舞台上の観客 | ナノ
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「#年下攻め」のBL小説を読む
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「それじゃあ我愛羅、私たちは一足先に、砂隠れへ戻っているからな」


ああ、と答えた我愛羅から、テマリさんは視線を私へと移した。


「名前も、またな。体には十分気をつけること。分かったか?」


言われて私は笑いながら、はい、と頷く。
よし、と言ったテマリさんが私の頭を撫でた。


「それじゃあ、そろそろ行くじゃんよ。名前、元気でな。今回会えなかった木ノ葉の連中に、よろしく伝えておいてくれ」
「はい、カンクロウさん。お二人もどうかお気をつけて」


ああ、と笑って手を上げて、テマリさんとカンクロウさんの二人は分かれ道の一方を歩いて行った。
その背を見送ったところで我愛羅が言う。


「行く先は土の国だから、俺たちはこちらの道だな。行こうか」


うん、と私は頷いた。
分かれ道のもう一方を並んで歩き始めると、でも、と私は口を開いた。


「驚いたよ。我愛羅から、私の実家に行きたい、って言われた時は」


――事の始まりは、一か月ほど前に我愛羅から届いた手紙。
そこには、次にある木ノ葉での五影会談の後にできたら休みを取って欲しいということ、そしてその休みを利用して、私が昔両親と暮らしていた場所へ連れて行って欲しいということが記されていた。


「迷惑ではなかっただろうか」


我愛羅の言葉に私は、まさか、と笑う。


「そんなことあるわけないよ。というかむしろ、私のほうが我愛羅に迷惑を掛けてしまうかもしれなくて」


首を傾ける我愛羅に、私は苦笑するように笑いながら頬を掻いた。


「実は、昔暮らしていたその家がどこにあるのか、っていうことについてが少し曖昧で……土の国の外れにあったことは確かなんだけれど、どうにも詳しいところについてまでは自信がなくて。だからもしかしたら、着くまでに少し余計な時間が掛かっちゃうかもしれないんだ」
「そういうことなら、何も問題はない」


我愛羅は微笑うと続けて言った。


「名前と過ごす時間の中で、余計であったり、無駄である時間など、一つもないからな」
「そ……そっか。……う、うん、私もだよ、我愛羅」


頬の熱を感じながらやっとの思いで言った私は、やがて我愛羅の視線に気がつくとそちらを向いた。
首を傾げて彼の名を呼ぶ。


「我愛羅?」
「名前……愛しい」


息を呑む私に、我愛羅は続けて言った。


「手を……繋いでもかまわないだろうか」


立ち止まると差し出された掌に、私は笑って頷いた。


――手を繋いで、私たちは再び歩き出す。
なんだか気恥ずかしくて、もう一方の空いた手で熱い頬を煽ぎながら、景色へと目を向けていた私は、脳裏でいつか見た風景と重なるそれに、思わず、あ、と声を漏らす。
首を傾げる我愛羅に、笑って言った。


「よかった。道、合ってるみたい。ここの景色に覚えがあるから」


我愛羅は、そうか、と言うと私に目を向ける。


「名前は、いつまでその場所で暮らしていたんだ?」
「えっと、家族を捜している旅の途中で砂隠れも訪れて、そうして初めて我愛羅に会ったよね」


頷く我愛羅に、私は続けて、


「風の国を訪れる前に、まず土の国の色々な場所を回っていたから――詳しい年数までは覚えていないけれど、本当に小さな子供の頃までのことだったかな」


それでも、と私は笑う。


「幸か不幸か、記憶を思い出せたのは――取り戻せたのは、時空眼を開眼してからのことだったから、まるで最近のことのように思い出せる部分は多いんだけれどね」


私は胸に手を当てると、それに、と呟く。


「両親にも、また会えた。二人と過ごした時間は短いものだったけれど、そのどれもが、幸せな記憶となってここにある」
「そうか……」


優しい眼差しを向けてくれている我愛羅のその目を、私も見つめ返して、にっこり笑った。


「だからありがとう、我愛羅。今回こうして誘ってくれて。……本当は、記憶を取り戻した時に来ようかとも思っていたんだけれど――」


「私、入ります。暁に」


「……その時は、他にすべきことがあると思ったから。そのことは、いまも後悔はしていないし、両親もきっとそれを望んでくれたと思う。――それに何より、再び訪れることになったのが、今日こうして我愛羅と一緒で、とても幸せだよ」


だから、ありがとう。
再度言った私に、我愛羅は繋いだ手に力を込めると、口許を手で覆いながらやがて頷いた。


「ーーあ、我愛羅、ここだよ。この小道を抜けるの」


言って私が示したのは、背丈ほどもある茂み。
繋がっているようにも見えるその茂みのある一部分を掻き分ければ、続く一本の小道が現れる。
歩き、その先に見えてきた木の家に、私は顔を輝かせた。
そうして目を細めると、微笑って言う。


「ここが私が暮らしていた家だよ、我愛羅」


時空眼を狙う輩から身を守るために建てられたこの人里離れた、隠れ家のような木の家は、宿主をなくし何年もが経ったいま、最早森と一体化したようになっていた。
家と変わらぬほどの大樹の枝は屋根まで伸びて、大半を葉で埋め尽くしている。
地面からは蔓が壁に張りついていた。
昔の記憶ーー建てられたばかりの真新しい頃と比べるとすっかり色を落としてしまっている家は、見ればどこか物悲しい。
ただ森と一つとなって、木漏れ日が射す鳥たちの居場所となっているそれは、同時に幻想的だった。


「もう少し片付けてから出て行ったほうがよかったかもしれない、って何度か思ったこともあったけれど……これでよかったかな」


小さく微笑ってそう言えば、我愛羅がどこか控え目に私を呼ぶ。


「名前は……家族を捜す旅を始める前、ここにいたのか?」


私は、うん、と言って、歩いていくと縁側を示した。


「ここで目覚めた。その時にはもう一人で、両親の記憶はなくしてた。それに両親の肉体も、二人が命を落とせば伴って消えるよう、あらかじめ母が時空眼に命令を掛けていたから、家族に関するものは何も」
「消えるように、あらかじめ命令を掛けていた……?」
「うん。これは、いくらかの忍も同じことだと思うけれど、特異な能力を調べられたり捕られたりするのを防ぐために、そうしたみたい。時空眼は一族の者にしか扱えないけれど、それでもチャクラや何やらを調べられたら困るから」
「そうか……」
「私に家族はいなくて、ずっとこの家で一人で生きてきたーー記憶はそう、改ざんされていた。だけどやっぱり、何かが可笑しいと感じていたんだと思う。そして変えられた記憶の通りーーそれまでと同じように、買い物をしに近くの町へと出かけてーー自分に家族がいないことを不思議に思った。だから捜しに、旅に出た。……心残りはなかったよ」


我愛羅は静かに頷くと私の頭を撫でる。


「御両親と暮らしていた時は、名前はここで、どんな生活を送っていたんだ?」
「どんな?ーーそうだね、ええと」


言って私は庭を見る。


「父が庭に、土遁で色々なものを造ってくれたんだ。遊具だったり、家だったり。とても楽しかったよ」


そしてーーと言いながら私は縁側に置かれたままの一冊の本を手に取った。
埃を払って、すっかり日焼けし変色してしまっているその本を開く。


「母はいつも、この本を私に読み聞かせてくれていた」
「文字がない……ひょっとしてこれは、名前の母君が書かれたものだったのか」
「うん。本っていうより、日記に近かったのかな」


これにはーーと私は頁を撫でた。


「母の大切な人たちのことが綴られていた。どんなに素敵な人たちか、そしてそんな彼らと、どんな生活を過ごしたか。ーー彼らがどんなに、大切か」
「……名前と、似ているな」


我愛羅の言葉に、私は笑う。


「お父さんにも言われたよ。私はお母さん似だって、半分拗ねながら」


言えば、我愛羅も微笑って、そうか、と言った。
私は目を細めると口を開く。


「でも確かに私は、この本を読んでもらうのが好きだった。素敵な人たちの話を聞くのが。そして、それを語る母の姿が。……いまはもう、内容はほとんど覚えてないけれど、それでもいいんだ。母が本当に伝えたかったことは、この本に記されていた素敵な人たちについてじゃないから」
「本当に、伝えたかったこと……?」


私は頷き、母は、と言う。


「本を読み終えると毎回決まってこう言っていた。ーー喜びがあれば悲しみがあるように、世界には、悪事を働く人間がいる。だけど必ず、素敵な人たちもたくさんいる」


ーーそしてね、名前。
いつかの母の声がする。


「あなたはきっと、そんな素敵な人たちと出逢う。そして助け合い、想い合い、愛し合う」


すると我愛羅が私の頬に手を添えた。
優しい眼差しを向けて言う。


「名前の御両親は、すべて分かっておられたのだな」
「自分でも、まだ不思議なんだけれどね」


笑って言って、私は続ける。


「素敵なーー大切な人たちと助け合い、想い合い」


私は我愛羅を見つめた。


「愛し合うことが、できているなんて」


照れ臭くてはにかめば、我愛羅はひどく優しい顔で私の頭を撫でる。
そうして静かに口を開いた。


「俺が、名前の実家に連れてきて欲しいと言った理由についてだがーー名前、前にお前は、俺の瓢箪に向け頭を下げていたな」


私は微かに目を瞠ると、ああ、と苦笑するように笑った。


「わ、私は名字名前と申します。恐れながら我愛羅さんとお、お付き合いをさせていただいております。不束者ですがどうぞ、よろしくお願いいたします……!」


「我愛羅のお母さんにご挨拶するつもりだったんだけれど、違うって、テマリさんとカンクロウさんに笑われちゃった時のことだよね」
「ああ……だが俺は、名前のその気持ちが嬉しかった。そして元より俺も、名前の御両親に御挨拶がしたいと思っていた。だから連れてきて欲しいと頼んだんだ」
「そうだったの?」


驚く私に我愛羅は、ああ、と首肯する。


「連れてきてもらったところで、もうお会いできないということは分かっていたが……名前が生まれ、育った場所に、来てみたいと思った」
「我愛羅……」


胸のあたりが暖かい気分で包まれて、私は目を細めた。
すると我愛羅は私の名を呼ぶ。


「俺は前に、お前に言ったな。名前の家族になりたい、と。そして会う度、気持ちを伝えさせてもらっている。……だが今日、ここで再び、誓わせてくれ」


言うと我愛羅は、一つ静かに息を吐いて、口を開いた。


「愛している」
「ーー!」
「お前が生まれてきてくれたことが、俺と出逢ってくれたことが、言葉では言い表せないくらいに嬉しく、幸せだ。俺はお前に救われ、また愛するということを知ることができた」


言葉もない私の手を、我愛羅は取る。


「もう二度と、お前を離すつもりはない」
「我愛羅……」
「健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、ーーどんな時も、傍にいる。いさせて欲しい。俺の全てをかけて、お前を幸せにする」


だからーーと我愛羅は言った。



「俺とーー結婚してくれ」



私は目を見開いた。
視界はやがて涙に呑まれ、我愛羅の姿も歪み、見えなくなってしまう。
我愛羅が、名前、と驚きと不安とがない交ぜになったような声で私を呼ぶ。
私は我愛羅の手を握り返すと、小さく首を振った。
瞬きをして、我愛羅を見上げる。


「嬉しいーー幸せだよ、我愛羅」
「それじゃあーー」


私は泣きながら笑って、大きく頷いた。


「私も誓う。どんな時も、傍にいる。ーー愛してる」


我愛羅がひどく優しい声で私を呼ぶ。
私たちは見つめ合い、やがてそっと唇を重ねた。
額を合わせて、すると我愛羅がぽつりと言う。


「今度また、木ノ葉へ行く。そしてカカシとオビトに、挨拶をする」
「カカシ先生とオビトさんに?」
「ああ。二人はーー特にオビトだがーー名前の兄だと言っていた。保護者代わりだと」


私は笑う。
我愛羅は続けて、


「ナルトたちにも報告をしたい」
「うん……そうだね。私も皆と、そして改めてテマリさんとカンクロウさんにお話がしたい」


我愛羅は、ああ、と頷き、言った。


「名前……いつか必ず、お前を迎えに行く」





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