舞台上の観客 | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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最近名前は、よく咳をしていた。
名前の体が弱いのは昔からのことだが、最近はその様子が顕著に見られる。
しかし当の名前に、大丈夫かと声を掛けたところで返ってくるのは、


「大丈夫だよ。私のことなんて、心配する必要ないよ」


というお決まりの言葉と明るい笑顔。
しかし最近、名前はこうも言うようになった。


「私は今、とても幸せなんだ」


木ノ葉隠れの里、とある広場の草原に座り不機嫌な顔で膝の上に頬杖をついたナルトは言う。


「本当、名前のあの性格も困ったものだってばよ」
「だよなぁ。時々、慎ましい、とか謙虚とかを通り越してるしよ」


言ったキバに同意するように赤丸が小さく鳴く。
でもーーとサイが僅かに眉根を寄せた。


「名前は僕と似てるところがあって、嘘を吐くのが下手だ。だから、今が幸せだって言ったあの言葉は本音だと思うんだけどーー」
「体調が悪くて幸せなわけがねえ」


言葉を継いだシカマルに、サイは首肯する。


「どうしてだろうね」


思い悩んだ表情をしたチョウジは続けて口を開く。


「だって名前は、確かに昔から体が弱かったし、誰かを助けるためなら自分が傷つくことを厭わなかったけど、普段は健康に気をつけていたほうだと思うよ」
「名前は日々鍛錬をし、体を強くしようと励んでいた。何故なら、強くなければ何も守ることはできないからだ」
「それなのに今は、自分の体が弱っていることを良しとしている」


カカシの言葉に、場には沈黙が落ちる。
木に背を預け、初めから黙しているサスケが目を据える先には名前がいた。
ナルトら一行がいるところから少し離れた高台の上にいる名前は、何をするでもなく、ただ里を歩く人々を眺めている。
体調が悪いのだろうか、唇を噛みしめると俯いたその姿に、サスケは眉根を寄せた。


「ーーどうにかしねえと」


呟いたのはナルトだった。
ナルトは立ち上がると、手を強く握りしめる。


「どうにかして止めねえと、また名前を失っちまう。しかも今度は、いくら手を伸ばしても届かねえ、遠い場所に行っちまうってばよ」
「ナルト、それって」


理解したチョウジは目を見開くと、信じたくない気持ちから、でも、と呟く。
そんなチョウジにシカマルが言った。


「ナルトの考えは間違ってねえと思うぜ。……外れてて欲しかったけどよ」
「くそっ……どうしてだよ」


キバが吐き捨てる。


「幸せだっていうことは、望んでるってことだろ?どうしてそう思うようになっちまったんだよ。名前に、何かあったのか?」


キバの問いかけは虚しく落ちる。
いくらこちらが心配に思い訊いても、名前は自分のことを話さない。
だから得られる情報には限界があるのだ。


「分からねえ、けど、前に綱手のばあちゃんが言ってたんだ」


ナルトの言葉に、第七班の面々の脳裏には、名前が木ノ葉の里へ戻ってきた時のことが甦る。
最高瞳術の副作用から深く眠る名前の手を握りながら、綱手は言った。


「この子はおそらく、短命だ」


血相を変えるナルトたちに、綱手は続けて言う。


「医療忍者として言ったんじゃない。確かに時空眼を使うことによる代償は大きいが、オビトも言っていたように、この子は一族の中でも優秀なほうだ。……ただ私は、長く生き延びた忍の一人として言ったんだよ」


綱手は悲しそうに小さく笑う。


「この歳まで生きると、分かっちまうのさ。馬鹿の匂いがね」


言って、綱手は真剣な眼差しをナルトたちへ向けた。


「私ももちろん十分気をつける。お前らもーーまあ言われなくても分かっているとは思うがーー名前から目を離すな」


だからーーと言いかけたナルトが、サスケを見て首を傾げる。
目を見開いているサスケの視線の先を追って振り返ったナルトは、同様に瞠目した。
そこでは名前が、儚げに微笑っていた。
名前の唇が言葉を紡ぐ。


「もうーー死んでもいいや」











最近私は、よく咳をしていた。
つまり皆の物語が、よりいっそう素晴らしいものになっているということだ。
私の咳の頻度と、皆の物語の素晴らしさは比例しているのだから。


高台の上から里を見下ろし、私は幸せを噛みしめる。
ふとすればだらしなくにやけてしまいそうで、眉根を寄せると顔を引き締めた。
けれど、やっぱりどうしても抑えることができなくて、私は思わず笑みを零した。


「もうーー死んでもいいや」


言った途端、背後に気配を感じた。
まさか里内でこんなにも濃くて深い、殺気に似た何かを浴びると思っていなかった私は反応が遅れてしまう。
僅かに息を呑んだ瞬間には、首裏に強い衝撃を感じた。
薄れゆく意識の中で私は必死に、一瞬前の自分の発言を撤回しようとどこへともなく声を上げようとしていた。


ご、ごめんなさい!
死んでもいいなんて嘘なんです!
いや、いま死んでもいいくらいに幸せなのは真実だけれど、これはあくまで喩えというか、少し盛ってしまったというかーーとにかく、私はまだまだ、皆の物語が見たいんだ……!
















ーー微かな物音が意識の奥底に届いて、私は目を覚ました。
閉められたカーテンの隙間から漏れる月明かりだけが明るい、見慣れない室内をぼうっと眺める。
状況が把握できなくて訝しげに眉根を寄せながら身動ぎしたところで、首裏に鈍い痛みが走って私ははっとした。
次いで自分の両腕が後ろ手に縛られていることに気がつき、肩回りの凝ったような痛さも理解する。
鼓動が速まり、気だるさが飛んで、意識が覚醒する。


ーーここは、いったいどこなんだ?
あの時、私の身にいったい何がーー。


思ったところで部屋の扉が開かれる。
思わず身構えた私は、現れた人物にぽかんと口を開いた。


「サスケ、カカシ先生」


目を丸くする私に、サスケは何も言わずに、カカシ先生は、や、と手を上げながら部屋へ入ってくる。
二人が現れたことに安堵しながら、状況を訊こうと口を開き掛けた私に、カカシ先生が言った。


「俺もね……本当はこんなもの、付けたくなかったんだよ」


え、と微かに目を見開くと、カカシ先生は私の腕を縛っている布に触れる。


「名前のことを、大事に大事にしたいんだ」
「カカシ、先生……?」
「だけど他でもない名前自身が、名前の命を奪おうとするんだから、仕方がないよね」


私は困惑しながら口を開く。


「あの、何のことだかさっぱりーー」
「とぼけるな」


サスケに言われて、私は首を捻った。
何かが可笑しい、と私はまず二人を見上げる。
次いで再び部屋へと目を向ければ、カカシ先生が、大丈夫、と言う。


「必要なものはすべて揃っているし、何より俺たちが、名前に何不自由させないよ」


俺たち、と呟いて、私は這い上がってくる不安を感じながら口を開く。


「あの、よく分かりませんが、とにかくサスケもカカシ先生も忙しいので、私にかまう暇なんてないというか、そもそも私をここに繋いでおく意味がないというかーー」


言いかけて、私は目を見開いた。


「この……ウスラトンカチ」


サスケに首を掴まれて、引き寄せられたのだ。
僅かな痛みと苦しさに息を詰まらせれば、カカシ先生がにこりと笑う。


「気にしなくて大丈夫だ。俺たちの予定が厳しいときは、他の奴らも見に来てくれる。まあ俺たちも、なるべく名前の傍にはいるよ」


その笑顔と言葉に、困惑しきっていた私は、やがて浮かんだ一つの考えに息を呑んだ。


目が覚めてから今まで、私は大した根拠もなしに、誰かにさらわれた自分をサスケとカカシ先生の二人が助けに来てくれたのだとばかり思っていた。
昔は、誰かが私を攫うだなんていう考えは思いつきすらしなかったのだけれど最近では実際に、時空眼を狙う人たちの話を聞いている。
だから自分は里で襲撃にあい、監禁でもされていたところに二人が来てくれたのだとーーサスケとカカシ先生の姿を見た途端に警戒を解き、安堵してしまっていたのだ。


けれどーーと私は唾を呑む。


ーーもしもここが、幻術の中だとしたら。
自分は何者かに囚われたままで、幻術を掛けられ、思うままに操られようとしているのだったら。


そんなことはさせない、と私は二人を睨むようにして見上げた。
サスケがぴくりと眉根を寄せる。


「自殺を阻止されたことがそんなにも気に食わなかったか」


それにしても、この幻術を作り出している何者かは、いったいどうしてこんな設定にしたのだろうか。
話があまりにも可笑しかったお陰で、これが幻術だと気がつくことができたから、その点はありがたかったけれど、私が自殺したいと思っているわけかないだろうに。


思いながら、私は幻術を解くため自分の唇を噛もうとした。
けれど少し口を開いたその隙間に、指を突っ込まれて舌を掴まれて、私は驚きサスケを見上げる。


「お前に何があったのかは知らないがーー死なせない」


離せ、と術者に向けて言いたいのに、上手く話せないことが苛立たしい。


「死にさえも、お前は渡さない」


振り払おうとした私は、サスケの目に宿った赤色にはっとした。


「それでも死を望むというなら、その考えを変えてやる」


目が合った瞬間に、体中に激痛が走って私は思わず声を上げそうになった。
けれどたとえ幻術とはいえ、サスケの手を噛むことは躊躇されて、私は後ろ手に縛られた自分の手を強く握りしめる。
すると固く握りしめられたその指を、カカシ先生が優しく開くと、自分の手を握らせた。


「縋っていいよ、名前」


忙しなく息をしながらカカシ先生の名を呼べば、先生は目を細めて私を見つめる。


「俺実は結構好きなんだよね。名前の弱った姿。名前はあまり、自分の弱みを見せないからさ。……それで俺に縋ってくれたら、もう最高なんだよね」
「ふん、変態が」
「お前も大概でしょ」


二人の会話をどこか遠くに聞いていた私は、とあることに気がつき、さらに一人混乱していた。


い、痛みを感じたのに幻術が解けない。
ということは、まさかこれは、現実なのか……?





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