木ノ葉の里近くにある、とある旅館の露天風呂に浸かりながら、いのが伸びをして言った。
「ん〜っ、木ノ葉の銭湯もいいけど、やっぱり旅館は格別よねえ」
私も微笑んで頷く。
「うん、やっぱり露天風呂は気持ちいいし、上がれば美味しい食事と、敷かれた布団が待ってるもんね。極楽だよ」
「本当。でもまさか、また皆で来られるなんてね」
「ナ、ナルト君のおかげだね。また商店街のくじ引きで、十三人分の宿泊券を当ててくれたから」
言ったヒナタの頬が赤らんでいるのは、お湯に浸かっているからだけではないだろう。
私は笑みを浮かべながら、そうだね、と言って、そして堪えきれずに咳をした。
ヒ、ヒナタ、可愛い……!
そしてサクラといのももちろん可愛い。
……本当に、まさかまた皆で温泉旅館に泊まる日が来るなんて、思ってもみなかったよ……!
私やサスケがまだ里を抜けていない、下忍だった頃にも、ナルトが宿泊券を当ててくれたおかげで来たことがあって、それはもう幸せなものだった。
けれどまた、こうして女の子から女性へと成長した皆と来られるなんて……!
煩悩を抑えるために、私はお湯を掬うとその熱いものを顔に掛けて息を吐いた。
けれども煩悩はまったく去らない。
それどころか、もはやこれは私が悪いのではなく、可愛すぎる皆が悪いのではないかという、身勝手な責任転嫁をする犯人の供述のようなことまで思えてきた。
いや、皆が可愛すぎることは、まったく悪いことなんかではないのだが。
というかむしろ最高である。
けれど、と私は皆から目を逸らしたーー私なんかが見てはいけないと思うのだ。
それでも葛藤が生まれて、目が泳ぐ。
端から見れば完全なる不審者であるが、サクラといのは何やら言い争っていて、幸い私のことは気に留めていないようだ。
ーーああ、目のやり場に困るとは、こういうことなのか?
と、何とも贅沢なことで思い悩んだとき、ヒナタが胸を抑えながら身を捩った。
み、見ていたことに気づかれた……!?と焦る私と、首を傾げるサクラといの。
「ヒナタ、別に隠そうとしなくたっていいじゃない。女同士なんだから」
「う、うん……」
言われたヒナタが素直に胸から手を離し、肩までお湯に浸かる。
けれどヒナタの体はすぐにお湯に押し戻されるようにして浮いた。
「な、なんか浮いてきちゃって……」
「う、浮く……!?」
サクラといのが驚愕の声を上げているのが聞こえるが、それは水音で揺らぎ、何と言っているのかまでは聞こえない。
「って名前が沈んでるわよ!?」
「ちょっと名前どうしたの!?大丈夫!?」
「名前ちゃん……!」
三人に慌てて引き上げられて、私は謝りながら額に手を当てる。
「ごめん、何だか頭がくらくらしちゃって……」
まあそれはヒナタのせいーーいや、おかげなのだが。
あまりの衝撃に思わずお湯の中へ沈んでいた私に、サクラが、近くの岩の上に置いてあったバスタオルの上から、容器に入った水を取って差し出してくれた。
「はい、名前、水飲んで。名前は体が弱いんだから、自分の体調と、上手く付き合っていかなきゃ」
「ありがとう、サクラ。ーー冷たくて美味しい」
「うん。少しでも具合が悪いと思ったら、今度はお湯に沈む前に、ちゃんと言うのよ」
「だからサクラ、バスタオルと飲み物持ち込んでたのね」
いのの言葉に、サクラは頷く。
「本当は、名前の体調が悪くなったら上がらせようかとも思ってたんだけど、名前、今回の温泉、すごく楽しみにしてたから。それに私も、名前とゆっくり入りたいしね。だから気持ちよく浸からせてあげたいの」
「サクラ……本当にありがとう」
「へーえ、あんたもちゃんと医療忍者してんのね」
「当たり前でしょ。それに湯に浸けないなら持ち込んでもいいって言われたから、それについても、気にしないで」
凛とした笑みを見せたサクラを、私はひどくあたたかい気持ちで見つめた。
その優しさがありがたく、またサクラのことを、本当に素敵な女性だと思う。
そしてーーサスケのツンデレはそれはもう素晴らしいものだが、こうしたサクラの面倒見の良さをお節介だと言うあの照れ隠しも、もう少しデレの頻度を増やして、サクラを喜ばせてくれればなと頭の片隅で思った。
もちろん、二人の物語なら何でも好きだし応援したいが。
するといのがヒナタを見やる。
「にしても話は戻るけど……まさかヒナタがここまで成長するなんてね。思ってもみなかったわ」
「ーーげほっ」
「で、でも私、太りやすくて……だから甘いものとかも、あんまり好きに食べられなくて」
「ちょっとくらい太りやすくたって平気よ!サクラを見なさい?可哀想なことにどこもかしこも貧相じゃない。それに比べればずっといいわよ」
「っていのぶたーっ!誰が貧相だ!ヒナタはともかく、あんたとはそう変わんないでしょ!」
「そんなわけないでしょ!?サクラ、あんたはいったい私のどこを見てそう言ってるわけ!?この日々磨き抜かれたプロポーションが、あんたと同じなわけないでしょ!」
「よく言うわ。だいたい私たちは全員忍なんだから、差はあれど、鍛錬で似たような体つきになるのは当たり前ーー」
サクラは言い掛けて、はっとすると私を振り返った。
首を傾げるとサクラの手が伸びてきて、腰を撫でられて背筋が伸びる。
「サ、サクラ?どうしたの?」
「前から気になってたんだけど……うん、やっぱり名前は、骨が細いのかしら」
「私も思ってたのよね!名前って、忍なのに華奢というか。それなのに力はそれなりにあるから不思議よね」
「で、でも名前ちゃんって身軽だから、分かる気もするよね」
「さ、三人とも、私のことはいいからーー」
「ってちょっと名前!何よこの傷?」
え、と首を傾げる私の腕を取ってサクラは言う。
「痕残っちゃってるじゃない。これくらいだったらまだ治せるけど、女の子なんだから、なるべく傷は残さないようにね」
「紅先生がいなくてよかったわよ、名前」
「紅先生?どうして?」
「だってもしここに先生がいたら、それはもう叱られてたんじゃない?」
「確かに紅先生、最近更に頼もしくなったっていうか……た、多分お母さんになるからかな」
ヒナタの言葉に、なるほど、と私は頷いた。
ーー今回の旅行に参加した十三人とは、昔と同じく、カカシ班、アスマ班、そして紅班の三班だ。
紅先生も、温泉に浸かって体を休めることも考えてはいたのだが、もうだいぶお腹も大きいし、日常的に入るお風呂よりも温泉のほうが体力を使うから、万が一を考えて部屋に残ることにしたのだ。
いのの話によると、アスマ先生も紅先生に付き添い部屋で待っているらしい。
ああ、二人の様子、見たいな。
けれどもちろん邪魔もしたくないから、こう忍らしく、屋根裏部屋などからこっそりと覗いてーー。
考えたところではっとした。
そんな私に、三人は不思議そうに首を傾げる。
「名前?どうしたの?」
「ーー覗かれてる」
「ええっ!?」
「何ですって!?」
「気配と、それに視線を感じる……!」
「まさかナルト!?」
「ええっ!?ナ、ナルト君……!?」
「いいや違う、隣からじゃなくて、外からだ!三人は身を隠していて!」
「身を隠してって、名前ーー」
サクラが用意してくれたバスタオルーーそれを体に巻くと私は外へ向かって飛び出した。
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「しっかし、よく五代目が、俺たちを全員送り出してくれたもんだな」
木ノ葉の里近くにある、とある旅館の露天風呂ーー男湯において、シカマルが口許に笑みを浮かべながら言った。
まあ、と顔の下半分をタオルで隠したカカシが続く。
「俺たち最近働き詰めだったからね。一日くらいならと、五代目も思ったんだろう」
「それもこれも、ナルトが宿泊券を当ててくれたおかげだね。ありがとう、ナルト。旅館のご飯、楽しみだなぁ」
「へへん、まあな、チョウジ。俺ってばやっぱ、持ってる男だからよ?」
「鬱陶しい」
「んだとぉ!?サスケェ!」
「だいたい、どうして全員露天風呂に集まってるんだ。中にも風呂はあるのに、暑苦しい」
「それじゃあお前が中に戻ればいいじゃねーか」
「どうして俺がお前らに譲らなきゃならない」
「かーっ!相変わらずお前ってば自己中な奴だな」
「相変わらずなのはお前もだ、ナルト。何故なら前に来たときも、お前はうるさかった」
シノの言葉にナルトががくりと肩を落としたとき、隣の女湯から、楽しそうな声が聞こえてきた。
静まり返る男湯に、シノが言う。
「どうやら変わってないのは全員同じようだな。何故なら前に来たときも、こうして女湯がーー」
「シノ、ちょっと静かにしろ!」
言っていたシノの口をキバが覆う。
「俺たちがいること、向こうに気付かれちゃまずいじゃねーか」
「どうしてだってばよ、キバ」
「何惚けてんだよ、ナルト。お前、女湯覗くんだろ?」
「は!?」
「俺は別に、覗きとかには興味ねえが、ただ湯に浸かってんのもつまんねえからな。だから手伝うぜ、ナルト!」
キバーーと名前を呼んだナルトは、やがて心得たように頷いた。
「よっしゃあ!やるぞ、キバ!」
「任せとけ!ーーおい、シカマル、手伝え!お前の頭脳を生かすんだ!」
「するかよ、めんどくせえ」
「もう、やめなよ、ナルトもキバも。それにもしもバレたら、怒られるだけじゃ済まないよ?」
「恐がってちゃ、先には進めねえんだってばよ!」
「いいこと言うじゃねえかナルト!こうなりゃ二人でやるしかねえな!」
仕切りへと向かっていった二人を見て、サスケがカカシに視線を移す。
「止めなくていいのか」
「まあね、好きにさせとけばいいんじゃない」
「カカシお前、監督役とか言ってついて来たんだろ」
「そうだよ、アスマは部屋で留守番してるしね。けど、もしここにアスマがいたって、監督役としてナルトたちを止めたりはしなかっただろうからね」
「ま、そりゃそうだな」
言ったのはシカマルだ。
ーー女湯では成長について話が交わされており、ナルトとキバは静かに盛り上がる。
そして話題は名前についてに変わり、更に女性陣の声がボリュームを増したとき、サスケがカカシに向かって素早く手を振りお湯を掛けた。
カカシは難なくそれを避け、不満そうな目をサスケに向ける。
「ちょっと何なの、サスケ」
「にやついてたからな。お前に会話を聞かせちゃまずいと思っただけだ」
「タオルで見えないでしょ」
「目が笑ってるんだよ」
「変態みたいに言わないでくれるかな」
「変態だって言ってんだよ」
シカマルが息を吐いたとき、女湯から、名前の鋭い声がした。
「ーー覗かれてる」
その言葉にナルトとキバが驚いて声を上げる。
あーあ、とチョウジが呆れたように言った。
しかし続いていく話を聞けば、どうやら名前が察知した気配はナルトたちではないらしい。
サクラの制止する声と駆け出す一つの足音に、サスケやカカシが、まさかと外の湖を振り返れば、女湯から今まさに飛び出していく、タオルを体に巻いた姿の名前が見えた。
「あのウスラトンカチ……!」
「ちょっ、名前、そんな恰好で外出ちゃ駄目だから!」
カカシが言うも、名前には届かない。
仕切りの方にいたナルトとキバが、驚いたように駆け寄ってきた。
「名前がどうかしたのかってばよ!」
「覗きなんてしてる奴がいるのか!?」
「馬鹿、見るな……!」
サスケはそんな二人の頭を掴むと湯の中へと突っ込んだ。
二人の上げた驚きの声が湯に沈む。
湖では、覗きをしていた者は水遁使いなのか、水の中へ隠れていた男を名前が捕らえる。
逃げようとする男の腕を背中へ捻り上げると、そのまま湖の上にうつ伏せに倒し、その背に膝を乗せて体重を掛けた。
おいおい、と焦るシカマルの前でカカシが声を上げた。
「名前、それじゃあその男には罰にならないから!ご褒美になっちゃうから!」
「……あんたは何を言ってんだよ……!」
言ったサスケの手の下では、未だにナルトとキバがもがいていた。
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