「今夜はここで休みましょう」
そう彼らが言ったのは、木の葉隠れの里から遠く離れた場所にある洞窟だった。
あらかじめ用意していたのか、洞窟の奥へ入っていくと、まるで暁で使用していたアジトように、きちんと大部屋がありいくつかの小部屋にも分かれてる。
もちろん部屋といってもただ岩を削って仕切られているだけだが。
ーー里は、皆は大丈夫だろうか。
できるかぎり無事でいてほしい……。
考えると胸を刺すような痛みが走って、私は眉根を寄せた。
ここに来るまで響遁の術を使い、自分と何人もを空に乗せて走ってきたからチャクラを消費した。
精神的にも肉体的にも疲れた私はその場に座り込んだ。
すると男が膝を折って私を覗き込むように見る。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、あなた様には私どもの過去を視ていただきたいのです。こうした行動を起こすに至ったその理由を、知っていただきたい」
皆と交わした約束が頭のなかに浮かんだけれど、私は小さく首を振って、目を伏せた。
「視たいものが視られるわけではないんです。強く望めば、もちろん自分の眼ですから、応えてくれる可能性はありますが」
「お願いいたします」
言われて私はややあって頷いた。
目を閉じるとチャクラを練って、時空眼を開眼する。
そしてそのまま過去を視るため闇のなかへと落ちていった。
ーー彼らの過去が視られたのは、二度目の闇に落ちたときだった。
一度目は闇のなかにいくつかの光が浮かんでいて、そのどれもが、けれど視ようとした過去ではなかった。
だから私は再び過去を視る闇のなかへと落ちていって、そこに浮かぶ何個目かの光でようやく目当ての過去にたどり着いた。
彼らの国は小さかった。
小国で、金となる技術や資源もない。
だから彼らは頼まれれば何でもやった。
そして頼んでくる相手には大国もいた。
けれどいつしか彼らは誰とも知らぬ輩から恨みを買った。
敵は彼らを大国の犬だと罵った。
彼らは大国に助けを請おうとした。
自分たちは今まで金を貰えれば任務を受けた、だから今度は、自分たちが金を払うから依頼した任務を受けてくれ、と。
しかし大国と小国では色々なものの価値が違った。
小国の最高が、大国の中の下あたりだ。
彼らが報酬として払える金額ではせいぜいCかDランクが適当、けれど狙われていると分かっているならその任務に下忍をあてがうわけにはいかない。
任務は不受理とされ、結果彼らは何人もの仲間を失った。
「……あなた方の過去を視ました」
目を開けて、私は言う。
時空眼を解けば途端に心臓が速く動いて、その苦しさに咳き込んだ。
男は静かに口を開く。
「ならば分かっていただけたでしょう、我々があなた様を必要とする理由を。ーー我々は生きるために、誰からの依頼も、大国からの任務も受けました。しかしその結果仲間は死に、我々はさらに追い詰められることになった。もし、こんな結果になると初めから分かっていたのなら、そんな道は選ばなかった」
でも、と男は声を上げる。
「未来がどんなものかなんて、普通の人間には分からない。それが分かるのは時空眼を持つあなた様だけなのです」
私がただ黙っていると、男は吐き捨てるように言った。
「大国ならば、少し道を逸れたとしてもその財力と兵力でいくらでも軌道修正ができるはずだ。だが我々のような小国は違う。名字のお方はいつでも優しく慈悲深いと聞く。ならばあなた様がいらっしゃるべきは大国ではなく小国だ」
「……力になりたいとは、思います」
男はほっとしたように息を吐く。
私は俯くと首を振った。
「けれどずっといることはできません。私がいるべきところは大国でも小国でもなくてーー」
言いかけたところで、私は男に首を掴まれ後ろの岩へと押しつけられた。
その衝撃と苦しさに咳をするが、男の指にはどんどん力が込められてきて息が掠れる。
「何故そのようなことを仰るのです……!名字の方々は慈悲深いはずだ、弱い者のーー我々の味方のはずだ!」
首を掴んだまま立たされて苦しさに呻く。
踵が地面から浮いて、うまく空気が吸えなくて、視界が狭まっていく。
するとそのとき洞窟入口に黒い雷のようなものが見えた。
「嵐遁・励挫鎖苛素!!」
何だ、と驚き慌てる彼らに電撃が襲いかかっていく。
私はその術者と目が合うと瞠目した。
「ダルイさんーー」
「どもっす。ーーボス、名字名前見つけました」
「名前無事か!?さらわれたって聞いたけど、悪いなウチの近くの奴らが」
ダルイさんに続いて入ってきたのは岩隠れの黒ツチだ。
瞬くと、男に腕を引かれて走らされて、入口の喧騒が遠くなっていく。
男は一番奥の小部屋に入るとそのまま私を地面に向かって投げつけた。
受け身を取って、体を起こしたところに強い声が降ってくる。
「何故教えてくださらなかった!」
「何をーー」
「今からでも遅くない、未来を視て、そして我々を助けてください!」
男は目に掛かる髪を苛立たしそうに掻き上げる。
「さっきのは雷と土の護衛役、ということは会談からそのまま……?もしそうだとすれば影たちまでーーああ、いったいどうしたら我々は助かることができる。教えてください、助けてください。その、時空眼で……!」
「ーー無駄だ」
馴染み深い声がした。
部屋の入口に顔を向ければ、そこに立っているのは六代目火影。
「カカシ先生……」
呼ぶと、先生は私に一瞥をくれて、男に視線を移す。
先生が一歩踏み出したところで、男が歯を食いしばった。
「六代目火影か、やはり会談からそのままここへ来たようだな」
「里から連絡が来てね。お前たちの仲間が全部喋ってくれたそうだよ」
男は苦い顔をして舌打ちする。
「あの馬鹿ども……」
「先に裏切ったのはお前のほうでしょ。本当は、足止めの忍たちも待って合流する予定だったらしいね」
え、と私は目を見開いて男を見上げる。
立ち上がると、カカシ先生が私にちらりと目をやって言葉を続けた。
「それなのに、時空眼がいざ手に入ると欲が深まり溺れたか。お前は長的存在のようだが、にも関わらず部下を切り捨てた罰が当たったな」
「くそ……!」
「大体、お前たちのような奴は時空眼があってもなくても、結果は同じだ。たとえ未来が分からなくても、正しい道を進むことはできる。そして結果が悪いものになったとしても、それは自分で決めた道だ。お前らのように、その原因を他人に押しつけることはしない」
そもそも、とカカシ先生はまた一歩踏み出した。
「時空眼は無尽蔵じゃあない。使い続ければ名前は死ぬ。そのことを分かった上でお前たちは名前を誘い、そして時空眼を使わせようとしていたのか」
息を呑んだ男の反応を見て、カカシ先生は、そのようだね、と低く呟いた。
すると男が素早く印を結ぶ。
「写輪眼のカカシ、いや、今はもうお前の目に写輪眼はない!」
カカシ先生相手に挑む気か……!
私は咄嗟に男を止めようと走り掛けて、足を止めた。
いや、止められた。
後ろから腕を掴まれて、振り返れば、いつの間に出したのかカカシ先生の分身が立っている。
「土遁・裂土転掌!!」
前に向き直れば、男が術を繰り出した。
けれどそれとまったく同じ術をカカシ先生も出していて、男は驚きに目を見開いている。
「何故だ、お前はもうコピー忍者じゃないはずでは……!」
「写輪眼を失っても、使える術はいくらでもある。そしてお前は土の国付近の忍、土遁の術を使うだろうと踏んでいたけど、予想通りだったね」
ーー自分とまったく同じ術を、同じタイミングで使われたとき、人は動揺する。
カカシ先生のすごいところは、術をコピーすることもそうだけど、相手の心理を読んで、最も動揺を与えられるときに術を発動するその洞察力だ。
写輪眼はなくなったけれど、強さはまるで変わってない。
ーー男はカカシ先生によって倒された。
私の腕を掴んでいた分身がどろんと消える。
そのままぴくりとも動かない彼を背に、先生はこちらへと歩いてくる。
「……どうして俺から逃げるの?」
すると言った先生に、私は初めて自分が後ずさっていたことに気が付いた。
「けれどずっといることはできません。私がいるべきところは大国でも小国でもなくてーー」
足を止めて、目を落とす。
「助けてくれてありがとうございました……私のせいですみません」
「名前のせいじゃなくて、名前のことを狙った奴らのせいでしょ」
その言葉に頷くことができない。
カカシ先生が一歩踏み出すにつれ私もまた退けば、カカシ先生は黙って足を止めた。
私はどこか地面を見たまま口を開く。
「カカシ先生、私……私はーー」
「駄目だよ」
言葉を遮られて、え、と顔を上げた私に、カカシ先生は言う。
「俺たちから離れるつもり、だな」
言い当てられて、私は少し息を呑む。
どこか気まずくて、居心地が悪くて、思わず視線を逸らした。
カカシ先生は言う。
「名前、お前が色々な奴らから狙われることは、時空眼の記憶が世界に戻ったときから予想してたし、俺は、その真実を確かめるために色々と探りを入れてたよ。そのことを、そして得た情報をお前に何も伝えなかったのは、言えばお前が自ら離れていってしまうと思ったからだ。……そんなことはさせたくなかった」
何を言えばいいのか分からず視線を彷徨わせていれば、きつく握りしめられたカカシ先生の手が視界に入ってきて、私ははっとすると先生を見上げた。
「カカシ先生ーー」
名前を呼んで、思わず口を閉ざす。
カカシ先生は、こちらが緊張するほどに、その身に纏わせた怒気を露わにしていて、また同時にひどく自分を責めるように眉根を寄せていた。
「守りきれなくて、すまない」
「先生のせいじゃーー」
「本当は、こうして俺が里にいないときだって、お前を狙う連中を近づけるつもりは一切なかった。だが考えが甘かった。そして俺は火影として、お前を守る抑止力になれなかった。……俺のミスだ、本当にすまない」
「ち、違います……!」
謝るカカシ先生の様子が痛々しくて、いたたまれなくて、私は足を踏み出すと駆け寄った。
すると腕を取られて、引かれて、抱きしめられる。
私をーー時空眼を狙った人たちが用意したこの寒々しい洞窟のなかで、カカシ先生の腕のなかは本当にあたたかい。
何故だか泣きそうになったとき、カカシ先生はさらに私のことを抱きすくめると色々な感情を詰めたような声で言った。
「名前、ごめん、だけどちゃんと守るからーー俺から、俺たちから……離れていかないで。こうして、そばにいてほしい」
その言葉に、心が痛いほどに衝かれる。
先生は私の頭を優しく撫でた。
「ひどいこと、されてない?こわい思いをしなかったか?」
「……ふふ、もう、子供じゃないんですよ」
「うん、そうだよね……時空眼は、使わされたのか?」
言葉に詰まった私に先生は、そうか、と呟くと体を離して私の顔を覗き込んだ。
「だからそんなに、苦しそうな顔をしてるのか」
「……いえ、違うんです。体調は悪くはありません」
ただ、と私はうつむくと眉根を寄せた。
「私、皆が幸せでいることが好きです。だから自分がその妨げになっているなんて、堪えられないんです」
「……うん、分かってる」
「だけど……だけどーー皆の幸せのためなら何でもしたいと思ってるのに、自分が皆から離れることを考えると、とても、苦しくて」
唇を噛みしめると、再び先生が優しく私を抱きしめる。
「それでいいんだよ、名前。そうやって、俺たちと離れることを名前も辛いと思ってくれる……それでいいんだ。俺たちは皆名前のことを大切だと思っていて、お前も同じ想いを、俺たちに抱いてくれているんだから。……昔名前は、それに気づかないで里を勝手に抜けたからね。大きな進歩だよ。待ち遠しかった」
「だけどこれから先、時空眼を狙った人たちがもしまた木の葉を襲ったら……」
「そうはさせないよ。それに万が一またそうなった場合は、何としてでも名前を守り抜けばいい」
「カカシ先生……」
「名前が俺たちと離れることを辛いと思ってくれるように、俺たちもまた、名前と離れることが辛いよ。名前を狙う連中と戦って、傷を負うことよりもずっとね」
目を閉じると、涙が流れる。
先生の背中に手を回して抱きついた。
「わがままになってしまーーいました」
わがままになってしまってごめんなさい、そう言おうとして、けれど謝るのは違うことだと思い直して言葉の行き先を下手くそに転換する。
カカシ先生は小さく笑って、優しく言った。
「帰ろうか、木の葉の里へ」
「ーーはい!」
「いやぁ、それにしても、名前がちゃんと分かってくれてよかった」
「カカシ先生のおかげです」
「まあ名前が分かってくれなかったときは、縛ってでも木の葉へ連れて帰って俺の家に繋いでおくつもりだったから、何にしても大丈夫だったんだけどね」
「えっ?」
「ああ、あと里に帰ったら覚悟しておいたほうがいいよ。本当は木の葉からもこの洞窟に小隊を送ろうと思ってたんだけど、ナルトが怒って暴れちゃったらしくて、それを止めるために人手を割いたっていう話がシカマルから来てたから」
「えっ?」
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