「母様、あれってオビトおじさんの……?」
「いや……違うね」
螺旋状に歪む空間に目を据えながら、私はカナデを引き寄せた。
螺旋曲がった空間を凝視するカナデは、されるがままで、そして震えていた。
オビトさんの時空間かと問うてはきたが実際カナデも、そこから出てくる人物がオビトさんではないことを分かっていたんだろう。
オビトさんなら、こんな不躾な入室の仕方を取る必要はないし、何よりこの時空間からは何か嫌なものを感じる。
事実そこから出てきたのは一人の子供と一体の小さな生き物で、どちらも写輪眼を宿していたが、その目はひどく冷たくどこか無機質な印象を与えた。
「写輪眼……?」
眉を顰めて呟けば、子供の方が床を蹴った。
向かってくる彼をカナデを抱いたまま避け背後に回る。
その背に、うちはの家紋を認めて私は目を見開いた。
写輪眼に、うちはの家紋――どう考えても、うちは一族の者だよね、この子供。
もう一体の一つ目の生き物は、そもそも何なのかよく分からないけど。
だけど今いる、うちは一族はオビトさんにサスケ、その妻のサクラ、そして二人の間に生まれたサラダだけだ。
いったい、どういうことなんだろう――思って私は、はっとした。
――まさかサクラ、二人目を。
(何てことだ……めでたい!)
私は感極まって口許を覆うと咳をする。
腕の中のカナデがはっとして私を見上げた。
「母様、僕なら大丈夫だから離して……!母様は動いちゃ駄目だよ!」
「いや、大丈夫だよ、カナデ。いまは別に時空眼も――」
言い掛けたところで目が疼いた。
私は呻くと目を抑える。
勝手に開眼しようとする時空眼に困惑しながら私は侵入者たちを見やった。
「まさかここ数日、時空眼の調子が可笑しかったのは貴方たちが何かを……?」
驚いて声を上げるカナデを抱きながら私は眉根を寄せると思考した。
何だか色々と可笑しいぞ……?
二人目がいたという話は思えば聞いていないし、そもそもこの子供はサラダと歳が近いように見える。
サスケとサクラの子ではないのかな。
だとしたら、ま、まさかオビトさんの子供……!?
……いや、でもそんな話も今まで聞いたことがない。
隠されていたのだろうか……だけど、どうして隠す必要があるんだ?
世間一般で言えば、隠し子は不貞の――と、そこまで考えたところで私は慄然とした。
オビトさんは独身だ。
だから彼が結婚した、子供を授かったとなれば、それは祝福の対象であって、余程のことでもないかぎり隠す必要なんてない。
それにオビトさんが把握していないだけであって本当は過去の一夜限りの関係からできた子供がいた――という物語では割とよくある設定も、しかし一途なオビトさんには当てはまらないだろう。
だが、だとすればサスケが不貞を働いた、ということか……?
待て待て、と私は強く首を振った。
サスケはそんなことをするような人間じゃない。
そりゃあ同じ一族の者が多くいるのは良いことだけど、いくら何でも――はっ、ま、まさか一族の復興のために……!?
いやいや、だけどそれならサクラとの間に子沢山な家庭を築けばいいだけの話じゃないか!
それに、どうしてこの子たちは私の元へ来たんだろう。
私は思うと、はっとした。
痛ましげに彼らを見やると静かに言う。
「時空眼が目当てなんだね」
「そうだ」
頷いた少年に、私は胸に手を当てた。
恐らく、この少年は自分の出生がどういうものだったかを知らないのではないだろうか。
そして、それを知りたいとも思っている。
だから過去を見ることのできる時空眼を持つ私に会いに来たんだ。
何だか少し境遇が似ているな……昔の私と。
「分かった――付き合うよ」
言えばカナデが私の腕を強く掴んで引き留めた。
「駄目だよ母様、時空眼は使っちゃいけないって、そう約束してるんでしょう?それに僕も、使ってなんて欲しくないよ!これ以上、母様の体を傷つけたくない!」
「心配してくれてありがとう。それに、そうだね約束を破ったことが知れれば、きっと皆に怒られるだろうな」
「だったら――」
「でも使うことが必要なとき――使わなければならないときも絶対にあるんだ。そして今は、そのときだと思ってる」
もしも、この少年が確かな証拠もないままサクラやサラダに接触してしまえば二人を無駄に不安にさせてしまう恐れがある。
だから私が時空眼を使って彼の出生を確かめ、サスケは潔白だということを証明する。
立ち上がれば、小さな生き物の方がカナデを見た。
「お前も連れて行く」
私は眉根を寄せた。
「私一人で十分だ」
「時空眼は多いに越したことはない」
「私がその分、働くよ」
「母様、待って!僕の時空眼を開眼してよ!一人で犠牲になろうとしないで!」
「いや、駄目だよカナデ。カナデにはまだ早い」
二時間ドラマも真っ青の愛憎劇を見てしまう可能性だって、あるのだから。
「息子はまだ時空眼を開眼していないのか?」
「そうだよ。だから私だけ――」
言い掛けたところで少年がカナデの背後に現れた。
「ならば開眼させてやる」
手裏剣がカナデを狙う。
避けようとしたカナデは、しかし目を抑えると蹲った。
私は目を見開く。
(まさか、時空眼が……!)
写輪眼は時空眼に作用することができる。
私の時空眼を開眼してくれたのもオビトさんだった。
だが、そこまでの力はこの子たちにはないと思う。
確かにここ数日、私の時空眼は勝手に開眼してしまうことがあったが、その疼きはすぐに収まったし、何よりカナデに影響は出ていなかった。
恐らく私は既に時空眼を開眼しているが故に、たとえ弱い作用であっても反応してしまっていたのだと思う。
だけど未だ開眼していないとは言えカナデは確かに私の一族の血を引いている。
昨日カナデが私に触れて、自然と過去を見てしまったのだって、きっと眠っている時空眼が反応したんだ。
私の時空眼が勝手に開眼し多少制御できなくなったことは確かだけれど、ただ近くにいるだけの人たちに過去を見せてしまうほどではなかった。
同じ眼を持つカナデだからこそ、反応したんだ。
だとしたらカナデが持つ、いまは眠る時空眼はここ数日、微弱ながら作用を及ぼされている。
それに時空眼を開眼させる第二の方法――危険が加わってしまえば。
カナデの琥珀色の目が白緑色に変わっていく。
私は時空眼を開眼させるとカナデを彼らから隠すように引き寄せて、その双眸に巻き戻しの作用を掛けた。
カナデの目の色が戻ったことを認めた私は、ほっと安堵の息を吐く――そのとき右腕に重い衝撃が走った。
伝う血に、カナデが震えながら見上げてくる。
「母様……腕が」
「大丈夫だよ、そこまで深い傷じゃない」
私は笑って言うと、腕に刺さった手裏剣を抜き、彼らを見た。
「息子に手を出すというのなら協力はしない」
黙し、見定めるような目を向けてくる彼らに私は続けて、
「確かに写輪眼は時空眼に作用できる。だけど恐らく眼の扱いには私の方が慣れているよね。どちらが得かは明白だと思うけれど」
「……いいだろう」
言ったのは一つ目の生物の方だった。
再び空間が螺旋曲がり、少年が先にその時空間へと入る。
私はカナデを抱きしめると、その耳元でそっと呟いた。
「我愛羅に言っておいてくれないかな。少し出てくるけど心配しないで、って」
にっこり笑うと私はカナデから離れ、時空間へと身を投じた。
名前が消えて、空間が正常に戻り、呆然としていたカナデは、やがてぽつりと言う。
「父様−−父様に報せなきゃ」
踵を返したカナデは踏んだ血糊に、はっとすると足元を見下ろした。
床には名前の腕から流れた血だまりがあり、それはカナデに昨日見た過去を思い起こさせた。
−−幼い頃の母の体を貫いた砂から滴る鮮血。
「父様に報せて……どうなるんだ?」
助けてはくれるだろう。
だがそれは家族ではなく風影として−−いや、或いは家族として助けてもくれるかもしれない。
だがそれは負い目があるから、ではないのだろうか。
カナデは首を振ると家を飛び出し、里の出入口に向かって駆け出した。
160419