舞台上の観客 | ナノ
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
「なんだってばよ、あれ……!」


駆けてきたナルトたちが同じように上空を振り仰ぐと、驚愕の声を上げた。


「時空間の類か……?」


波打つ紗を訝しげに見やるオビトさんに、私は頷いた。


「そうかもしれません。いまあそこには、膨大な量の時間エネルギーがある」


言って私は瞼に触れる。
時空眼が時たまに疼いていた理由は、あの時間エネルギーに反応していたからだったんだ。
確かにあの紗のような何かをいままでにも何度か認めていたけど、どうして時空眼を持たないナルトたちも見えるほどに──と、そこまで思って私はベノウを振り返った。
拘束されているベノウは、しかし私と目が合うとにやりと笑う。
私はベノウの元へ歩み寄ると問いかけた。


「あれはお前が時空眼を無理矢理使ったことによって生まれたものだな」


ただ笑うベノウを私は睨む。


「なら分かっていたはずだ。どんどん大きくなる時空の歪みを、生み出したお前なら感知していたはずなのに、どうして止めなかったんだ!」


ベノウが時空眼を無理矢理に使うことで生じた歪みが、また別の歪みを生じさせていったんだろう。
そうして生じた波紋で繋がっていた歪みが集積されて、いまは一つの大きな渦になっている。


皆の中に私の記憶の欠片が戻っていたのも、これが原因だったんだ。
閉じられていた扉が歪みによってこじ開けられ、その向こうにある失われた記憶が僅かに漏れ出てしまっている。


また、響遁というか聴力が普段より落ちていたのも、きっとこれが原因だろう。
無意識のうちに、歪みを捉える時空眼の方へと反応がいっていた。
だから私もベノウも、皆が近付いてきていたことに気付かなかったんだ。


「あれはいまにも暴発しそうだけれど、そうなってしまえば世界がただじゃ済まないことくらい分かるだろう」
「ああ、分かる。が、いったいそれが何だと言う?」
「──!」
「世界がどうなろうと、俺は時空眼で自分の体を止められる。だから俺には関係ない」


ベノウはにやりと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
駆けてきたサクラが侮蔑に顔を歪ませる。


「こいつ、本物のクズね」


私は手を握りしめた。
目を閉じれば、上空の膨大なエネルギーが蠢いているのを確かに感じる。


……巻き戻すしかない。
ベノウが生じさせてしまった歪みを、元の正常なところまで巻き戻すんだ。
このままいけば、あの渦は周囲のものすべてを巻き込み、そしていつか弾けるだろう。
けれど巻き込まれてしまったものがどうなるのか、そして弾き出されたエネルギーがいったい何を引き起こしてしまうのかは想像もつかない。


私は目を開けると、両掌に目を落とした。


あの歪みを巻き戻せば、いままで起きていた現象もきっと巻き戻る──戻っていた私の記憶の欠片も、また皆の中から消えるだろう。
いや、それとももしかしたら、あの歪みが生じてからいままでのことすべてが消え去る可能性だってあるのかもしれない。


「……名前、どうしたの?」


するとサクラにそう声を掛けられて、私は彼女を見詰めた。
不安そうな目を向けてきているサクラに、私はにっこりと笑う。
そしてベノウに向き直ると、時空眼を開眼して右眼を閉じた。
はっとしたベノウが目に見えて狼狽える。


「やめろ、何をするんだ──やめろ……!!」


拘束されたままのベノウに、自らの両腕を確認することはできないが、二つの瞳術がだんだんと巻き戻され、そして完全に消え去ったことが分かったのだろう。
放心したようにただ私を見るベノウを余所に、私は立ち上がると皆に向かって頭を下げる。


「助けてくれて、ありがとうございました。皆がいなかったら、ベノウから瞳術を引き剥がすのにもっと時間が掛かってしまっていたと思います」
「お前がここへ一人で勝手に来た件はまだ帳消しになどなっていないが、いまはそれよりまだ片付けるべき問題がある。礼を言うにはまだ早いんじゃないか?」


サスケに問われて、私は首を横に振った。


「上空の渦については、大丈夫。私ならあれを元に戻すことができるから」


訝しげに眉根を寄せるサスケに、私は続けて、


「あの大きな歪みは、ベノウが時空眼を無理矢理に使うことで生じてしまったものなんだ。だから私が持つ時空眼なら、あれを元に戻せる。逆に言えば、時空眼以外であたろうとすれば危険がある可能性が高い。だから皆にはできるだけ離れていて欲しいんだ」


言って周囲を見回したけれど、誰もが、納得できないというような表情を浮かべている。
じっと見詰めてきているナルトに、私はにっこりと笑った。


「大丈夫だよ、絶対に、失敗なんてしないから。この世界を、壊させなんてしない」
「……その世界に、お前はちゃんと含まれてるのかってばよ」


ナルトの言葉に、私は瞠目した。
眉を下げると切なく笑う。


「皆はやっぱり優しいね」
「優しいのは、名前の方でしょ」


カカシ先生にそう言われて、私は苦笑するように笑った。


「……私のことなんて、どうでもいいんですよ」
「嘘だ」


きっぱりと断定したサスケに、私は目を丸くさせる。
しかしサスケが呻きながらこめかみを押さえたのを見て、はっとした。


「確かにお前は昔、自分が周りからどう思われているかを知らない、いや勘違いしていたウスラトンカチだった。だけどいまはそうじゃないはずだ。なのに──クソ、頭が……!」
「サスケ──」
「なのにどうしてそうやって笑うんだ……!」


時空の歪みはいまこうしている間にも大きくなっている。
それに伴い、閉じられている扉が更に開けられ、時空眼に関する記憶がより戻ってきているんだろう。

苦痛に顔を歪めるサスケに、私は手を握りしめた。


「うん……もう、分かってるよ。──皆が教えてくれた。私が皆を想うように、私もまた、皆に想ってもらえること」
「だったら……!」
「でもね」


でも──と、私は皆を見回した。
かけがえのない、大切な人たち。


「やっぱり思っちゃうんだよ。私のことなんてどうでもいい、って。自分のことなんてどうでもよくなるくらい、皆のことが大切だから」


場に沈黙が降りた。
皆が何か信じられないものを見る目で私を凝視している。
サクラが呆然と言った。


「待って、それじゃあ、ベノウに狙われていた名前の大切な人たちって。記憶が、消えているのって」


そのとき再び地面が揺れて、私たちはよろめいた。
私は上空を振り仰ぐと、急いて言う。


「もう時間がない。私は行きます。皆は絶対離れていてくださいね。とは言っても──」


言いさして、私は口を噤んだ。
歪みがあるのは空の上だから、来れる人はいないだろうけれど──そう言おうとしていた。
私は我愛羅に目をやった。
こめかみを押さえ苦痛に顔を歪ませている我愛羅を見詰めて、軽く首を振る。


「……とは言っても、いまあそこには膨大の量のエネルギーがあるから、私以外に近付くことはできないと思うので、大丈夫だとは思いますが」
「絶対ェ、駄目だってばよ……!!」


完成されていた自分の記憶に、知らない何かがこじ開けて入ってくる衝撃は、両親の記憶を取り戻したときに味わったから知っている。
──いや、けれどあのときは時空眼を開眼したことによって記憶を取り戻したから、こう言っては変だが正当な方法だった。
いまみんなは、もっと苦しい思いをしているのかもしれない。


私は首を横に振った。


「あの歪みをどうにかしないと、世界が、皆が、どうなっちゃうか分からない。だったら私は必ずそれを止める」
「止めると言っても、いったいどうするんだ」


オビトさんに問い掛けられ、私は自分の左眼を指差す。


「時空眼のうち、左眼は過去を司ります。左眼で捉えた対象の時間を巻き戻すことができる。それで歪みを巻き戻して、消し去ります」
「……それで、どうなるんだってばよ」


質問の意図が読み取れなくて眉を顰めれば、ナルトは強い光を目に湛えて私を見た。


「それで名前は、どうなるんだってばよ……!!」
「──!!」
「歪みが消えて、世界も俺たちも元に戻って平和になって、だけどそのとき、お前はどうなってるんだってばよ。俺たちが無事でいられるのは、名前が痛みや悲しみを全部一人で背負ってっちまうからじゃねえのかよ……!?」


時空の歪みを巻き戻したとき、果たして自分に何が起きるのかは断定できない。
だけどこれだけは断言できる。
──私は必ず皆を守る。
皆に危害は加えさせない。
皆の幸せな未来を、絶対に邪魔させない。


「……たとえ痛みや悲しみに包まれることになったとしたって、私は大丈夫」
「名前……!!」
「だって。だって、辛いことがあったとしても、そこには必ず同じだけ──ううん、きっとそれ以上に幸せがあるから」


私はにっこりと笑った。


「だから私は、大丈夫」


言うと、駆け出そうとした私の手を誰かが取る。
はっとして振り返れば、我愛羅がこめかみを押さえながら、もう一方の手で私のそれを掴んでいて。


「……風影様」


振り払おうとすれば、しかし我愛羅は苦痛に顔を歪めながら握りしめた手に力を込めた。


「……駄目だ、行けない。お前を置いて、離れることなどできない」
「風影様──」
「分からないんだ……!」


声を荒らげた我愛羅に私は目を開く。
我愛羅は苦悶の表情を浮かべた。


「分からない、が、お前の手を離してはいけないんだ」
「ですが──」
「あのとき里で、お前の手を離したあのときからずっと、俺は手を伸ばし続けていた。やっと掴んだこの手を離してはいけないんだ……!!」


私は訝しげに眉を顰めた。
あのとき、という言葉を舌の上で転がせて、はっとする。


「…我愛羅、わたしたちは、はなれてても、ひとりじゃないよ」


幼い頃の自分の声が、脳裏で響く。


「わたしには我愛羅が居て、我愛羅にはわたしが居る。だからどこに居ても、わたしたちはひとりじゃないよ」
「名前が大きくなって、ぼくも、大きくなって…そのときにまだ…み、見つかってなかったら…――ぼ、ぼくでいいなら、ぼくが名前のかぞくになるよ…!」



私はいまだ我愛羅に掴まれたままの腕に視線を落とした。
自分の手を握る我愛羅のそれは、私のものよりも一回りくらい大きい。
私は我愛羅を見た──見上げた。


(……あのときは、同じくらいの目線だったのにな)


懐かしいと思う。
思うほどに時が流れた。
本当に色々なことがあった。

だけどこの記憶は私の、私だけのものだ。
いままでも、そして──これからも。


私はそっと我愛羅の手を握り返した。


「……苦しいですよね、辛いですよね。でも絶対に、大丈夫です」
「名前……っ」
「私が全部、元に戻しますから」
「お前は──」
「私は」


私は我愛羅を見つめると、にっこりと笑った。


「大丈夫です。だって──これから先、ずっと幸せに生きていけるほどの、あたたかくて、素敵で、大切な気持ちが、ここにありますから」


言って私は胸を押さえた。
そして捉えた上空から放たれたエネルギーの波に、素早く印を結ぶ。


「──響遁 重音の壁!!」


足を踏み鳴らせば、皆が外へ向かって吹き飛んだ。
僅かに遅れて、上空の歪みから放たれた衝撃波が塔を襲う。
天井が音を立てて崩れていく中、地面を蹴ると私も外に飛び出した。
私は空に立つと、地上を見下ろす。
ナルトたちが必死に何かを叫んでいる。
我愛羅も空へ上ってこようとしたが、歪みから放たれた第二波に、よろめき立ち上がることができなくなる。


我愛羅が私を振り仰いで、そうして目が合った。
私はその瞳を見詰めると、にっこり笑う。
そして上空を見上げると、空を駆け上がっていった。













空を駆け上がっていくにつれ、はっきりと見えてきた渦の中心を両眼で捉えると、その時間を止めた。
すると収まった波に、私は思わず足を止める。
咳き込みながら、激しく脈打つ胸を押さえた。
目眩がして、思わず手を空に付く。


(時空眼で自分の時間を止められるから、何も関係ない……か)


ベノウの言葉を思い出して、私は軽く笑った。
とんだ思い違いだ。
この歪みは、もうベノウの紛い物の瞳術で太刀打ちできる代物じゃなくなっている。


私は呼吸を整えると、再び空を蹴った。
時間を止めたというのに、螺旋状に渦巻く歪みに近付けば近付くほど、目眩が起きて視界がぶれた。

渦を突き抜けて空に飛び上がった私は、渦中心部の真上に着地した。
螺旋の真ん中にそっと触れれば、脳裏にいつかの光景が走る。
それは時空眼で過去や未来を見るときの感覚と似ていた。
けれど違うのは、時空眼でそれらを見るときは現実では意識を失っているのに、いまはそうじゃないということ。
不思議な感覚に私は言葉を失っていたが、やがて軽く首を振ると、両眼で歪みの中心を捉えた。


こうして近くで触れてみても、やっぱりこの後自分がどうなるのかは分からない。
だけど歪みは絶対に元に戻す。
それはこぼれ落ちていた私の記憶の欠片が巻き戻ることに即ち繋がっている。
だけどそれが、私の記憶が世界に無いということが、正常であるということなんだ。


「君に先生って呼ばれるの、不思議と違和感がまるでなくてね」
「名前が昔そう言ってくれたから、私は早く強くなって、ナルトやサスケ君と、そして名前を──」
「確かにお前は昔、自分が周りからどう思われているかを知らない、いや勘違いしていたウスラトンカチだった。だけどいまはそうじゃないはずだ」
「それだけじゃねえんだ。辛いことがあれば、確かに幸せもそこにあるんだってばよ……!!」
「俺はそれを、その感情を、確かに知っているような気がするんだ」



視界が水面に揺らいで歪んだ。
瞬けば、頬を伝った涙が歪みへ落ちる。
歪みの中心が煌めいたように見えた──そのとき、脳裏で幼子の声がした。


「父様、母様!」


紅い髪をした子供が駆けていく先をふと追って──瞠目した。
飛び込んできた子を抱き留めたのは我愛羅と、私だったのだ。


私は口元を押さえると嗚咽を堪えた。
涙が頬を、手を濡らす。
やがて私は震える声で、そっか、と呟いた。


「こんな未来も……あったかもしれなかったんだ」
「──巻き戻す必要はない」


私は目を見開いた。
弾かれるようにして振り返った先、我愛羅が私をみつめていた。


「それは確定した未来──運命だ」




180304