舞台上の観客 | ナノ
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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -
その夜、ナルトたちお馴染みの面々は、焼肉Qに集まり、久しぶりに里へと戻ってきたサスケの帰還を祝おうとしていた。
だが予定の時間を過ぎても、宴は始まらない。
いつもならば真っ先に注文を頼むチョウジでさえもを含んだ全員が、落ち着かない様子でそわそわと辺りを見回していた。
目を落としたサクラが、ぽつりと呟く。


「名前、遅いわね・・・・・・」
「名前が約束を、それも何も言わずに破るなんて、ありえないわよね」


いのの言葉に、サクラは心配そうな顔で頷く。
サスケがぴくりと眉根を寄せた。


「任務でいないわけじゃないのか」


いいや、と答えたのはカカシだ。
その隣でナルトが唸りながら頭を掻く。


「昔のことがあるからか、サスケと名前の二人は姿が見えねえと、どうにも落ち着かねえってばよ」


同感、とちらほら上がった声に、サスケがどこか憮然とした面持ちで口を開く。


「俺は平気だ。名前は確かに、自分のことを考えないから、周りがあいつのことを考える必要があるが」


言ってサスケは、はたと顔を上げた。


「それにしても、まだ変わってなかったのか?あいつのあの、癖というか考え方は」
「前よりは、理解してくれてると思うんだけどね」


サクラは苦笑混じりに続ける。


「それでも名前のあの考え方は、昔からのことだから、やっぱりまだまだ抜けきらないのよ。名前は今でも、自分のことより、私たちのことを優先するの」


言った瞬間、窓ガラスが割れて人影が飛び込んできた。
何事かと、特に感知タイプの者たちが驚いて振り返る。
窓を破って飛び込んできたその存在に、今の今までまったく気がつかなかったのだ。
そして一同は、廊下を転がると受け身を取って体を起こした人物を認めると、さらに目を見開いた。


「名前!?」


それは名前だった。
名前はナルトたちに気づかない様子で、自分が飛び込んできた窓の先を睨みつける。
ポーチからクナイを取り出して、掴みながら印を結んだ。
するとなぜだか名前の周りに電撃が起こる。
それはまるで名前の体を縛っているようだった。
名前は歯を食いしばると床を蹴り、割れた窓から飛び出していく。


「名前!!」


第七班の面々が、名を呼びながら後を追って飛び出していく。
それに続きながら、いのがヒナタを振り返った。


「何なの今の……!ヒナタ、気づいた!?」
「ううん……!名前ちゃんが飛び込んでくるまで、何の気配もしなかった……!」
「匂いもしなかったぜ。どうなってんだよいったい……!」


そうして後に続いた者たちは、外へ出た時、さらに驚くこととなった。
そこには数十人もの見知らぬ男たちがいたからだ。
それほどまでの気配にまったく気がつかなかったこと、そしてこの者たちの侵入がどうしてこう易々と果たされたのかに、一同は驚きを隠せない。

しかしそのとき、叫び声が辺りを切り裂いて、一同ははっとした。
見れば男たちの中心に名前が捕らえられていて、何か術を掛けられている。
名前の体を取り巻くように再び電流のようなものが見えた。
痛みに声を上げていた名前が、術が終わると同時にその場に崩れ落ちる。
男の一人が、そんな名前を抱え上げようとしたその時、ナルトが右手に螺旋丸をだし飛び込んでいく。


「名前から、離れろってばよ!!」


幾人もの敵がそれにより吹っ飛んだ。
しかしそのまま名前の許まで突き進もうとしたナルトは、目を見開くとその動きをぴたりと止めた。


「テ、メェ・・・・・・!!」


ナルトが歯を食いしばり怒りを露わにする前で、体躯のいい男が名前の首筋にぴたりとクナイを当てている。
まだ忙しない息遣いのところを無理矢理に抱え上げられた名前のその白い首を、血が一筋伝う。
それでも数人の者たちが距離をじりじりと詰めようとすれば、抱え上げられた名前の隣に立つ男が笑って口を開いた。


「ゴク、脅しに使う部分を間違っているぞ」


名前の首に腕を回し無理矢理に立たせ捕らえている男は眉を上げた。


「ならばナユタ様、どこを使えと」


ナユタと呼ばれた男はさらに笑った。


「俺たちは名字名前を貰いに来たのだから、首にクナイを当てたところで、決して殺すような真似はしまいと信じてはもらえまい。現にじりじりと近づいてきている者たちが数人いるからな」


だから──と言うと、ナユタは名前の手を掴み上げた。
機を窺っていた者たちが、はっとして足を止める。
ナユタは名前の指にクナイを掛けると言った。


「それ以上近づけば、指を一本一本切り落とす。なに、印を結ぶのは難しくなるが、時空眼さえあれば問題ない」


膨れ上がる周囲の殺気に、ナユタは心底可笑しそうに笑うと、ゴクに捕らえられたままの名前の目を覗き込んだ。


「すごい殺気だ。よくもまあお前のような災厄が、また随分と大事にされているものだな」
「──災厄」


瞠目した名前に、ナユタはゆったりと首を傾ける。


「なんだ、気付いていなかったのか?お前は不幸を、災厄をもたらす、いわば疫病神のようなものだ」
「勝手なことを、言ってんじゃねえ・・・・・・!!」


吼えたナルトの覇気に、幾人かが気圧されたように退いた。


「そうよ名前、そんな奴らの言うことなんて聞いちゃ駄目!」
「ならば何故このような事態になっている?里への侵入者を許す結果になっている」


ナユタの問いに、シカマルが眉を上げた。


「はぁ?何言ってんだよ、わけ分かんねえな。それはお前らが勝手に侵入してきたからであって、名前にはなんの非もねえだろ」
「いいや、違う。確かに非というには少し可笑しいかもしれないが、俺たちは名字名前がいなければ、わざわざ木ノ葉の里を襲うこともなかったからな」
「そんなの、ただの責任転嫁じゃない!」


いのが苛立たしげに足を踏み鳴らす。
すると呆然としたように名前が呟いた。


「・・・・・・襲う・・・・・・?」
「こいつらが抵抗すれば、な」


名前は周囲を見回した。
自分を取り囲む敵たちと、そんな連中と対峙する仲間の姿を。
数だけでいえば敵の方が圧倒的に有利だが、名前の仲間は、ナルトやサスケを筆頭に忍世界の上位を占めるほどの強さを誇る。
そのため数だけで勝敗を判断することはできないが、しかしまた同時に、何の問題もなく制圧できると断言することができないことも確かだった。

名前の瞳が何かに迷うように揺れたとき、サスケが言った。


「まさか抵抗するな、なんて言うつもりじゃないだろうな」


はっとして顔を上げた名前に、カカシが言う。


「大事な仲間が攫われそうになってるのに、抵抗しないわけないでしょ」


名前は目を見開くと、唇を噛みしめた。
ナユタはナルトたちと、そして名前を見やると、考えるようにして顎に手を当てる。


「なるほど。名字名前は疫病神であるから大人しく手放せ、でないと里を壊滅させるぞ──と、いくら脅したところで無駄なようだな」
「そんなの当然──」
「お前たちには、な」


言い掛けたナルトの言葉を遮って、ナユタはにやりと顔を歪めた。
名前に向き直ると、顎を掴んで顔を寄せる。


「大人しく俺たちと来い。でないと里を、壊滅させるぞ」
「──!!」


瞠目した名前に、ナユタは舌なめずりする。


「そうだな、嫌だろうなぁ。お前はこの里が好きだからな。お前のような災厄を受け入れてくれる者たちや里はさぞかし貴重で、大切なことだろう。──ならば余計に、離れなくてはな」
「──私、は」


何を言おうというのか口を開き掛けた名前に、サクラははっとする。


「それでも名前のあの考え方は、昔からのことだから、やっぱりまだまだ抜けきらないのよ。名前は今でも、自分のことより、私たちのことを優先するの」


つい先ほど、自分で言った言葉を思い出して、顔から血の気が引いた。


「駄目、名前!そんな言葉に騙されないで!」
「騙される、などと言われるのは心外だな。俺は本当のことを言っているまでだぞ?」
「・・・・・・仮に私が大人しくお前たちに付いていったとして、そうすれば里に何もしない保証なんてあるのか」


連中に付いていくという選択肢をまるで考慮しているかのような名前の物言いに、ナルトたちは歯噛みする。
対してナユタは満足そうに手を上げた。


「ああ、あるとも。俺は言霊の術を使う。言葉で対象を縛るんだ。今お前の体を、術含め使えなくしているのもそれが理由だから、術の効果は信じられるだろう?身を以て味わっているのだからな」
「言霊の術・・・・・・それで自分たちを縛ると?皆を、里を襲わないよう制約を掛けるということか?」
「そうだ。ただし、条件は二つある」


ナユタは言うと、一つ、と人差し指を立てる。


「お前が大人しく俺たちに付いてくること」
「・・・・・・二つ目は」
「二つ目は、こいつらがお前を取り返そうとしないこと。──未来永劫に、な」


怒りを露わに一歩を踏み出したのはキバだ。


「さっきから大人しく聞いてれば、ふざけたことばっか言ってんじゃねえぞ!」
「ワウッ!!」
「どこがふざけていると言うのだ。名字名前を貰う代わりに、私たちは木ノ葉隠れを襲わないと言っているのだから、そちらも当然そうすべきだろう。たとえ名字名前が抵抗しなかったとしても、お前たちに追撃されては意味がないからな」


言うとナユタは、名前に向かって周囲を示した。


「さあ、よく見るんだ。大切な者たちを、大事な里を。これが最後になるからな。しかと目に焼き付けろ」


ナユタは印を結んだ。
すると名前の足下に妖しく光る太極図が出現する。


「言うんだ」
「──私、は」
「待てってばよ名前!言っちゃ駄目だ!!」


揺れる名前の目がナルトへ向けられる。
ナユタは痺れを切らしたように声を荒らげた。


「さあ──誓え!!」


名前は口を開いた。
しかし何の言霊も、そこから発せられることはなかった。


「・・・・・・どうした。なぜ何も言わない」


ナユタは怪訝そうに眉を上げたが、名前自身もまた、言葉を続けることのできない自分に困惑していた。
再度口を開き掛けて、しかし思いとどまるように閉口する。
そんな名前に、ナルトたちは顔を輝かせたが、しかし次の瞬間ゴクの腕が名前の首を締め上げた。


「う、ぐ・・・・・・っ」
「名前ちゃん・・・・・・!!」
「──時間切れだ」


自身に向かって手を翳すナユタを最後に、名前の視界は暗く染まった。













突如として自分に掛けられた冷水に、私は心臓が止まる思いで飛び起きた。


「起きたか」


どうやら私は地面に寝転がっているらしい。
見下ろしてくるナユタを睨んだ。


「ここは・・・・・・」
「アジトの一つだ。とはいっても、洞窟内に土遁で部屋らしいものを造っただけだが──どうせ少しの間しかいないからな」


言ってナユタはしゃがみ込むと、目を細めて私を見やった。


「さて・・・・・・先ほどの続きをしようか」
「先ほど、って」
「木ノ葉の里での続きだよ」


私は、はっとすると改めて自分の状況を確認した。
後ろ手に縛られながら地面に転がされている。
手を縛る縄を解こうとしてみれば、電撃が体を蝕むように現れて、私は苦痛に声を上げた。


「手間は掛かったし、味方もほとんど失ったが、目的であるお前を手に入れることはできた。とはいっても、いま木ノ葉と再び刃を交えることは避けたい。だから言え、何人も自分を取り戻すことは許さない、とな」


閉口すれば、ナユタはすぐさま部下の名を呼ぶ。


「ゴク」
「──は」


ゴクと呼ばれた男──里で私を拘束していた大男だ──は、即座に私の腹を蹴り飛ばした。
訪れた衝撃に、私は体を丸めて咳き込む。


「ゲホッ!!ゲホッ、ゴホッ・・・・・・!!」


ナユタは悠々と歩いてくると、私の髪を掴み顔を上げさせた。
そしてわざとらしい悲嘆を顔に浮かべる。


「残念だが、既に木ノ葉の里は脱したからな。脅すのも痛めつけられるのも、もはやお前しかいないんだよ」
「・・・・・・」
「どうせ最後は折れるんだから、早めに言うことを聞いておいた方がいいんじゃないか?」


黙り込む私に、ナユタはこれ見よがしに溜息を吐くと、再びゴクの名前を呼んだ。
私を殴り、あるいは蹴り飛ばすゴクに、ナユタはのんびりとした声を掛ける。


「また水を掛けて起こすのも面倒だから、気絶しない程度にな」
「は、ナユタ様」


それからいったいどれくらいの間、一方的な暴力を受けていただろう。
地面を転がった私は、口内に溜まった血を吐き捨てた。
ナユタは歩いてくると首を傾げた。


「俺はもしかして思い違いをしていたか?」


息をするのに合わせて体の節々が痛む。
震える呼吸をしながら睨みつければ、ナユタは逆側に首を傾ける。


「もしかしてあいつらは、そこまで大切な人間じゃないのか?」
「何、を」
「だってそうだろう?自分が災いをもたらすような存在だと知って、それがあいつらを傷つけることも分かって、だというのに身を引かない理由は、そこまで連中が大事じゃないからだろう?木ノ葉の里でぬくぬくと暮らせる自分の未来を守る方が、お前にとっては大切なんだ」


言ってナユタは肩を竦める。


「まあ他人よりも自分の方が大切なのは、当然のことだがな」
「・・・・・・」
「ところで話は変わるが、なぜ時空眼を開眼しないんだ?時空眼ほどの瞳術ならば、俺が掛けた制約ごと巻き戻せるだろう?もちろん巻き戻すまでに、制約がその身を蝕むだろうが、少し我慢すればいい話だ。お前を攫ったくらいだからな、その眼をそろそろ見てみたい」


私は手を握りしめた。


「・・・・・・約束、したんだ」
「何?」
「皆と、約束したんだ。もう時空眼は使わない、と」


ナユタは目を丸くさせると、そして声を上げて笑った。
愉快そうに目で弧を描く。


「健気なものだな。それで時空眼を使わないのか。こんな状況になっているというのに」
「時空眼を開眼すれば、大きな負担が掛かるからな」


目を閉じれば、皆の姿が脳裏に映る。
だから──と思った。
だから皆は私に言ったんだ。
約束を交わさせた。
心配してくれているから。
──大切に、思ってくれているから。


「時空眼に伴う代償に比べれば、こんな痛み、どうってことない」


言ったところで、再び鳩尾にゴクの蹴りが入れられた。
吹き飛ばされた私は洞窟の岩壁に激突する。
衝撃に頭が揺れて、視界がぐらついた。
ぼやけた人影が近づいてくる。


「落ち着け、ゴク。いまのはこいつの、ただの強がりだ」


眉間に力を入れれば、やがて視界は鮮明になっていく。
ナユタが私に哀れむような眼差しを向けていた。


「ここまでくると、同情の念さえ覚えるな」
「何・・・・・・?」
「名字名前、お前は勘違いをしているぞ」
「勘違い」
「気遣われることで、大切にされているとでも思ったか?自分が健やかであれば周りの者たちは喜ぶとでも思ったのか?いや違う。さっき俺が言ったであろう。お前は災厄をもたらす者だ。周囲に不幸を運ぶ者」


ナユタは顔を歪めて笑った。


「お前が傍にいないことが、奴らの幸せに繋がるんだ」


脳裏で誰かの叫びが聞こえた。


「この──死神!!」


いつかの誰かが、どこかで私の一族を責めている。
どうして──と、泣いている。
どうして未来が見えるのに、この惨劇を止めなかったのか──と。


「あんたがいなければ、こんなことにはなってなかった・・・・・・!!」


私は目を伏せると、ぼそりと呟く。


「・・・・・・そうだな」
「なんだ、ようやく分かっ──」
「私も昔は、そう思っていた。勘違いを、していたんだ」


ナユタはぴくりと眉を上げる。


「皆を襲おうとする不幸を、全て一人で持って行こうとしていた。それで皆が幸せに包まれるならよかった。いいや、むしろ望んでいた」
「・・・・・・」
「その未来が叶っていれば、確かに私は厄そのものでしかなかったんだろう」


だけど──と、私は微笑った。


「皆はそんな未来を迎えることを、許してはくれなかった。気付かせてくれた、私も皆の繋がりの一つであることを。教えてくれたんだ、私が──」


言い差して、私は歯を食いしばった。
言葉にしようとすれば、しかし心のどこかで自分が待ったを掛けてくる。
本当にそうなのかと問いかけられて、言葉に詰まる。
不安が顔を覗かせる。


「つうか名前は俺達の幸せってやつを、やっぱりまだ全然、分かってねーってばよ」


けれどそうすれば、脳裏で声が響くのだ。


「だって俺ってば今全然、幸せじゃねーし」
「名前がいねえ。だから、幸せじゃねえってばよ」



それは光となって、闇に包まれた心に射し込む。


「名前ってばさっき、泣いてただろ。俺達と一緒にいたいって、そう思ったんだろ?」
「同じなんだよ。俺達も」



胸を熱くさせる──勇気をくれる。


「名前と一緒にいたいと思ってる。俺達と名前の間に壁なんて、何にもねえ!」


「私が皆の傍から離れることは、決して幸せなんかには……つ、繋がら、ない」


辿々しい言葉は、自分の迷いを表しているようで。
私は首を振ると強く目を瞑った。
皆の笑顔を思い出す。


「皆が幸せじゃないのは嫌だ・・・・・・それに私も、皆の傍にいたいんだ・・・・・・!!」


声を上げたときだった。
ひどく暖かいチャクラを感じて、私ははっとして目を開いた。
ナユタと私の間に立つ、頼もしい背中──安心させるように満ち溢れるオレンジ色のチャクラの衣に、私の目から涙がこぼれた。
顔を輝かせると、その名を呼んだ。


「ナルト・・・・・・!!」
「遅くなってすまねえってばよ、名前」


ナルトは後目に私を見やると、どこか痛ましげに目を細めたが、すぐに勇気づけるように笑ってみせる。


「よく言ったってばよ。最高だったぜ、いまの言葉」


私は、うん、と笑って大きく頷く。
そのときナルトを押し退けて、黒い人影が目前に立った。


「──サスケ」


名前を呼ぶもサスケは答えず、私の顔や腕を見やると、やがて言った。


「どいつにやられた?」
「え?」
「誰にその傷を付けられた」


その問いに、無意識のうちに視線がゴクへと行く。
サスケは、そうか、とだけ言うと刀を抜いてゴクと対峙した。


「こいつは俺がやる。ナルト、お前は手を出すなよ」
「いいってばよ。俺はこいつを、ぶっ飛ばすからな」


戦闘体制に入る二人に、私は後ろ手に縛られている自分の腕を解こうと身を捩る。
するとそのとき、風を切る音と共に縄が解かれて、自由を取り戻した私は振り返ると顔を輝かせた。


「カカシ先生!」
「や、名前」


先生は静かにそう言うと、私の傷を見回して厳しい表情になる。


「・・・・・・あのとき里で名前を浚わせてしまって、ここに助けにくるのが遅くなって、本当にごめんね」


私は慌てて、いいえ、とかぶりを振った。


「先生が謝るようなことじゃありません。むしろ・・・・・・」
「そう言ってくれるなら、名前も謝るのはナシね」
「え──」
「だってそうでしょ。悪いのは全部、この反抗を企てたアイツらなんだから」


カカシ先生はそう言うと、ね、と優しく笑った。
私も笑って、はい、と言えば、先生は私の頭を撫でる。
私は先生を見上げた。


「カカシ先生、木ノ葉隠れは、里の皆は無事ですか?」
「ああ、大丈夫だ。・・・・・・というよりむしろ、やる気というか怒りに満ち溢れすぎてちょっとヤバいくらいなんだけど」
「え?」
「俺たち一応、先遣隊のようなものなんだけど、みんな自分が行くって言って聞かなくてね」
「そう・・・・・・なんですか」


じんわりと広がる温かさに、私は胸を押さえた。


「まあその中の誰よりも、自分が行くって言って譲らなかった連中が、いまここにいるわけなんだけど」
「──名前!!」
「サクラ──」


サクラも来てくれたんだ──と言おうとして、しかし私は閉口した。
私を認めたサクラの顔がみるみるうちに怒りに染まっていったからだ。
カカシ先生が苦笑している気配が後ろでする中、サクラは私の腕を取ると変わらぬ形相のまま治療していってくれる。
あまりの怒気やら迫力やらに瞬いていた私は、しかしすぐに頬を緩めた。
サクラ──と、穏やかな気持ちでその名を呼ぶ。


「ありがとう」
「・・・・・・何がよ」
「助けてくれて、傷を治してくれて」
「そんなの・・・・・・!!」


私の腕に目を落としたままだったサクラが顔を上げた。


「そんなの、当たり前のことでしょ・・・・・・!!」


私は静かに、うん、と言った。
泣きそうなサクラの瞳を見つめて、笑う。


「それでも、ありがとう。当たり前のことでも、嬉しい。・・・・・・当たり前だ、って言ってくれることが、とても幸せ」


言えば、サクラは目元を腕で拭って、そして明るく笑った。


「名前ってば相変わらず欲がないんだから」
「そうかな」
「そう」


言ったサクラに、私も笑う。
笑い合って、するとサクラは優しい眼差しを私に向けた。


「ねえ、名前」
「何、サクラ?」
「アイツらと誓いを交わさないでいてくれたこと、私たちといることを望んでくれたこと、すごく嬉しい。こんなにボロボロになるまで戦ってくれて、ありがとう」


やがて私は、ううん、と静かに首を横に振った。


「皆のおかげ」


言ったところで、洞窟の奥からナルトたちが戻ってきた。
ナルトはナユタを、サスケはゴクをそれぞれ縛り上げていて──ゴクは気絶しているらしい、地面に転がされた部下の姿にナユタは愕然とした。


「クソ、クソっ・・・・・・!!」


地面に座らされたナユタは毒づいていたが、私を認めると唇を歪めて笑ってみせた。


「これで終わったなんて思うなよ」
「・・・・・・」
「言っただろう。お前は疫病神だ、災厄だ!お前を狙う連中なんて他にもごろごろいるんだよ!」
「そうか、それはいい情報を聞いたな。後で包み隠さず全部話してもらおうか」


底冷えするようなサスケの眼差しに、ナユタは小さく悲鳴を上げた。
私はサクラの治療を一旦断ると、体を縮こまらせて震えるナユタに向かって一歩を踏み出した。
ナユタは私を睨み上げた。


「終わらない。終わらないからな。時空眼を狙う連中は無尽蔵に現れ里を襲い、そのたびお前は靡き、いずれはこちら側へと来る!今回お前が、俺の言葉に揺らいだように!」


私は真っ直ぐにナユタを見据えた。


「里は、木ノ葉は、もう襲わせない。そんなことは私がさせないし、何より私は皆を信じている」
「どうだか」


吐き捨てたように笑うナユタに私は、それに、と続けて、


「それにもし、そんな事態が再び起こってしまったとしてもそのときは──戦うだけだ。お前らのような連中と、そして──楽な道に逃げてしまおうとする、自分自身と」


私はナユタへ向かって歩みを進めた。
まだ体の節々が痛む──痛むが、構わず拳を振り上げた。
ナユタが驚きに目を見開く。


「待っ……!」
「お返し」


ナユタの頬に私の拳がめり込む。
ナユタは吹き飛ぶと地面を跳ね、転がり、そうしてゴクにぶつかると止まった。
気絶しているナユタを認めて、カカシ先生が、お見事、と手を叩く。
ナルトが明るく笑った。


「帰ろうぜ、木ノ葉の里に」


出口を背中にして立つ皆は眩しくて、私は目を細めると皆を見詰めた。
ふと視線を自分の足元に落としてみると、外界の光が届くぎりぎりの範囲に私は立っていて、ちょうど光と影の中間にいるようだった。
私は笑うと、皆に向かって大きく頷く。
光へ向かって──皆へ向かって、一歩を踏み出した。




20190728