ナルト、サクラ、サスケ、カカシの四人は、再び暗闇の空間へ戻り、立ち尽くした。
四人の前に広がる光は残り三つーーもう半分は既に見終えた。
するとサスケが、また一つの光に向かって歩き出す。
「待って!サスケ君ーー」
サクラが言い差して、伸ばし掛けた腕を止める。
ーーサクラはもう、限界だった。
壮絶な過去を立て続けに見せられて、胸が苦しいほどに痛かった。
だが見ているだけの自分たちとは違って、名前はその過去を実際に経験していた。
そんな名前が歩みを止めないのに、どうして自分が休むことができるだろう。
「名前ってばもう、全部、経験してたんだ」
どこか呆然と言うナルトの言葉に、サクラは苦い顔で頷いた。
脳裏には、かつて名前が、歪みの傍で待機することや、未来の者を尋問することを止めた時のことが甦る。
名前は、してはいけないことだと、経験から分かっていたのだ。
ーー本当に、付き合わせてごめん。
脳裏の名前が言う謝罪の言葉に、サクラは一人、首を振った。
ーー名前が謝る必要なんてない。
名前は、カサネが変えた過去は一つだけだと言っていた。
同時に、過去の改変によって生じる歪みは一つだけだと。
だとしたら、六つあった歪みのうちの、五つを生み出してしまったのはーー。
「それでも……謝る必要なんて、これっぽっちもないのよ……名前」
サクラは言う。
しかし名前には聞こえない。
ーー四週目の世界に入っていた。
悔しそうにうなだれた名前は唇を噛みしめている。
ナルトたちがその様子を見守っていると、やがて名前は歩き出した。
ナルトたちは困惑しながらも後を追う。
名前が向かう方角は、これまでとは違って、時空の歪みがある場所でも、ナルトたちが検問をしている場所でもなかった。
「名前ってば、どうする気だってばよ」
名前は人気のない森の中へ入ると、一本の大きな木の下に胡座をかいて座り、左目を閉じた。
途端に暗闇の空間が広まって、ナルトは驚いて辺りを見回す。
「え?これってば……四つ目の過去は、今ので終わりってことか?」
「いや、どうやら違う」
振り返ったナルトに、カカシは続けて言う。
「ここは俺たちが過去を見にきた空間じゃない。名前は左目を閉じていた。ということは、名前が未来を見にきた空間に、俺たちも飛ばされたんだ」
「未来を……でも、三週目の世界で、既に名前には時間がなかった。歪みは三つに増えてるし、だから体力もその分奪われる。なのに、時空の歪みが四つに増えたこの世界で、どうして時間と体力を使う予知を」
言ったサクラに、カカシは厳しい顔で黙する。
答えたのは、光へと歩いていく名前の背中を見据えたサスケだった。
「捨てたんだ」
「え……?」
サクラはサスケを振り返って、困惑気味に問う。
「サスケ君、捨てたって、どういうこと?」
「お前も言ったように、今未来を見てしまえば、おそらく名前はカサネを倒せない。時間的にも、体力的にもな」
「だったらーー」
「だが、名前はもう三度失敗してる。このまま続けたとしてもカサネには勝てないーーそう思って、未来を見ることにしたんだろう。突破口を、見出すためにな」
その言葉に、サクラは息を詰めると、同じようにして名前の背中を見た。
胸の前で組んだ手が震える。
「だから名前は、この四週目の世界を、捨てるのね」
名前と、そしてナルトたちが未来に飛んだ時、そこは既に荒れ地となっていたーーカサネの術が掛けられた後だったのだ。
皆が一様に表情を曇らせる中、カサネの声が響いた。
見れば、未来の名前に向けて、カサネは話している。
「もういい加減、繰り返すのは飽きただろう。止めにしないか」
嫌だーーと、今と未来の名前の声がかぶった。
名前は駆け出すと腕を振り、その未来を消し去った。
暗闇の空間に戻る間もなく、名前は次の未来へと進む。
「名前は一人だ。だというのに、傍にいない者たちのために、どうしてそうも繰り返す?」
荒れ地となった世界で、カサネの声が響く。
名前は首を振って、胸に手を当てた。
「一人じゃない。皆はずっと、ここにいる」
言うと名前は走り出す。
腕を振って未来を消し去ると、また別の未来を見に行った。
「何度繰り返しても無駄なことだよ」
「違う」
「世界は私に創り直される運命にあるんだ」
「違う……!」
「これが正しい未来なんだよ」
「ちが、う」
「争いと憎しみにまみれていた世界なんて、間違いだったんだ」
「……違う……」
しかしーー何度見ても結果は同じだった。
世界は荒れ果て、カサネと名前の二人だけが残っている。
それでも名前は歩みを止めなかった。
走っていた足が遅くなり、たどたどしくなっても、別の未来を探して進み続ける。
どれほど声が弱々しげになろうとも、カサネの言葉を否定し続けた。
「ーー名前は、一人だ」
そんな名前の足が、遂に止まった。
名前は小さく、そうだ、と呟く。
「私は……一人だ」
「違う!」
ナルトは思わず声を上げていた。
「名前は一人なんかじゃねえってばよ!俺が、俺たちが傍に……!」
「傍にいない者たちのために、どうしてそうも繰り返す?」
けれどその言葉は届かない。
名前は色のない目を地面に落として、ぽつりと零した。
「これで、いいんだ……傍にいれば、巻き込んでしまうから」
言うと名前は二、三歩よろけるようにして腕を振った。
未来が変わるーーと言っても、風景も人も、今まで見たものと何も変わりはなかったが。
「過ちの歴史を作ってきた者たちのことなんて、どうでもいいだろう」
違う、と言う名前の声が震える。
「私と世界に必要なのは、名前ーー」
「違う!!」
名前はたまらず声を荒げた。
「私のことなんてどうでもいいんだ……!!」
名前の感情を表すかのように、未来が割れた。
再び暗闇しかない空間に戻って、名前は頭を抱えるとうずくまる。
サクラが駆け寄りその肩を抱こうとして、けれど手は名前をすり抜ける。
歯がゆさに顔を歪めるサクラの隣で、遂に名前は暗闇へと倒れ込んだ。
「だから……皆が生きてる未来を、見せて」
・
・
・
ーー名前は目を開いた。
視界には変わらず荒れ果てた世界が広がって、別の未来を見ようと、名前は表情も変えずに腕を振った。
その行為に、サクラは思わず目を背けるーーあまりに辛くて、見てられなかった。
別の未来へと変わらないことに怪訝そうに眉根を寄せた名前は、再度腕を振りかけて、ふと気づいたように辺りを見渡した。
腕を下ろして、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「現実、か」
荒れ果てた世界は、時空眼が見せる未来の姿ではななく、現実のものだった。
名前が未来を見、気を失っている間に、世界は無へと還っていた。
今回は未来を見ることに時間を費やすーーとそう決めたのに、それでもこうして荒れ地になった世界を見れば、胸が痛む。
だが名前にはもう、体力どころか気力も残っていなかった。
時間を巻き戻さなければいけないと思うのに、不思議と何もする気が起きない。
「……何が足りない」
名前は呟く。
「どうすれば……別の未来に行ける」
名前が膝を抱え込んで、そこに顔をうずめた時、カサネの声がした。
「随分とお疲れのようだね、名前。今回は特に何もしなかったようだけど」
「名前に、近寄るんじゃねえ……!」
「名前から離れて!」
歩み寄ってくるカサネの前に、ナルトとサクラが立ちふさがる。
そうしたところで止められないと、頭では理解していたが、せずにはいられなかった。
サスケとカカシは厳しい顔で、両者を見比べている。
奇しくも、カサネはナルトたちの前で足を止めた。
「もう止めよう、名前。これは運命なんだ」
名前は膝に顔をうずめたまま、何も言わない。
「時空眼を持つ名前と、力を得た私がいれば、世界は思うがままだ」
カサネの言葉に、名前はゆっくりと顔を上げた。
「世界には、私と名前の二人だけがいれば十分なんだよ」
名前の目に光が戻っていく。
そうかーーと名前は呟いた。
その目の色を見たサスケとカカシは息を呑む。
「まさか……くそ、そういうことか……!」
サスケの声に、ナルトが振り返る。
「サスケ、どうしーー」
言い差して、ナルトは息を呑んだ。
名前が立ち上がり、こちらをーーカサネを見ていた。
「未来にはいつも、私とお前の二人だけがいたんだ」
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