舞台上の観客 | ナノ
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「#年下攻め」のBL小説を読む
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木の葉隠れの里、とある三階立ての建物の屋上で私はため息を吐いた。

太陽はちょうど真上に昇っていて、いいお天気に、あちこちで洗濯物が外に干されているのが見られる。
アカデミーの外では子供たちが駆け回っていて、今にも楽しげな声が聞こえてきそうだ。


いたって穏やかで平和、それなのに何故、私がため息を吐いたのかと言うとーー。


私は眼下の大通りを見下ろす。
この道は昼夜関係なく賑わっていて人の流れも多いが、そのなかで立ち止まり、話している人影が四つ。
サスケとサクラ、そしてナルトとヒナタだ。


「サスケ君、久しぶりに里に帰ってきたんだから、もう少しゆっくりしていかない?」
「カカシへの報告も済んだ。日が早い内に出ておきたい」
「だったら今日は泊まってけってばよ」
「あ、明日朝早くに出るのはどうかな」


四人がいるのは人通りの多い道で、私はそれを見下ろす建物の屋上にいるというのに、いったいどうして会話が聞こえているというのか。
……念のために述べておくと、私は別に、響遁を使って自分の聴覚を鋭くしたりなんてことはしていない。
それでは盗聴になってしまう。
そこまで危ない道には落ちていない。
ただ、自分でも理由は分からないが聞こえるのだ。
おそらく四人の物語を観たいがために、その強い想いが自分の聴覚を研ぎ澄まさせたのだろうと思う。
……考えてみればこっちの方が危ないな。


「それに久しぶりにサクラちゃんと会えたんだから、お前ってばもっと堪能していったらどうだ?」
「たっ……!」
「な、何言ってんのよ馬鹿ナルト!ーーヒナタも頷かないの!」


しかし、ため息を吐くと幸せが逃げる、と言うけれど今の私にそんな心配はない。
だって、吐いた途端にまた新たな幸せが入ってくるのだから。
だから私は思わずため息を吐いている。
そうしないと、四人から発せられる幸せオーラに胸がいっぱいになって苦しいのだ。


「サスケ、気持ちはちゃんと伝えなきゃ駄目だってばよ、俺みたいに。な?ヒナタ」
「えっ!う、うん……ナルト君はいつも言葉を贈ってくれて、とても嬉しいよ……!」


問題は特にこの二人、ナルトとヒナタだ。
サクラとサスケの方が大人っぽくて、進んでいるように見えるのに、蓋を開ければナルトとヒナタの方が積極的で、二人は最近里のあちこちで会えばいつも幸せオーラを辺りにまき散らしている。
今だってそうだ。
四人を通り過ぎた男の人が、すぐに路地裏に入ると壁を殴り始めた。


……見知らぬお兄さん、あなたの気持ち、よく分かります。
だって私も今、同じ気持ちだから。
感情の高ぶりが抑えられなくて、屋上の手すりをこれでもかという力で握ってるもの……!


もし私が、ガイ先生やリーさんのような体術のスペシャリストだったら、この手すりを握り折っていただろう。
しかしそうなれば私によって木の葉の里がいつか壊滅してしまい、ヤマトさんに苦労をかけることになってしまうだろうから、今のままでよかったのかもしれない。


ナルトたちの幸せを見られるのはいいが、おかげで辛い、けれど見るのはやめられない。
ーーこれが贅沢な悩みというんだろうな。


「名前、何してるの?」


すると後ろで降り立つような音がして、振り返ればサイがいた。
私は挨拶をすると、下を示す。


隣にやってくると下を覗き込んだサイは目を丸くした。


「ナルトたちのことを見てたの?それにしては珍しく、何か思い詰めたような顔をしてたね」


言われて私は苦笑する。
と同時に内心でひどく安堵した。


やっぱり、壁に耳あり障子に目あり、だな……!
気持ちそのままに笑っていなくてよかった……!
危うく、離れたところから誰かを見てにやにやしていた変態、の烙印をおされるところだった。


するとサイが首を傾けた。


「ひょっとして名前も、恋心っていうものが分からないの?」


え、と瞬くとサイは続ける。


「僕が最近そうだから、名前もそうなのかと思って」
「サイは、恋心が分からないの?」
「うん、ーー僕はナルトたちに、色々なことを教えてもらった。仲間っていう言葉の本当の意味や、繋がりの大きさ……それらは全部、今の僕にとってすごく、何ていうか大切なものなんだ」


微かに頬を緩めたサイは、そうしたら、と下を見る。


「ナルトとサクラにこの間から恋人ができて、そして二人は楽しそうだ。だから、別に僕も恋人が欲しいっていうわけじゃないんだけど、恋心っていうものがどんなものなのか、興味が出てきて。ーーそうしたら名前が、同じように悩んだ顔をしてたから」
「確かに、言われてみれば私も、知ってはいるけど実際に胸に抱いたことはないから、恋心は分からないな」
「僕も、最近本で読んでみて、それがいったいどういうものなのか言葉では知ってるけど、感情としては分からないんだ」


私は情けなくて眉を下げた。


「サイの力になりたいけれど、サイがもうすでに知識としては頭に入れているなら、そこから先の手助けは私にはできないや……きっと恋心を分かってる、それこそナルトやサクラならサイの力になれると思う」
「実は、もう訊いてみたんだ。だけど二人とも、のろけるばかりで、肝心なことはよく分からなかった」
「そ、そうなんだ」


羨ましい、と思う。
実は私は、まだナルトやサクラといわゆる恋話といったものをしていないのだ。


彼らの気持ちが成就されたとき、もちろんお祝いの言葉は述べにいった。
けれど嬉しそうに、照れくさそうに礼を言う、たったその行為だけで、私の心臓が大変なことになった。
気が付いたときには何故だか病院のベッドの上だった。

長生きして、少しでも皆の物語を観るために無理は禁物ーーということで私はまだ皆とそういう話をしていない。


「名前も恋心が分からないんでしょ?だったら、分からない者同士の方が、意外と解決策が見つかったりするんじゃないかな」
「確かに、強い人と修行することはためになるけれど、自分の実力を知って、同じくらいの人と切磋琢磨し合っていくのも大事なことだよね」


私は意気込んで、大きく頷いた。


「私がサイの力になれるなら喜んで手を貸すよ。一緒に恋心について考えよう!」















「名前は、恋心ってどんなものだと思う?」


訊かれて、私はナルトたちを見下ろした。


「相手のためならどんなことでもできる……そういう気持ちなんじゃないかな」
「だけど、それなら名前のナルトたちへの気持ちと、何が違うの?」


首を傾けると、サイは、


「暁のリーダーが木の葉を襲撃したときもそうだった。忍は、仲間のために力を尽くす。もちろん僕だってそうだ。……命を賭けるとなったら、それをできる人は少なくなるけど、名前はたとえ恋人じゃなくても、それをする」
「言われてみればそうだね、けれど私は皆に恋心を抱いてるわけじゃないし……」


唸る私に、サイは言った。


「僕が思うに、そこにある違いはドキドキ感なんじゃないかな。本に、好きな人の前では心拍数が上がるって書いてあったんだ」
「確かに心臓はとても関係あるかもしれないね。胸が締めつけられるようで苦しい、っていうこともあるし」
「でも僕、ドキドキした経験ってあまりないんだよね」
「少ない経験だとしても、そこから何か解決の糸口が見つかるかもしれない。サイはどういうときに、貴重なドキドキを味わったの?」
「戦闘中かな」


ーー!?
……ま、まあ確かに戦闘中は心拍数が上がってる。
あまりに緊張しすぎると体が固まってしまうから、そうはならないよう訓練しているけれど、敵のレベルが高いときや、不測の事態なんかではどうにもならないときもある。
けれどそのドキドキは恋心のものとは違うものだとーーはっ!
だけど吊り橋効果というものがあるじゃないか。


「心臓が速く動くのは、戦闘中でも恋愛中でも同じことだよね。けれど違う点が必ずあるはずなんだ。それが何なのか分かったら、少しは前に進むんじゃないかな!」
「名前の言うとおりかもしれない。それじゃあまず、そのドキドキを思い出してみよう。名前、僕に殺気をーーいや、それは名前には難しいのか」
「ご、ごめん、サイを殺そうとはどうしても思えなくて……実は私、殺気はよく分からないんだよね」
「だろうね、それじゃあ、修行してると思ってみてよ」


修行、と私は呟くと目を閉じた。
精神を統一して、やがて目蓋を上げるとサイを見据える。

サイははっとして、構えを取った。
息を詰めて見つめ合って、やがてお互い佇まいを直す。


「どうだった?サイ」
「……うん、ドキドキしたよ。今もまだ心臓が速い」


だけど、とサイは視線をナルトたちに移す。


「これがナルトたちのドキドキと何が違うのかは、やっぱり難しくてよく分からないな」
「特にヒナタなんかは、ナルトのそばにいるだけで、ナルトを見つめているだけでドキドキしてるもんね」
「それはナルトが強いから、その覇気にドキドキしているわけじゃなさそうだよね。だけどそれ以外の理由で、どうして人を見つめただけでドキドキするのかな」


言うとサイはじっと私を見つめてきたので、笑って手を振った。


「私を見ても分からないよ。あ、でもサイを見れば少し分かったかもしれない」
「僕を見ていたら?どうして?」
「綺麗な景色とかを見たときって、感動して、こう胸がいっぱいになるでしょ。サイは格好よくてとても素敵だから、そういうときと同じ気分になる」


私は眼下のナルトたちを見た。
話が終わったのか、ナルトとヒナタ、サクラとサスケに分かれて去っていく。


「四人は、恋人じゃない私から見てもとても素敵なんだから、きっと恋心当人からすればそれはもうドキドキするんじゃないのかな」


言ってサイに振り返る。
すると目を丸くしてぽかんとした様子で私を見ているサイがいて、驚いて首を傾げる。


「どうしたの?」
「……分からない。でも今また、ドキドキしたんだ」
「えっ、今?」
「うん、名前が僕のことを素敵だって言った、その辺りだよ。……どうしてだろう」


確かに素敵だと言われてドキドキだなんてーーはっ!ま、まさか悪寒!?
私なんかに褒められたから、サイも気づかぬ心の奥底で嫌悪感が……!?
や、やっぱり駄目だ、私が何かサイの力になれるとしたら、それは負のドキドキ感というものを与えて、正のドキドキ感との区別を付けることそれだけだ。


「サイ、私が力になれるのはここまでだよ……不甲斐なくてごめんね」
「どうして?僕今、最近にないくらい久しぶりにドキドキを味わっているよ。このままいけば、何かが分かる気がするんだ!」


それは嫌悪感というものだ……!


「だから待ってよ、名前」


言うとサイは私の手を握った。
私はドキドキーーするどころか一瞬心臓が止まったような気さえした。
血の気が引くのを感じていると、サイは、ほら、と下を指差す。


「ナルトたちが手を繋いで帰ってる。僕らも、手を繋げば何かが分かるかもしれない。名前はドキドキしない?」
「してる。ハラハラもしてる」
「ドキドキはしてるんだ、それにハラハラって……もしかして名前、さっき試した修行をしてるときの気持ちがまだ残ってるんじゃないかな。修行でも実践でも、片手が封じられてたら不安は起こるし」
「サ、サイもドキドキしてるんじゃないかな」
「うん、胸が締めつけられる感じもする」


吐きそうなんだ……!


私は慌ててサイから離れた。
握ってた手を無理に解かれて、サイは目を丸くしている。

私は言う。


「サイ、恋心は与えられるものだっていう話を聞いたことがあるんだ」
「与えられるもの?」
「恋に落ちる理由は様々だけど、それは相手が格好いいからとか、相手に優しくされたからとか、自覚をするのは自分だけれど、それを与えているのは、両想い片想いに限らず相手。サイに恋心を贈ってくれる人はきっといるから、何も今、急いて知ろうとしなくていいと思うよ」
「想いを与える、なるほど……だけど教えてくれる相手が、本当に僕にもいるのかな」
「必ずいるよ」
「でも、名前にだってこうして一緒に知ろうとすることを拒まれているのに」


私は慌てて首を振った。


「それは、私に問題があるからだよ。私が与えられるのはーー」


言い差して、口を閉じる。


サイが首を傾けたが、苦笑して言葉を濁した。

恋心、なんて素敵なものの話をしているときに嫌悪感やら何やらと暗い話をするのは気が引けた。


とにかく、と私は笑う。


「サイにはきっと、素敵な人が素敵な贈り物をしてくれる。類は友を呼ぶーー今話しているのは友じゃないけど、ナルトたちがそうなように、素敵な人たちは惹かれ合うものだから。……サイはもう、色んな人にその優しさや他の魅力を贈ってくれてる。だから現れないわけないんだよ」


にっこり笑って、大きく頷く。


サイは暫し、目を丸くして私を見ていた。
かと思えば瞬いて、ぽつりと言う。


「恋をすると、相手がキラキラして見えるって、本に書いてあったんだ」
「うん、よく言うね」
「……名前、僕、分かった気がする」





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