舞台上の観客 | ナノ
×
「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
あの、と私は言った。


「大丈夫ですか?」


訊けば男は濁った目を私に向ける。
その息は変わらず荒いままで、私は眉を下げた。


「川はもうすぐそこですから、頑張ってください」


言うも男は変わらず私の上から退いてくれない。
おそらくはもう喉が渇いて体調が優れなくて動けないのだろう。
私は彼を支えようと手を伸ばしたが、するとそれを取られて組み敷かれてしまった。
私は目を丸くする。




ーーそもそも事の発端は、遡れば、シカマルと二人で火の国大名のとある屋敷を訪れたことだ。
火の国の未来を考えて欲しいーーとの大名直属の任務に就いたのは、頭が切れて、これから木ノ葉の参謀役を担っていくシカマルと、それに大名たっての希望で選ばれた私。
つまり時空眼で未来を視て欲しい、とのことだったのだが、私には皆と交わした約束がある。
ーーもう二度と、時空眼は使わない。
けれど大名からのお願いを里が、そして一介の忍である私が断るわけにもいかないので開眼しようと思ったら、カカシ先生を筆頭に止められたのだ。


「絶対駄目。まあちゃんと考えて出したいくつかの可能性を挙げれば、あちらも納得するだろう。何も目の前で時空眼を使ってみせろって言われてるわけじゃないんだし。そのへんの誤魔化しも任せたよ、シカマル」


ということで私はほとんど話すこともなく、今回の任務を終えたのだった。
途中から、シカマルが分かりやすく説明する隣で、今回の任務での私の必要性について考えていたが、まあ大名にも満足してもらえたし、それにシカマルとの任務も久しぶりだったから良かった。


そうして里へ帰る道中、水の流れる音を聞いた私は、シカマルに断りを入れてから水を汲むため川へとやって来ていた。
すると木陰から一人の男が現れて、何やら様子が可笑しく足取りも覚束ないなと思いながら見ていれば、私は彼に押し倒されたのだった。
回想終わり。


「どうしたんですか?」


彼は水が飲みたいだけのはずなのに、私の手を押さえつけてきたので不思議に思って訊く。
すると男に腰のあたりを弄られてぎょっとした。


「あ、あのーー待ってください」


私も今、水を汲みに来たところなんです……!
だからまだ、ポーチの中の水筒に水は入ってないんです……!


水分不足のため意識が朦朧としている人に、少々手荒だけれど離れてもらおう、と腕に力を込め掛けて、道の方から聞こえてきた足音にはっとそちらを向いた。


「ーーシカマル!」
「そいつに、触ってんじゃねえよ……!!」


名前を呼ぶと、シカマルは右腕を振りかぶる。
え、と瞠目すれば、止める暇もなくシカマルの拳は男の頬にめり込んだ。
思わず体を起こせば、男は吹っ飛ばされて、水面を跳ねると向こう岸に転がりぴくりとも動かなくなる。

半ば唖然としていれば、シカマルが私の肩を掴んだ。


「おい、大丈夫か名前!」
「わ、私は大丈夫だけれどシカマル、彼が」
「阿呆か!あんな男の心配してんじゃねーよ!」
「け、けれど何も殴ることは……もちろん、シカマルが力を貸してくれたことは嬉しいけど」
「向こうは無理矢理襲ってきてんのに、こっちは穏便に済ませろってか?無理な話だぜ、そりゃ」
「襲うーーというか彼はただ欲しかっただけなんだよ」


水がーーきっとそれほど追いつめられていたんだと思う。
水分は人間にとって最も大事とまで言われるものだし、舌なめずりまでしていた。
おそらくもう限界だったんだ。


「それじゃあお前は欲しいって言われたら、簡単にやんのかよ」
「そりゃあ、減るものじゃないしーー」
「確実に減るだろうが!馬鹿!」


叱られて私は瞬いた。


シカマルに怒られてしまったことにも驚いたが何よりこの剣幕……か、環境破壊はそこまで深刻になっていたのか……!?
水なんて、それこそ近くには川も流れているし、減るものじゃないと考えていた。
そもそも忍の世界には、水遁を使う人々が大勢いるし森林に関しても、こちらは希少だがヤマトさんがいる。
けれどシカマルは頭が切れる、先を見通す力がある。
そんなシカマルがこんなに真剣になっているということは、おそらく将来、水不足が問題となるんだ……!
まあいざとなれば私も、時空眼で未来を視ることができるのだけど。


「ご、ごめん……考えが甘かったよ」


謝ればシカマルはため息を吐く。
そうして不満そうに私を見れば、だいたい、と距離を詰めてきた。


「お前にはパーソナルスペースってもんがねえのか?名前」
「パーソナルスペースって、相手との距離感がどうの、っていう……?」
「ああ。他人に踏み込まれると不快に感じる線引きなんだが……この様子じゃ、お前にはそれが無いに等しいな。自分と周りとは、ある意味では分けて考えてるのによ」


ーー私のことなんていいんだよ。
昔散々叱られた、その考え方について言っているのだと分かって私は苦笑する。
シカマルは軽く眉根を寄せた。


「周りと距離を置けとは言わねえが、あまりに近い距離は、いくら仲間といえどそっから先は、本当に特別な奴だけに限られんじゃねーか?」
「ああ、恋人とか、そういうことだね」
「そういうこと」


続いたシカマルは私のことをじっと見る。
首を傾げれば、シカマルはちらりと笑って、いや、と言った。


「干渉してくる奴は女でも男でもめんどくせえし、だから自分はそんなことしねえし、したいとも思わねえーーはずだったんだけどな」
「干渉?」
「ま、やっぱり男っていうのは、好きな女を自分の色に染めたいとか、そういうことを少なからず思ってるってことだよ」







そうして思わぬ捕獲者が出たがーー水を飲みたがっていた彼のことだ。初めは里に連れ帰ると言うシカマルに驚いたが、なんと調べれば男は手配書まで出されていた主に性に関する犯罪者だったのだ。シカマルすごい。ーーとにかく私たちは木ノ葉に戻り、六代目様に報告を済ませた。
そうして火影邸を出て、歩きながら次の任務について考えていると、シカマルに昼寝に誘われたのだ。


「名前も次の任務まで少し時間あんだろ。帰んのもめんどくせえし、一眠りしてかねえか?」


昼寝、といってももう夕方なのだが、忍の生活は不規則なものだ。
下忍の頃ならまだしも、今の私たちには任務が詰まってる。
だから休息が取れる時間があるなら、一眠りでも何でも、しておいたほうが良いのだ。


頷いた私を連れてやってきたのは、シカマルのお気に入りの場所。
心地良い風が吹いていて、夕陽が暖かい。

するとシカマルは寝転がると、隣に横になった私を抱きしめた。
腕枕まで用意されて、私は少し慌てる。


「シカマル、気を遣わないでも私は大丈夫だよ。忍なんだし、野宿には慣れているから」
「俺がしたいんだよ。悪いけど、湯たんぽ代わりになってくんねえか」
「そういうことだったんだ。それなら、私で良ければ……けれど大丈夫?寝づらくない?」
「ああ、つうか……思ってた以上に、すげえ落ち着く」


シカマルは欠伸をした。


「……なんつうか、一気に眠たくなってきたぜ」
「シカマルは、今日私の分までたくさん喋ってくれたもんね。ーーお疲れ様」


ありがとう、と言って、私も目を閉じた。















「つうかお前、前にもあんな恰好で出たことがあるとか言わねえだろうな」


シカマルの言葉に私は暫し考える。
思い当たる節がないので、笑って首を振った。


「多分ないよ。けれどごめんね、髪も乾かさずに、だらしない恰好で……待たせちゃ悪いと思って」
「女がんなこと気にしなくていいんだよ。いのなんか、風呂上がりじゃなくても遅刻してくることあるぜ。髪型が決まらないだとか、服がどうの、ってな」
「いのはお洒落さんだからね」


ーー火の国大名直属の任務を終えた数日後、家でシャワーを浴びていた私は浴室から出ると鳴っているチャイムの音に気がつき、濡れた髪をそのままにとりあえず着るものだけ着て玄関を開けた。
すると立っていたのはシカマルでーーどうやら手に持つ書類を見るかぎり何か報告をしにわざわざ家まで来てくれたらしいーー驚きながらもお礼を言った私を、シカマルは何故だか家の中に押し込むようにして扉を閉めた。

そうして今は、身嗜みについて言われながら髪を乾かしてもらっている。
心地良く、また任務後のため疲れているのか、うとうととしていればシカマルの手が止まったことに気がつき目を擦った。

すっかり乾いた髪を梳き、シカマルを振り返る。


「わざわざありがとう」


にっこり笑ってお礼を言えば、シカマルも少しだけ笑みを見せて、腕を広げると言った。


「ほら」
「ーーシカマル」


目を丸くする私に、シカマルは続ける。


「任務、ご苦労さん。結構大変だったって聞いたぜ」
「ああ、うん、負傷者が出ちゃって」
「だからほら、ーー来いよ」


労ってくれるということだろうか……。


腕を差し出したままにさせておくのも何だか申し訳なくて、私はシカマルに近づく。
けれど止まると、本当に良いのだろうかとシカマルを見上げた。

シカマルは促すように笑む。


「いいから。お前から距離を詰めることに、意味があるんだからよ」


距離、と私は首を傾げたが、お言葉に甘えるとシカマルの胸に体を預けた。
抱きしめられると、確かに、と思う。


ーー確かにこれは、とても落ち着く……。


あやすように背中をぽんぽんと叩かれて、私は苦笑するように笑った。


「子供じゃないんだよ、シカマル」
「子供扱いされたと思ったんならすまねえ。けど、別にそうじゃねえよ。ただ甘やかしてるだけだ」


私は思わずくすくすと笑う。


「それは子供扱いじゃないの?」
「ちげぇよ。なんつうか、優しくしてえと、思うだけだ」


私はその言葉に目を見開くと、やがて静かに閉じた。
ーーシカマルの言葉と気持ちが、慣れなくてくすぐったくて、あたたかい。
さらに体の力が抜けて、小さく息を吐けば、シカマルの静かな声が降ってきた。


「……眠いか?」
「そうだね、少しーーシカマル、この後は任務があるの?よかったらこの前みたいに、一眠りしていく?」


暫しの沈黙のあと、シカマルは、いや、と言った。


「せっかくのお言葉だが、遠慮しとく。まだ早いからな。……抑えられるか分かんねえし」
「早いーーああ、それじゃあまだ任務まで時間があるんだね」


言うとシカマルはおかしそうに笑って、また今度な、と言った。










それから私は、前よりよくシカマルと会うようになった。
特に会うのは任務後で、偶然なことに火影室の前やらで鉢合わせたりしている。

そして今も、報告書を書きに待機所へやって来ればソファーに座っているシカマルを見つけて、笑って手を挙げた。


「シカマル、お疲れ様」
「おうーー」
「ーー名前じゃねえか、久しぶりだな」


何か続けようとしたシカマルの言葉を遮って、向かいのソファーから体を起こして言ったのはキバだった。
私は目を丸くして、そうして書類やら巻物やらが乱雑に積み重なった辺りを見回すと笑う。


「ソファーと書類に埋もれていて見えなかったよ。久しぶりだね、キバ」
「俺は匂いで分かったけどよ、名前お前ーー」
「音やら気配に気づかないってことは、またどうもお疲れのようだな。ま、待機所で気張れっていうのも無理な話だけどよ」


言ってシカマルは、ほら、と隣を叩いて示す。
私は頷いて、ソファーに腰を下ろすとシカマルに寄りかかった。
息を吐いて、キバの驚いたような視線に気がつく。
首を傾げた。


「どうしたの?キバ」
「いや、何つうかお前ら、距離近くねえ?」


私は、え、と目を丸くした。


「そうかな」
「そうだよ。ーーおいシカマル、まさかそんだけくっついてて、お前まで近いと思ってねえとか言わねえよな」
「ああ、ま、近いな」


私は驚いてシカマルを振り返る。


「近い?あれ、前からこれくらいじゃなかったっけ」
「ちげぇよ」


言ったシカマルに、キバが続く。


「なんで本人が気づいてねえんだよ。ーーいいか?名前。ちょっとこっち来てみろ」


手招きされて、私は今度はキバの側のソファーに座る。
距離を見たキバは頷いて、


「そうそう、こんくらい。前までは、お前とシカマルもこれくらいの距離だったろ。けど今はーーこれくらい近いぜ」
「わっーーち、近いよキバ」


口をついて出た言葉に、キバが腕を組んで首を傾げる。


「だから言っただろ、近いって」


次いで私も首を捻った。


「あれ……?何だか前と、何かが変わったような」


シカマルが、ちらりと口許に笑みを浮かべた。





150228