舞台上の観客 | ナノ
×
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -
「お姉さん、可愛いねえ。俺らと一緒に遊ばない?」


その言葉に、私ははっとして声のしたほうを振り向いた。


任務が終わり、里へ帰ってきた私たち第七班は、六代目火影様ーーカカシ先生に報告をするため火影邸へ向かっていた。
私はいつものように、ナルト、サクラ、サイの少し後を歩きながら、活気ある大通りを穏やかな気分で眺めていた。
けれどそんな時、その穏やかな気分をぶち壊すかのような発言を、いままさにサクラに絡んでいる見慣れない男数人がしたのだった。


分かります、あなたたちもサクラの可愛さにやられてしまったんですねーーと頷いていた私は、けれどそんな場合じゃないと我に返ると、男たちを止めようと足を踏み出した。
しかしそれよりも先に動いた人物を認めて、私は目を見開く。
そして口許を手で覆った。


「やめとけ。ーー怪我するぞ」


私は心の底から、その見慣れない男たちに感謝した。
ナルトがサクラを守るという、素晴らしい光景を見させてくれたからだ。
怪我をするとは、サクラに手を出せばナルトが黙っていないということだろう。
私は体を折るようにして咳き込む。
ーーだ、駄目だ、見ていたいのに、見ていられない……!


「サクラちゃんってば、すげー怪力なんだからな。気軽に手出したら、返り討ちにされるってばよ」
「それどういう意味よ!ナルト!」


自身の心拍数やらを抑えることに必死でよくは分からなかったけれど、誰かが隣の店に吹っ飛ばされたようだ。
おそらくは懲りずにサクラに手を出そうとした男の一人が、ナルトに吹っ飛ばされたんだろう。


「あんたたちも、気安く触んないでよね」
「ひ、ひいい!おっかねえ!」
「怪力女!」
「何ですってぇ!?」
「失礼だよね。ぶす、が抜けてるよ」
「あんたが一番失礼なのよ!サイ!」


また一人、誰かが店に突っ込む音がする。
すると咳をしていた私の肩に誰かの手が置かれて、私は顔を上げた。
それは男のうちの一人だった。


「きみ、大丈夫?さっきから咳してるけど」
「おっ、なんだ。儚さそうな女の子もいたんじゃーー」


男が言っている最中で、私は隣から腕を引かれて、男たちの手から離された。
なぜだかぼろぼろなナルトの腕の中に収まって、私は目を丸くするとナルトを見上げる。
ナルトが言った。


「名前に、触んじゃねえってばよ」


男たちから私へと視線を移したナルトに、私は慌てて口を開く。


「名前、大丈夫かーー」
「だ、大丈夫だよナルト!風邪ではないよ!」
「……は?」
「だから近づいたことによる感染とかはないと思う」


言って私は、念のため自身の額に手を当てると平熱であることを改めて確認する。
そうしてナルトを見上げると、にっこり笑って頷いた。


「いや、俺ってばそういう意味で言ったんじゃなくて」
「えっ……わ、私、何かナルトを怒らせるような真似しちゃったかな」
「何でだ?」
「だって、感染の可能性云々に関わらず、私には近寄ってはいけないっていうことだよね……?人から遠ざけようとするなんて、何か怒らせてしまったのかと」
「いや、俺ってばそういう意味でも言ったんじゃなくて」


ナルトの意図が分からなくて首を傾げると、ナルトも一緒に首を傾げた。


「ん?言われてみれば、何で俺ってば、名前に触るなって言ったんだ?」
「いま言った理由ではないの?」
「ああ。確かに、具合悪いのかと思って心配したし、こいつらから守りたいとも思ったけど」


言ってナルトは、不審そうな表情で自身の胸元の服を握りしめた。
首を逆の方向へと傾ければ、サクラが溜め息混じりに苦笑する。


「ナルト、あんたって本当馬鹿よね」
「でぇっ!?い、いきなり何だってばよ、サクラちゃん」
「いいわ、私が教えてあげる。ほら、来なさい」


サクラはナルトの背中を叩くと歩き出す。
そして思い出したように、あ、と言うと、呆気に取られている男たちに向けて人差し指を突きつけた。


「名前に手を出したら、誰よりもまず先に私が承知しないから。覚えておいて」


言われた男たちは小さく悲鳴を上げると、各々に謝罪の言葉やら捨て台詞などを吐きながら走り去っていった。
お見事、さすがだね、という言葉が聞こえて振り返れば、これまたナルトと同じようになぜだかぼろぼろなサイがいて、私は目を丸くさせる。
名前、と名を呼ばれて、私はサクラに視線を移した。


「ごめん、報告、任せちゃっても大丈夫?」
「それはまったく構わないけれど……」


瞬きながら言えばサクラは、ありがとう、と笑った。
そして再びナルトの背中を叩くと歩き始める。
サイが隣から私の顔を覗き込んだ。


「ごめん名前、僕もちょっと行ってきてもいいかな」


瞬けば、サイは前方のサクラとナルトに目をやってからちらりと笑みを見せた。


「僕も何か、教えてもらえそうな気がするんだ」


言うとサイは二人の後を追っていった。
私は呆気に取られながら、そんな三人の背中を見送ったのだった。












そのあと、首を傾げながらも任務報告をするため火影邸へと一人訪れた私を見て、カカシ先生は目を丸くしていた。
訊かれるままに経緯を説明すれば、先生は「なるほどね」と何とも言えない笑みを浮かべる。
さらに首を傾げた私に、カカシ先生は軽く笑って言った。


「きっと今日のうちにでも、ナルト自身が説明に来るんじゃないかな。あいつは良くも悪くも、行動が早いからね」
「はあ……」


ぽかんとした私は、火影邸を出て帰路を歩いている時に、追いかけてきたナルトに呼び止められて、目を丸くした。


「本当だ」
「本当だって、何が?」
「カカシ先生がね、今日中にナルトが私のところに来るだろうって言ってたんだ」


詳しく話せば、ナルトは驚いたように声を上げて、次いで頬を染めると目を逸らした。


「カカシ先生まで気づいてたのかよ……俺だってまだ、よく分かってねえのに」
「ーーナルト?」


ぶつぶつと何事かを呟いているナルトを不思議に思って、その顔を覗き込めば、ナルトは声を上げて数歩を下がった。
呆気に取られていれば、ナルトは赤い頬を掻きながら視線を泳がせて、やがて窺うように私を見る。


「名前、ちょっと話せるか」


私は、もちろん、と首肯した。


私たちは近くの公園に入り、夜になり子供がいないその遊び場で、ブランコに腰掛けた。
だがいつまで経ってもナルトは口を開かない。
言葉を待ち、やがて心配になりこちらから訊こうとしたその時、やっとナルトは口を開いた。


「あのさ、名前はーー好きって、何か分かるか」


私は目を丸くして、その青い瞳を見つめる。


「ええと、分かる……のかな。どうだろう」
「好きな奴、で誰が思い浮かぶ?」
「ナルトだよ」


にっこり笑って答えた私に、ナルトは、え、と顔を輝かせる。


「それってば、それってば!本当に?」
「本当だよ。それにサクラにサスケ、サイとカカシ先生にヤマトさん、勿論オビトさんもーーって、答えきれないね」


笑って言って、私は首を傾げた。
ナルトが、がっくりと肩を落としていたからだ。


「ナルト、どうしたの?」
「いや……やっぱ、そうだよな」
「ええと、何か可笑しな答えだったかな」
「ううん。俺もさっき、サクラちゃんに訊かれた時、名前と同じように答えたし」


天を仰いだナルトは、でも、と言う。


「好きには種類があるって言われた。勿論みんな好きだけど、その中に特別な好きがあるのは、差別とかでも何でもなくて、当たり前のことなんだって」
「友愛か恋愛か、とか、そういうことだよね?」


問うて、私は首を捻った。
ナルトがそれを知らないとは、到底思えなかった。
そんな私の視線に気づいたように、ナルトは「うん」と頷くと、そのまま地面に目を向けた。


「俺ってば、サクラちゃんが好きだ」
「げっほげほごほっ!」
「だ、大丈夫かってばよ!?」
「う、うん。ーーそれで?」
「えっとな、それで……その好きの種類は、友愛の好きなんだってばよ」


私は笑顔のまま固まった。


「大切な仲間として、サクラちゃんのことを想ってる。サスケや皆へ抱いてる気持ちと同じように、好きなんだ」
「ナルト、いったいーー」
「さっきサクラちゃんに、そう教えてもらった」


困惑していた私は、ぎょっとした。


もしかしてサクラは、暗にナルトの想いには答えられないということを伝えたかったのだろうか。
……いや、けれど想いに応えられないから、そもそもの気持ちを消そうとするような真似を、サクラがするとは思えない。


「俺も、その通りだなって、思ったってばよ」


私は再度ぎょっとした。
だがナルトは、気持ちの行き場をなくして自棄になっているようにも、強がっているようにも見えない。

俺ってばーーとナルトが笑う。


「この里が大好きだ。仲間たちも」
「そう、だよね。私もだよ」


戸惑いながら言葉を返せば、ナルトが私を向いた。
青い瞳と目が合って、何故だか私は息を呑んだ。
体が緊張している。
目が逸らせないーーそう思って、目を逸らしたいと思っている自分に気がついた。


「でも、特別な好きがあるってーー特別な人がいるって分かった。ずっと、死ぬまで一生、傍にいて欲しいって思う奴がいるんだ」


そう言うナルトの目には、自分が映っている。

ナルトから告げられたその事実に、私は、いつもならば顔を輝かせていただろう。
しかし今は、それどころではないーー心臓が、うるさくて。


「だから、名前ーー」


思わず身を引けば、ナルトは立ち上がった。
ブランコが揺れて、私も肩を揺らす。


ナルトは私の前に立つと、顔を真っ赤にして言った。


「明日、俺とーーデートしてくれってばよ!!」


私はぽかんと口を開いた。
ナルトを見上げて、そうしていつだかナルトがサクラをデートに誘っていた時のことを思い出す。


「サクラちゃん、明日ひま?俺とデートしない?デート!」


その時と明らかに違うナルトの様子に、私にも熱が移ってしまったようだ。
頬の熱を感じながら、私は「もち、ろん」と目を泳がせながら返事をした。





151007