舞台上の観客 | ナノ
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印を結んで、指笛を吹く。
すると平衡感覚を失いよろめいた忍たちを認めて、私はベノウの元へ向かおうと地面を蹴った。
だが響遁の術の威力が巻き戻されて、忍たちは再び私の前に立ちはだかる。
彼らの攻撃を防ぎながら、私はちらりとベノウの両腕を見やった。


──あの瞳術をなんとかしないと。


ベノウが瞳術を使えるかぎり、彼らに響遁を使おうとしても最後まで掛かりきる前に術を巻き戻されてしまう。
おそらく対抗策は、ベノウには時空眼であたり残りの人たちは響遁で止めるか、それともこの場にいる全員を時空眼で止めるかのどちらかだろう。
もちろん全員を時空眼で止めるとなれば、その反動は大きいだろうが、響遁と時空眼を併せて使うとなると、不完全ながらも二つの瞳術を持つベノウを抑えておけるかという不安が出てくる。


確実にベノウから瞳術を引き剥がすには──と考えていれば、ベノウは不快気に眉を上げた。


「思っていたより厄介だな……」


ベノウがにやりと口元を歪めて笑ったのが見えたときだった──私と刃を交えていた男性の肩が爆発した。
私は、え、と瞠目する。
まったく表情を変えない男性に、彼の術かと思いかけて、しかし脳裏にある光景が蘇る。
それは数日前に戦った少女。
ベノウによって、起爆札の口寄せの印を無数に体に刻まれていた。


私ははっとして彼を見上げる。
何の光も灯していないような無機質な瞳が、しかし確かに揺れたのを私は見た。


(──時空眼!!)


私は時空眼を開眼すると、爆発を続ける彼の体を止めた。
そのときようやく彼は表情を変えた。
僅かに目を開くと私を見やる彼の爆発が確かに止まっていることを認めて、私はほっと息を吐く。


「……何をしている?」
「……それはこちらの台詞だ、ベノウ」


睨み返せば、ベノウは呆れたように肩を落とした。


「まったく興醒めだ。まさかお前がここまで馬鹿だとはな」


ベノウは、そいつは、と私の前に立つ男性を指差す。


「お前にとって何でもない存在だろう。──いや、そもそも、お前は先程言ったな、大切な人たちがどうの、と。だがそいつらの記憶の中に既にお前はいない。お前にとっては大切な者たちだとしても、向こうはお前のことなどどうとも思っていないんだぞ?だというのに何故守る」


私は視線を彼に移した。


「誰かが死ぬのを黙って見ていることなんてできない。見知らぬ人間だからといって、死を見過ごせるはずないだろう……!」


それに──と、私は自分の掌に目を落とした。


「確かに私の記憶は歴史から消えている。大切な人たちの記憶からも」


私は、だけど、と手を握りしめた。


「だからといって彼らが大切じゃなくなるわけじゃない」


確かにきっかけは、皆が私のことも大切に思ってくれていたからだった。
皆が私のことを大切にしてくれていたから、私はその想いに気付くことができたし、あたたかくて光り輝くそれを私も皆に抱くようになった。
──だけど。


「私が彼らを大切だと思った理由は、皆が私を大切にしてくれたからだけじゃない。たとえ記憶を無くしたのが私の方だったとしても、私はきっと──いや絶対に、皆の力になりたいと、そう思ってた」


皆はとても、素敵な人だから。


「くだらないな」


ベノウは吐き捨てるように言うと腕を振った。
すると時空眼で止めていた起爆札の手応えを失って、私は不審に思いつつも眼を解いた。
爆発が起こらない自身に驚いている彼に、下がって、と短く言うと前に出る。
ベノウと対峙した。
速く動く鼓動が辛くて、咳をしながら胸を押さえる。


「そいつは、その苦しみを負ってまで守る価値のある存在か?違うだろう」
「どうしてそんなことが言える」
「何故か、だと?それはこちらの台詞だ。理解できない。何故誰よりも多くの歴史を知っているお前が、そんな小さな考えを持つに至る」


ベノウは私の背後を指差した。


「所詮そいつは──そいつらは、膨大な歴史の中のちっぽけなただ一人だ」
「お前がちっぽけだという一人一人が、その膨大な歴史を作っているんだ」


ベノウは目を細めると、鼻を鳴らす。


「確かに俺の願いを叶えるために、量は大事だ。質の高い人間であれば、尚更な」


言うとベノウは考え込むようにして顎を撫でる。
しかし、やがてベノウは首を横に振った。


「駄目だ、やはり到底理解などできない。何故ならお前は、死者を生き返らせることができるだろう」
「──!!」
「命なんて、思いのままだ。違うか?」


ベノウは心底不思議そうな顔をして私に聞いた。


「そんなものに、いったいどうしてお前はそこまで執着するんだ」


私は目を瞑る。
蘇る光景は、最近何度もこの右眼で見た未来──大切な人の血塗れた姿。
いつかのサクラが脳裏で微笑う。


「本当に大丈夫だってば。ほら、私って、自分で言うのもなんだけど、医療忍術に長けてるでしょ?今回は疲労が原因だから体を休めなきゃ始まらないけど、それ以外のことだったらすぐ治せちゃうんだから」


私はぼそりと呟く。


「……治せるからって、痛くないわけじゃない」
「──何?」


ベノウは訝しげに眉を顰めると聞き返す。
私は彼をまっすぐに見返した。


「生き返らせることができるからといって、命が軽いものになるわけじゃない」


命は──と、私は力を込めて言う。


「そんな軽いものじゃない」


「治療を施して、傷跡や痛みが、まるで最初からなかったかのように消えたって、傷を受けたときは痛いし、痛みを受けた事実は消えない」


「生き返らせることができるなら、一度死ぬことを諦めてもいいのか」


私は手を握りしめた──自分を叱咤するように。
私はまた、心のどこかで諦めかけてしまっていたんだ。
たとえサクラが死んでしまったとしたって、必ず私が黄泉の国から取り戻す、と。


「他の奴らには、未来なんてものは視えねぇさ。けど、だからこそどんなにデケェ壁が現れようとも、その先を幸せな未来にしようとして、もがくんだ」


──だけど。


「名前、さっきお父さんが言ったように、正しい選択肢なんてものは無いわ。あるのは無数の道…大事なのは、その道に入ってから、自分の望む未来へと進んでいくことよ」
「時空眼を持ってるお前だからこそ、分かるだろ、名前。──道はいくつもあって、運命なんてモノはねえ。──もがくことを、諦めるなよ」



だけど、そうじゃなかったんだ。


「皆は、殺させない」


私はベノウに対して構えを取った。


「お前はここで、私が倒す……!!」


そのとき背後で、呆然としたような声がした。


「どういうことだってばよ……」


弾かれるように振り返った私は、立ちすくむ皆を認めて目を見開いた。





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