舞台上の観客 | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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「え?昨日の夜に名前と?会ってないけど」


ーー木ノ葉隠れ、茶屋の店内にて。
言って、いのはサクラを振り返る。


「サクラ、あんたは?」


訊かれてサクラは首を振った。


「私も会ってない。任務も最近は、一緒じゃないし」
「あんたはもうすっかり、里外に出る任務はなくなったものねぇ。まあ病院に心療室にとあるから仕方ないか」


サクラは、うん、と答えると、シカマルに向き直って首を傾げた。


「でもどうしたの?シカマル。いきなりそんなこと訊いてきて。昨日の夜、名前が帰って来なかったとか?」


不機嫌そうな表情で口を閉ざしているシカマルに、いのとサクラは顔を見合わせた。
いのが驚いた表情で声を上げる。


「嘘やだ本当に?喧嘩でもしたの?」
「してねえよ。あと、帰って来なかったわけでもねえ」
「何だ。それならそうと、早く言いなさいよね」
「ーーただ」


シカマルは眉根を寄せると言った。


「遅いんだよ、名前の帰りが。昨日だけじゃなくて、ここ何日もな」


その言葉に、いのとサクラは瞬くと再び顔を見合わせる。
今度はサクラが訊いた。


「遅いって、任務じゃないの?」
「ちげぇよ。任務の予定は、詳細こそ知らないものの、お互い把握してるからな」
「それもそっか。夫婦だもんね」


言ってサクラは首を傾げる。


「でも遅いって、いったいどれくらい?」
「大体明け方だな」
「明け方って、それ朝帰りじゃない!」


思わず声を上げたいのに、店内にいる者たちからの視線が集まる。
肩を縮こまらせると苦笑しながら小声で店内に向かって詫びたいのは、けれどすぐに身を乗り出した。
テーブルを挟んだ向かいに座る幼なじみのことを半ば睨むように見る。


「まさかシカマル、あんた名前を疑ってるんじゃないでしょうねえ?」
「疑ってねえよ」
「本当にぃ?もしほんの僅かでも疑って、それが誤解だって分かった時は、何をしてでも詫びるのよ」
「ていうか、誤解も何も、名前が浮気なんてするはずないじゃない」


言ってサクラは肩を竦める。


「名前はそんな人じゃないし、そもそも名前がシカマルに隠し事なんてできないもの」
「分かった。シカマル、あんたたち最近会えてないんでしょ。だから訊くこともできないし、触れ合って愛情を確かめることもできない」
「触れ合って、って。いの、あんたねえ」


微かに頬を赤らめて、呆れたように言うサクラに、いのは見せつけるように笑う。


「何照れてんのよ。夫婦なんだから当たり前でしょ?私はサイと毎晩寄り添って寝てるし」
「はいはいお熱いことで」


ため息混じりに言ったサクラは、変わらず何か考え込むように眉根を寄せているシカマルを見ると、自身も目を落として呟いた。


「でも確かに、会えないのは辛いし、どうしても不安を感じることもあるわよね。……よく分かるわ」


サクラがそうぽつりと零すと、訪れた沈黙に、いのは気まずそうな顔で両者を見比べる。
しかしやがて、ああもう、と声を上げると机を叩いた。


「辛気臭いったらありゃしないわ、もう!あんたたち、いつからそんなキャラになっちゃったわけ?私たち同期の間で、女々しいのはチョウジ、気弱なのはヒナタって、相場はもう決まってんのよ」
「女々しいって、お前なあ……」


呆れたように言うシカマルに、いのは目を細めると微笑んだ。


「でもまさか、あんたからこんな相談を受ける日が来るとは思ってもみなかったわ。本当名前にぞっこんね」
「……ったく、めんどくせーな」
「照れない照れない」


幼なじみ二人の微笑ましい会話を見ていたサクラは、笑って口を開く。


「シカマルは、疑ってるわけじゃなくて心配なのよね、名前のことが。その気持ちもよく分かるわ」


サクラの言葉に、やがてシカマルがぽつりと言った。


「最近のあいつの任務っていうのが、霧隠れの里の暗号部との共同任務なんだよ」
「ああ、中期任務で木ノ葉に来てる人たちね。たまに見かけるわ」


サクラの言葉に、シカマルは頷いて、


「水の国で見つかったとある巻物には、古くの木ノ葉で使われていた暗号が使用されていたからな。霧と木ノ葉が共同でその解読に取り掛かるのは尤もだ」


言ってシカマルは眉根を寄せた。


「ただ、腑に落ちねえ。霧隠れの暗号部の隊長は、この共同任務に、名前の参加を要請してきたんだ」
「暗号の解読に名前を?それってちょっと可笑しくない?」
「ああ。だが向こうの言い分は、時空眼の使い手ということで歴史を多く知ってる名前が、古い暗号を解く手がかりになるんじゃないかっつうことらしい」
「……何だか、こじつけに聞こえるわね」


シカマルはため息を吐くと頭を掻いた。


「これが俺の考え過ぎならそれでいい。つうか実際、考え過ぎなのかもしれねえしな」


その言葉にサクラは首を振る。


「考え過ぎるに越したことはないと思う。だって名前ってーー鈍いんだもん」


言ってサクラは思わず笑う。
シカマルも小さく笑って、そうだな、と言った。


ーーそこでサクラはあることに気がつく。
先ほどからいのがまったく会話に入ってこない。
不思議に思って、いの?と首を傾げるとその顔を覗き込めば、いのは外の通りを凝視していた。


「いのってば、どうしたのよ」


言いながら、いのの視線の先を追ったサクラは、同様に目を見開きその光景を凝視した。
一瞬呆けて、すぐにはっとするとシカマルを振り返り慌てて言う。


「えっと、シカマル、ーーその」
「どうしたんだよ、お前ら」
「わわっ、待ってシカマル!見ちゃ駄目ーー」


言いかけたいのの言葉は、既にシカマルには届いていなかった。
見開かれたシカマルの目には、二人の男女の姿が写っている。
霧隠れの額宛てをした男とーー名前が、腕を組んで寄り添い歩いていた。













ーー静かに息を吐きながら、私はポーチを取り外した。
凝り固まった肩を回すと、次は包帯を解きにかかる。


時刻は深夜零時を回ったところ。
外は暗く、自宅の中もまた静かだ。
カーテンの隙間から僅かに射し込む月の光だけが仄かに部屋の中を薄ぼんやりと見せている。


ーーシカマルは、寝ているのかな。


そう思ったけれど、家の中に気配はない。
とは言っても疲弊しているし、感覚を研ぎ澄まさせているわけではないから、確かではないけれど。
何にしても寝室に行けば分かることだ。


……いて欲しいような、いて欲しくないような。


もしもシカマルが寝ているのなら、それを起こしてしまうのは忍びない。
シカマルは忙しいから、取れる時にしっかり休みを取って欲しいのだ。
……ああ、けれどやっぱりーー、


「会いたいな……」


呟いた私は顔に掛かった髪を払う。
石鹸の香りがふわりと漂った。



「ーー誰に会いたいんだ?」



するとその時声がして、驚いた私は振り返る。
暗闇の中居間の入口に立っている人影を認めて、私は顔を輝かせた。


「シカマル!」


呼んで、けれどすぐにはっとする。
慌てて詫びた。


「ご、ごめん、なるべく静かにしようとはしてたんだけれど、起こしちゃったんだね」


言って私は、あることに気がつく。
いま自分は、声を掛けられるまでシカマルの存在に気づかなかった。
けれどいくら疲弊していると言ったって、気づかないわけがないのだーーそれが意図的に隠されている場合を除けば。


「シカマル……?」


据えられたシカマルの目と目が合って、その色の強さに私は思わず息を呑んだ。
何も言わずに近寄ってくるシカマルに、自分でも無意識のうちに後ずさる。
そのことに気がついたのは、背が壁についた時だった。
咄嗟に後ろを振り返ろうとすれば顔の両横に音を立てて手をつかれて、私は肩を揺らす。
唾を呑んで、目前に立つその人物を見上げた。


「……シカマル、ど、どうしーー」
「いままで、どこで、何してた」


言葉を遮られて言われたことで、改めてシカマルが何か怒っていることを理解する。
静かで、けれど強いその怒気はぴりぴりと肌を刺してきて痛いくらいだった。
訳が分からず、そして緊張する。
渇いて張りついた喉から何とか声を出した。


「任務、だけれど」
「明け方から、いままでか」
「そ、そうだよ……」


シカマルは表情を変えずに、ただ私を見下ろしている。
やがてシカマルは屈むと私の頭に顔を寄せた。
突然のことに肩を揺らせば、シカマルは低く言う。


「怖いか」
「……シ、シカマル、どうしたの?」


この問いには、またもシカマルは答えてくれなかった。


「石鹸の香りがする。風呂に入ったのか?」
「えっと、うん。お風呂っていうか、待機所でシャワーを浴びたんだよ。任務が長引きそうで、根も詰めていたから、気分を変えたいと思って」


するとシカマルは口許を歪めるようにして笑った。


「まさかお前が、こんなに上手く嘘を吐くようになるとはよ」
「う、嘘……?」
「言い逃れはできねえぜ。夕方、見たんだよ。腕を組んで歩いているお前たちをな」
「腕を組んでーー」


シカマルの言葉をオウム返しに呟いた私は、ややあって、あの時のことかとはっとする。


ーー今回の任務である古い巻物に解読に中って、私は歴史を多く知っているという理由からその参加を要請された。
けれど見てきた過去は膨大で、ましてやそのすべてを覚えているなんてことはない。
いまから過去を見れば、そりゃあ暗号解読の手がかりを見つけられる可能性はあるけれど、私はもう時空眼は使わない。
だから正直言って、私はいま任務にほとんど貢献できていないのだ。
役不足で申し訳ないと詫びて任務を降ろさせてもらおうとしたこともあったのだけれど、霧隠れ暗号部の隊長から励まされ共に暗号を解読することを続けて欲しいとありがたい言葉をいただいて、いまも自分なりに尽力はしている。
けれどやっぱり役に立てないことが申し訳なくて悔しいし、自分が情けない。


そんなこんなで正直煮詰まってしまっていた私は、気分転換のため暗号部の施設から出ると外をぶらりと歩いていたのだ。
気づけば暗号のことを考え悩み、腕を組んでしまっていたけれど。
きっと顔も、眉間に皺が寄っていたりとひどいものだっただろう。


けれど、お前たちっていうのはいったい……?
私は一人で散歩をしていたはずだけれど。
それにそもそもシカマルは、私が悩みに悩みながら歩いているところを見て、どうして怒ってーーはっ!
ま、まさかシカマル、私のことを気遣って……!?
前からシカマルには、自分自身のことを考えろ、と口を酸っぱくして言われている。
けれどいまの私はそれができていない。
だからシカマルは怒っているのか……?
な、なんて優しいんだ……!


涙ぐみそうになりながら見上げれば、シカマルは私の首許を凝視していた。
不思議に思えば、シカマルは静かに私の首を撫でる。


「……痕を残すってことは、宣戦布告、だよな」
「痕ーー?」


言ったところで、シカマルが私の首許に顔を寄せた。
きつく吸われて、突然の事態に私は急速に動き始める心臓を感じながら慌てた。


「シ、シカマルーー」


言いながら思わず肩を押し返そうとすれば、その腕を取られて壁に抑えつけられた。
その力は痛いくらいで、私は思わず顔を歪める。


やがて顔を離したシカマルと私は近い距離で見つめ合った。
私を気遣ってくれていることと、いまの行為とがどう結びついたのかが分からなくて、私は頬の熱を感じながら訊いた。


「シカマル、どうして……そ、それにいまの位置だと……み、見えちゃうと、思うんだけれど」
「俺のは見えちゃまずいのかよ。今日は一日、その痕付けて外出てたんだろ?」
「痕ってーーもしかしていまの部分、赤くなってたの?」
「そろそろ誤魔化すのは諦めろよ、名前」


赤くなっていたということは、まさか湿疹でも出ていたのだろうか。
……まったく気がつかなかった。
痒みとかもなかったし……。
け、けれどまずいぞこれは。
シカマルはいま、私のことを気遣い、怒ってまでくれている。
だというのに湿疹まで出ていたなんて……!
け、けれど体調管理をそこまで怠ったわけでもない。
きちんと弁解しなきゃ……!


「シ、シカマル、話を聞いて欲しい」
「言っとくけど、俺は何されようと、何を言われようと、お前を離すつもりはねえからな」


腕を解いてくれないということか……!


「シカマル、誤解なんだよ。私は望んでこうした状態になったわけではないというかーーそもそも痕についても、身に覚えがなくて」
「名前」


するとシカマルが私の名を呼んだ。


「わりぃが、泣いて縋っても止められねえからな」


えーーと顔をひきつらせる私に、シカマルは言った。



「まだ分かってなかったようだから、分からせてやるよ。ーー俺がどれほど、お前に惚れているかを、な」


















まだ人気も少ない早朝、シカマルは暗号部施設へと向かい一人歩いていた。
とても起きられる状態ではない妻が本日休むことと、並びにこれから任務から外させることを伝えに行くため。
そして名前の首に残されていた宣戦布告の痕に、応えるため。


施設に近づいてきたところでシカマルは、朝靄の中前方に二つの人影を見つけて眉を上げた。
それは霧隠れ暗号部の者たちで、内一人は暗号部隊長の者だった。
シカマルの怒気が再び露わになる。
けれど口を開きかけた時、部下の男が言った。


「隊長、昨日は名前さん大丈夫だったんですかね。旦那さんと喧嘩になってたりとか、してないでしょうか」
「喧嘩になってなかったら困るだろうが、馬鹿」


隊長の男の言葉に、シカマルは目を見開く。


「問題になって欲しくて、あの痕を付けたんだからよ」
「でも問題になるって言ったって、あれは隊長が、ゴミを取る振りをして指先からチャクラを流し込んでできた、ただの炎症反応みたいなものですよ」
「いいんだよ。それでも立派なキスマークに見えただろ?」
「それはそうですけど……でも、本当にいいんでしょうか。名前さんの家庭を壊すようなことをして」
「奪うには、まず壊すしかねえだろうが。それに今さら降りるってのか?お前だって昨日、名前に変化して里内を歩くことに協力したじゃねえか」


部下の男が黙り込む。
後ろにいるシカマルにも気づかず、隊長の男は上機嫌で言った。


「疑われて喧嘩して、早く離婚しちまえばいいんだ。そこで傷ついた名前を、俺が優しく助けるんだからよ」
「……そういうことかよ」


ようやっとシカマルの存在に気づいた二人が驚いて振り返る。


「お、お前は……!」


二人が声を上げる中、シカマルは拳を握りしめた。












「ーー悪かった」


正座し、深々と頭を下げるシカマルに、私は目を丸くし瞬く。


「俺はお前に、最低なことをした」


私は慌てて両手を振る。


「シ、シカマル。確かに腕とか、その、痛かったところもあったけれど……と、途中からもうよく覚えていないし……それにシカマルになら、何をされても嫌なんてことはないよ」
「……罪悪感で胸がいてぇ」


何やら呟いたシカマルは顔を上げると、真っすぐな眼差しを私に向けた。


「昨夜のことだけじゃねえんだ。だけじゃねえっていうより、その大本ーー俺は一瞬でも、お前のことを疑った」
「シカマル……」
「頭に血が上ったとか、そんなものは言い訳にもならねえ。俺は、しちゃいけねえことをした」
「……でもそれは、私を心配してくれたことから起こったんだよね?」


シカマルが何か言う前に、私は続けて、


「それに、謝るのは私のほうなんだよ」
「どうしてお前が」
「私はシカマルを疑ったことはないよ。それはシカマルが、愛情だったり色々なものを、きちんと伝えてくれているから。だからシカマルに疑念を抱かせてしまったのは、私に問題があるからなんだよ。……疑わせちゃって、ごめんね。今度からはもっと気をつけるから」


時空眼を使わなくなってから油断していたのかもしれない……怠っていたわけではないけれど、これからはよりいっそう、体調管理には気をつけよう。


「言葉で詫びる以外に、何か俺に、できることはねえか」
「シカマルーー」
「自分の罪悪感や気持ちをどうにかしたくて言ってるんじゃねえ。ただ、他に何か俺にできることがあるなら何でもする」


シカマルの言葉に、私は考え込む。


シカマルはいま、私の望みが何かあるならそれの力になりたいと言ってくれている。
けれど私の望みは、シカマルが幸せであることだ。
だとしたら何か言葉以外の形でお詫びをしてもらうことが、ひいてはシカマルの望むことでもあって、やっぱりいいんじゃないだろうか。


そこまで考えて、思い浮かんだいつかの会話に、私は顔を輝かせると口を開いた。


「それじゃあ……前にね、いのたちとこういう話をしたことがあったんだ」
「いのたちと?」
「うん、約束だったりを破られた時なんかに反省させるのに効果てきめんな罰がある、って」


言って、私は笑う。


「とは言っても、それはいのたちだから効果が高いだけであって、私の場合は効果がーーあ、あるのかな?少しは」
「……効果がどういうものなのかは分からねえけど、何でもする」
「そっか……それじゃあ、お願いしようかな」


私はにっこりと笑って、罰を告げた。



「一週間、お触り禁止。ーーっていうものなんだけれど」



伝えれば、シカマルは微かに目を瞠ったまま固まった。
首を傾げて名前を呼べば、シカマルは一拍置いて我に返ったように反応する。


「……あ、ああ、わりぃ。それで、そのよく聞こえなかったんだけどよ……お触り禁止?一日か?」
「ううん、一週間だよ」
「一週間……!?」


目を見開いたシカマルに、私も驚く。
じわりじわりと頬に熱が上がってくるのを感じながら、私は恐る恐る口を開いた。


「もしかして、効果てきめん……なのかな」
「そりゃそうだろ……いのの奴、えげつねぇな」


言ってシカマルは、覚悟を決めたように真っすぐな眼差しを私に向ける。


「けど、別れを持ち掛けられねえだけましだよな。今回の場合。ーー分かった。俺は一週間、お前に……触らねえ」


私は笑って、うん、と頷いた。
この罰を効果があると言ってくれることが照れくさくて、また嬉しかった。
シカマルに触れたくなって、その頬に手を伸ばせば、シカマルは驚いたように目を瞠る。


「罰は、明日からなのか?」
「ううん、今日からの予定だけれど」
「それじゃあ何で触ってーー」
「ああ、この罰、自分からは触れていいんだって」
「……生殺しじゃねえか。ったく、本当えげつねぇな」






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