舞台上の観客 | ナノ
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「カカシ先生への就任祝い、何にするか決めた?名前」


木ノ葉隠れの茶屋の中、サクラに訊かれた名前は顎に指を当て小さく唸った。


「それがまだ決めかねてて……カカシ先生は読書が好きだから、栞やブックカバーを考えてはいるんだけど」
「栞はともかくとして、確かにブックカバーはいいかもね。あんな本を堂々とこれからも読まれたら、火影の尊厳に関わるから」


サイの言葉に数人が、もっともだというふうに頷く。
名前が笑んで、首を傾げた。


「サクラは?もう決まった?」


するとサクラは意味ありげな笑みを見せて、いのと顔を見合わせる。
名前が逆の方向に首を傾ければ、サクラは言った。


「私から先生に贈るプレゼントは、いのと話し合って、もう決まってるの」
「それじゃあ共同のプレゼントだね」
「まあ、色んな意味で共同よねぇ」


言ったいのが、名前に笑う。


「当日は、私たちが存分に名前を着飾らせてあげるから、楽しみにしてなさい」
「ああ、確かにお祝いの席なら身嗜みに気を遣ったほうがいいよね。それに私はそういったことに詳しくないから、お言葉に甘えようかな」
「うんうん、素直でよろしい」


いのは満足げに頷いて、そうだ、とサクラを向く。


「リボンも付けたほうがいいんじゃない?」
「あはは、それじゃあまるで私がプレゼントみたいーー」
「ーーリツ!!」


言い掛けた名前がーーというか茶屋中の者が、驚いて出入口のほうを振り返った。
一人の男が、息を荒くして立っている。
茶屋に面した大通りを歩く人々からも好奇の視線が注がれているが、男に気にした様子はない。
男はただ一人の人物だけを見つめていた。


「ーーリツ」


え、という戸惑った声が、名前の周りから漏れる。
困惑したように、いのが名前を見て囁いた。


「名前のこと見てるわよね、あの人」
「でも、リツって……いったい誰のこと?」
「知り合いかってばよ、名前」


ナルトに訊かれて、名前は困った様子で首を振る。


「ううん、覚えがないけれど……」


すると男がまた、リツ、と誰かの名を呼びながら、名前の前へとやって来た。
男の目に涙が浮かんでいるのを見て、名前たちは目を見開く。


「ずっと捜していたんだよ、リツ。こんなところにいたのか」
「あの、いったい……?」
「どうしたんだいそんな顔して。さあ僕たちの家へ帰ろう」


あのー、と声を上げたのは、いのだった。


「失礼ですけど、何か勘違いしてません?この子の名前はリツじゃなくて、名前なんですけど」
「名前……?君こそ何を言っているんだ。彼女はリツだよ。名字リツ」


名字、と名前が微かに目を見開いて呟いた。
黙って状況を見ていたシカマルの眉間に皺が寄る。
男は涙を浮かべながら笑顔を見せた。


「彼女のことは他の誰でもない、この僕が知っている。だって僕は彼女の、夫なんだから」


言った男に、ぽかんと口を開けた者が数名。
真っ先にナルトが名前を振り返った。


「名前、お前ってば本当はリツって名前で、しかも結婚してたのかってばよ!?」
「そんなわけないでしょ!」


名前が違う、と否定するよりも先に、サクラの拳がナルトに落ちた。


「ーー自分の嫁と名前とを、勘違いしてるな」


どこか気まずそうな声がして、一行はその声の主ーーシカマルを振り返る。
シカマルは複雑そうな顔で静かに言った。


「おそらくこの人が言ってるリツって人は、名前と同じ名字一族であることは確かだ。ーー戦争の時も、初代様たちが言ってただろ。自分たちが知る一族の者と名前が、そっくりだって」
「同じ一族の人間だから、どこかしら似てるのは、当たり前だもんね」


言ったチョウジが、でも、と声を落とす。
遠慮がちに、上目遣いで男を見た。


「名前は一族の、唯一の生き残りだって。っていうことは、この人の奥さんはもう……」
「き、君はリツだ!そうなんだろう?やっと思い出したんだ。僕が妻を、間違えるわけがない!」


一行は何も言えずに口を噤む。
悲しそうに眉を下げた名前が、私は、と口を開けば、男は激しくかぶりを振った。
ナルトたちを見回してから、名前に目を向ける。


「二人だけで話がしたい」


名前は頷く。
どこか気遣わしげな目を向けてくるサクラたちに、目で応えて、立ち上がると、二人で茶屋を出ていった。
店内から見える道の端で話し始める二人の姿を暫し見つめて、いのが重いため息を零す。


「切ないわね……」


うん、と重く頷いたのはサクラだ。


「戦争で、名前たち一族の記憶は世界に戻った。だけど既に、彼の奥さんは亡くなっていた……」
「名前と、同じだってばよ」


呟くように言ったナルトに、サクラが目を向ける。


「名前にも昔、家族の記憶がなかった。時空眼を開眼して、思い出した時にはもう、二人ともいなかったって言ってたからな……」
「……そうね」


それっきり、場にはどこか重い雰囲気が流れた。
するといのが小さく笑って、でもさ、と言う。


「ナルトって本当馬鹿よね。名前が結婚してるわけないじゃない」
「そうよ。もしそれが本当だったら、プレゼントできなくなっちゃうじゃない」
「ーー何の話?」


ぬっと現れ出たカカシに、サクラたちは叫び声を上げた。


「ーーカカシ先生!驚かさないでください!」
「茶屋の中でそんなに気配消す必要ねえってばよ!」
「いやーごめんごめん、わざとじゃないんだけどね」


頭を掻いて笑って、カカシは問う。


「それで?名前がどうとか、結婚がどうとか言ってたけど」


言われてサクラは焦った顔で首を振った。


「別に名前が結婚してるってわけじゃないですからね、カカシ先生。ーー今名字一族の旦那さんだったって人が、名前に会いにーーって、あれ?」


大通りを振り返ったサクラは首を傾げた。
先程まで話していたはずの二人の姿が、忽然と消えていた。










ーー木ノ葉隠れを出た道の先を、二人の男女が腕を組みながら歩いていた。
男が笑顔で見つめれば、女ーー名前もまたにこりと笑んで、男を見上げる。


「大丈夫かい?足許が覚束ないね」
「はい、何だか意識が、朦朧としているようで……」
「歩けなかったら、僕が背負ってあげるよ」
「ありがとうございます。優しいですね」


男は思わず立ち止まると、涙が浮かんだ目を細めた。


「懐かしいな……その言葉」
「ーーどこに、行くつもりだってばよ」


すると後ろから厳しい声が飛んできて、男ははっと振り返った。
名前はぼんやりとした様子で、不思議そうに首を傾げる。
その様子に違和感を覚えたカカシは注意深く目を凝らし、名前の虚ろな目に気がついた。


「幻術か……」


呟いたカカシの言葉に、シカマルが頷く。


「どうやら、そうみたいっすね。二人の様子からして、おそらく名前は、本当に自分が妻だと思い込まされてる」
「というか、本当にこの人は、一族の誰かの夫だったのかな」


サイは続ける。


「実は時空眼を狙う輩で、警戒心を解くために、作り話をーー」
「違う!リツは真実僕の妻だ!!」


男の荒げた声に、名前が驚いて肩を揺らす。
男は慌てて名前の顔を覗き込んだ。


「ああ、ごめん、怖がらせて。だけど大丈夫、君のことは僕が守るよーー今度こそ」


男の言葉に、名前はほっとした顔を見せる。
カカシが眉根を寄せる横で、サクラが言った。


「あなたの気持ちは分かるけど、そこにいるのは、あなたの奥さんじゃないのよ」
「悪いけど、名前は返してもらうわ!」


言ったいのが心転身の印を組む。
はっとした男が名前の前に飛び出すよりも先に、名前が時空眼を開眼し、ナルトたちの動きを止めた。


「やめて……ください」
「名前!しっかりしろってばよ!止めなきゃなんねえのは俺たちじゃなくて、そいつだ!」


ナルトの言葉に、名前の虚ろな目が男に向かう。
目が合った男は困ったように微笑んだ。


「助けてくれてありがとう。でも、なるべく時空眼は使わないでくれ。君の命に関わってしまうから……ね?リツ」
「だから、リツじゃねえってばよ!」
「それじゃあ、今のうちに行こうか」


男は言うと、腕を差し出す。
名前はぼうっとした様子でその腕に自分のを絡めた。
歩き始めた二人に、ナルトたちが焦る中、カカシが言う。


「事情は大体聞いたよ、名前。自分に似た境遇だからかーーいや、お前の場合、おそらくそれを差し置いたとしても、話を聞いて、心を入れた。だから余計に、幻術に掛かってしまったんだ」


名前、と呼ばれて、女はぴくりと足を止めた。
男が、リツ、と名を呼ぶが、女は振り返りカカシを見つめる。


「名前に、それが自分の幸せなのかよく考えろって言ったところで、上手くいかないだろうから、こう言うよ」


名前、とカカシは言った。


「これが本当に、その男の幸せなのか?」


名前は呻くと頭を抱えた。
痛みに堪えるように眉根を寄せる名前に、ナルトが声を上げる。


「名前!お前はリツって人じゃねえ!目ぇ覚ませってばよ!」
「名前、お願い!時空眼を解いて!ーー約束したじゃない!もう二度と、時空眼は使わない、って!」


サクラの言葉に、頭を抱えた名前は小さく悲鳴を上げた。
糸が切れたように倒れ込むその体を、男が慌てて抱き留める。
かろうじて意識があるからか、時空眼はいまだ解けていない。
そんな名前と、ナルトたちを、男は何度も見比べる。
やがて男は泣きそうな顔で言った。


「リツは、僕の妻だ」


男は名前を抱き上げて、道を走り去っていく。
遠ざかっていくその背中に、ナルトが声を上げた。


「待てってばよ!ーーくそっ……!名前ーっ!!」





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