舞台上の観客 | ナノ
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「#寸止め」のBL小説を読む
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木ノ葉隠れへの襲撃を目論んでいる組織の情報を得たサスケは、組織を調べ、そうして辿り着いたアジトへとやって来ていた。
アジトの周囲、木や岩に貼られた札を剥がせば結界が解け、夕闇のなか趣味の悪い贅を尽くした邸が姿を現した。
異変に気づき辺りを見回す門番たちを音もなく倒し、屋敷の中へ足を踏み入れる。
侵入者を排除するため向かってくる敵を刀で切り伏せれば、壁掛けの燭台に灯された火が揺らいだ。


大将がいるであろう大広間を目指し屋敷の中を歩み進んでいたサスケは、角を曲がった先にある部屋から感じる極僅かな気配を察知して足を止めた。
感覚を研ぎ澄ませていなければ感知できないような気配の隠し方は、いままでの連中とは明らかに違う。
サスケは部屋の前まで足を進めると、少し開かれた扉の隙間から中の様子を覗き見た。


そこは書庫のようだった。
棚には書物が敷き詰められ、巻物が並べられている。
内容は恐らく、この組織が研究しているという生物兵器に関するものだろう。
机の脇に置かれた灯りを頼りに、女が一人、書物を読んでいるのが見えた。


情報を覚え逃げるつもりかと、そう踏んで、サスケは女も他の連中と同様に始末するため床を蹴ると刀を振った。


だが女は瞬時に振り返ると刃をクナイで防いだ。
微かな火花が散って、そして女の目が見開かれた。




「……サスケ!?」




女の力が緩んだ隙に、腹に向かって蹴りを出せば、しかし焦りながらも交差した腕で防がれる。
女は床を蹴ると宙を翻り、離れたところへ着地するとサスケを見上げた。
蝋燭の灯りに揺られる琥珀色の目を見据え、サスケは問うた。




「何故俺の名前を知っている」




訊けば女は、はっとして、目を泳がせる。
それは――と言ったきり二の句の継げない女は、やがて閃いたように顔を輝かせた。




「何を隠そう、私は貴方のファンなのです!」
「……は?」
「だからサスケの名前を知っていたんだよ。驚かせてしまって、ごめんね」




笑って謝る女に、一瞬で距離を詰めて刀を振れば、すんでのところで避けた女は驚愕した顔でサスケを見た。




「――何故!?」
「何故、じゃない。そもそも今の言い分で、本当に納得させられると思っていたのか?」
「そりゃあ、当然。サスケは忍の世界では勇名だし。それにファンだっていうのは、あながち嘘でもないし」




あながちって−−とサスケはちらりと女を見やる。


何なんだ?この変な女……。




「……まあいい。とにかく情報も、お前も、逃がすつもりはない」
「ま、待って!誤解だよ。私はこの組織の者じゃない」
「そんな嘘が本当に通じるとでも?」
「嘘じゃないよ」
「それじゃあ一体どうして、こんな辺境な地の、さらには結界で隠された場所にいる」
「それは……きっとサスケと似たような理由だよ」
「俺と……?」




怪訝そうな顔をしたサスケに、女は「うん」と首肯する。




「私は組織を潰すため、ここへ来た」
「組織を、潰す?だが結界が破られた形跡はなかった」
「やろうと思えば、私は結界を破らずとも結界内に入ることができるから。私はサスケほど強くはないから、真正面から挑むよりも、潜入して内部から崩していく方が楽だと思って」
「仮にそれが本当の話だとして……ならお前はどこかの忍か」




問えば女は困ったような顔をして頬を掻く。




「忍は忍なんだけど……どこかの里に所属しているかと言われれば、そうではないかな」
「それじゃあ何か別の組織の者か」
「そういうわけでも……」




要領を得ない答えにサスケは溜息を吐いた。




「何にせよ、お前が怪しい者であることは間違いない。他の連中と共に木ノ葉へ来てもらう」
「それは……」




苦い顔をした女が何かを言おうとしたとき、部屋の扉が音を立てて開かれた。
振り返れば、息を切らしてそこに立っていたのは中年の小太りの男。
この屋敷の、組織の主だ。


男は怒りで顔を真っ赤にして叫ぶ。




「侵入者というのはお前たちか!我輩の屋敷を、部下たちを踏み荒らしおって!」




本当に組織の人間じゃあなかったのか――とサスケは女をちらりと見やり、そして微かに目を見開いた。
女は、ひどく優しい眼差しでサスケを見ていた。
目が合えば女はにっこりと笑い、そして両手を合わせて苦笑する。




「ごめんねサスケ。でもサスケがいるなら、あとは心配いらないや」




そう言うと、女は身を翻して軽々と男の頭上を飛び越えると部屋を出、廊下を駆けて行った。




「おい、待て!」




追いかけようとしたサスケの前に、しかし男が立ちはだかる。
当初の目的はこの組織の壊滅であったはずなのに、組織の者でもない女を取り逃がしてしまったことが、何故だか不思議と気に掛かった。









地面に落ちた結界札を飛び越え、森の中を駆けながら、私は口許を手で覆った。
隠さないと、走りながら一人で笑っている女など、誰かに見られた暁には都市伝説になる恐れがあるからだ。
屋敷に近づいていく、いくつかの音――サスケが呼んだ木ノ葉の忍たちだろうか――を感じ取り、出くわさないように方向転換する。
木へと飛び上がり枝を蹴りながら小さく笑い声を漏らした。


サスケ、格好良くなっていたなあ。
何だか再開する度にそんなことを思っている気がするが、きっと私の感性は間違っていない。
サスケはいつだって格好良くて、その魅力は日増しに大きくなっているのだろう。
けれどまさか、あんなところで再開するとは思ってもみなかった。
戦争以来だけれど、元気そうで安心した……良かったな。


思い出の写真が入ったポーチに軽く触れ、そうして私は木々を飛び移っていった。


予約していた宿に着いたのは、夜になってからのことだった。
雑踏を抜け、宿を見つけたのだが、何やら店先が騒がしい。
不思議に思って近づいてみれば、店の者と客らしき男たちが数人、揉めていた。




「なあ、頼むよ。他の宿はどこも人がいっぱいで、泊まれなくて」
「そうは言ってもねえ、うちも今夜は満室なんだよ」
「相部屋でも雑魚寝でも、何でも良いからさ」
「あんたらが良くても、他のお客さん方もいるし……」




私は、あの、と声を掛ける。
振り返った彼らに、にっこりと笑った。




「今夜ここの宿に予約を入れていた者ですが、キャンセルします。お譲りしますよ」
「だけど、良いのかい?」
「野宿には慣れて――」




言いかけた時だった――背後から腕を引かれたのは。
振り仰げば、そこにはサスケがいて私は瞠目する。
サスケは私をちらりと見やると、すぐに店員に視線を移し冷静に言った。




「俺も今晩、予約を入れていた。こいつとは顔見知りだから、相部屋で構わない」
「ああ、そうなんですか?それじゃあ一部屋空きますね。いやあ良かった」
「ありがとうな、兄ちゃんと姉ちゃん!」




客の男たちに肩を叩かれ礼を言われたが、私は恐怖に震えながら、店の者とやり取りをするサスケの背中を見上げていた。


腕を引かれ、簡素な部屋に通された私は、案内の者が去った途端に土下座した。
畳に額を擦りつけて、謝罪する。




「さっきは敵の前に一人残して場を去ってしまい、大変申し訳ございませんでした……!」
「そんなことはどうでもいい」
「だけどそれはサスケの強さを信じているからのことであって――って……え?怒ったから追いかけてきたんじゃないの?」
「違う。さっきも言っただろう、お前は怪しい。男の反応からして、あの組織の者でないことは本当らしいが、だからと言って放置しておけるわけがない。組織の者でなく、見たところどの里の額当てもしていない忍だ。怪しすぎるだろ」
「どこの里にも属していないのは――」




脳裏に蘇った過去に一瞬、言葉に詰まったが、すぐに苦笑して頭を掻いた。




「親が、里ときちんと話をつけて里を抜けた忍だったから。忍術は親から受け継いだけど、だからどこかの里の忍っていうわけじゃないんだ」
「……だったらどうして、あの組織を潰そうとした。誰に頼まれたわけでもないというのに」
「それは……」




言い淀めば、サスケは溜息を吐いて呆れたように私を見る。




「まさかとは思うが、人助けのため……とか言わないだろうな」
「――どうして?」
「さっきお前は、何の関係もない連中のために部屋を譲ろうとしていた。まあ人が好いからという理由だけで、組織に潜入までするとは思っていないが……」
「……うん、違うよ」




私は目を伏せて笑った。




「そんな立派なものじゃない。あえて言うのなら……罪滅ぼし、かな」
「罪滅ぼし……?」




怪訝そうに眉を上げたサスケに、うん、と小さく頷いて、そして私は窓へと向かった。




「おい、待て。二度も逃がすと思っているのか」
「普通なら無理だよね。サスケは強いから。……でもこのまま、ここにいれば木ノ葉へ行くことになっちゃうんだよね?」
「組織の者でないのなら、何故木ノ葉へ来ることを嫌がる。何か疾しいところがあるのか」




私は何も答えずにサスケを振り返った。
目が合うと、サスケは瞠目する。




「お前、その眼の色――」




言ったサスケが体が動かないことに気づいたのか、はっとする。
私はサスケの姿を目に焼きつけると、窓を出、その場を去った。











瞳の色を琥珀色から白緑色へと変えた女の、恐らくは瞳術によって体の動きを止められて、やっと動かせるようになった頃には女の気配は辺りにはなく、胸中にわだかまりを残したまま木ノ葉の里へと帰ってきたサスケは、組織のことと併せて女のことを六代目火影、はたけカカシへと報告した。




「もしかしたら、その女、最近木ノ葉を狙っているって噂の正体不明の忍かもしれないね」




六代目火影、はたけカカシの言った言葉にサスケは眉を顰める。




「木ノ葉を狙っている、だと?」
「何でも木ノ葉襲撃を目論んでいる組織や、木ノ葉だけでなく世界にとって危険な存在である連中のことを調べているらしい。これが味方だったのなら、阻止するため動いてくれているんだろうと思えるんだけど、どうやらそいつは、どこの額当てもしていないらしくてね。だとすれば狙いは、そうした組織への加入だろう」




火影室を出たサスケは旧友への挨拶もそこそこに里を出、カカシから聞いた情報を元に、裏社会に通じる仲介人がいる場所へと足を運んだ。
廃墟の中を、その仲介人がいるという部屋へ向かって歩みを進めれば、唯一灯りの漏れた部屋から微かな話し声が聞こえてきた。
気配を絶ち、部屋の傍まで近づいたサスケは、会話の一方の人物の声が誰のものなのかを悟って瞠目する。




「あんた、本当にそうした組織への加入が目的だよね?どこかの里のスパイとかじゃあないよね?」
「勿論ですよ。いくら調べても、私がどこかの里に属していた記録など出てこなかったはずですよ」
「まあ、そうなんだけどさ。あんたに紹介した組織が片っ端から潰れていくもんだから……あんた、相当な疫病神なんじゃないかい?」




女は小さく笑い、そうかもしれませんね、と言う。


サスケは苛立ちを感じ、次いで自分は何故苛立っているのかと疑問に思った。
そしてその理由に気づいたとき、サスケは自分を殴りつけてやりたい気分になった。


苛立ちを感じたのは、期待を裏切られたからだ。
カカシの言っていた者と、この女は別の人間だろうと――別の人間あって欲しいと、そう思っていた。
だが昨日会っただけの人間に何故、自分は期待などしたのだろうか。


自分らしくもない根拠のない考えを、そして甘さを打ち消すように、千もの鳥の地鳴きのような音が辺りに響いた。






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