舞台上の観客 | ナノ
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「任務ご苦労様。よく頑張ったな」


木ノ葉隠れの里、アカデミー。
任務の報告帰りのついでとして火影様からの書類を届けにやって来た私は、あたたかい笑顔で労いの言葉を掛けられながら頭を撫でられて、瞬くと、思わず笑った。
イルカ先生が首を傾げる。


「どうしたんだ?笑って。何か面白かったのか?」


私は笑いながら、いいえ、と言う。


「やっぱりイルカ先生といると落ち着くなぁと思っただけです」


イルカ先生は、落ち着く、と逆の方向に首を傾けると、照れたように笑いながら頭を掻いた。


「まあ、お前の心が休まるならいいが……というか、やっぱりってことは、前からそう思ってくれていたのか?」
「はい。ーー昔、私がまだアカデミー生だった頃、先生が私を抱きしめて、頭を撫でてくれたことがあったんです」


言えば先生は僅かに目を瞠る。


「ーーあの時のことか」


私は申し訳なさから眉を下げて詫びた。


「覚えてますよね……あの時は大変なご迷惑を」
「迷惑なんかじゃないさ」


言いかけた私の言葉を遮ってイルカ先生が言って、私は目を丸くする。
イルカ先生は真摯な目を私に向け口を開いた。


「生徒を守ることは、教師として当然のことだ。それにあの時お前は、俺のことを、守ろうとしてくれたんだろう。自分を省みないことは、確かに褒められたことじゃないが、お前はやっぱり、誰より優しい心を持ってるよ」


私は僅かに目を見開くと、うつむいて、小さく笑った。
脳裏に甦るのは昔の記憶ーー私を守るように抱きしめる、イルカ先生の姿。


昔、アカデミーに賊が侵入してきたことがあった。
その当時ただのアカデミー生だった私たちには、当たり前だけれど、動かず待機しているようにと指示が出されていた。
けれど私は、イルカ先生を狙う敵の音を捉えると、その命令を破って、先生の前へと飛び出したのだ。
だけどいくら私の聴力が優れているからといって、幼かった私が気づいた敵の気配を、イルカ先生が察知していないわけがない。
つまり私のしたことは無茶なもので、また却って先生の動揺を誘ってしまう、危険なものだった。
だというのにイルカ先生は、私のことを抱きしめながら敵を倒すと、優しく頭を撫でてくれたのだ。


「ありがとう、名前。俺を助けようとしてくれたんだよな」
「だが、命令を破ったことは良くないぞ。それに今の行動からして、お前は自分のことを少しも考えていなかっただろう」
「いいか、名前。自分のことを大事にしろ。そして、それでも足りない部分があったのなら、俺がそこを補う。お前たち大事な教え子たちのことは、俺が命に代えても、守ってやるからな」



あの時ーーと私は口を開いた。


「あたたかいと、思いました」
「あたたかい……?」
「はい。抱きしめられて、頭を撫でられてーーまるであたたかくて大きな何かに包み込まれているような……そんな気分は、初めてのことだったんです」
「名前……」


イルカ先生が微笑った。


「お前が深い優しさを抱いたまま成長してくれて、嬉しいよ。先生としても、誇らしい。ーーただ、自分のことを省みないこともそのままらしいけどな」


わざとらしく怒ったような呆れたような顔をされて、私は苦笑する。
でも、と言って握り拳を作った。


「今なら、あの時よりもずっと先生のお役に立てます。敵の前に飛び出したとしても、それは無謀ではなくちゃんと考えた上での行動です」


言えばイルカ先生は、そうだなぁ、と呟きながら天井に目を向ける。


「ナルトもそうだが、お前たちは昔よりもずっと強い。里の中でも、今後さらに、有数の存在になっていくはずだ。……それでも、守りたいと思うんだよな」
「ーーイルカ先生」
「たとえ相手が何であろうと、力がどうだろうと、俺はお前を守りたいと思っているし、必ず力を尽くす」


言って先生は、まあ、とはにかむように笑った。


「抱きしめることは、もうしちゃ駄目かもしれないけどな」
「ナルトたちはまだしますけど、そうですね、確かに私なんかを抱きしめても得にならないどころかーー」
「何ぃ!?ナルトの奴、今でもお前に抱きついたりしてるのか!?」


大声で訊かれて、私は瞬きながらも頷く。


「ナルトの奴……!なんという羨ましいーーじゃなくて」


イルカ先生は何やら言うと、咳払いをして、私を見た。


「だいたい、ナルトもナルトだが、名前も名前だ」


首を傾げると、イルカ先生は私に体ごとを向けて、いいか、と言う。


「そもそもお前には、自分に降りかかる危険に対しての警戒心がなさすぎる。周りの者たちへの危機は、当人たちよりも先に気がつくのに、だ」
「自分への危険、ですか」
「そうだ。ナルトだからまだいいが、世の中には危ない連中はごまんといる。それに、女だからといって狙うような不埒な輩も多い。お前は忍だから、そんじょそこらの奴には負けないとは思うがーー」
「はい、負けません」


私は強く頷いて、首を傾げた。


「けれど、私に女を求めて狙ってくる人なんていませんよ」
「ーーそういうところが、危機感がないと言ってるんだ」


イルカ先生は低い声で言うと、真剣な表情で私の腕を取った。


「イルカ先生……?」
「俺の腕を振り解くことができるか?」
「あの、何をーー」
「いいから、やってみろ」


私は少し困惑しながらも、言われたとおりに先生の腕を振り解こうとした。
けれど上手い具合に点を抑えられていて、力を加えることができない。
目を見開けば、イルカ先生はゆっくりと手を離した。


「お前が俺の手を振り解けなかったのが、俺に対する警戒心がないからなのかは分からない。真実本気で振り解こうとしたわけでもないだろうからな」


イルカ先生は続ける。


「名前、お前は確かに力をいなすことが上手い。相手の力を逆に利用することにも長けている。だがこうして捕まり、逃れられなくなる可能性だってあるんだ」


私はイルカ先生の指導に真剣に頷く。


「もう一度、私の腕を掴んでもらえませんか」


言うとイルカ先生は呆れたような顔をする。


「名前、お前今のを体術か何かの修行だと勘違いしてないか?俺が言いたかったのはそういうことじゃーーまあいいか」


イルカ先生は、ほら、と笑って私の腕を掴んでくれる。
私は小さく頷くと、足の裏に力を入れて、イルカ先生の手を振り解こうとした。
しかし力の入れ方、あるいは入れる箇所を間違えたのか、逆に体が持っていかれてしまう。


「っ危ない!」


受け身を取るよりも先にイルカ先生に抱き止められて、私は床への激突を免れた。
慌てて謝ろうと顔を上げれば、そこには顔を真っ赤にさせたイルカ先生がいて、私は青ざめる。


「あ、あの、イルカ先生、本当にすみません。だ、だから落ち着いてください。頭の血管が切れてしまわないかどうか心配です……!」
「こ、これで落ち着いていられるか」


イルカ先生は言うと、大きく息を吐いた。
私の体を優しく離して、自身の額に手をあてる。


「何が言いたかったのか忘れた……ああ、そうだ、とにかく……色々と気をつけろ。いいな?」


困って頬を掻く私に、イルカ先生は苦笑する。


「お前は昔から聞き分けの良い子だったが、時たまに頑固なところがあるな」
「すみません。でも、自分が女として襲われる、というか見られることすら実感が湧かなくて……そんなふうに言ってくれるのは、イルカ先生くらいですよ」
「……そうだといいんだがな……」


力なく言った先生の様子が気になって、私はイルカ先生の名を呼ぶと首を傾げる。
先生は私を見ると口を開き掛けて、そして思い直したように閉じる。
悩んでいるような、迷っているようなその様子に、私は先生の顔を覗き込んだ。


「イルカ先生、何か悩みでも……?」
「ああ……いいや、平気だよ」
「けれどーー」


とても平気そうには見えない。
さらに訊こうとすると、イルカ先生は苦笑するように笑った。


「心配かけて、悪い」


言って、明るい声を出す。


「情けないな。教え子に心配かけるなんて」


その言葉に私は首を振って、先生の目を見つめた。


「イルカ先生はさっき、私たち生徒の力になりたいと言ってくれました。そしてそれは、生徒から先生に対しても、同じことです」
「名前ーー」
「何か力に、なれませんか?」


訊くと、イルカ先生は目を細めて薄く微笑う。


「お前は昔からそうだった。今よりずっと幼い頃から、たまに、どっちが大人なのか分からないほどに俺たちのことを思いやっていた」
「イルカ先生たちが素敵だからです。だから私は、力になりたいと強く願う」
「……本当に、どがつくほどに人がいいな」
「それはイルカ先生のことです」


言えば先生は軽く声を上げて笑った。
ややあって先生は目を細めると、ぽつりと呟く。


「……俺の教え子たちはみんな、いい奴らばかりだ」


私は微笑んで、首肯する。


「確かに頑固な奴もいるし、授業を真面目に聞かない奴もいる。少し気弱な奴だっているがーーそれでもこの里の、大事な火だ。木ノ葉を担っていく、かけがえのない存在だ」


私は静かに相槌を打つ。


「教え子たちの成長を見守ることは、他の何にも代え難いほど嬉しいし、羽ばたいていくことを願っている。ーーそれでも」


イルカ先生は私に伸ばし掛けた手を握り、苦笑した。


「つい、手を伸ばしそうになってしまうんだ」
「イルカ先生ーー」
「贅沢な……望みだよな」


私は心底困惑しながら首を傾げた。


「ど、どうして手を伸ばす必要があるんですか?」


だってーーと私は続けて言った。



「イルカ先生は、もうずっと、みんなの傍にいるのに」



イルカ先生が目を見開いた。
私は首を捻る。


「先生も、木ノ葉の里の大事な火です。みんなとの距離なんて、それこそ立っている距離の分しかありません」


それなのに、どうして手を伸ばす必要があるんだろう。
はっ!
もしかして何かの暗喩なのか!?
忍は裏の裏をかけというやつか!


「本当にお前はどうしてそうーー」


考え込もうとしたところで、イルカ先生がそう言って、私は先生に目を向ける。
イルカ先生はひどく優しい眼差しを向け言った。


「変わらないな。俺の生徒だった頃から」


私はにっこりと笑った。


「私はいつまでも、イルカ先生の生徒ですよ。この先もずっと、ずっと、先生のことを尊敬し続ける」
「名前……」


それでも、と私は得意げに笑ってみせた。


「もう子供じゃあないんです。だから今度は先生と一緒に、新しい世代を守っていきたい。成長を、見守りたいんです」


イルカ先生は目を瞠ると、やがて微笑み、そうだよな、と呟いた。


「もう、子供じゃあないんだよな……」


そして同じようにどこか得意げな笑みを見せると私を見る。


「俺もお前たちを見習って、勇気を出すとするか」
「勇気、ですか?」
「ああーー歩み寄ってみるよ」


言って、イルカ先生は一歩を踏み出した。






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