翌日、昼過ぎに一楽で待ち合わせた私とナルトは、まずそこで昼食を食べた。
昨日の任務の話や、次の仕事の内容を話しながら食事を終えた私たちは、次いで街の中をぶらりぶらりと当てもなく歩いた。
武具の店を覗き、川を眺め、お茶を飲んだ。
「名前、次は向こうに行こうぜ」
そうナルトに手を引かれて、私は「うん」とにっこり笑った。
ナルトの手の温かさを感じながら、幸せな気分で笑んでいた。
私は昨日、一体何に緊張していたんだろう。
そう思って私は、いつの間にかナルトよりも歩みが遅れていることに気がつくと、慌てて小走りで隣まで駆けた。
だが、ほっとしたのも束の間、ナルトは歩みを速めて再び前へと出てしまう。
私が遅くなったのではなく、ナルトが歩みを速めていたのだ。
私は困惑してナルトを見上げた。
「ナルト、何か急ぎの用事がーー」
そう訊きかけて、私はぽかんとそれを見る。
ーーナルトの、赤い耳を。
首まで染まった熱と、繋いだ手を見比べた私は、ややあって息を呑んだ。
自分の頬にも熱を感じ始めて、混乱しながら歩き続ける。
「やだ。ナルトと名前、デートぉ?」
そのとき、いのの声がして私たちは振り返った。
駆けてくるいのの後ろには、お馴染みシカマルとチョウジの姿も見える。
「まあ、……そうだってばよ」
ナルトの言葉に、いのは顔を輝かせた。
「あんたたち、とうとう付き合ったんだ?」
「つ、付き合ってないよ!」
「ええ?でも雰囲気はどう見ても恋人のそれだし、手だって繋いでいるじゃない」
私ははっとして手許を見やった。
繋がれた時はそう可笑しなことだとは思っていなかったが、確かに私だって、手を繋いでいる男女を見れば恋人同士なのだろうと考える。
慌てて手を解こうとすれば、しかし強く握られてしまう。
驚いてナルトを見れば、ナルトは拗ねたように私を見ていた。
「そんなに必死になって否定しなくても良いじゃねえか」
「だけどナルト、誤解されちゃうよ」
「別に俺ってば、問題ねえし。てか……誤解されてえし」
言ったナルトに、私の頭の中には、虫除けのためだろうか、という考えが浮かぶ。
ナルトは近頃、特に年下の女の子たちにとても人気があるから。
ナルトにはそれに応えるつもりがないから、後腐れのない私を隣に置いておくことで、虫除けの効果を期待しているのか、と。
だけど何故だか私はナルトに、そうなのだろうと訊けなかった。
訊けば、ナルトはきっと答えてくれる。
その答えを訊くことが、何故だか今は緊張した。
「もう、いのは。二人にちょっかい掛けるの止めなよ。せっかく良い雰囲気なんだから」
「チョウジの言うとおりだぜ。お邪魔虫は退散ってな」
シカマルがそう言って、そして三人は笑みを残して去っていった。
訪れた沈黙が気まずく、私は三人の背中を見送りながら言葉を探す。
日が暮れ始め、大通りには夕飯を買いに来た女性たちが増えてきていた。
それを見て、私はナルトに問いかける。
「ナルト、明日の任務は? もし朝早いんだったら、そろそろ帰った方が−−」
言い掛けたところで、ナルトは繋いだ手に力を込めた。
帰りたくない−−と、まるでそう言われているような気がして、私は息を呑む。
明日は−−とナルトがぽつりと言った。
「明日は俺たち、また一緒の任務だろ。サクラちゃんと、サイと」
「そ……そういえばそうだったね。ごめん、うっかりしてた」
私は何をこんなに緊張しているのだろう。
「うん。それで、明日の任務は昼からだけど」
言ってナルトは私に目を向けた。
青い目に見つめられると、何かに囚われたように体が固まってしまう。
「名前はもう、帰りたいのかってばよ」
「えっと……そういうわけでは」
「俺はまだ、名前と一緒にいたいけど」
−−ああ本当に、いったい私はどうしてしまったのだろう。
ナルトに「まだ一緒にいたい」と言われて、私が取るべき行動は一つだ。
それは、にっこり笑って「もちろん」と言うこと。
頼ってもらえれば応えたいと思うし、今では嬉しいと思うようにもなった。
−−だけど今は、よく分からない。
里を見下ろす展望台に来た私たちは、木製のベンチに座ってただ里を眺めていた。
近くの林で鈴虫が鳴いている。
里には光が散らばっていて、そして空には丸い月が浮かんでいた。
流れている沈黙は苦しいものだったけれど、だからと言って口を開かれた時のことを思うと落ち着かない気分になった。
綺麗だなあ、私はやっぱり木ノ葉隠れが好きだなあ、そんな里に暮らせていて幸せだなあ−−と、いつもならば思っていただろう。
だがしかし今は、繋がれたままの手にばかり意識が行ってしまっている。
「あのさ、名前」
すると、ようやくと言うべきかナルトが口を開いた。
「昨日、好きについての話をしたの、覚えてるか」
「う、うん」
「それでよ−−その、何つうか、一日よく考えたんだけどよ」
言ってナルトは、たまらずというように立ち上がった。
赤い顔をして私を見る。
「俺ってば、その、名前のことが−−」
「ま、待って、ナルト!」
私は咄嗟に声を上げると、立ち上がり、思わず数歩退いた。
いったい何を勘違いしているのかと、何を自惚れているのかと、自分でもそう思うが、しかし今のこの状況はラブストーリーでよく見るものと似すぎている。
勿論ナルトがラブストーリーを繰り広げることに何ら異論はない。
ただ私は、その舞台のど真ん中に自分が立っているということが堪えられなかったのだ。
居心地が悪いというか、緊張するというか。
ぽかんとしていたナルトは、むっと口を尖らせると大股で歩み寄って来て私の腕を掴んだ。
「どうして逃げるんだってばよ」
「逃げたというか、これは自然のことだというか」
「は?」
「間違ってスクリーンに出てしまったら、戻るのは当然だから」
「何言ってんのか全然分かんねえってばよ」
息を吐いたナルトはそうして私を見る。
「とにかく、ここにいてくれってばよ」
「わ……分かった」
「よし。……それで俺ってば、名前のことが−−」
「うわああああ!」
「だーっ!もう、何なんだよさっきからーっ!?」
「だ、だってナルト、一体何を言おうとして」
「だから!それを今から言うんだってばよ!」
声を上げたナルトは大きく息を吐いて、名前ってば、とじろりとした目を私に向けた。
「俺が今から何言うか、大体分かってんだろ」
「えっと……」
「で、それを聞きたくないと思ってる」
私は、それは、と言ったきり言葉がなくて口を噤んでしまう。
ナルトの言うとおりだった。
もしも彼が今から言う言葉が、私の思っている通りならば、私はそれを聞くのが怖い。
とても幸せだった関係が変化してしまうことを、恐れている。
俯けば、ナルトは「でも」と笑って言った。
「俺ってば別に、悲しくねえってばよ。普通に考えたら、聞きたくないっていうのは、気持ちを受け取りたくないってことと同じだと思うけど」
言うとナルトは私の頬を両手で包んだ。
「名前ってばさっきから、ずっと顔が真っ赤だからな。俺と同じで」
息を呑んだ私の目を、ナルトは優しい目で見つめる。
「だから、気持ちも同じだって、俺ってば思ってるんだけどよ……」
照れたようにそっぽを向いて言ったナルトは、手を下ろすと、改めて私に向き直る。
「好きだ、名前」
「ナ……ナルト」
「俺ってばお前が、すげー好きだ」
言葉もない私に、ナルトは静かに続けて言う。
「俺には大切な繋がりがたくさんできたし、それを失うつもりもねえ。仲間たちとの繋がりを、ずっと持って、生きていきたい」
「ナルト……」
「名前には、その中でも一番傍にいて欲しいんだ。一生、隣にいて欲しい」
ナルトは軽く笑って、
「サスケはよ、今も里にはいねえけど、あいつが木ノ葉の忍であることに変わりはねえ。たとえ近くにいなくたって、元気でやってくれてりゃそれで良い。……だけどよ、名前は何つうか、違うんだ。傍にいて欲しいんだってばよ。俺ってばお前が、好きだから」
息を呑む私に、ナルトは照れたようにはにかむ。
「まあ、名前はサスケよりも危なっかしいからっていう理由も、あるかもしれねえけど」
言うとナルトは問うように私を見た。
私は、えっと、と呟きながら目を泳がせる。
何を言えば良いのか分からなくて、必死で頭を回転させていれば、ナルトが一歩を踏み出した。
「余計なことは、考えちゃ駄目だからな」
「余計なこと、って」
「名前お得意の、周りの人が、とか、自分じゃ駄目だ、とかだってばよ」
目を丸くすれば、ナルトは真摯な眼差しを私に向けた。
「いまは俺と、自分のことだけ考えろってばよ」
「私と、ナルトのことだけ」
「まあ仲間思いなところも、好きなんだけどな」
笑ったナルトに、私は頬の熱を感じながら俯いた。
自分と、ナルトのことだけを考える……。
ナルトのことは、もちろん好きだ。
だがその「好き」の意味は何かと訊かれれば、困ってしまう。
困ってしまうことが、不思議だった。
つい先日まで、私のナルトに対する「好き」の意味は、明らかに友愛のそれだった。
私はナルトをかけがえのない仲間だと思っていたし、ナルトも同じような想いを示してくれた。
信頼してくれていることが嬉しく、誇らしかった。
だがあっという間に、私とナルトの間にあった想いは、その性質を変えてしまった。
すると関係も変化してしまうだろうし、そして私はそれを恐れた。
けれどナルトは私により深い愛情を示してくれていて、私も、気持ちこそまだ把握できていないものの、うるさい心臓は無視できない。
気持ちが通じ合うことは幸せなことだと思う。
もし自分とナルトの気持ちが同じで、そしてより深い関係になれるのだとしたら。
「ナルト、あのね」
私は、はにかみながら口を開いた。
「自分でも、まだよく分かっていないんだけれど……私はきっと――」
言いかけた時だった。
気配を感じて、私とナルトは同時に振り返った。
そしてベンチを挟んだ向こう側に立っていた人影に眉を顰める。
「暗部……?」
背丈は私と同じくらいだろうか、頭から暗い色の布をすっぽりと被ったその者は、動物の面を付けていて、年齢も性別も分からない。
困惑した空気が私とナルトの間に流れた瞬間――目前に面が現れた。
身構える暇もなかった。
勢いよく体当たりされて、私の体は共に宙へ投げ出される。
「名前!!」
ナルトの叫び声を聞きながら、私は面を取ったその者の顔を見た。
「名前!!――名前!!」
意識の奥底にまで届く声に、眉間に力を入れて瞼を上げた。
夜空を背景に、必死に私を呼んでいたナルトが、ほっとしたように息を吐いた。
「良かった。目覚めたかってばよ」
「……うん」
「気分はどうだ?名前ってば、あいつに襲われて高台から落ちた後、そのまま気絶してたんだってばよ。怪我はしてねえと思うけど」
「ナルトが助けてくれたんだね。ありがとう」
体を起こして礼を言えば、ナルトは「いや」と苦い顔をした。
「あいつを取り逃がしちまった。影分身で追いかけたけど、途中で瞬身されちまって」
「ナルトは……あの面の下を見た?」
「いや、見てねえけど。もしかして名前ってば、見たのか?犯人の顔を」
「……ううん、見てないよ」
「とりあえず、いま別の分身が、このことをカカシ先生に伝えに行ってるから、名前は俺と――」
「ナルト」
言葉を遮って名を呼べば、ナルトは少し怯んだように口を噤んだ。
訝しげに私を見るナルトの目を見返す。
「想いを伝えてくれて、ありがとう」
「い、今はそんなこと、どうでも良いってばよ」
私は静かに首を振った。
「――ごめんね」
え、と目を見開いたナルトに、私は言った。
「ナルトの想いには、応えられない」
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