんていうかこう、拒絶のようなものを感じました」


そんな、と声を上げたのはチョウジだ。


「それじゃあ記憶を巻き戻すことはできないってこと?」
「まだそうと決まったわけじゃねえ」
「シカマル」
「それに、仮に時空眼で巻き戻すことが不可能だったとしても、対策が尽きたわけじゃねえんだ。方法はまだいくらでもある」


シカマルの言葉を受けて、ナルトが拳を握り、皆が対応を議論していく。
そんな中、私は一人、シカマルから目が離せなかった。
心臓を押さえ僅かに眉根を寄せるシカマルのことを、怪訝に思って見つめていた。





20190715