舞台上の観客 | ナノ
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「おめでとう、名前」


木ノ葉病院の診察室にて、サクラに言われて抱きしめられて、私は目を丸くした。
付き添ってくれていたいのとヒナタが顔を輝かせる。


「サクラ、それじゃあやっぱり……!」
「赤ちゃんがいるんだね、名前ちゃんのお腹の中に……!」


私から離れると、うん、と強く頷いたサクラに、診察室は歓声で包まれた。
三人に囲まれ祝いの言葉を次々と述べられる中、当人ーーなんだろう、おそらくーーの私が一番事態を呑み込めておらず、気の抜けたような返事を返していると、いのが笑いながら私の肩を軽く叩いた。


「ちょっと名前、何ぼけっとしてしてんのよ。こうしちゃいられなわ。早く色々と準備しなきゃ!」
「準備」
「そうよ名前。名前はただでさえ体が弱いんだから、子供ができたと分かったいま、よりいっそう体調に気をつけなきゃ」
「で、でもよかった。悪阻が起こったのが任務中とかじゃなく、私たちといる時で」


ヒナタの言葉に私は瞬く。
悪阻、と呟くと数十分前のことを思い返した。


ーー今日の昼頃、私たち四人は久しぶりに集まり食事をしていた。
皆もうそれぞれに忙しく、また家庭もあるため、休みが合うのは久しぶりのことだったから会話は弾んだ。
だというのに途中から、私は自分の具合が悪くなってきていることを感じていた。
サクラにいの、そしてヒナタという三人の結婚生活についてを聞き、自分でも想像していた以上に気持ちが高まった故に起こっている息切れ動悸なのかとも思ったけれど、それにしては気分が悪い。
顔色も悪かったらしく、心配してくれた三人に正直に症状を伝えれば、三人は何かに感づいたようだった。
そうして皆で病院に向かい、サクラの診察を受けてーーいまこの状況に至る。


ようやく実感が湧いてきた私が、頬の熱を感じながら自身のお腹を撫でれば、いのが口を開いた。


「体に気を遣うなんて当たり前よ。私が言いたいのはそういうことじゃなくて」


言って、いのは笑った。


「どうやってカカシ先生に伝えるか。それも重要でしょ?」


サクラが、あ、と気づいたような顔をする。


「そっか、そうよね。ーー名前、どうやってカカシ先生に伝えるのか、考えてるの?」


私は、え、と瞬く。
隣にいるヒナタも困惑したように首を傾げた。


「どうやって伝えるか、って……ふ、普通じゃ駄目なの?」
「駄目よ!特別なことなんだから、パーッと!盛大に、かつ驚きをもって伝えなきゃ!」
「いのは結婚式も盛大だったもんね」


サクラは苦笑するように笑って、私に視線を移す。


「でも、確かに特別なことだから、何らかの特別な形で伝えたいって、私も思うな」


言ってサクラは照れたようにはにかむ。


「なんて、名前にはこう言っておきながら、私もまだ、もし自分がそうなった時のことを、ちゃんと考えれてはいないんだけどね」


その言葉に、私は決して気分の悪さからではなく咳き込んだ。
いのとヒナタも、サクラの言葉に頬を染めて何やら考え込むようにして、部屋には沈黙が落ちる。
そんな三人を微笑ましく見ていれば、暫しが経った頃、三人が揃って私を向いた。
若干驚きながらも首を傾げれば、三人はこれまた揃って口を開く。


ーーカカシ先生って、どんな風に喜ぶの?


とまあ細かい言葉遣い等に違いはあれど、三人が口を揃えて言った言葉はこういった内容のものだった。
どういうことかと、逆の方向に首を傾ければ、ヒナタが口を開く。


「た、たとえばナルト君やキバ君だったら、それはもう飛び跳ねて喜んでくれそうなイメージがあるっていうか……」


サクラが首肯して、


「火影岩の上から里全体に向かって自慢しそう。それにリーさんとかも、すごく喜びそうよね」
「妊婦におすすめの健康法って言って、一緒に筋トレさせられそうよね……」


いのがげんなりとした風に言った。
おかしそうに笑ったサクラが、再び視線を私に戻す。


「それで、話は戻るけどーーカカシ先生は、良くも悪くも冷静沈着で、感情をあまり表に出さないから、どんな反応をするのか想像できないのよね」


言ってサクラは、でも、と優しく目を細めた。


「そんなカカシ先生でも、名前のことが大切なんだっていうことだけは、誰が見てもすごくよく分かるから。だから絶対、喜んでくれるわ」


サクラにいの、それにヒナタが、とても優しく微笑ってくれた。


「おめでとう、名前。カカシ先生と名前、大切な二人の間に、新しい大切な命ができて、すごく嬉しい」
















ーー夜、私は火影邸を訪れていた。
邸に入ると帽子を取り、すっかり雪をかぶってしまったそれを手で払う。
室内の温かさで溶けた雪に濡れた帽子を片手に持ち、もう片方の手で冷えた鼻を擦りながら、私は火影室を目指して階段を上り始めた。


ーー木ノ葉で冬を迎えるのはもう何度目かになるけれど、こんなに防寒したのは初めてかもしれないなぁ。


思って、私は頬を緩めながらお腹を撫でた。


「そんなカカシ先生でも、名前のことが大切なんだっていうことだけは、誰が見てもすごくよく分かるから。だから絶対、喜んでくれるわ」


カカシ先生は喜んでくれるだろうと、私も思う。
そのこと自体ももちろん嬉しく、またそう思わせてくれるくらいに愛情を教えてくれたことがありがたくて、幸せだった。


ーー飛び跳ねて喜ぶイメージは、確かにないけれど。


昼間のサクラたちとの会話を思い出して一人笑う。
そうして着いた火影室前、扉をノックすると返ってきた返事に、私は扉を開いた。


「ーー名前?」


私を認めたカカシ先生は驚いたように目を丸くさせる。
私はにっこりと笑って、お疲れ様です、と言葉を掛けた。
比較的片付いている机上を見て、私は先生に訊く。


「もしかしてもうすぐ帰るところだったんですか?」
「うん、それはそうなんだけど……」
「だったらちょうどよかった。カカシ先生をお迎えに来たんです」
「俺を迎えに?」


私は笑って頷いた。


「カカシ先生に、早く会いたくなっちゃって」


言えば、先生もまたにこりと笑った。
歩いてくると、私の肩を掴んで言う。


「その言葉はすごく、もうとんでもなく嬉しいんだけど、いまこの場所で言うのはやめて欲しかったかな、名前。いやでもやっぱり言ってくれてよかったかも」
「先生?」
「だって俺たち最近ほとんど会えてなかったのよ。夜寝る時に名前はいないし朝起きた時に名前はいないし、ーーまあ任務を下してるのは俺なんだけどーーとにかくそんな時にそんな嬉しいこと言ってくれちゃって、ああもう」


言っていたかと思えば、カカシ先生は私に向き直り、頭を撫でると微笑った。


「帰ろうか、名前」
「はい、カカシ先生」
「迎えに来てくれてありがとね」
「いえ、私が会いたかったんですから。ご迷惑にならなくてよかったです」
「……うん、だからあんまり、そういう可愛いこと言わないでね」
「本当に先生は、いつまで経ってもお上手です」
「本当に名前は、いつまで経っても鈍感だよね」


言われて私は笑う。
そして持ってきた防寒具の存在を思い出すと、それらを鞄から取り出しカカシ先生に渡した。


「どうぞ、先生。外は雪が降ってますから。暖かくしてください」
「ありがとう。ーーそういえばいま気づいたんだけど、珍しいね、名前がしっかり防寒してるの。いつも名前は、人のことは暖めようとするくせに、自分の体が冷えてることにはてんで無頓着だったからね」


私は苦笑するように笑う。
カカシ先生がマフラーを巻きながら訊いてきた。


「どういう心境の変化があって、やっと自分のことにも気を遣い始めたの?」
「……実は、そのことを早く伝えたいっていうこともあって、会いに来たんです」


首を傾げるカカシ先生を、私は見上げた。
その目をまっすぐに見つめて、笑う。



「カカシ先生ーー赤ちゃんができました」



言って私は、目を閉じるとお腹に手を当てる。


「いま、このお腹の中に、私と先生の赤ちゃんがいるんです。……とても不思議ですし、まだ何かを感じられるわけじゃあないんですけどーー」


笑いながら言いかけて、目を開いた私はぎょっとした。
カカシ先生が真顔のまま固まっていたからだ。
私は恐る恐る口を開く。


「カ、カカシ先生……?」


ーーま、まさか嬉しくなかったんだろうか……!?


半ば慄然としていると、カカシ先生が突然腕を広げた。
そうしてそのまま抱き上げようとしてきたかと思えばぴたりと止まったので、私は訳が分からず動揺する。


「せ、先生?」
「ーーごめん、あまりに嬉しくて、名前を抱き上げて回りたかったんだけど、少しでも体に負担が掛かりそうなことは絶対にしないから」


先生の言葉を反芻した私は、やがて顔を輝かせた。
ほっと安堵の息を吐く。


「よかった、喜んでくれて」
「喜ぶよ。嬉しいに決まってるでしょうよ。ーー正直言って、飛び跳ねて喜びたい気分だね」
「……え!?」
「ああそれに、火影岩の上から里全体に向かって自慢もしたいかな」
「ーー!?」


まさか先生は昼間の私たちの会話を聞いていたのかーーとあり得ないことを思えば、カカシ先生に抱きしめられて、私は目を瞠った。


「……これくらいはして、いいよね」


先生は続ける。


「俺は火影で、ここは火影室だけど」


言って先生は微笑った。


「俺の大切で、大好きなお嫁さんとの間に、子供ができたって分かったんだから」


私は僅かに目を見開く。
そうして、やがて微笑うとその背に手を回した。


ーー暫しの沈黙が部屋に落ちる。
けれどそれはまったく不快なものではなくて、むしろ落ち着くものだった。


やがてカカシ先生がぽつりと言った。


「名前、言いたいことは、色々あるんだけどさ」


静かに頷いて言の葉の先を待てば、先生は更に私を抱きすくめて、髪に顔をうずめた。


「生まれてきてくれて、ありがとう」


私は目を丸くする。
瞬いて、首を傾げた。


「えっと、それは……私にですか?」


赤ちゃんはまだ生まれてきてはいないから、私に向けてなんだろうけれどーーと思いながらも訊けば、先生は小さく笑って首肯する。


「名前がいたから、俺はまた家族を持ちたいと思えるようになったし、実際に持つことができた。そしてその繋がりを、増やしてくれた」


胸がいっぱいで言葉のない私に、先生は再度言った。


「生まれてきてくれてありがとう、名前。……名前に出逢えて、本当によかったよ」















玄関の扉が開く音に、私とヒビキは顔を見合わせると座っていたソファーから立ち上がった。


「お母さん、お父さんが帰って来たよ!」
「そうだね、お迎えに行こう」


にっこり笑って、私はヒビキと玄関へ向かう。
靴を脱いでいた先生は私たちを認めると頬を緩めて微笑った。


「ただいま、名前、ヒビキ」
「お帰りなさい」
「お帰りなさい、お父さん!」


カカシ先生はさらに頬を緩めると膝をついて、腕を広げる。


「おいで」


ヒビキのことを呼んでいるのだと察して、私は微笑ましい気持ちでそれを見守った。
けれど待てどもヒビキはカカシ先生の腕の中に駆けて行かない。
不思議に思ってヒビキを見れば、ヒビキも同じように不思議そうな顔をして私のことを見上げていた。


「……あのさ、俺いますごーく寂しいんだけど」


カカシ先生がぽつりと零した。
私は慌ててヒビキに言う。


「ヒ、ヒビキ!お父さんが待ってるよ」
「えっ!わたしのことを待ってるの?」


そんなはずないよ、と続けるヒビキに、私とカカシ先生は目を丸くさせた。


「だってお父さんには、私なんかを抱っこするよりももっと大事なことがあるからね。私なんかを抱っこしなくていいんだよ」


訪れる沈黙、そして先生から注がれる痛い視線に、私は目を泳がせた。
カカシ先生が私の名を呼ぶ。
目を逸らしながら返事をすれば、先生は息を吐きながら笑った。


「名前に似た可愛い子になってくれて俺としてはすごく嬉しいんだけどさ……こういうところはね」


私は苦笑しながら頬を掻く。
そして膝を折るとヒビキの背中を押した。


「私なんか、なんてことはないんだよ、ヒビキ」


え?と見上げてくる丸い瞳を見つめて微笑う。


「お父さんは、心からヒビキを抱っこしたいって思ってるんだよ。触れて、その存在を実感したいの」
「……そうなの?」


ヒビキはカカシ先生に向き直って訊く。


「わたしを抱っこすることで、お父さんには何かいいことがあるの?」
「いいことしかないよ」


言ったカカシ先生に、ヒビキは目を丸くさせて瞬くと、やがて歩いていってその腕の中に体を預けた。
大人しく抱っこされると、ぽつりと言う。


「これでお父さんにいいことが起こるならうれしいけど……とても信じられないや。……不思議だね」
「いつかにも聞いたような台詞だな」


カカシ先生の言葉に私は苦笑する。
すると、それで?と先生が言った。
首を傾げれば、カカシ先生はヒビキを抱いているのとは反対の腕を広げた。


「俺が呼んだのは二人ともなんだけどな」
「ええっ!?そ、そうだったんですか!?」


私は慌てて両手を振った。


「いいですよ、私なんかのことは気にしなくてーー」


言いかけて、はっとする。
失言にも似た自分の発言に目を泳がせていた私は、にこりと笑いながら見つめてくるカカシ先生の視線にとうとう根負けすると、ありがたくその腕の中へとお邪魔させてもらった。

カカシ先生は私たちを抱きしめると息を吐く。


「……うん、落ち着く。癒されるよ」


私も先生の胸に体を預けて目を細める。
するとヒビキが首を傾げた。


「お父さん、お母さん、これって何なんだろう」
「これ?」


訊けばヒビキは、うん、と頷き胸を抑える。


「お母さんといる時にもね、胸のあたりがぽかぽかしたような、不思議な気分になるの。それでいま、お父さんも一緒にいたら、そのぽかぽかが、さらに増えたような気分になったの」


私は目を細めて、ヒビキの頭に手を伸ばした。
柔らかいその髪を撫でながら口を開く。


「とても、あたたかいよね」
「うん……お母さんはこれが何だか、知ってるの?」


私はにっこり笑って頷いた。


「お父さんに、教えてもらったんだよ」


ヒビキーーと私は娘の名を呼んだ。


「その気持ちはね、幸せって言うんだよ」


幸せ?と首を傾げるヒビキに頷く。


「大好きで、大切な人たちの傍にいると湧き起こる素敵な気持ち。ーー私はお父さんとヒビキが大好きで、大切に思ってる。だからいま、とても幸せだよ」


カカシ先生の腕に力が込められた。
見上げれば先生は、ひどく優しい眼差しをしていた。
私の額に口付けを落とす。

すると瞬いていたヒビキが笑った。


「うん……わたしも、お父さんとお母さんが大好きで、大切。だからわたしも、とっても幸せ!」


言って、ヒビキは軽やかな笑い声を上げながら私たちに抱きついてきた。
そんなヒビキと、そして私をさらに抱きすくめて、カカシ先生は天を仰ぐ。


「……うん、俺も、言葉じゃ言い尽くせないくらいに幸せだよ」


そうしてカカシ先生は微笑った。


「生まれてきてくれて、ありがとう」





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