検査室を破壊し飛び出した先は鍾乳洞の中のようだった。
大人シンの操る無数のクナイや手裏剣から逃れながら葡萄色の地底湖の上を駆けていれば、隣を走るサクラの腕に刺さったままのクナイが震える。
はっとして見れば、大人シンの瞳術により遠隔操作されたそれが深々とサクラの腕に刺さっていく。
苦しげな悲鳴を上げたサクラの名前を呼び掛けて、突入してきた二つの気配に気づいた私は顔を輝かせた。
サクラの救出をそちらに任せて、私は踵を返すと大人シンへ突っ込んでいく。
「名前!!」
私を呼んだサクラが須佐能乎の手に包まれるのを見届けて、私は印を結んだ。
「響遁ーー重音の術!」
クナイの切っ先と、周囲の空気に術を掛ける。
大人シンへクナイを振り下ろして、防ぐと攻撃に転じてくる相手と数回火花を散らす。
「名前、お前は暁の復興のため必要な人間だ。生かしておいてやる」
顔を歪めて笑った大人シンが、言葉のとおり殺さない程度のクナイを操り向けてくる。
私は同じ術を、今度は周囲の空気に掛けた。
勢いを付けて突進してきたクナイが、見えない壁に激突して弾かれる。
大人シンが目を見開いた。
私はそのまま空気を操ると、弾かれたクナイを操り返し、その切っ先を大人シンへと向ける。
顔の前で腕を交差させた大人シンは、一斉に襲いかかってきたクナイに圧され、水飛沫を上げながら地底湖へと落ちた。
地上にいる三人の姿を認めて、私は空中で身を翻すと彼らの傍へ着地した。
三人を背後に、地底湖へ向かって構えを取る。
「名前……!!お前なんだその格好は」
「あっ、サスケ、久しぶりだね。元気だった?」
「呑気に言ってる場合か!お前いったい、何させられたんだ……!」
えーーと、自分の体に目を向けて、自分がまだ暁の外套を着ていたことを思い出す。
「その、これはーー」
「サスケ君、それだけじゃないわ。名前、時空眼も使わされてたのよ。可哀想に……さっき、ひどい咳をしてた」
「時空眼だと……」
眉根を寄せたサスケに、私は慌てて首を横に振る。
「ち、違うんだよこれは、その、そんなに大したことじゃなくてーー」
「大したことじゃ」
「ない、ですってぇ……?」
だって、ごっこ遊びだからーーとは、いまの二人には言えない。
そうして二人は揃って、じとりとした目を向けてくるので、その息の合いように私は思わず咳をした。
すると二人は呆れたようにため息を吐く。
サラダはただ、不思議そうな目で私たちを見ていた。
すると大人シンが湖から上がってきて、私は振り返ると再び構えを取った。
どうやらここへ来る前にサスケらと既に交戦していたようで、その傷もまだ癒えていないのだろう、満身創痍な大人シンは地面に膝をついている。
私の隣にサスケが立った。
そのとき子供シンの一人が、大人シンを庇うようにして私たちの前に立ちふさがった。
「……サスケ、この子はーーこの子たちは」
「俺は、ナルトやお前みたいに甘くないぞ」
サスケが刀を構える。
後ろでサラダが制止の声を上げたーーそのとき、クナイが擦れる音が聞こえた。
それは大人シンの手元からで、真っすぐこちらへ向かってくるーー子供シンが、目の前にいるのに。
私は足を踏み出した。
目を向ければサスケは、行け、と目で言う。
私は頷いて、子供シンへと手を伸ばした。
腕を引いて、抱きしめたところで、向かってくるクナイが見える。
私は目を見開いたーー砂の音が、聞こえた。
砂の壁が目前に巻き上がる。
子供シンを抱きしめたまま左へ飛んだ私は、しかし地面を転がることはしなかったーー柔らかい砂が、受け止めてくれていた。
私は気配を追って顔を上げる。
鍾乳洞入口に見えた人影に、目を丸くした。
「ーー我愛羅、カナデ」
「母様!!」
「名前……!!」
ってなんか、我愛羅の殺気がーーと、思ったところで響いた凄まじい殴打音に振り返れば、サクラが大人シンを殴り飛ばしていた。
相変わらずの威力に感嘆したのも束の間、ゆうに五十は超える数の子供シンが現れて、私たちはただただ驚いた。
ま、まだこんなにいたんだ。
これもう一族の復興できてるよね。
「おい、我愛羅!名前の奴ってば、やっぱいたのか?」
「ああ……!」
懐かしい声に、再度入口を振り返れば、そこにはナルトがいた。
鍾乳洞を見回していたナルトは私を見つけると顔を輝かせ、しかしすぐに目を尖らせた。
「って名前ーっ!なんでお前ってば暁の格好なんかしてんだってばよ!」
あ、と私は自分の失態に気付く。
脱ぐ機会を完全に失していた。
そのとき、全員がはっとして大人シンを向いた。
彼の体にはいくつものクナイが深々と刺さっていた。
「父様の瞳力、もう、弱い。父様、もうーーいらない」
倒れた大人シンに一瞥をくれると、構えた武器はそのままに、今度はこちらへ向かってくる。
同じ数ほどのナルトの影分身が交戦するため走っていった。
「おれ……」
私の傍にいたシンが周囲を見回して、所在なさげに自分の服の裾を握る。
やがてクナイを構え、どこか困ったようにこちらを見るシンを、私はただ見つめた。
「おれ……これしか、知らない」
「シンーー」
そのとき、部屋の全員が動きを止めたーー止めさせられた。
完全なる、時空の支配によって。
木ノ葉と連携を取るため砂隠れの里へと駆け戻ったカンクロウと別れた我愛羅とカナデは、砂に乗り名前がいるという場所へ向かった。
やがて見えてきた洞窟と、その周囲で交戦している人影を見て取って、カナデが声を上げる。
「父様、あの子!母様を攫ってーーって」
えっ、とカナデは困惑して声を上げた。
そこには名前を攫った少年が何人もいたのだ。
あの子だ、と指差すことができないくらい、彼らは皆似ていた。
少年らと、そして相対している旧友の姿を認めて、地上を観察していた我愛羅はカナデに言った。
「カナデ、降りるぞ。いけるか」
「う、うん!」
ナルトが空を振り仰いで目を見開く。
「我愛羅か?なんだってここにーー」
言いかけて、はっとすると、地上に降りた我愛羅へ駆け寄った。
「まさか、名前に何かあったのかってばよ」
「ああ。木ノ葉からまだ伝令は来ていなかったか。うちはサクラと同じく、名前もまた浚われた。恐らくこの中にいる」
「そうだったのか。敵が、暁の復興って言ってたから、もしかしたらとは思ってたけど」
「報せを受けて家に戻れば名前もカナデもいなく、そして血だけが残されていた」
「……そりゃ、俺だったらブチ切れるな」
っていうかーーと、ナルトは内心で思う。
ーー我愛羅いま、ブチ切れてるよな。
友から溢れ出る怒気を超えた何かに苦笑するように笑いながら、しかし無理もないと頬を掻いた。
「あちしのパパはきっとこんなに怖くないはずだし……」
チョウチョウがナルトの背に隠れる。
目線を下げたナルトは、そこで我愛羅の隣にいる少年に気付く。
ややあって、おおと笑って、父親譲りの赤い髪を撫でた。
「お前、カナデかぁ!大きくなったな」
「ナルトさーーじゃなくて、火影様」
「いいってばよ、昔のままで。礼儀ができてるのはいいことだけど、そんな呼び方されたらちょっと寂しいってばよ」
カナデは明るく笑って、はい、と頷いた。
影分身を出し周囲への注意は怠らないまま、ナルトが、そういえば、と気遣う目をカナデに向けた。
「カナデは無事だったんだな。良かった」
「……母様が、助けてくれたんです。一緒にいたのに、僕、何もできなくて……」
カナデは俯くと手を握りしめた。
すると頭に優しく手が乗せられて、はっとして顔を上げれば、ナルトが明るく笑っていた。
「偉いな、カナデ」
「え……?」
「カナデってば父ちゃんと、母ちゃんのこと助けに来たんだろ?すげーってばよ」
カナデはぽかんとしていたが、やがて撫でられた頭に両手を当てると、噛みしめるようにして笑った。
ナルトは我愛羅に目を向ける。
「じゃあ、名前が何とかして、こいつらのこととか場所とかの情報を残していったのか?」
ぴくりと我愛羅の指先が曲がる。
同時に砂が子供シンたちを払う。
何か地雷のようなものを踏んでしまったらしいと気付き、ひきつったように笑うナルトを、我愛羅は横目で見る。
「伝言はあった」
「……それってば、もしかして」
「ーー少し出てくるが心配しないでくれ、だそうだ」
言うと砂で子供シンたちを一カ所に纏め上げていく我愛羅を窺うようにして見ながら、ナルトは頬を掻いた。
「あ、あー、その、なんだ……名前も、相変わらずなところもやっぱりあるんだな」
場を和ませようと笑ってみせるが、まるで表情を変えない我愛羅に、ナルトは苦笑するように笑った。
「……気持ちは分かるけど、お手柔らかにな?同じ班のよしみで、頼むってばよ」
「ーーナルト、こちらは終わった。行くぞ」
言うと鍾乳洞入口へと向かっていく我愛羅の背を見て、ナルトは、彼に嫁ぎいまは砂隠れの里にいるかつての仲間に同情の念を送った。
我愛羅の気持ちも痛ぇほど分かるけど、味方がいないのも可哀相だし、かつ事情を聞けば残りの大人二人も必ず怒るだろうから、自分がフォローしてやるってばよーーと抱いた決意は、しかし暁の衣を身に纏った名前の姿を見て吹き飛んでいった。
大量のシンが現れて、攻撃を仕掛けてくる。
ナルトの多重影分身が交戦に応じていく中、カナデもその後を追って駆け出した。
「母様!!」
呼び掛けて、名前を認めて、慄然とする。
そこには彼女が先ほど助けたシンが、しかしどこか呆然としながらクナイを彼女に向けていて。
だが名前は動かない。
ただシンを見つめている。
ーー母様は、戦えない。
このままじゃ、間に合わない。
「だってカナデは我が息子ながら本当に魅力でいっぱいだよ。親馬鹿だからでは決してないと思うんだよね」
このままじゃーー失ってしまう。
「それにカナデに、こんなにもたくさんの魅力があると知る前から−−生まれる前から愛していたよ」
「嫌だ……」
「だってカナデは、愛する人との子供だから。我愛羅と私の、大切な繋がりなんだよ」
「嫌だ……!!母様は、僕が絶対守るんだ!!」
叫び声と共に、体中に血が巡るのをカナデは感じていた。
自分の荒い呼吸がやけに響く。
驚いているような顔のナルトや、宙に浮いたままのクナイ、止まっている白煙が見えた。
ーー僕いま、この場の全部を止めてる。
母様はーーと名前に目を向けて、その前に立つ、クナイを振り上げたまま停止しているシンを認めてほっとした。
すると一人だけーーまるで人や物だけでなく時間でさえも止まってしまったんじゃないかと思うこの場所で、名前が動く。
母様の目ーー。
「僕と同じ……って、うわあ!」
名前が右瞼を下ろしたかと思えば、急速に巻き戻った自身の時空眼に、カナデは踏鞴を踏んだ。
そのときようやく、自分にまで停止の作用を掛けてしまっていたことにカナデは気付いた。
「時空眼……暁の、復興」
周囲にいるシンたちが、カナデに狙いを定めたらしい。
カナデは構えを取った。
響遁か、時空眼か、はたまた別の忍術かーーと、考えてカナデは目を見開いた。
視界に、琥珀色の髪が靡いた。
「その目は使っちゃ駄目だよ。……まだ、ね?」
「母様!」
振り返ると、にっこりと笑った名前に、カナデは顔を輝かせる。
隙ができたと、その背後に現れたシンは、しかしすぐに砂に呑まれた。
「妻と息子に手を出すならば、手加減はしない」
「父様も!」
「我愛羅」
我愛羅はカナデの頭を撫でると通り過ぎ、名前の隣へ並んだ。
二人は見つめ合い、やがて先に口を開いたのは名前だった。
「来てくれたんだね」
名前は噛みしめるように言うと、嬉しそうににっこりと笑った。
我愛羅はそんな名前を見て、瞬いていたが、ややあってちらりと名前の体に目を向け、そうして前方に顔を向けると、砂を操りながら言った。
「……いや、やはり後で怒る」
「えっ」
「……だが、とりあえずはーーこいつらを、止める」
名前は瞬くと、やがて、うん、と力強く頷いた。
「それじゃあ、皆を守るのは我愛羅にお願いするよ。我愛羅の絶対防御は最強だし」
言って名前は頭を掻くと苦笑するように笑う。
「とは言っても、攻撃もそれはまあすごいんだけどね。でもいまの状況は私も、結構役に立てると思うから」
えっ、と声を上げたのはカナデだ。
振り返ると首を傾げる名前に、カナデは信じられない気持ちで聞く。
「か、母様って戦えるの?」
名前は思わず笑った。
「戦えるよ。だって響遁とか教えてたでしょ?」
「でも、か、体は大丈夫なの?」
「大丈夫」
にっこり笑った名前に、カナデは、目の前が晴れていくような気分だった。
名前は戦えるーー我愛羅から負った傷によって戦えない体になど、なっていなかったのだ。
顔を輝かせたカナデに、名前は頷く。
「それに、殺さずにして止める……響遁は、そういった足止めに結構役立つ忍術なんだよ」
言って名前は駆け出した。
地面を蹴ると印を結び、そうして空に立つ。
眼下を見下ろしたまま再び印を結ぶと指笛を吹いた。
しかし何も聞こえなくて、カナデが眉をひそめたところ、シンたちだけが平衡感覚を失ったかのように踏鞴を踏み、あるいは地面に座り込んだのを見て目を見開いた。
名前は宙を蹴ると、一番の混戦場所中央へと着地する。
足を踏み鳴らした瞬間、これまたシンたちだけが、見えない壁で四方八方を固められたかのようにして動きを止めた。
「ナイスだってばよ、名前!」
うん、と笑った名前はどこかへ目を向けた。
視線の先を追って見れば、サラダが一つ目の生き物へと拳を叩き込んだところで。
すると近くにいた我愛羅が小さく息を呑んだことに、カナデは気付いた。
シンの攻撃をいなして、そうして見えたのは名前が目を押さえている姿。
駆け出そうとすれば、しかしそれよりも前に我愛羅が、カナデやチョウチョウを守る砂はそのままに足を踏み出した。我愛羅がカナデに目を向けるーー大丈夫か、と問いかけている。
カナデは目を見開くと、やがて大きく頷いた。
「僕なら大丈夫。だって父様と母様の、子供だもん」
にっこり笑えば、我愛羅は僅かに瞠目して、そして微笑った。
頷くと、走っていく父親の背中を見ながら、カナデはたまらず笑ってしまう。
ーー二人は確かに愛し合っている。
そして自分は、そんな二人に愛された息子なのだ。
そう思えば、体の内側から力が湧き出てくるようだった。
シンから逃げるチョウチョウの前に出ると、響遁の術を掛けたクナイで交戦し、シンを圧し飛ばす。
カナデはチョウチョウを振り返ると笑った。
「大丈夫だよ。父様が砂を残していってくれたし、それに僕も……まだあんまり頼りにならないだろうけど、頑張るから」
「……もしかして、あんたあちしに気があるの?」
「えっ!だ、大丈夫だよ安心して。そんな恐れ多いこと思ってないから」
「あちしの可愛さを分かってて、しかもシャイ?結構いいかも」
敵ではなく味方の言動にカナデが慌てていれば、シンたちが動きを止めた。
はっとして振り返れば、ナルトが腕を広げている。
「怖がることはねえよ。これ以上悪さしねえなら、こっちも何もしねえから」
シンたちが完全に攻撃を停止したのを認めて、カナデはほっとするとクナイを下ろした。
すると隣のチョウチョウが、わお、と声を上げた。
首を傾げるカナデに、チョウチョウは羨ましそうに言う。
「あんたんとこの両親、ちょーラブラブじゃん」
えーーと、チョウチョウが指差す先を追って見て、カナデは目を見開いた。
そこでは我愛羅が名前を、抱きしめていた。
強く名前を抱きしめていた我愛羅は少し離れると、赤雲模様の外套を掴み、何事かを名前に言っている。
それに名前が何かを返し、二人の間に沈黙が流れたかと思えば、我愛羅はその外套を脱がせ、投げ捨てた。
ひらりと宙を舞いながら地面へと落ちた外套を余所に、我愛羅は再び名前を強く抱きしめる。
カナデは周囲へと目を向けた。
そこではナルトやサクラが笑っていたり、サスケが呆れたようにため息を吐いていたりと、反応は様々だったが、しかし皆、カナデやチョウチョウのように驚いてはいなかった。
カナデの脳裏にカンクロウの言葉が蘇る。
「二人を知る奴らが、二人が愛し合っていないなんて有り得ないって断言する理由が、きっと分かるじゃん」
カナデは胸を押さえると、うん、と心中で言った。
ーーもう分かったよ、カンクロウおじさん。
「いいなぁ。羨ましいし」
言ったチョウチョウに、カナデはにっこり笑って頷いた。
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