「君が、時空眼っていう瞳力の持ち主?」
はい、と私は頷く。
ーー私はナルトやサクラ、サイに連れられて、久しぶりの木の葉隠れへとやって来ていた。
カカシ先生が六代目火影へと就任していたのは、風の噂で聞いていた。
けれどこうして火影室でその姿を見るのは初めてで、とても嬉しい。
だけどナルトたちがそうだったように、カカシ先生もまた私のことを覚えていない。
その事実は思ったよりも私の胸を抉ってきて、複雑な気分だった。
「名字名前と申します」
「俺は六代目火影のはたけカカシ。さっそく訊きたいんだけど、君はカサネという男を知ってるかな」
「カサネ……つい昨日会いました。カサネが私を呼び、でないと世界を滅ぼすと言ったんですか?」
カカシ先生は頷くと、また訊いてくる。
「カサネのことは、どれくらい知ってる」
「何も……昨日初めて会ったんです。自分のことを未来人だと言ってました」
「……会ったのは何時頃か、覚えてる?」
「確か、正午過ぎだったかと」
「それじゃあ木の葉の里に来てから、名前さんのもとへ向かったのね」
その言葉に振り向くと、サクラは続ける。
「カサネが私たちの前に現れたのは、昨日の午前なの」
すると火影室の扉が開く音がした。
目をやると、入ってきたのはーーオビトさんで、私は目を見開く。
オビトさんは私のことをちらりと見やった。
「見つかったのか、時空眼の使い手が」
「ああ、ナルトたちの小隊が見つけてくれた」
「やはり火の国にいたんだな」
オビトさんは話しながら、カカシ先生の後ろへと控えるようにして立つ。
そのことを呆然と見ていたら、カカシ先生が、私の視線に気づいたのか言った。
「こいつはオビト、ま、俺の補佐役ってところかな」
「補佐役……そうなんですか……」
私は呆然と答えてから、あまりの幸せに笑ってしまいそうになった。
から、咳をして誤魔化す。
するとサクラが心配そうに、大丈夫、と訊いてきたので大きく頷いた。
オビトさんが火影のーーカカシ先生の補佐役……。
オビトさんの記憶は、私と違って、皆の中から消えてない。
暁だったオビトさん……それを補佐役に、なんてきっととても難しいことだっただろう。
だけど今、オビトさんは、ナルトやカカシ先生たちと同じ場所に立っている。
不審に思われないよう、俯いて幸せを噛みしめた。
「名前さん……?もしかして、具合でも悪いの?」
「ううん、本当に大丈夫だよ。むしろとても元気だから」
「そうは見えないけど……遠慮せずに言ってね、私、医療忍者だから」
うん、と笑って私は頷く。
するとオビトさんが言った。
「これであの男が、どうして木の葉隠れの里にだけ現れたのかが分かったな」
頷くカカシ先生に、サイが訊く。
「それじゃあ、他の里から返事がきたんですね」
「ああ、カサネという男が現れたのは、木の葉だけだ。おそらく、彼女が火の国にいると分かってたからだろう」
カカシ先生が私に視線を移す。
「カサネの狙いは、まず間違いなく君だ。ーー昨日、奴は堂々とここ火影邸へとやって来たんだ。強力な幻術使いらしくて、警備も何もかも皆、カサネの幻術にやられちゃってね」
「ちょうどそのときも、俺やサクラちゃんがここにいたんだってばよ。でも、攻撃しようとしたら、体の動きを止められた」
「動きを止めた……?」
「あれってば、幻術じゃなかった。何の術かは分からねえけど、なんつうかこう、見えない何かに抑えられてるみたいな感じだったってばよ」
もしかしてナルトたちの時間を停止したのか……?
いや、けれどそんなことーー。
「あなたから力を授かったおかげだ。あなたのその、時空眼から」
ありえない、と思えば浮かぶ、昨日のカサネの言葉。
考え込んでいると、カカシ先生が言った。
「男はそうして俺たちの動きを止めると、こう話し始めた。ーー世界には時空の歪みができた。それを使って、直に自分は世界を滅ぼす。止めたければ、時空眼を持つ忍を、その歪みまで連れてこい……とね」
「……時空の歪み……まさか」
「何か心当たりが?」
先生に訊かれて、私は、昨日カサネが消えたときのことを思い出しながら頷いた。
「確証はありませんが昨日カサネは、空間のーーそう、歪みのような場所に入ると消えたんです。カサネは自分のことを未来人だと言っていた。もしそれが本当なら、カサネはその歪みを伝って未来へ戻ったと思われます」
「過去や現在、そして未来……時空が交錯する場所、だから時空の歪みか」
オビトの言葉を受けて、サクラが顎に手をあて言う。
「その時空の歪みを使って、カサネは世界を滅ぼそうとしている。……世界の時間を混乱でもさせる気かしら」
「そうなれば世界が滅びる、というのも現実味を帯びてきます。過去や未来への干渉なんて、絶対にしてはいけないのに」
私は六代目火影を真っすぐに見た。
「要求通り、私は時空の歪みへ向かいます」
「その申し出はありがたいが、事はそう簡単なものじゃない」
言ったのは脇に控えていたオビトさんだった。
「お前の話を聞くまで、俺たちも、もしも時空眼の使い手が見つかった場合は協力を願うということで意見は一致していた。お前とカサネが組んでいる、という考えもないではなかったがな。……だがわけが分からないのは、お前は昨日、あの男に会ったのだろう」
頷いて、私はオビトさんの言わんとすることに気づき眉をひそめた。
ーー確かにおかしい。
「ならば何故、カサネは昨日の時点でお前に何もしていない。お前と既に接触したのに、時空の歪みまで連れてこいというその理由は何だ」
「ーー罠」
言ったのはサイだった。
集まる視線に、サイは続ける。
「考えられるとしたら、木の葉の戦力の分散でしょうか。僕たち木の葉の忍は、時空眼を持つ者を捜すために火の国各地へと散っています。くわえて名前さんを時空の歪みがある場所へと連れて行く小隊も派遣することになれば、さらに里の警備は手薄になる。そこを突いてくる気かも」
「確かに、それは考えられるな。だがその目的のためだけに、わざわざ時空に関わる色々なことを言ってくるとも思えない。彼女の持つ時空眼が必ず何か、関係しているはずだ」
「ひょっとして、名前とその時空の歪みを近づけたら何かが起こる、とかは?」
ナルトの言葉に私は驚く。
「時空の歪みと、私?」
「そう、だって名前とカサネは一度会ってんのに、別の場所へ連れてこいってことは、そこで名前と会いたいってことかもしれないってばよ。もしかしたらカサネは名前に何か恨みを持ってて、名前が時空の歪みに近づいた途端時空眼と共鳴して爆発!とか」
「ば、爆発……!?」
瞬く私と、真剣な顔で何度も頷くナルトに、カカシ先生が呆れたような目を向けてきた。
「爆発はないと思うけど。……まあでも、君を時空の歪みへ連れて行かないっていうのはありかな。様子見も兼ねてね」
「けれどカサネは、私を連れてこないと世界を滅ぼすと……もしそれがサクラの言ったように、時空を混乱させる、なんてものだったら、それを止められるのは私しかいません」
ーーするとそのとき、床が揺れた。
驚きながらも状況把握に努めていると、揺れは大きくなっていく。
天井から吊られた電球は大きく左右に揺られ、壁際の本棚からは本や巻物が落ちる。
ーー次第におさまっていくとやがて完全に落ち着いた揺れに、私は声を上げた。
「このまま時空の歪みを放っておくわけにはいきません……!」
「名前、急にどうしたんだってばよ」
驚いた様子で訊いてくるナルトを振り返る。
「今のは時空の揺れで、地震じゃない」
「何故分かる」
オビトさんの問いに、私は自分の右目に手を翳した。
「時空眼が、疼くような感じがしました。それと同時に、北西の方角から引きつけられるような強い何かも捉えました」
「ーー!北西……ということは、カカシ」
「ああ……カサネが示してきた、時空の歪みがある場所と同じ方角だ」
「それなら今の揺れを起こしたのは時空の歪みだと思います」
言うと、オビトさんが眉根を寄せた。
「ぐずぐずしていたら、カサネに何かされる前に時空の歪みによって世界が滅びるというわけか」
「今の揺れが今後どうなるかは分かりませんが……維持か増大はあっても、揺れが小さくなったり無くなることはないはずです」
「それじゃあ時空の歪みをどうにかしねえと!」
「でもナルト、私たちが時空間に干渉する術はーー」
「やってみなきゃ分かんねえってばよ!」
言われて、サクラが口を噤む。
私をそれを見て、カカシ先生に言った。
「確実なのは私の時空眼です。この左眼は過去を司ります。だから時空の歪みを巻き戻して消すこともできる。カサネが歪みを伝ってやってくるのなら、その前に閉じてしまえばーー」
「そうか、それならカサネはもう何もできねえってばよ!」
……けれどカサネは私から力を得たと言っていた。
だから時空を超えて過去に来られた。
もしも時空の歪みを創り出したのがカサネなら、私がいくらそれを消しても堂々巡りだ。
……いったい未来の私は何をやってるんだろう。
カカシ先生がため息を吐く。
「問題と疑問が山積みだけど、様子見してる時間はなさそうだね」
「ああ、だがやられっぱなしなのも気に食わない」
オビトさんの言葉に、先生は当たり前だというように頷いた。
「攻守一体でいくぞ」
「ここがカサネの示してきた場所ね。名前さん、何か感じる?」
「うん、強く……ここに何かがある」
歪みがある場所へとやってきた私、そしてナルト、サクラ、サイの小隊。
私は引き寄せられるように足を進め、それがいっそう強いところに手を伸ばす。
透明な何かが私の手を撫でるように蠢いている。
「よし、とりあえず、名前が近づいても爆発はしねえってばよ」
「ナルト、あんたまだそれ言ってたの?」
「まあ共鳴しているって部分は当たってたけどね」
三人の言葉に笑って、私は手を下ろした。
振り返って言う。
「それじゃあこれから時空の歪みを消すね」
大きく頷いた三人に私も頷くと、何かを感じる空間に向き直って目を閉じる。
(ーー時空眼!!)
開眼した私は右目を閉じて巻き戻しの作用を掛ける。
すると昨日カサネが消えたときのような渦が現れて、目を見開く。
それと同時に強い風が巻き起こって、足の裏に力を入れると何とか踏みとどまった。
「ーー名前」
すると後ろでナルトが私の名を呟く。
どこか呆然としたようなその声を不審に思いはしたが今は振り返れない。
「思い出したってばよ……」
私は、え、と目を見開いた。
思わず弾かれるように振り返って、さらに驚く。
三人は何か信じられないものを見るような目をしている。
サクラの目の縁にだんだんと涙が溜まっていくのを見て、息を呑んだ。
「思い出したって、何が」
「名前のことだってばよ……!記憶が次々、頭んなかに入ってきて」
ナルトは言い差して、歯を食いしばるともう一度私の名前を呼んだ。
ーーけれどその目が驚きに見開かれる。
どうしたのかと思った瞬間、すぐ後ろから感じる気配に振り返った。
「ありがとう名前、私を連れてきてくれて。また会おう、と言ったからね」
時空の歪みから、カサネが現れていた。
「名前!危ねえ!」
ナルトが言って、駆けてくると私の前に立ちはだかってカサネに攻撃を仕掛ける。
カサネは笑みを浮かべると片手を振った。
その途端、時空眼が疼いて私は思わず抱え込むようにして体を折った。
ーー風を感じる。
空気が揺れている。
いや、これはーー。
時空が揺れているんだ。
ーー分かったときにはもう既に遅かった。
カサネの術は、私の左眼と同じ作用をもたらした。
時間を巻き戻したのだ。
「やはり時空眼の力は素晴らしい」
ナルトの姿は忽然と消えていた。
呆然と振り返れば、サクラとサイの姿もない。
それだけじゃない、地面に生えていた草木も何もないのだ。
ここら一帯だけが更地になっている。
「巻き戻したのか」
私は震える声でカサネに訊いたが、その答えはすでに分かっていた。
時空眼と同じ術だから感覚で分かる。
カサネはナルトとサクラをサイを、この場所をーー巻き戻させて消したのだ。
呆然としたまま私も時空眼を使って、ナルトたちの存在を取り戻そうと作用を掛ける。
けれど対象が見つらないからか何も起こらない。
「何てことを」
ナルトたちが消えてしまった、その事実が頭に入ってこない。
けれどうまく息ができなくてひどく頭が痛い。
「私が何故名前をここまで連れてこいと言ったか、教えてあげよう」
カサネは言ったまま何度も手を振っていく。
術が掛けられ、世界が巻き戻されていく。
生命が消えていく、それは正に地獄だった。
「あなたを呼んだのはね、私は自分じゃこちらへ来られないからだよ。時空の歪みへの干渉は、今の僕じゃまだできない。けれど干渉されないと、過去や未来とは繋がらない。だから名前が時空の歪みに干渉するよう仕向けたのさ」
「干渉……」
それじゃあ私が時空の歪みを消そうとしたことで、逆に皆を、世界を滅ぼしたのか。
「今までの世界は間違ってる。争いを繰り返して憎しみを生む。名前もそれに苦しめられてきただろう?」
「……夢だ」
「私ならもっといい世界を創れる。だからリセットしたのさ、命を、世界を。そして私たちで創り直していこう。時空眼があれば何でも思いのままさ」
「こんなの、幻術だ……!」
「そう、私は幻術使いだよ。けれど今この世界は現実だ。それはその時空眼で分かっているはずだけど、どうやらこの現実を受け入れたくないようだねえ」
「人を消せば、自分も消える……!これは禁術だ!それなのにどうしてお前は……!」
「それは知ってる、私は時空眼に心底惚れ込んでいるから調べられることは調べ尽くしているからね」
私は、とカサネは言う。
「自分の体に停止の作用を掛けているんだ。どうやらそれは許されるらしくてね、だから私は消えない」
カサネは近づいてくると、私の耳許に顔を寄せて囁いた。
「どうやらこの世界はお気に召さないようだね。けれど今さら命を巻き戻したところで量が多すぎてあなたは途中で死ぬだろう。それは僕が避けたい。他の選択肢はーー世界を巻き戻す、とかかな?」
世界を巻き戻すーーその言葉が胸に刻まれる。
「世界の時間を巻き戻すのはそれはもう大変なことだ。けれど名前の体の負担もまた戻されていくから、あなたが死ぬことはないね」
私が生きるか死ぬかなんてことは、もう問題じゃない。
ナルトがいない、サクラが、サイがいない。
今この世界には、あといくつの、誰の命が残っているかも分からない。
けれど過去や未来に干渉することも許されない。
それでもーーこんな未来は間違ってると、そう思った。
私の左眼は巻き戻しの作用を掛け始めていた。
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