「いやぁそれにしても、まさか恋愛事にまるで興味のなかった名前が一番にくっつくだなんて、人生って不思議なものだよね」
「カカシ先生……喧嘩売ってます?」
「いやいや、まさか」
睨むもさらりと交わされて、サクラは息を吐いた。
そうして、ところで、と腰に手を当てると、ナルト、カカシ、サイの三人を見比べる。
「どうしてみんな、名前と我愛羅君の後を追ってるわけ?」
ーーナルトたち第七班は、先に行われる会談の打ち合わせのため砂隠れを訪れていた。
砂の里に一泊する今日、今回の任務である打ち合わせが終わった後は各自、自由行動でよいとされていたのだが、名前を除く面々はみな、結果何故だかこうして集まっている。
訊かれて、ナルトが頭を掻いた。
「俺は、なんて言うかそのーー」
ナルトは悪戯げに笑って言う。
「やっぱ気になるってばよ。そういうサクラちゃんだって、我愛羅と名前の後を追ってるじゃねーか」
「わ、私はーー私も、そりゃあやっぱり気になるし」
言ったサクラは、でも、と声を上げる。
「気になるってだけじゃなくて、心配なの。だって名前ったら、せっかくこうして砂まで来たのに、私が言わなかったら、我愛羅君と会おうとしてなかったのよ?」
「あー、そりゃあ確かに、心配もするってばよ」
でしょ、とサクラは溜息混じりに言った。
そしてナルトとサクラは、サイとカカシに顔を向ける。
まずサイがにこりと笑んで答えた。
「僕は、今後の参考に、と思って。最近、恋人関係っていうものに、少し興味があるんだ」
「俺は、ま、色々な意味で名前が心配だからかな。我愛羅君のことは信用してるし、だから彼が治める砂隠れの里も信用してるけど、名前は木ノ葉の保護対象から、まだ外れたわけじゃないからね」
強く頷いたナルトたちに、カカシは微笑ってそれに応える。
するとサイがサクラを見た。
「でも、名前を狙う奴らがいるかどうかはともかくとして、サクラの心配は杞憂に終わるんじゃないかな」
「どういうこと?」
サイは視線を、いくらか先の道を歩く我愛羅と名前の二人へと移す。
「恋をすると、周りが見えなくなるとか、どきどきして他の音が何も聞こえなくなるって、本に書いてあったんだ。二人は言わば感知タイプでもあるけど、尾行してる僕たちに気づいた様子はないから、名前も、ちゃんと恋心っていうものは分かってるんじゃないのかな」
「名前と我愛羅が……うーん、想像できねえってばよ」
呟いたナルトにサクラも、同感、と言う。
「いや、意外と当たってるかもしれないな。特に我愛羅君のほうは」
その言葉に、ナルトとサクラは首を傾げてカカシを見上げる。
カカシはにこりと笑んで、人差し指で前方を差した。
つられてナルトたちが振り返れば、我愛羅がどこか気恥ずかしそうにしながら名前に言った。
「名前、その……手を……繋いでも、かまわないだろうか」
その光景を見て、思わずナルトが顔を輝かせる。
「あの我愛羅が照れてるってばよ!」
「ちょっと、いい雰囲気じゃない!」
「不思議だな。人は恋をすると、色んな表情を見せるようになるんだね」
「あんなレアな我愛羅君が見られるんだから、そうさせる名前はすごいよね」
カカシの言葉にサクラがはっとする。
「そうだ、名前はどうなのーーって」
言いかけて、サクラは思わず息を吐いた。
こちらにまで緊張が伝わってきそうなほどの我愛羅に対して、名前はいつものようににっこりと笑うと、もちろんだよ、と答えていたのだ。
我愛羅が顔を綻ばせ、名前が笑む。
そうして二人は手を重ねた。
微笑ましいその光景に、けれどサクラは手放しで喜べない。
「名前ったら、本当に分かってるのかしら。普通好きな人と手を繋ぐってなったら、もっとこう、緊張したり、はしゃいだりするものじゃない?」
すると難しそうな顔で唸っていたナルトがはっとして、サクラちゃん、と急いで呼ぶと前方を示した。
首を傾げたサクラが前を向いて、同様にはっとする。
そこでは名前が、赤く染めた頬を手で扇いでいた。
「砂隠れって、昔私がいた時よりも暑くなってるのかな」
「暑いか」
我愛羅の問いかけに、名前は首肯する。
「うん。久しぶりに来たからそう感じるだけかな」
「俺はずっと暮らしているからよく分からないが……体調は平気か」
名前は、大丈夫だよ、と笑いかけてはっとする。
真剣な表情で胸を抑えた。
「言われてみれば、脈拍が早い……!」
「何だと……!?き、気分は悪くないだろうか。吐き気などは」
「いいや、そのあたりは大丈夫だよ。というかむしろ、気分が悪いどころかとても良いくらいで」
名前の言葉に、我愛羅がはたと止まる。
みるみるうちにその顔が赤く染まって、名前はぎょっとした。
「が、我愛羅、大丈夫!?顔が赤いよ。やっぱり我愛羅も気づいていないだけで暑いんじゃーー」
言いかけたところで抱きしめられて、名前は目を瞠った。
我愛羅がぽつりと零す。
「……ここが、外でよかった」
「が、我愛羅?」
「でないと名前を、抱き潰してしまっていたかもしれない」
その言葉に、名前は瞬く。
けれどすぐに慌てると我愛羅を呼んだ。
「我愛羅、大変だよ。砂隠れに危機が迫っている」
「危機」
「うん。砂の里を、異常気象が襲っているよ」
言えば我愛羅は笑みを零す。
「問題はない」
「けれど、この暑さは」
「大丈夫だ。気候のせいではない」
え、と目を丸くする名前の頬を、我愛羅が両手で包んだ。
我愛羅の熱が掌から伝染したように、名前の顔も熱くなる。
我愛羅は目を細めて言った。
「こうすれば、きっともっと、熱くて苦しい。そして……幸せだ」
我愛羅は名前を抱きしめた。
髪に顔をうずめて、たまらず想いを口にする。
「名前……愛している」
ーーいくらか離れた後方で、サイが半ば呆然としながら零す。
「どうしてだろう……不思議だな。二人を見てるとこっちまで、暑いというより、胸のあたりがぽかぽかしてくる」
うん、と頷いたのはナルトだ。
「なんかさ、なんかさ……いいよな、こういうの。俺の大切な人たちがこうやって、幸せそうにしてるのって」
そうだな、とカカシが目を細めて微笑んだ。
「ちょっと寂しい気もするけど、名前が幸せになってくれて、俺も嬉しいよ」
「寂しい、か。言われてみれば、そうよね」
サクラがぽつりと言う。
「名前はいつか、砂隠れの里に行っちゃうのよね」
思えば寂しい気分に包まれて、サクラは目を落とした。
「私、名前の幸せを、心の底から願ってる。……だけどいまはまだ、笑顔で送り出せる自信、ないな」
「ーー大丈夫だってばよ、サクラちゃん」
振り向いたサクラに、ナルトは続けて言う。
「昔とは、違うってばよ。名前は、里を抜けるわけじゃねえ」
「……うん」
それにーーとナルトが笑った。
「どんなに離れたってずっと、俺たちは第七班の仲間だ。いままでも、これからも。それはずっと、変わらねえってばよ!」
サクラは微かに目を見開くと、そうして微笑んだ。
そうね、と微笑えば、ナルトはさらに言う。
「それに我愛羅になら安心して、名前のことを任せられるってばよ!我愛羅は名前のこととなると我を見失うくらいに、名前のことが好きだからな!」
「……それって、安心していいんだかよくないんだか、よく分からないわね」
溜息混じりに言って、サクラは思わず笑った。
「やっぱりあんたって、馬鹿よね」
ーーいくらか離れた前方で、名前が我愛羅の手に自分のそれを重ねると、目を細めた。
「我愛羅には、色んなものを貰ってるね」
言って、名前は首を傾げる。
見上げた先、我愛羅が驚いたように目を丸くさせていたからだ。
名前が逆の方向に首を傾ければ、我愛羅は小さく笑って言う。
「まさか名前にそう言われるとは、思ってもみなかった」
「そうかな」
「ああ……多くを与えてもらったのは、俺のほうだからな」
「愛を育むって、きっと、こういうことを言うのね」
サクラが言った。
心地良い風が吹いているような、そんな気分だった。
「私、嬉しいの。名前が色んな情に気づいて、触れて、そうして一緒に育ててくれることが」
私からは、とサクラは続ける。
「ありったけの友情をあげられるけど、それでも、あの愛情は……我愛羅君からしかあげられないものだから」
「ああ……そうだな」
目を細めて小さく笑んだカカシが、前方を見ると何かに気づいたように瞬いた。
軽く片腕を広げて、ナルトたちに言う。
「さて、そろそろ行こうか。さすがにここから先は、野暮だろうからね」
「なるほど、こういうシチュエーションで持っていくんだな」
「今後の参考にしないとね」
まるで聞こえていないナルトとサイに、カカシは息を吐く。
「あのねえ、お前ら……」
諦めたカカシはサクラに言おうとしてーー目を見開いた。
小さく微笑うと、口を閉じる。
ーーサクラの頬を、涙が伝っていた。
夕陽を背景にした我愛羅と名前、二人の影が重なる。
その光景に、サクラは呟く。
「よかった」
そうしてくしゃりと顔を歪めると、声を震わせて泣き始めた。
「よかった、名前……!」
泣き声に、ようやくナルトたちの存在に気づいた名前が振り返り、サクラを認めるとぎょっとする。
慌てて駆け寄ってきた名前のことを、サクラは抱きしめた。
「名前、このまま絶対、幸せになってね」
「サクラ、どうしたのいったい。こんなに泣いてーー」
「名前のことを、よろしくね。我愛羅君」
「ああ……俺のすべてをかけて、幸せにする」
「が、我愛羅!?」
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