舞台上の観客 | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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俺のダッセェくそ親父は、世界を救った英雄だとか、当代一の忍だとか言われている七代目火影だ。
里の奴らはほとんど皆、そんな火影様を持て囃してるけど、俺は知っている。
父ちゃんが本当はだらしねえこととか、どっか抜けてることとか、──母ちゃんに、デレデレなこととか。






「ただいまだってばよ」


閉じるドアの音と、聞こえた声に、居間のソファでゲーム機をいじっていたボルトは、はっと顔を上げた。
ボルトはゲーム機を適当に放ると立ち上がる。
駆けていきそうになったが、ぐっと堪えると、平静を装い玄関へと向かった。


「珍しく早ェじゃねえか」
「ボルト、ただいま」


ボルトは顔を逸らすと、おかえり、と聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。


「どうせまた影分身だろ」


ナルトは苦笑すると頭を掻いた。


「悪いってばよ。まだ仕事が終わらなくてな。……でもお前たちに、家族に会いたくてよ。そうしたら仕事ももう一頑張りできるしな」


鼻を鳴らしたボルトは、しかしすぐにはっとした。


(まずい。母ちゃんってば、いま)


「父ちゃん、あのさ、母ちゃんとヒマってばいま──」
「分かってる」


ボルトが、え、と見上げれば、ナルトは頷いた。


「出迎えに出てこないってことは、二人で買い物にでも行ってるんだろ?」
「父ちゃん……」


呆然と父親を見上げたボルトは、ややあって顔を輝かせた。


「成長したじゃねえか!」
「そりゃ、気配も無いしな」


居間に入りながら上着を脱いだナルトは、食卓の上に残された書き置きを見る。
文字と、描かれた形容しがたいイラストに、柔らかく笑った。
ボルトは不満そうに口を尖らせる。


「なに威張るように言ってんだってばさ。前同じような状況だったときは、気配を探りもせずに慌ててただろ」


乾いた笑い声を漏らすナルトに、ボルトは続けて、


「それが一度目。二度目は、ようやく気配を探ったものの、結果家にいないことにまた焦ってたじゃねえか」
「ま、まあ三度目の正直ってやつだな」
「ほんとかよ」


訝しげに言ったボルトの懸念は、的中した。
椅子に座ったナルトは、初めこそ余裕を見せていたものの、次第にそわそわとし始めたのだ。
落ち着かない様子のナルトに、ボルトはたまらず頭を掻きむしる。


「あーっ、もう、鬱陶しいってばさ!」
「で、でもよ、ボルト、母ちゃんってば六時頃には帰るってメモに書いてんのに、もう六時五分だってばよ。何かあったんじゃ──」
「たった五分だろ!?店が混んでたとか、道端でばったりサクラのおばちゃんに会ったとか、理由はいくらでもあるってばさ」


ボルトは腰に手を当てた。


「毎回毎回、騒ぎすぎなんだよ父ちゃんは。母ちゃんだって、家にいないときくらいあるってばさ」
「分かってはいるんだけどよ……母ちゃんは昔──」
「世界から消えかけた、だろ?前と、この前のときにも聞いたってばよ」
「そうか。そうだったな」


ナルトは苦笑すると頭を掻いた。
ボルトは視線を逸らすと、ぼそりと呟く。


「まあそんな母ちゃんの姿が見えないと焦る気持ちも、分かるけどよ」


母親が世界から消えかけた経緯は、もっと前、時空眼の話をしたときに一緒に聞いている。


「母ちゃんのことを信頼してないわけじゃねえんだけどよ……どうにもな。それに──名前を狙う奴は、まだまだいるしな」


言ったナルトの纏う空気がひやりとしたものになったのを感じ取って、ボルトは思わず息を呑んだ。
けれどそのとき、開けられた窓の外から二人の家族の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「──お母さん!」


しかし楽しそうな笑い声にほっと息を吐いたのも束の間、慌てたように母親を呼ぶ娘の声に、ナルトとボルトは血相を変えると家を飛び出した。
そして慄然とする。
玄関を開けて少しのところで、名前が手から赤いものを滴らせながらうずくまっていたのだ。
瞠目したボルトは、しかしヒマワリの手にあるものを見て取ると、なんとなくだが予想できた経緯に足を止めた。
だがナルトには既に周りは見えてないらしい。


「名前!どうしたんだってばよ……!?」


駆け寄ると肩を抱いたナルトに、名前は目を丸くさせた。


「ナルト、早いね。──ああ、また影分身を出したんだね」
「俺のことなんてどうでもいいんだってばよ!」
「そんなこと、絶対にあり得ないよ、ナルト」


名前は真摯な眼差しをナルトに向ける。


「誰だって皆そうだけど、ナルトもまた並びない存在なんだよ。それに私はナルトのことが大好きなんだから。どうでもいいなんて、あり得ないの」
「名前……ありがとな。俺もお前のこと──」


言いかけてナルトは、はっとした。


「って違ェってばよ!どうしたんだ、その血!」
「ち?」
「誤魔化しても駄目だってばよ。その手に証拠があるだろ」
「手って──ああ、これは」
「ごめんね、お母さん」
「大丈夫だよ、ヒマワリ」
「って、なんでヒマワリが謝って──」


言って娘に目をやったナルトは、その手に握られたものを認めて、ぽかんとした。


「やっと気づいたのかよ。洞察力が足りねーんじゃねえの?」
「ああ、ボルト、帰ってたんだね。おかえり」
「ただいま母ちゃん。んでもって、おかえりだってばさ」


ナルトは瞬くと、やがて呆然と言った。


「……イチゴジュースか?これ」


ヒマワリが、うん、と反省するように目を落とす。


「お買い物の帰りに、ジュース屋さんが新しく出来てたから、お母さんと半分こしようってなったの」
「それでヒマワリが私にあげようとしてくれたとき、段差に躓いて、少しこぼれちゃったんだ。ヒマワリ、怪我はなかった?」
「大丈夫!」


にこにこと笑い合う母娘を見て、やがてナルトは大きく息を吐いた。


「なんだ、そうか。ジュースだったのか……よかった」
「ナルト、手、汚れちゃうよ」


言うと手を取ってきたナルトに、名前は慌てて言う。
だがナルトは静かに名前の指に口付けを落とした。
そして赤い雫をちらりと舐めとる。
真っ赤な顔をして固まった名前に、ナルトはにやりと笑うと距離を詰める。
熱い頬に触れた。


「名前ってば、こっちも真っ赤じゃねえか。大丈夫かってばよ」
「ナ……ナルト──」
「そこまで!」


そのときボルトがどこから取り出したのか、ハリセンでナルトの頭を叩いた。
頭を押さえたナルトに、ボルトは腰に手を当てて言う。


「いい加減にしろってばさ!ヒマの教育に悪いだろ?」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私、お父さんとお母さんが仲良くしてると嬉しいし、いざとなったらこうやって自分で目を隠すから」
「そんなことしてやる必要ねえってばさ。ほら、もう中入ろうぜ」


言うと買い物袋を持ち家の中に戻っていったボルトと、そんな兄を追っていったヒマワリを見送って、名前とナルトは笑い合った。






「──それでね、それでね、スーパーのおばさんに言われたの。七代目は本当に奥さんが好きねえ、って」


ヒマワリの言葉に、ボルトはちらりと両親を見た。
夜ご飯の支度をしようとする母親と、そんな名前にくっついている父親の姿。


「まあ、そのとおりじゃね?」
「あとね、えっと、なんだったかなぁ。──そうだ!女はやっぱり愛するより愛されろよね、っても言ってたんだけど、お兄ちゃん、どういう意味か分かる?」
「さあな」


ボルトはそうとだけ言った。
咳をする名前と、そんな名前に慌てふためいているナルトを眺めて、でも、と言う。


「そっちの話は、違うと思うぜ」


するとナルトの手を引きながら名前が近くへやってきた。
名前はボルトとヒマワリを優しく見やる。


「ボルト、ヒマワリ、お父さんのことなんだけど、この間話したとおりでいいかな?」
「いいってばさ」
「うん!お父さんのこと心配だもん」
「俺は別に、父ちゃんなんていてもいなくても変わんねーからな」
「そうだよね、ボルトもお父さんのこと心配だよね」
「って母ちゃん!俺が言ったこと本当に聞いてた?」
「お、おいおい、どうしたんだってばよ。俺がなんなんだ?」
「……あのね、ナルト」


名前はナルトに向き直る。


「私も、ボルトも、ヒマワリも、ナルトのことが大好きだよ。仕事が忙しくても、たまにこうして影分身まで出して帰ってきてくれるのはすごく嬉しい。でもね、それはナルトの健康を脅かしてまで、ナルトに負担を掛けてまで叶えたいことじゃないの」
「俺は別に、負担になんて。お前たちに会えると頑張れるから」
「うん……だけど、体は違う。ナルトは本当にすごい忍だけど、だからといって疲れているところにさらに影分身を出して、何も起きないわけないと思う」


だから──と、名前はナルトの手を握った。


「帰ってくるのが遅くなってもいい。帰ってきて寝てばっかりでもいい。だけどちゃんと、本体で帰ってきて」
「名前……」
「影分身のナルトが嫌なわけじゃないからね」
「ああ、分かってるってばよ」
「ということで──」


ナルトは、え、と目を丸くさせた。
名前は自分の片手とナルトのそれを使って印を結んだ。
その印が何なのかを悟ってナルトは、はっとする。


「ちょっと待っ──」
「──解!!」


しかし言葉は途中で途切れ、ナルトがいた場所には白煙だけが残った。
名前は二人の子供を振り返ると、にっこり笑う。


「さて、それじゃあ夜ご飯作るね。今日はハンバーグだよ」
「わーい、ハンバーグ大好き!私も一緒に作っていい?」
「もちろんだよ。ありがとう」
「俺も手伝うってばよ」
「ボルトも?嬉しい。それじゃあ三人で作ろうか」


──そうして作った料理を食べているとき、ボルトが言った。


「なあ、母ちゃんさ、あの癖どうにかなんねえのかってばさ」
「癖?」
「ほら、あの、感極まったら咳しちまうやつ」


名前は、ああ、と苦笑する。


「中々直らなくてね……もういまは、平静を装う必要はないんだけど」
「その母ちゃんの癖があるから、父ちゃんの過保護っぷりも加速してるんだってばさ、絶対」
「お父さんには、私は大丈夫だって言ってるんだけどね」
「母ちゃんのそれは微妙に不安なんだってばさ。それに、そう言っても咳してたら、さらに心配するだろ」
「嬉しいときは、嬉しいー!って言えばいいんだよ。お母さんは私たちに、そうやって言うでしょ?」
「そうなんだよね、そうなんだけど……どうにも心臓が保たなくて」


だって──と、名前は赤く染まった頬を包んだ。


「ナルトって、いつまで経っても、格好良くて、優しくて、頼もしくて、素敵だから」


ボルトはそんな母親の笑顔を見ると、やがて苦笑するように笑った。


「父ちゃんのことを尊敬してたり、持て囃す奴らは大勢いるけどよ」


言ってボルトは明るく笑った。


「きっと父ちゃんの魅力を一番分かってて、父ちゃんのことを一番好きなのは、母ちゃんだってばさ」


名前は、うん、とにっこり笑った。


「そうだね。ボルトとヒマワリと同率一位かな」
「うん!私もお父さんのこと、だーい好き!」
「だ、だから母ちゃん!俺は違うってばさ!」






──夕食を終え、片付けを済ませてから、名前は寝室へ行ってくると言い置いて居間を出ていった。
ボルトのアドバイスを実践するためだ。


それから少しして、帰宅した父親にボルトは目を丸くさせる。


「あれから意外と早かったじゃねえか」
「まあ、結構頑張ったってばよ……。母ちゃんは、寝室だな」


二人の子供の頭を撫でると妻がいる部屋へと向かった父親を見送って、ヒマワリはボルトに笑いかける。


「お母さん、今度はちゃんと言えるといいね。嬉しいー!って」
「まあ、俺のアドバイスを実践するって言ってたから、大分落ち着くとは──」


言いさして、ボルトは口を噤んだ。
自分が伝えたアドバイスを思い出して、はっとした。


「ベッドの上で転がるのも、結構発散になるってばさ」


ボルトは、やべぇ、と慌てる。


「いま父ちゃんが寝室に行ったら──」


言いかけたところで、部屋の方から聞こえた驚く声と、駆けてくる足音にボルトは、遅かったか、と頭を押さえた。


「二人とも、ちょっと俺ってば、母ちゃんを病院に連れていってくるってばよ!」
「ど、どうしたの?お父さん」
「ベッドの上でのたうち回ってたんだってばよ!きっと具合が悪いんだ。つうわけだから二人とも、いい子で待ってるんだぞ!」







俺の母ちゃんは、すごく優しい。
慈悲深くて、でも体が弱いから儚げで、なんてことを誰かが話してるのを聞いたことがある。


だけど俺は知っている。
母ちゃんが本当は弱くなんてないことを。
もちろん時空眼を使うと体にすごい負担が掛かるらしいし、そうでなくても母ちゃんは無茶しがちだから、心配なことに変わりはないけど。


里の皆は、父ちゃんが母ちゃんのことをすごく好きだと思っている。
それは真実だ──ここまでデレデレしてることは知らないだろうけど。


だけど──だけど俺は知っている。
母ちゃんだって、負けないくらい父ちゃんのことが好きなことを。


咳をして勘違いされたり、鈍感なときもある母ちゃんだけど。
優しくて、俺たちのことを愛してくれて、んでもって父ちゃんのことが大好きな母ちゃんのことが、俺ってば大好きだ。
……父ちゃんは、また別だってばさ!




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