その端正な顔をまじまじと見上げていれば、うちはサスケは口を開く。
「記憶を失っているとナルトたちから聞いたが、本当か」
「えっと、はい」
答えれば、サスケは眉根を寄せる。
そのようだな、と言って私を地面に降ろした。
「敬語は止めろ。気に食わない」
言われて私はぎょっとする。
「ごめんなさーーご、ごめん」
「それに、お前はどうしてここにいる。しかも一人で。いまのお前は記憶をなくしている。戦えないことは、さっきあいつの攻撃を避けられなかったことからして明らかだ」
「その記憶を、取り戻しに来たんだよ。皆に言わずにここへ来たのは、急いでいたからっていうこともあるけれど、きっと止められると思ったし、それに何より、皆を危険な目に合わせたくなかったから」
ナルトたちが私を埃の国へ行かせまいとしたように、私もまた、埃の国には何か波乱があると思っていたし、自分がその火種になりうるかもしれないと分かっていた。
だから一人で来た。
ーー巻き込みたくなかった。
するとサスケがちらりと笑って、私は目を丸くする。
サスケは私の頭に手を置くと、軽く撫でて言った。
「お前は、記憶があってもなくても、ウスラトンカチだ」
首を傾げた時、大きな笑い声が祭壇の間に響いた。
振り返れば、シヘイが笑みを浮かべながら射抜くようにサスケを見ている。
「素晴らしい。まさか写輪眼と輪廻眼までもが手に入るとは。まずは九尾からと思っていたが、時空眼に加えて二つの瞳術が手に入るならばそれも良し」
「ーー九尾」
シヘイの言葉に、サスケが眉根を寄せて呟く。
シヘイはソーヤ君を振り返り、声を荒らげてその名を呼ぶ。
「ソーヤ!うちはサスケからもエネルギーを奪え!」
ソーヤ君は手の中の水晶とサスケとを見比べると、強く首を横に振る。
そんなソーヤ君にシヘイは眉を上げた。
シヘイが足を踏み出そうとした時、サスケが、おい、と声を上げる。
サスケはソーヤ君に目を向け言った。
「その水晶の中に名前の記憶があるというのは本当か」
ソーヤ君は大きく頷く。
ならーーとサスケが刀を抜いた。
「記憶を戻せ。こいつの相手は俺がしてやる」
「うちは一族と手合わせができるとは光栄だが、生憎得たエネルギーを手放すつもりは毛頭ない。時空眼の術者が持っていた記憶だ。それは膨大なエネルギーだろう」
言ってシヘイは地面を蹴る。
ソーヤ君に向かって駆け出した。
サスケが、ここにいろ、と言い置いて地面を蹴る。
サスケとシヘイの刃が交わる。
息を呑んだソーヤ君が台座に向かって走り出した時、にやりと笑ったシヘイが声を上げた。
「いまだ!」
何事かと目を見開けば、何かが宙を切り裂いて飛んでいく。
それは矢だった。
はっとして振り返れば、祭壇の間の壁ーー重ねられた石畳の所々にぽっかりと穴が空いており、そのうちの一つに身を潜めているシヘイの部下の姿が見えた。
「うわあっ!」
ソーヤ君の声がした。
視線を戻せば、走っていたソーヤ君の足を矢が掠った。
ソーヤ君は体勢を崩し、そしてその手からは水晶が浮き零れていく。
「水晶が!」
水晶が空中で弧を描く。
その先には、別の穴から飛び出してきたシヘイの別の部下が手を捧げ上げて待ちかまえていた。
絶望に染まるソーヤ君の顔、敵の手の中に収まろうとしている水晶。
けれど私の目は、別のものを捉えていた。
サスケが口許に笑みを浮かべた。
その時、空気が螺旋状に歪み始めた。
目を見開けば、待ちかまえていた部下は声を上げて吹き飛ばされ、歪みから出た手が代わりに水晶を受けとめる。
歪みから現れた人物に、私は顔を輝かせた。
「ーーオビトさん!」
オビトさんは私に目を向けると、大きく息を吐き、そして言った。
「説教はあとだ」
その言葉に私が、え、と瞬いている間に、オビトさんはソーヤ君に水晶を差し出す。
「立て。この水晶は台座に填めて使うのだろう」
「はい。でもーーいいんですか」
立ち上がり水晶を受け取ると言ったソーヤ君に、オビトさんは眉を上げる。
「何がだ」
「木ノ葉の額宛をしているーー木ノ葉の忍でしょう?なら僕が、名前さんの記憶を消した犯人だって、知ってるんじゃ」
「あくまで可能性の一つとして挙がっていただけだが、自白してくれるとはな。名前の記憶は、本当にお前が持っていたというわけだ」
「はい……水晶の中に入っています」
ならば、とオビトさんは言った。
「名前の記憶を戻せ。俺はその手助けをするだけだ」
ソーヤ君は目を見開くと、強く頷き再び駆け出した。
そのあとを追おうとするシヘイの手下たちを、オビトさんが退ける。
「誰か!ソーヤを止めろ!ーーくそっ!」
「お前の相手は俺がすると、言ったはずだ」
阻もうとしたシヘイを、サスケが抑える。
台座の前に立ったソーヤ君が私を向いた。
目が合って、私は頷く。
ソーヤ君も応えるように頷くと、輝く青色の水晶を台座に填めた。
一瞬間のあと、水晶から一筋の光が現れ、それは真っすぐに私の額を射抜いた。
その眩しさに、私は強く目を瞑る。
地面が抜け落ちていくような感覚に、思わず伸ばした手が空を掻いた。
暗闇の中を落ちていく。
けれどそのことに抱いたのは不思議と恐れではなく、どこか感じる懐かしさだった。
ーー埃の国、金字塔の最深部、祭壇の間にて、ソーヤ君の話を聞き終えた私は手を握りしめる。
「九尾をーーナルトを狙っているだなんて」
呟いて、眉根を寄せた。
「そんなことは、絶対にさせない。シヘイたちのことは必ず止める……!」
「僕の話を……信じてくれるの?」
見上げてくるソーヤ君に私は、うん、と頷くと膝を折って目線の高さを同じくした。
にこりと笑って、その手を握る。
「信じるよ。ーー私、この国に着いてすぐ倒れたよね。あの時味わった感覚は、とても懐かしいものだったんだ」
「懐かしいもの……?」
「うん。私は、時空眼っていう瞳力を持っていて、その瞳術で過去や未来を見ることができる。その時の感覚と同じだった。どういう原理かは分からないけれど、私の時空眼は埃の国の何かーーたぶん水晶だねーーに反応して過去を見た。そして見たそれは、埃の国のものだった」
私は、ただ、と続けて、
「見た過去の内容を正確に覚えているわけじゃない。それどころか自分でも無意識のうちに反応して、状況を把握できないまま見たものだから、何も覚えてないに等しかった。だけどソーヤ君の話を聞くうちに、曖昧だった記憶が鮮明になった」
だからーーと私は笑う。
「信じるよ。危機を、教えてくれてありがとう」
ソーヤ君は目を潤ませると唇を噛みしめて、はい、と大きく頷いた。
「僕が名前さんに助けを求めたのは、この水晶で見た過去に、名前さんとそっくりな女の人が出てきたからなんです」
「私とそっくりな……?それに水晶は過去を見ることもできるの?」
「水晶は代々エネルギーを注がれると同時に歴史も刻まれてきたんです。だから未来や、遠く離れた何ら関係のない過去は見れないけれど、水晶に関わった人や時のことは見れる。その中の一つに、名前さんとそっくりな女の人が出てきて、水晶を操っていたんです。これを操れるのは一族以外にいないはずなのに」
「操っていた……?」
「はい。誤って出し過ぎてしまったエネルギーを、水晶の中に戻していたんです」
「……その時その人は右目を閉じていなかった?」
「言われてみれば……はい、確かにそうでした」
「目の色は覚えている?」
「緑っぽい色だったと思います」
私は、そっか、と呟いて、そして頷く。
「その人は私と同じ一族の人で間違いないと思う」
ソーヤ君は目を輝かせた。
「それじゃあ名前さんも、水晶を操ることができるんですか?」
「時空に関わることなら、うん、できるよ。その人がやったことも、過去に干渉する左眼で作用を掛けて、水晶の中にエネルギーを巻き戻した、っていうことだと思う」
「お願い……!」
するとソーヤ君が声を上げた。
目を丸くした私は、その小さな肩が震えていることに気がつく。
「お願いします。家族を、一族をーー埃の国を、助けてください……!」
言ってソーヤ君は水晶に目を向ける。
「シヘイたちが九尾のエネルギーを奪おうとしているように、いま水晶の中には残り僅かしか使えるエネルギーはありません。だから、ミイラとなってしまった皆を元に戻すことができない。エネルギーを水晶に注ごうにも、もうこの国は枯渇してしまっているし、外に探しに行こうにも僕はシヘイたちに見張られている。逃げることなんてできない」
ソーヤ君は、だから、と私を見上げた。
必死さが窺えるその目が胸に痛い。
「お願いします、名前さん。助けてください。シヘイたちが奪い、使ってしまったエネルギーを、巻き戻してください」
「ソーヤ君……」
「僕、お礼に何でもします。水晶だってあげます。だから……!」
「ソーヤ君」
名前を呼べば、ソーヤ君ははっとして俯いた。
荒く息をするソーヤ君に、静かに言う。
「確かにできるよ。水晶の時間を巻き戻して、エネルギーを一族の人たちに戻し、ミイラ化を解くことはできると思う」
「だったら……!」
「だけど、それじゃあ問題は解決しないと、そうも思うんだよ」
「どういうことですか……?」
私は祭壇の間を見渡した。
印を組んで、響遁の術を使い、耳を研ぎ澄まさせて感知する。
金字塔の周りに点在する決して少なくはない気配と、それより離れたところに感じる固まった気配、おそらくこれはナルトたちだろう。
けれどそれ以外の者の気配は、私には感知できない。
必ず存在しているはずなのに。
「ソーヤ君は、ミイラにされてしまった一族の人たちが、いまこの国の、どこにいるのか分かる?」
「分からないです……教えてくれなくて」
そっか、と呟いて眉根を寄せる。
「私も感知できないんだ。どこに眠らされているのか分からない。だからミイラ化を解いたところで、また人質にさせられてしまうかもしれない」
あるいは、最悪な事態を引き起こしてしまうことだってあり得る。
「ソーヤ君の一族、そして国は、必ず助ける。けれどそのためには、まずシヘイたちをどうにかしない
いけない」
私はソーヤ君の手を強く握った。
「いますぐに一族を助けたい気持ちは分かる。だけどあと少しだけ忍んで欲しいんだ。ナルトたちは、事情を説明すればきっと信じてくれる。けれどいますぐに動くことは得策とは言えない。シヘイたちには地の利があるし、味方と、そして一族の人たちがどこにいるかも分かってる。シヘイたちを制圧し、ソーヤ君の一族を確実に助けるためには、まず作戦を練ってーー」
「それじゃあ駄目なんです!」
「ソーヤ君、でもーー」
「もうそんな時間は、残されていない……!」
どういうことかと訝しむ私に、ソーヤ君は告げた。
「水晶は、エネルギーがなくなるとーー割れてしまうんです」
私は目を見開いた。
眉根を寄せて、先ほどソーヤ君から聞いた事実を口にする。
「そして、水晶にはエネルギーが僅かしか残されていない……あとどれくらい保つか、分かる?」
「……いつ割れてしまうか、分からないくらいです」
ソーヤ君は声を震わせてそう言った。
私は立ち上がると、台座の水晶に手を触れる。
掌にひんやりと冷たいそれを見つめた。
ーー私とソーヤ君がナルトたちの許を離れてから、もう幾らかの時間が過ぎた。
なかなか戻ってこない私たちを訝しんでか、それとも任務遂行のためにか、何にしてもいずれ彼らもここに来る。
ーーシヘイたちも。
だとしたらソーヤ君と水晶を、このままここに置いておくわけにはいかない。
シヘイはナルトを狙っているからだ。
そしてシヘイたちを制圧することは、いまの状況では難しい。
どうすればいいーー私は眉根を寄せて考え込む。
ナルトに手を出させないために必要なことは、ナルトとシヘイを引き離すことじゃない。
ソーヤ君とシヘイを引き離すことだ。
水晶は奇跡の産物で、だからシヘイは勝機を見出し九尾を狙っている。
だとしたら水晶がなければ、シヘイは迂闊には木ノ葉に手を出せないはずだ。
ソーヤ君と水晶を、シヘイから離し、そしてエネルギーを探し注入するため国外に出てもらう。
けれどその前にまず、それまで水晶を保たせるエネルギーが必要だ。
……時空眼で、水晶の時を止めようかな。
そうすれば私は水晶の状態を把握できるようになるから、割れないほどにエネルギーが溜まってきたら、時空眼を解けばいい。
思って私は、ああ、と首を振った。
だけど目の色が変わっていたら、ナルトたちにはもちろんのこと、シヘイたちにも、何かがあったと知られてしまう。
ナルトたちは埃の国を不審に思うし、シヘイたちは何か事を起こすだろう。
それじゃあ駄目だ、ソーヤ君の一族に危害が及ぶ。
時空眼を使ったことを知られないため私が身を隠したところで、結果は同じだ。
「もう時空眼は使わせねえ。約束だってばよ」
私は自分の手を視界に翳し、その掌を見つめる。
約束と、非常事態とに心の中で天秤が揺れる。
その時、手の先にいるソーヤ君の姿が見えて、私ははっとした。
ソーヤ君はまだ幼い、けれど実年齢は私と同じくらいだと言う。
シヘイの命で、自分の生命エネルギーを少しずつ水晶に注いでいたため、成長が止まってしまっているのだ。
そんなソーヤ君の残りの生命エネルギーを注いで水晶が割れるのを阻止する、なんてことはできない。
同じくらいの齢なのに、小さなソーヤ君と、そして自分の掌を私は見比べる。
その手を握りしめて、空間の中を振り仰いだ。
渇いた石畳で造られた金字塔は、外の砂漠と同じように干からびていて、何かの源となるようなものを得ることはとてもできそうにない。
この祭壇の間に、エネルギーとなるものはないーーただ一つを除いては。
「ソーヤ君」
顔を上げたソーヤ君に、私は訊く。
「水晶に注いだエネルギーは、使わなければ、いずれ元に戻すことはできる?」
ソーヤ君はどこか困惑しながらも、はい、と首肯した。
私は、そっか、と言って、よかった、と呟いた。
そしてにっこりと笑うと、ソーヤ君を呼び、言った。
「私の時空眼を、捧げるよ」
2015.08.24