舞台上の観客 | ナノ
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「#甘甘」のBL小説を読む
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青葉城西高校の校舎内にて、私は廊下に背をつけながら、曲がり角の先から聞こえてくる会話ーーというより一方的なお喋りに、どうしたものかと焦っていた。


「ねえ君、可愛いね。もしかして烏野のマネちゃん?ちょっとお話しようよ」


青葉城西の誰かが、我らが烏野高校が誇るーーいや宮城が誇るーーいやいや日本が誇る美女、清水潔子さんをナンパしている!
これは由々しき事態だ。
ノヤっさんは部活謹慎の身で、龍は練習試合前のアップ中の今、私が潔子さんをお守りせねば!


固く決意して、しかし私は思い悩んだ。


け、けれど、もし潔子さんも乗り気だったらどうしよう。
通う学校が違う恋人同士というのも、また乙なものであるし。
もしそうだったのなら、私は完全にお邪魔虫だ。
でも、やっぱり潔子さんの烏野高校での物語が見たいという気持ちもあるし……。


「……あれ、聞こえてる?もしかして緊張してるの?」


だが聞こえてきたナンパ男の言葉と、そういえば先ほどから全くない潔子さんの返答に、私は確信した。
これは潔子さんお得意のガン無視である、と。
つまり潔子さんに交流を深める気はさらさらない、ということを。


私は勢いよく廊下を飛び出した。
驚いたように潔子さんと、そしてナンパ男が振り返る。
ナンパ男を認めて、私は目を見開いた。
彼は所謂イケメンだったからだ。
普通の女の子ならば、ほいほいとついて行ってしまっても可笑しくないだろう。
だが潔子さんは違う。
潔子さんはそんな彼を、物ともしていない。

さすが潔子さん!
私たちーーいや、普通の人たちに出来ないことを平然とやってのける!
そこに痺れる憧れるぅ!


私は潔子さんを隠すようにして、彼の前に立ちはだかった。
息を吸って、声を上げる。


「この方を誘うと大変残念なことに、漏れなく私もついてきてしまうので、お引き取りください!!」


沈黙が落ちた。
体育館から掛け声やボールの音が聞こえてくる。


ぽかんとしていた彼は、やがて噴き出すと、お腹を抱えて笑い出した。
私は唖然とする。


ーー笑った、だと……。
可笑しい、私の予想では彼は「ひええ!こんな奴までついてくるなんて御免だよ〜!」とか何とか言って、尻尾を巻いて逃げていくはずだったのに。


半ば恐怖を抱き始めた時、彼は目許に浮かんだ涙を拭って口を開いた。


「君さーー」
「名前、行こう」


だが言いかけたところで、潔子さんが私の手を握ると歩き出した。
「もうちょっとお話しようよ〜」やら何やら言っている男を放って、潔子さんは体育館へと戻りながら言う。


「私が引退してからのことを考えると、名前を一人にしておくのは本当に心配」
「いえ、私は潔子さんの方が心配です……!」
「そういうところが更に心配」


心配がゲシュタルト崩壊してきたところで、一年生の月島君と山口君に会った。
白いタオルで汗を拭きながら、月島君が嘲るように笑う。


「名字さんって本当馬鹿ですよね。ある意味、身の程知らずっていうか」
「た、確かにそうだよね……返す言葉もないよ」
「あれじゃあナンパを止めることなんて、できませんって、名字さん」
「いけると思ったんだけどねえ」


山口君の言葉に、私は情けなく頭を掻いた。


体育館に入れば、そんな私を見て不思議そうに首を傾げた龍が近寄ってくる。


「どうしたんだ?名前。落ち込んだような顔して」
「龍……私じゃあ、力不足だったよ」
「何があったんだよ?」


真剣な表情で訊いてくる龍に、私は眉根を寄せた。


「潔子さんが、潔子さんが例のごとくナンパされてしまって……!」
「何ぃっ!?」
「そのこと自体は自然の摂理というか、潔子さんの魅力を考えれば当然すぎることなんだけれど……月島君にも言われた通り、私は身の程知らずというかーー見誤っていたんだ」


言って私は龍を見上げる。


「私が出張れば、相手はさすがに退くと思ったんだ」
「名前……」
「だけど駄目だった。潔子さんの魅力は、私という存在を補って尚、余りあるものだったんだ……!」


手を握りしめて俯いた私の肩に、優しく手が置かれる。


「俺が倒してやる。任せろ、名前」
「龍……!」
「それで相手は、どんな野郎だったんだ?」
「ええと……こう言っては何だけど、ちょっと軟派な王子様、っていう感じだったかなあ」
「んだよ優男か!更にムカつくな!」
「王子様っていうよりは王様かなあ……いや、それよりも、もっとこうーー」


しっくりと来ない異名に頭を捻っていた時、後ろから声が掛けられた。


「青葉城西にも、王様がいたんですか?」
「日向君ーーうん、実はそうなんだ」


振り返った私は日向君に頷き、そして首を捻る。


「だけどね、何て言うのかな……王様でもまだ足りないような覇気というか」
「王様よりも上ってことは、大王様じゃないですか?」


日向君の言葉に、私は微かに目を瞠った。
大王様、と呟いて、そして大きく頷いた。


「それだよ日向君。大王様っていう言葉が一番当たってる」


だが正解を出してくれた日向君は、青い顔をしてお腹を押さえていた。


「お、王様よりも更に上の大王様がいるなんて……ちょ、ちょっとトイレ行ってきます」


日向君、大丈夫かな。
さっきから調子が悪いみたいだけれど……はっ!
ま、まさか潔子さんを狙う輩が多いことに焦り、恐怖し、緊張していたのか!?
何ということだ、私としたことが、落ち着いた年上女性と母性を擽る年下男子という組み合わせに気がつかなかったなんて……!
だけど。


「日向君はすごいなあ」


日向君は青葉城西に来るバスの中からして既に緊張していた。
つまりは最初から、無意識か意識的にか分かっていたのだ。
その危険性を察知していた。
さすがは期待の「最強の囮」だ。


「日向がすごいって、名字さんそれマジで言ってるんすか」
「影山君ーーうん、そうだけれど」


掛けられた声に首を傾げながら応えれば、影山君は眉をしかめた。


「でもあいつ、さっきから緊張しっ放しですよ」
「うん。だから、すごいなあって」
「よく分からないっすけど……緊張を乗り越えることの方がすごくないんですか」


緊張を乗り越えるーーつまり恐怖に打ち勝ち潔子さんを守るということか。


「いや、その役目は日向君にはまだ早いよ」


私は笑い、そして龍を見た。


「潔子さんを守るのは、私たちの役目だから!ね、龍」
「ん?おう!名付けて俺たちーー潔子さんを、守り隊!」


高らかに言ってポーズを決めれば、影山君はボールを持ったままぽかんとしていた。
「やめなさい」と潔子さんに頭を叩かれる。
そのことに喜んでいた私と龍は、しかしすぐに目を落とした。


「やっぱり、どこか寂しいね……」
「真ん中をびしっと締めてくれる奴がいないからな……」


部活謹慎中のノヤっさんに思いを馳せていれば、肩を叩かれた。
振り返れば、大地さんが笑顔で言う。


「田中も、名字も、そんなに落ち込むな」
「大地さん……」
「あと少しの辛抱だ。あと少しで、烏野の守護神は戻ってくる。だから元気出せ。な?」


はい、と揃って大きく返事をすれば、大地さんは満足げに笑む。
その隣でスガさんも笑って言った。


「そうそう。だから田中も名字も、その馬鹿みたいな真似いますぐ止めろ」


私と龍は、はい、と再び揃って小さく返事をした。










落ちた強豪、飛べない烏ーーそれがいまの烏野高校排球部の呼び名だ。
そんな烏野高校排球部にて私は、毎日マネージャーとして部活動に励んでいる。
元々ここに入りたいと思っていた、という口ではないけれど、いまでは入部したことを心から良かったと思っている。


「月島ナイッサー!」
「ツッキー、ナイッサー!」


何故ならここでは毎日のように素晴らしい青春の物語ーーではなく一生懸命に部活動に打ち込む素敵な人たちと、一歩でも先を目指して、共に歩むことができるからだ。
目標を掲げ大きな舞台を目指す彼らは輝いていて、そんな部員たちの力に少しでもなりたいと心から思っている。


「お前ら、また大地さんに叱られーー」
「喧嘩は後でしろ。な?」
「ほら見ろ言わんこっちゃない!」


入部したての頃、彼らの物語を想像するという疾しい気持ちがなかったのかと言われれば、否定はできない。
けれどいまは本当に、皆のことを応援している。
雑念なんて入り込む隙もないくらいに。


「ボゲェ日向ボゲェ!!」


雑念、なんて。


「よっしゃあ!!」
「速攻、決まったぁ!!」


ーーああもう、本当にここはオアシスだ!パラダイスだ!!




151010