我愛羅が自宅の扉を開けると、居間の方から軽やかな足音が聞こえてきた。
靴を脱いで、廊下に足を踏み入れたところで、居間の扉が開く。
我愛羅は優しく微笑んだ。
「ただいま。名前、カナデ」
「お帰りなさい、我愛羅」
「おぁえり!」
にっこりと笑う名前と、その腕の中で声を上げるカナデーー我愛羅と名前の息子だ。
我愛羅は噛みしめるように笑うと、二人を抱きしめる。
幸せで、たまらなかった。
子供の頃は、家に帰っても向けられるのは出迎えの言葉ではなく、冷たい眼差しだけだった。
自宅であるのに、よりいっそうの孤独を感じた。
だがそれがいつからかーー木ノ葉隠れの忍である、うずまきナルトに出逢ってから、変わっていった。
我愛羅は繋がりを作ろうとして、そしてそれを大事にした。
家は、大事な繋がりである家族が集まる、大切な場所になった。
そして名前と共に暮らすようになり、カナデという新しい繋がりも増えた。
帰宅すると味わうこの幸せは、もう毎日のように体験しているが、それでも変わらず、ずっと嬉しかった。
「おとぉさ」
腕の中から呼ぶ声に、我愛羅は「何だ?」と首を傾げるとカナデを見下ろす。
カナデは、ん、と言うと小さな両手を伸ばして抱っこを強請る。
我愛羅が微笑みながらそれに応えれば、名前が笑んで、カナデの頭を撫でた。
「良かったね、カナデ。ーーそれじゃあ私、ご飯の用意をしてくるね」
「ああ。ありがとう」
言うと我愛羅は寝室へ向かう。
着替えるため、一旦カナデをベッドの上に寝かせれば、しかしカナデは我愛羅の背負う瓢箪に触れた。
まだ呂律の回らない口で何事かを言っている。
ああーーと、我愛羅は軽く笑った。
「砂で遊びたいのか?」
「うな!」
「本当にお前は砂が好きだな」
言って、我愛羅は瓢箪から砂を出した。
操って、カナデを砂の上に乗せる。
軽く浮かせれば、カナデは笑い声を上げて喜ぶ。
勿論、注意は怠らないまま、その間に我愛羅は着替えを済ませた。
カナデを抱き上げて居間に戻れば、我愛羅の分の夕食が卓に用意されていた。
「おかぁさ」
カナデを名前に預けると、我愛羅は席に着き食事を始めた。
「うな!」
「……ああ、もしかして砂で遊んでもらったの?」
「あい!」
「そっか、良かったね。本物はどうだった?」
「たーい!」
「そうだよね。やっぱりお父さんはすごいよね」
妻子の会話を微笑ましく見守っていた我愛羅は、食事を終えて、食器を下げる。
洗おうとすれば、名前が駆けてきた。
「我愛羅、置いといて良いよ。それよりお風呂が湧いているからーー」
「いや、大丈夫だ。俺にやらせてくれ」
「でも……」
「ただでさえ、このところ忙しく、家のことは名前に任せきりだからな。この程度のことでは足しにもならないだろうが、少しでも何か役に立てることがあれば言って欲しい」
「我愛羅……ありがとう」
「……大丈夫か?」
「ーーえ?」
「薄らとだが、隈ができている」
「それは我愛羅もだよ」
「……俺は元からだ」
そうだよね、と名前は笑う。
そして目許を軽く押さえて言った。
「やっぱり寝る時間は不規則になっているかな。でも任務をしていた時もそうだったから、苦じゃないよ。それに今日もカナデと一緒にお昼寝していたから」
笑って言って、名前は目を伏せる。
「私より、我愛羅は大丈夫?厄介な抜け忍が問題を起こした、って聞いたけれど」
「ああ。敵のアジトまでは割り出すことができた」
「そっか。それじゃあ、まだあと少し忙しいね……。明日も早いだろうから、お風呂入ってきて」
浴室から出て、タオルで髪を拭いていれば、居間のほうから小さな泣き声が聞こえてきた。
そしてどこか困ったような名前の声も。
「カナデ、ほら、泣かないで〜」
「おとぉさ」
「そうだよね、寂しいよね。とてもよく分かるよ。だけどお父さん、いまはまだ忙しいんだ」
「ぐすっ」
「もう少しでお父さんの仕事も落ち着くだろうから、それまで私で我慢して欲しいな。ね?」
カナデをあやすため、そして名前の卑下するような相変わらずの言い分に物申すため、居間の扉を開けようとした我愛羅は、けれど聞こえた言葉に思わず手を止めた。
「ほら、カナデ。お父さんの真似でしかないけれど、あの術をやるから、元気出して」
ーーあの術……俺の真似?
我愛羅の脳裏に、先ほどの名前の言葉が蘇る。
「そっか、良かったね。本物はどうだった?」
我愛羅はそっと扉を開けた。
名前の傍に、砂が入った箱が置かれているのを見つけて、目を瞠る。
カナデはすっかり泣きやんで、目を輝かせて名前を見上げていた。
「ーー響遁、重音の術!」
名前が印を組んで、掌を砂に向ける。
すると砂が、直接操られているわけではないが、作用された周りの空気と共に宙へと上がっていく。
そして、それと同時にカナデの視線も。
砂はだんだんと合わさっていき、やがて宙に球体を作った。
「ーー砂瀑送葬!」
言葉と共に名前が手を握りしめ、すると球体は破裂した。
声を上げて喜ぶカナデに、名前も笑う。
「良かった。やっと笑ったね!やっぱり我愛羅は、術も含めて素敵だよね!」
「たーい!」
一部始終を見ていた我愛羅は、やがて俯いた。
ややあって震え出す。
そしてたまらず居間に足を踏み入れた。
「ああ、我愛羅ーー」
振り向きかけた名前と、そしてカナデを強く抱きしめる。
「……やってやる」
「ーーえ?」
「お前たちが喜ぶのなら何度だって、やってやる……!」
言って我愛羅は掌を合わせた。
名前がそれを見てぎょっとする。
「流砂ーー」
「ま、待って我愛羅!その術はまずいよ……!」
150912